連続百名店小説特別編『MISS BRAND-NEW DAY』(レストランローブ/仙石山森タワー)

人気アイドルグループ「綱の手引き坂46」の特別アンバサダーを務める芸人・TATERU(26)。デートやドラマ撮影などを通して各メンバーの魅力を発見するのが使命である。
ある日の夜、神谷町駅にてメンバーのアヤ(25)・ヒヨリ(21)と待ち合わせる。
「タテルさん、お疲れ様です」
「いいね2人とも。さすがモデルもこなせる美人コンビ」
「照れますって」

  

晩餐の舞台に選んだのは、仙石山森タワーに今年移転したフレンチの名店ローブ。原宿KEISUKE MATSUSHIMAにいたシェフとパティシエが独立し、日本で3本の指に入るソムリエが参画という強力な布陣。タテルはこの事実に惹かれこの店を選んだ。

  

日本一の高さを誇る麻布台ヒルズを横目に路地を抜けると現れる仙石山森タワー。いかにも森ビルというお洒落な空気感にたじろぐアヤとヒヨリ。
「慣れないか、この雰囲気?」
「はい。もうオシャすぎて」
「アヤなんかよく六本木にいそうだけど」
「そんなことない。代々木上原がMAX」
「でも2人ともヒルズが似合う女になったと思うよ」
「そうなのかな?」嬉しく思いつつもどこか不安げな2人。

  

高層ビルではありがちなオフィスへの玄関口。その傍に店がある。アヤとヒヨリにとっては初のグランメゾンであり、緊張の色を隠せない。本当はレディファーストを遵守すべきなのだろうが、不慣れな2人のためにタテルが先陣を切る。
「タテルさんすごく場慣れしてますね」
「私と1つしか歳違わないのにすごいパパ感ある」
「変なこと言うなアヤ。ここはれっきとした美食の舞台だ」
「冗談だって…」
「パパ活なんぞ大嫌いだ!法律で取り締まってほしいくらい」
「わかったから黙って!」

  

3人は15000円コースとワインペアリングをいただく。TableCheckで予約すれば25000円ポッキリの明朗会計。実際は水やら食後酒やら追加することになり28000円強となったが、最高峰フレンチでこの価格というのは、日本料理や寿司と比べ良心的に思える。

  

開幕に先駆けお茶のようなものが供された。スパイスの香りとりんご・梨の穏やかさが綺麗にまとまっている。

  

そしてペアリングの初手はアカデミー賞授賞式公式の由緒正しきシャンパーニュ。なるほど重さを感じる1杯である。

  

フィンガーフード5種。土佐あか牛コロッケとかぼちゃの揚げラヴィオリは素材をよく活かし、ホタテのタルタルと仔羊は調味で魅せるタイプ。オレンジ入りフィナンシェは塩気が効いていて、食事としてもスイーツとしても成立する面白いものである。

スタイル良くて美人で魅力的な2人ではあるが、不思議なことにグループ内での人気は伸び悩んでいる。アイドルとは難しい職業で、人気グループにいても夢に見る姿の良さと美形だけでは注目を集められないのだ。
「これから4期生が選抜に入ってくると、私たちは間違いなく弾かれてしまいます」
「焦りがすごくて…」
「確かに2人とも突き抜けた何かは持ってない。言ってしまえばオシャレ好きな一般の女性と同じそぶりなんだろうね」
「はあ…」

  

イタリアの白ワインが登場。林檎のような果実感が特徴的である。
「だけどさ、俺そういう女性大好きなんだよね」
「えっ?」
「インスタでいかにもイマドキって感じな女の子探すの好きなんだ。ちょっと綺麗めな普通の女の子なんだけどそれが良くて」
「タテルくん、鼻の下伸びてるよ」
「そうなっちゃうんだって。特徴なくたって人は好きになってくれるんだよ」

  

鱒のタルタル。臭みは抑えられており脂乗りも良い。炭入りマヨネーズと合わせると鱒らしさが立つが、クセは最後まで一切感じなかった。先ほどの白ワインは少し重みがあり、合わせても鱒の強い味に負けることも喧嘩することもない。ただ、この1品だけでそこそこ腹が膨れる。

  

「俺はアヤもヒヨリも大好きだ。じゃなきゃ今こうやって君たちとフレンチ会開かないだろ」
「タテルさん…」
「好きになって付き合うようになれば世界に一つだけの魅力が見えてくる」

  

次のフォアグラ料理に合わせ、甘さのある冷えた白ワインがやってきた。メタメタに甘いわけではなく、どこかスッキリした味わいである。
「その魅力は必ずしも一言で言い表せるものではない。だから何の思い入れのない人には理解が難しいのかもしれない」

  

フォアグラのムースに柿をあしらった一皿。
「柿…ですか」
「ちょっと地味な果物だよね。わざわざ食べよう、とは思わないし」
疑ってかかるヒヨリとアヤをよそに、タテルはフォアグラの脂っこい塩気を楽しむ。続いて柿と一緒に頬張ると、あれだけ存在感の強いフォアグラを、柿がノックアウトしていた。
「ごめんなさいナメていました。柿ってこんな力強い甘み持っているんですね」
「わかってくれたか。柿なんて近所の庭から泥棒して食うような果物だと思うけどさ」
「何言ってるのタテルくん」
「でもしっかり拘って育てあげれば、マンゴーにだって引けを取らない立派な果実を実らせる。アヤもヒヨリも、そのラインを目指していけばいいんじゃないかな」

  

