連続算数百名店小説『五本松白熱教室』Lektion1:植木算(焼鳥今井/外苑前)

「スズカ、また算数のテスト赤点だったって⁈」
「勉強したのに…」
「言い訳は無用!数学ならまだしも、算数で赤点なんて聞いたことない!罰として1週間夕食抜きです!」
「そんな…」
「テレビも遊びに行くのも禁止、学校と睡眠以外の時間は勉強しなさい!」
「でも友達付き合いもあるし…」
「言うこと聞かないと、お母さんオバケになってスズカを食べちゃうぞ…」
「キャアーーーーー!」

  

「夢か、ビックリした。何このセンスない夢…ってあっ!収録に遅れちゃう!」

  

綱の手引き坂46のメンバー・スズカ。この日は冠番組の収録があり、トークパートは「夢」の話で盛り上がっていた。
「にんじん食べられなくて残されて、食べられない食べられないってずっと言ってたら先生がゴリラになって怖かったです」
「ゴリラになった⁈ヒナが言うと何でも面白く感じるねぇ」贔屓するMC。
「私も襲われました!算数のテストで赤点とってお母さんがオバケに…」
「入ってくんなスズカ!」急に手厳しくなるMC豪徳寺。
「しゅん…」

  

収録後、スズカは説教部屋に呼び出された。そこには綱の手引き坂特別アンバサダーを務めるタテルが、いつもと少し違うキャラクターで待ち構えていた。
「ご苦労だなスズカくん。俺は五本松タテルだ」
「いつものタテルさんじゃないですか。白衣着てるとこ以外は」
「スズカくん、君って奴はどうして空気を読まない」
「ごめんなさい…」
「いいか、君は確かに豪徳寺くんから『進行の邪魔をしろ』と言われて持ち味を発揮している。だがひとたび油断すればその『邪魔』は笑えない『邪魔』になる」

  

そう言ってタテルは壁に計算式を書き始めた。
「ちょっと待ってください、落書きはダメですって!」
「代入するxの値を間違えたら不等式は成り立たない。その加減を瞬時に計算するんだ。それができないと一流バラエティタレントなど夢物語になってしまう」
「…」
「どうせ夢の話をするなら、ヒルベルトの第12問題の話をしてほしいものだ。別名『クロネッカーの青春の夢』、はい出来上がり。こっちの方がよっぽど面白いのにね」
「ちょっと何言ってるかわからない」
「わからないだろうな、算数で赤点とるような奴には。出直してらっしゃい」
「ちょっと待ってください、数式消してから帰って…」
「君、何落書きしとる!」警備員が殴り込む。
「ち、違うんです、これは…」
「いいから消しなさい!ちゃんと消すまで帰らせないからな!」
「わかりましたよ…」

  

負け顔を見せながら落書きを消すスズカ。そこへタテルからLINEが届く。
「落書きそのままにしてごめんな。説明遅くなって申し訳ないが、これは企画だ。算数嫌いのスズカをどこまで得意にさせられるか、というミッションが俺に課せられた。お詫びがてら、早速焼鳥食べに行こう。俺が奢るから」

  

金曜日の夜、神宮へ続く道上の酒屋でタテル(五本松のすがた)を待つスズカ。
「遅いなぁ。18:45待ち合わせなのにもう47分…」
「はいそれじゃあね、今日からね、頑張って勉強しようと思いますね」
「タテルさん、ちょい遅刻です」
「まあまあまあ。予約は19:00だし余裕で間に合うよ」

  

2人が訪れたのは焼鳥今井。カウンター29席と比較的大箱の焼鳥店で、店内では6,7人ほどの店員がホールにキッチンに大忙しである。予約前提の店でありつつ飛び込みでも入れる可能性があるというが、この日は皆断られていた。
「へぇ、焼き鳥屋さんってこんなお洒落なんですね。てっきり渋いものだと思っていました」
「わかってないな。最近の焼鳥はスタイリッシュなんだよ。意識高い日本酒やワインも揃っている」
「全くの未知ですね。楽しみです」
「ただ本題はあくまでも算数・数学の勉強だ。合間合間でしっかり取り組んでもらうからな。じゃあとりあえずハイボール」

  

