連続百名店小説『ぶっ翔んでアダ地区』Fight 4(焼肉京城/北千住)

東京22区と埼玉県に挟まれた場所にある「アダ地区」。東京都に属するか埼玉県で属するかで内紛が起こっており、「イカアダ」と呼ばれる怪獣も多くいて余所者を攻撃してくる。外務省からは退避勧告も出されている危険地帯である。
中央区民と偽っているアダ地区民の建は、アダ地区の平和維持活動「都連アダ地区ミッション」の隊員。その活動のさなか、人気アイドルグループ「美麗一家」のメンバーが続々とアダ地区を訪れるようになる。

  

話は日和の事件の数時間前に遡る。
「今日は埼玉の建国記念日です」
埼玉大使を務める美穂がパレードを開催していた。アダ地区民の多くが埼玉併合を望むだけあって、会場の宿場町通りは人で埋め尽くされていた。一方東京残留を望む過激派オマーダは美穂の連れ去りを画策する。

  

美麗一家のメンバー・陽菜は埼玉県にある川口オートレース場でロケを行っていた。その休憩時間を狙って、埼玉に侵入していたオマーダが陽菜を拉致した。アダ地区に向かう車内で陽菜は埼玉県へのヘイトを徹底的に叩き込まれ、北千住に到着すると恐ろしい計画を聞かされた。
「今から埼玉大使の美穂がここを通る。そしたらこの車で突っ込んでやる」
「えっ⁈」
「刃向かうんじゃねぇ。アダ地区は東京都だ、埼玉なんかに吸収されてたまるか」

  

しかし詰めが甘いオマーダのイカアダは美穂の通過に気づくのが遅れ、衝突作戦は失敗に終わった。
「クソ…陽菜、行くぞ」
「痛い痛い、助けて〜!」
陽菜は直訴する田中正造の如く美穂の乗る車の前に突き出された。
「美穂様に反する若田陽菜!」家来の俊彰が叫ぶ。
「家来どもよ、アイツを捕獲するのだ!」
オマーダは家来達に催涙ガスを撒き、隙を狙って美穂を連れ去った。陽菜も美穂と共に連れ去られ行方をくらました。

  

そんなこととはつゆ知らない建と日和は、焼肉京城に向けて横丁を歩いていた。
「うわ、皆さん喧嘩していらっしゃる」
「たけしの挑戦状に憧れた輩の巣窟だからな」
「たけしって、北野武さんのことですか?」
「そうそう。アダ地区民の誇りだからね。アダ地区民か否かを判断するために『踏武(ふみたけし)』が用意されてるくらい」
「踏むのを拒んだらアダ地区民、ということですね」
「そうだ。でも武さんは世界的スターだから、アダ地区民じゃなくてもみんな踏めない。だから今は『踏みやぞん』に取って代わられてる」

  

目的の店は初見では絶対に迷ってしまう、曰く付きのスナックしか無さそうな地味な路地にある。永見と天七の間の路地、と覚えておくと良い。
「ほら、雪女のパンツがいっぱい落ちてる」
「ただのシケモクじゃないですか」
「アダ地区ではタバコを吸う奴が偉いとされる。路上でする奴なんてそれはそれは崇め奉られる」

  

店の入り口に到着したが、建は先ほどの餃子店のトラウマが過ぎり中に入りたがらない。
「建さん、何ひよってるんですか」
「また断られるかなって。予約もしてないし」
「頼りないですね、私が行きます」
平日の早い時間だったためか、結局客は全くおらず普通に入店することができた。

  

「日和、好きなもの頼みなさい。松阪牛とか好きでしょ」
「松阪牛…名前聞いただけで美味しそうです」
「何だそれ」

  

陸ハイボールと共に、まずはサラダ。甘めのドレッシングがクセになる。

  

続いて特選松阪牛3種盛り。タン塩はコリっとしつつもやわやわで、身の甘み、脂の旨味というものを感じる。ロースは脂に溢れつつもあっさりめ、カルビもそこまで脂っこいものではない。良質ではあるが、3枚ずつだとそこはかとない物足りなさに苛まれる。日和はもう1セット追加注文し独り占めした。
「リーズナブルとは言うけど、これならもうちょっと厚みが欲しいな。アダ地区という空気感が余計ちぐはぐを生む」

  

そう言う建は特選ヒレを追加。タレと塩どちらがオススメか尋ねるが返答に窮する店員。結局タテルは肉本来の味を楽しめそうな塩を選択した。
塩と言っても塩味のタレがかかっているというわけではなく、塩と胡椒が主体というだけ。これが脂と融合して旨味を生み出す。胃もたれしやすい建でさえ一人前を平らげた。がやはり物足りない。

  

「美味しいですね」
「キミ、よく食うな」
「アダ地区も悪くないですね」
「やめろよ良くないって」
「何でですか」
「アダアダ言ってると胃にアダができるわい」
「どういうことですかそれ」
「アダになりたくない。不健康な人多いからアダ地区の医療費高いし」

  

ご飯が余りそうだったのでハンバーグも発注。脂を多く抱える肉をハンバーグにしているから、身はかなりホワっとしていて肉感には乏しい。その分旨味は満点で、市井のハンバーグ以上にご飯が進む。

  

あっという間に完食したところで、アダ地区ミッション北区代表の雄一から電話がかかった。
「お疲れ様です…えっ?埼玉大使の美穂さんがオマーダに連れ去られた?宿場町通りで?…わかった、すぐ行く」
「建さんどうしました?」
「すぐそばで連れ去り事件が発生した。これ以上アダ地区にいるのは危険だ、都心に戻れ」
「わかりました」
只事ではないことを察知した日和は素直に指示に従った。建に見送られ、日比谷線でアダ地区を脱出した。日和ら美麗一家のメンバーが陽菜の連れ去りを知ったのは翌日のことだった。

  

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