人気女性アイドルグループ「TO-NA」の特別アンバサダー・タテルが過ごす正月。2日の夜は恋人の京子、そしてTO-NAのメンバーで副キャプテンのカコニと食事をしていた。
「京子、ここに来たかった理由はとんかつだけじゃないんだ。ウイスキーを飲みたくてうずうずしてるんだ」
「実家であんな日本酒飲んで、まだ飲む気⁈いい加減にしなさい」
「今年こそはお酒の勉強をするんだ。だからこの近くのバーに行かして!お願い!」
「…仕方ないね。ほどほどにするんだよ」
「あの、私もついていってイイですか?」
「おっ、カコニちゃんも来る?」
「ウイスキーとか飲んだことなくて、ちょっと試してみたいです」
「勿論さ、一緒に勉強しよう」
「私は先帰ってるからね。くれぐれもカコニちゃんに変なこと教えないでよ。カコニちゃんも、何かあったらすぐ知らせてね」
「はーい!」

新仲見世アーケードの1本下の通り、ゆたかのすぐ近くにあるサンボア。銀座や北新地にも店舗がある、立ち飲みでお馴染みのバーである。
「…混んでるな。入れるかな?すいません、2名なんですけど」
「無理ですね…あいやいけるか。ちょっと待っててください」
堅物そうなバーテンダーに少し腰が引けたが、何とか空いたスペースに入り込むことができた2人。他の系列店と違って、カウンター用の椅子や座れるテーブル席があったが、2人は立ちで我慢する。
「何にいたしましょう?」
「あ、メニューとかはないんですか?」
「カコニ、バーとは大体そういうものだ。自分の頼みたいものを頭に描いておかないと」
「そうなんですね…」
「サンボアといえばハイボールのイメージがある。炭酸水をドバァって注ぐ」
「じゃあそれにしてみます」
「俺はブランデーの炭酸割りでお願いします」

ヘネシーVSをグラスの2/5程度注ぎ、グラス上部にフィットする角氷を載せて氷の周りをスプーンでくるくると擦る。グラスに馴染んだところで炭酸を注ぎステアしたらブランデーハイボール(1700円)の完成である。
「この甘美な味わい、堪らん!あけおめ!」
「美味しいですね濃いめで。これはハマっちゃいそうです」
「最初は飲みやすいのにして、後半でウイスキーロックを頼むのが俺流だ」
「じゃあ私もそれでお願いします」
「了解。ちょっと甘めのカクテルを飲みたくなってきたな。えーっとどうしようかな…」
一丁前にカコニをエスコートするタテルだが、酒の知識不足は否めない。基本的なカクテルレシピさえあまり頭に入っておらず、バーテンダーに相談するのも恥ずかしくてスマホで調べるほか無かった。
「カコニのサイリウムカラーは緑と紫だから、メロンリキュールとすみれリキュールだったらどっちが良き?」
「メロンが良いですね」
「メロンリキュールを使ったカクテルは…チャイナグリーンなんてのがあるけど」
「あ、美味しそう。それにします」
「でもちょっとマイナーな気がするな。丁重に訊ねてみよう」
少し若めのバーテンダーに問いかけるタテル。
「すみません、チャイナグリーンっていうカクテルご存じですか?」
「チャイナグリーンですか?」
「チャイナブルーのブルーキュラソーをミドリに変えたものなんですけど」
「そうですね、うちミドリは置いてないんですよ」
「ああなるほど、じゃあチャイナブルーでお願いします」
「かしこまりました」

生搾りのグレープフルーツ果汁、ライチリキュールを入れ、最後にブルーキュラソーを注いだチャイナブルー(1400円)。敢えて混ぜずに提供し、客側がマドラーでステアする。涼しげな見た目、口当たりの良いトロピカルな甘さの虜となる。
「ああ、カクテル飲むカコニちゃんの横顔キレイだなあ」
「様になってます?」
「なってる。まだ21歳だけど、落ち着いていて大人っぽいよね。さすが副キャプテン」
「いやあ、ガタイが良いだけですよ」
「その長い手足から繰り出されるメリハリのあるダンスが武器になってる。カコニがパフォーマンスのセンターポジションを務める『ステンレスの剣』、MVの再生回数1000万回超えだもんな。TO-NAになってから圧倒的No.1の再生回数、すごいと思う」
「スズカさんの作曲と歌唱が良かったお陰です」
「謙虚だな。とことん真面目だなカコニは」
「真面目なスズカさんに憧れてるので」
「良かったよね、この前一緒に神連チャン挑めて。まだ結果は聞いてないけど」
「さあどうでしょう。5日の放送、みんなで集まって観るのでタテルさんも来てください」
「勿論さ。美味しいパンを持って行くよ」
そしていよいよウイスキーを頼むことにした2人。目の前に並べられたボトルを見て、気になる銘柄を品定めする。
「俺水色のボトルのやつが気になる」
「私もそれ気になります」
「銘柄の名前調べてみようか。ブルックラディのザ・クラシックラディ。アイラ島のスコッチか」
「どこですかアイラ島って?」
「スコットランドはわかる?」
「わかります。イギリスの北部ですよね」
「まあそうなるな。そのスコットランドの西の方にある離島だね。スモーキーなウイスキーが多く製造されてるけど、今飲もうとしているやつは抑えめらしい」
「へぇ、詳しいですね」
「Wikipedia読み上げてるだけだ。俺は何にもわかっちゃいない」
「でも私よりは詳しいですよね」
「まあ経験は俺の方が上だな。それをちゃんと知識として蓄積できていなくて、それが良くないと思ったから今年は勉強の年にする」