テキトーなウイスキーではなく、クラガンモア12年を使ったハイボール。ウイスキーの濃い味が満遍なく広がる。ただ早く飲まないと氷と慣れで薄まってしまうので注意である。

  

先付けはリーフサラダ。塩・黒胡椒・オリーブオイルという最低限の調味料が、葉の苦味をスナック感覚に変えてくれる。とは言ってもスズカには苦々すぎたようだ。
「コースは税抜9500円。焼鳥単品は500円だから、一品料理の存在を無視してシンプルに割り算すれば19本」
「計算速いですね」
「95÷5なんて秒だろ。九九みたいなもんさ」
「鼻につく〜!これだから東大の人は」
「これだから算数嫌いは」
「何ですって」
「こっちのセリフだい」

  

最初の串はレバー。黒胡椒とバルサミコがかかっているが控えめで、レバー独特の味が表立っている。食べ進めるうちにそれは丸くなりコクとなる。

  

そしてここからは、修善寺育ちの天城軍鶏が登場する。
「私修善寺ならわかりますよ。伊豆の方にドライヴ行くの好きなので」
「私はバカじゃないアピールか?そんなこと俺に言わないでいつものタテルに言え」
「…褒めてほしいんですタテルさんには」
「五本松のすがたはタイプが違う。算数の話をしなさい」

  

ささみが海苔とともに登場。パサついていそうに思えるのだが、天城軍鶏特有の引き締まった身が優しく解け、味わいは清澄。

  

銀杏。焼きとうもろこしのような香りがしつつも、苦味と若干のクセがあって銀杏であることを忘れていない。

  

皮付きもも。これが目を見張る程の筋肉質で、浮ついたところのない一本気の旨味を感じた。全体的に味付けは引き算の傾向が強く、素材そのものを味わう心が無いと美味しさを理解できない可能性が高い。幸いスズカはタテル(ふつうのすがた)に高級天ぷらを教えてもらっていたため美味しくいただけたようである。

  

少し甘めのオレンジワインを手に本題へ入る。
「今日のテーマを発表しよう。小学校算数の定番問題『植木算』だ」
「うえきざん?」
「このシチュエーションだとそうだな…」

  

厨房内のあの焼き台で一度に何本焼鳥を焼けるか。焼き台は3mとしよう。もちろん間隔を空けないとひっついたりして困るから、5cmおきに等間隔に置くとしよう。さあ何本置けるかな?

  

「文章題なんて一番嫌い…」
「何も難しいこと言ってないのだが。情報処理能力が無さすぎる」
「ああもう!3mで5cmおき、1mって何cmだっけ…」
「そんなところで躓くな。100cmだ」
「だから300cmでしょ、5で割れば…60本!」
「残念。間違いが2つ」
「えっ?」
「まず君は何故焼鳥の串の太さについて訊かない?」
「どういうことですか?」
「串の太さを無視するかしないかで答えは変わってくるぞ。俺は敢えて言わないでおいた。そしたら案の定スルーしたね」
「出された問題はそのまま考えるでしょう誰でも」
「ははん。なら君は科学者に向いてない!」
「私科学者じゃありません、アーティストです!」
「なら尚更ダメだろ。額面通り受け取るだけじゃ埋もれるだけだ」

  

熱を帯びるタテル(五本松のすがた)を宥めるかのように蕪。甘みが凝縮され、焦げが加わり雄々しさも足される。

  

続けて白子。鶏にも白子なんてあるんだ、と驚くタテルであったが、内部は思ったより薄口。ハリのある薄皮のみが印象に残った。

  

さらにもも肉も焼き上がる。皮付きとの違いは身の詰まった部分があることで、こちらの方がわかりやすい美味しさである。

  