また別の白ワインが登場。合わせる料理はエイヒレ。ほぐしたエイヒレがソースの下に入っていて、クリーミーなソースに旨味がこれでもかと融合してくる。そのままではダラっと濃いだけの味になるところを、レモンの酸味が引き締めている。
「ヒヨリはマイペースすぎるように見えた。江ノ島線歩き旅では何度もbreaking up my heartしてきた」
「あの時は本当にごめんなさい…」
「いいんだって。独自の世界観持っていて面白いじゃん。風呂上がりに組体操するなんてヒヨリにしかできないよね」
「あれはホントに面白かった」思い出し笑いするアヤ。
「この前のゴッドタクシーやデンジャーバスター、ヘラヘラせずにちゃんと演技できてた。オマケに可愛い。締めるところはしっかり締められるようになったし、このままのペースでやってほしいな」

  

次のワインは甲州グレイスワインから、鳥居平畑プライベートリザーブ。タテルにとっては前々から憧れていた銘柄。その期待通り、柑橘のような香りと水のような透明感に魅せられる一級品である。
「すごい。ヒナちゃんみたいに透き通ってる」
「ヒナね。ドラマで長い時間共にしたけど本当に純粋な子だよ。純粋も突き詰めれば強烈な個性よね」

  

スジアラは淡白ながらも筋肉質。鱗焼のフレークは出汁に浸ってもしならず香ばしさのアクセントとなる。出汁には長崎の柑橘「元寇」を使用。身によって隔てられた、元寇入りの箇所とない箇所を飲み比べするのも一興である。和食のような奥ゆかしい料理であり、甲州ワインが力を十二分に発揮する。
「アヤも脚細くてロングブーツの似合う女の子だけど、そういう美人はたくさんいる。でも付き合ってみたら彼女感に溢れていて、頭のてっぺんから足の裏まで、そしてちょっとおバカなところも愛おしいく思うんだ」
「ちょっと気持ち悪いんだけど」
「それくらい好きになれるんだ。でもこの気持ちを他人に伝えるのは難しい。端的に言語化できない愛がそこにはあるんだ」

  

小難しい表現を繰り出したところで赤ワインが登場。フルボディではあるが重すぎることはなく、肉へ向き合う準備を万端にする。

  

肉はフランスのビゴール豚。海外産の高級豚肉は意外と食べる機会がない。流石陸の国フランス育ち、非常に引き締まった身をしている。それは決してカチカチに硬いわけではなく、身の旨味を存分に味わえる作りになっている。別途調理された脂身は脂の核が何かに包み込まれた感覚で、ベタっとすることなく真っ直ぐ喉に入っていく。総じて食べ疲れしない肉料理である。付け合わせとしてラヴィオリが添えられていて、ここでもやはり餡の旨さが際立つ。
「月並みを愛して何が悪いんだ、って話。突き抜けたものを追求する必要性はない」
「それ聞くと安心しますね」
「2人とも立派なファッションモデルやってるし。2人らしく進んでほしいな、自分が正しいと思う道を」

  

コースはここからは第2幕、デザートゾーン。デザートワインとしてドイツの甘口赤ワインを頼んだが、甘さが口に残る。コニャックにした方が良かったのかもしれない。

  

デザート1品目は、レアチーズに無花果赤ワイン煮と金木犀のグラニテ。無花果赤ワイン煮は最強のかき氷店「サカノウエカフェ」でも経験したエレガンス。チーズとの相性も良く、金木犀の芳香がポツポツと光る。
「だけどくれぐれもパパ活女子だけにはなるなよ」
「結局そこ?」
「自分を安売りしてるようなものだからな。特に高級なものに対しては、自分の食べた分は自分で払うこと。これは徹底して」
「わかりました」

  

メインデセールはモンブラン。流行りのしぼりたて和栗モンブランとは違うものだが、ラムの効かせ方が適度で栗らしさを損なっていない。この加減は正に職人技である。
焼き栗は塩の振り方がまた絶妙。洋のパティシエがこんな渋い芸を見せ大成功を収めるとは。そしてキャラメルムースも程よい焦がし具合。無意識のうちにふと香るトリュフがレストランデセールらしいポイントである。
「デザートって一番難しいのよ。どうしても割りとよくあるタイプになりがち。でも細かな工夫が施されていて、真剣に向き合えば向き合うほど魅力がわかるんだ」
「素敵ですね。タテルさんの食に対する姿勢、本当に尊敬します」
「でももうちょっとファッションのことも知ってほしいけどね。服装がワンパターンすぎて」
「それはそうなんだけどさ」
「大丈夫、私がみっちり教えてあげるから」

  

食後の飲み物はブラジル産のアイスコーヒーを推してきたのでそれに従う。カフェインがどうのこうの、という罪悪感を振り払うフルーティーさの虜になる。

  

そしてショーの最後はボンボンショコラ。4種類全ていただけるとのことでお言葉に甘える。全体的な特徴としては、外側がパリッとしている点が目立つ。よく冷えていて、持ち帰りでは味わえないタイプのショコラである。
フレーバーは玉露、紅茶、バーボン、ノーマル。紅茶の味が複雑で面白かった。一方でガナッシュの重さがないため、普段から高級ショコラを食べ慣れている人は戸惑うかもしれない。

  

強力夫妻の織りなす料理は全てが魅力的であった。突き抜けて印象的なものこそないが、アヴェレージの高さが際立つ。
「アヤとヒヨリにぴったりのフレンチだったと思う。気に入ってくれたかな?」
「はい、もう大満足!」
「また来たいです」
「今度は仲良いメンバー連れて来るといいさ。もちろんまた一緒に新しい旅したい気持ちもあるけどね」
「行きたい!また横浜デートで一夜を共にしましょ」
「さすが横浜が似合う女アヤ。ヒヨリはどこ行きたい?」
「餃子とか焼肉とか食べに行きたいです。私の地元福岡にも泊まりに来てほしいです」
「いいねぇ、楽しい旅になりそうだ」
大都会の真ん中で濡れたムードを抱きしめるタテルであった。

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