ザ・クラシックラディ(2400円)。入りは軽いようだがすぐコクが爆発して口の中や喉に訴求してくる。勿論飲み進めるにしたがって、および氷が溶けるにしたがって角が取れてくる。総じて壮大なウイスキーである。
「結構量ありますね」
「その感覚は正しいよ。普通グラスいっぱいに注がれることないから。基本は2/3くらいまでしか入らない」
「お正月だから、ですかね」
「だったら面白いね。無理はすんなよ、水もしっかり飲んでね」
「はい!」
「同じアイラ島だと、ラガヴーリンを銀座OPAで、水色ボトルの隣にあるポートシャーロットを数寄屋橋サンボアで飲んだ。どちらも『スモーキーなものを』とリクエストしたら出てきた」
「スモーキーなもの、という頼み方もアリなんですね。次からはそうしようかな」
「あまりお勧めはしない。前別の店で見当外れなこと言ってバーテンダーさんを困らせたことあるから」
「なんて言ったんですか?」
「『夏の林間学校で突然夕立に見舞われた時の雰囲気を持つウイスキーください』って言ったら変な空気になっちゃってさ」
「当たり前ですよ。無茶振りがすぎます」
「多分酔っ払ってたんだな。まあでも銘柄指定の方がいいよ。同じような味わいリクエストしても大体同じウイスキー勧められるから。ウイスキーを学ぶのであれば、目についた銘柄を手当たり次第飲んでいくのが良いと今の俺は思ってる」
「じゃあ私はあのバルヴェニーにしてみます」
「バルヴェニーなら飲んだことあるぜ。ちょっとバニラの香りがする甘やかなもの、という印象だ」
「へぇ、それは美味しそうです」


一方タテルが選択したのは、ハイランドのPitlochryで醸造されるエドラダワーの10年(2700円)。こちらは大人しい芳香で、樽っぽいテイストを切り崩すように味わう。
「やっぱり多めに注がれた。これがデフォなんですね」
「そうみたいだな。飲兵衛の多い浅草にお似合いのシステムだ」
時間が経って氷が程よく溶け出すと円やかな味わいになる。
「こうした味の変化を楽しめるのが、ロックという飲み方」
「ウイスキー本来の味を楽しむなら、ストレートで飲むのはどうなんでしょう?」
「ホンマや」
「どうしたんですか、いきなり関西弁で」
「絶対そっちの方がいいじゃん。アルコールがキツくはなるけど、テイスティングをする上では、ストレートで味わうのがベストだ」
「私全然イケちゃいますね」
「いいねカコニ。全然ケロッとしてるもんね。酒飲めるメンバーあまり居なかったから嬉しいよ」
チャーム(皮付きピーナッツ)300円含めタテル分の会計は9000円強。ウイスキーは値が張るが、その分量もあるため満足度は高い。
「また飲みに行きたいです」
「そう言ってくれるとありがたいよ。2人でお酒の資格いっぱい取ろう」
「カゲさんもテキーラの資格取ってましたからね、私たちも頑張りましょう」
タクシーに乗り込んだ2人。カコニの実家の近くまで乗っていくことにした。
「クラシックラディはああたらかんたら、エドラダワーはどうたらこうたら、っと」
「タテルさん何してるんですか?」
「京子に報告。ちゃんとお勉強してますよ、ってアピール」
「タテルさん、脱力系に見えて意外と真面目ですよね」
「何だよ急に」
「好きです、タテルさんのそういうところ」
「やめろよ、照れるじゃねぇか。まあグミも来年には30歳だし、もしかしたらパフォーマンスから退くことも考えているかもしれない」
「それはありますね」
「カコニには次期キャプテン候補として、TO-NAに若々しい風を吹かしてほしい。これから物心のつく人達にも、TO-NAを応援してもらいたいからな」
「承知しました!」
「あとカコニには凛々しさを身につけてほしい。外野がガヤガヤ五月蝿いと思うけど、それに負けない凛とした姿勢を見せる。そうすればグループにもプラスになるし、俺はカコニのことを好きで堪らなくなる」
「ちょっとニヤニヤしてません?」
「失礼した。でもそれさえ兼ね備えれば最強だと思うから。一緒に突き進もう。今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」