「じゃあ今回は太さは無視としよう。太さを無視した串と串の間隔が5cm、両端の串どうしの距離が3mな。300÷5=60で答えは60本、ブー」
「なんでですか…」
「じゃあもっと本数少ない場合で観察してみよう。間隔は変えず焼き台を30cmとすればイメージしやすいだろう。描いてみなさい」
「6本だと思ったけど、123456…7本ある!」
「だろ。40cmや50cmでも同じように考えて」
「割り算した答えよりも1本多い!」
「それが植木算だ。両端にも置く場合、『総延長÷間隔+1』が求める本数になる。よって元の問題の正解は61本。結構置けるな」
「ひっかけですね」
「ただの注意散漫だ。そんなんで車の運転してもらいたくないね」
「タテルさん、一言余計なんだよな…」
「置いた焼鳥の串に左から番号をつけていこう。1からではなく0から始めると都合良いかもしれない。0,1,2,3,…最後は60だね」
「0から数え始めるのって何か違和感あります」
「欧米では0スタートがスタンダードらしいな。まあいいや、0と1の間をエリア1、1と2の間をエリア2、と定義すれば、最後はエリア60だな。割り算で得られたのはエリアの数。それはつまり1〜60番の串をカウントしたことになる。だけど0番の串をカウントしていないから+1。どう、この考え方?」
「いいかもです!」
「自分なりに理解しやすいモデルを構築するんだ」
「モデル?私もなりたいです」
「ファッション誌とかのモデルじゃない。考え方の秩序とかルール、といえばいいのかな。既存のモデルをどう使うかよりも、どうモデルを構築するか。これが今後どれだけ大事になってくることか」
「わからないですその感覚」
「それを養うのがこのミッションだ」

  

インターバルが終わりうずらの卵。白身がムチムチ。程よい醤油の味付けが白身を香ばしくし黄身を濃厚にする。

  

鴨。フレンチレストランでも出せない上品な脂が堪らない。同じ「鳥」ではあるのだから、こういう焼きが皆できるようになれば鴨だって焼鳥の定番になり得ると思う。

  

つくね。生姜の味をまず感じるが、それが尖る前に肉の旨味が丸め込む。

  

トマト。火が入って濃密になり、オリーブオイルと塩も加わって身に染みる味となる。

  

「あれ、これでコース終わり?」
「さすがの私でももうちょっと食べたいです」
「そうだな。じゃあ俺はせせり頼む」
「私はトマトおかわりしよう」

  

写真フォルダを見返してみるタテル。やはりあまり品数をこなしていない印象を受けた。また、メニューにある単品の値段だけで足し算すると、コース料金に2000円満たないのである。
「スズカくん、これはどういうことだと思う?」
「タテルさん面倒臭いですよ。細かいこと気にしないで」
「スズカくん、この店予約する時って『席だけ予約』はできなかったっけ?」
「知りませんよ。予約したのタテルさんですよね?」
「間違いない。少なくともネット予約では必ずコースを指定させられる。コースを頼んだ人向けの特別価格だと考えれば合点がいく」
「なら良かったです。私はいちいち気にしませんけどね」

  

半合の日本酒と共に鬼おろしと算数問題を引き続き摘む。
「じゃあスズカくん、さっきのモデルにおいて、3番と14番の間に串は何本ある?ただし両端は除いてお答えください。はい、3、2、1!」
「えええ、14-3+1=12本?」
「両端は除くんだよ!」
「じゃあ12-2で10本か…」
「臨機応変に対応しなさい。でも14-3+1を出せたのは良かったと思うよ」
「初めて褒めてくれた…ありがとうございます!」
「そんなことでいちいち感動していたらもたないぞ」

  

追加のせせり。今はフニャフニャでも、将来芯の通った大人になる兆候がある子供みたいな食感である。

  

〆のラーメン。お淑やかな軍鶏の出汁は勿論のこと、うずらの卵が仄かに甘くて奥行きを与える。あっさりしつつしっかり美味しい、理想形の〆である。

  

最後はどら焼きアイス。キャラメルや日本酒により香ばしさが加わった皮がクセになる。

  

「さあここからは応用問題です。これは明日までの宿題としましょう」

  

①先ほどは串の太さを無視したが、串を全て太さ2cmとして3mの焼き台に5cm間隔で置く場合何本置けるか。
②横幅5cmの生写真を、両端5mmずつ重ねて横1列に並べていく(上端下端はぴったり合わせる)。100枚並べると横幅は何cmになるか。

  

「難しそう。だけどじっくり考えればわかるんですよね」
「そうだ。投げ出すことなく取り組んでもらいたい。わからない時は図を描くこと」
「はい、ありがとうございます!」

  

夢の算数・数学マスターへ、スズカの挑戦が始まった夕餉であった。

  

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