連続百名店小説スピンオフ『二〇二五年一月二日』前編(とんかつ ゆたか/浅草)

墨田区で共同生活をする人気女性アイドルグループ「TO-NA」。しかし紅白歌合戦への出場は叶わず、年越しカウントダウンの音楽番組にも呼ばれなかったため、地方出身メンバーは一般人と同じタイミングで帰省していった。関東出身メンバーも年越しの瞬間を共にして一夜を越すと実家に戻り、TO-NAハウスはもぬけの殻となってしまった。

  

TO-NA特別アンバサダーのタテルも、元日から4日まではTO-NAハウスに出向かず、同棲中の京子と共に元日は京子の、2日はタテルの実家へ挨拶回りをしていた。
「なあ京子、お節料理ばっかで飽きてきた」
「そうだね。ラーメン食べたい」
「ラーメンもいいけどさ、カレーとかとんかつも食べたいんだよ」
「お酒いっぱい飲んでそんな食べちゃ太っちゃうでしょ」
「でも食べたいんだ、がっつりしたもの。さっき調べたら浅草のとんかつ屋がやってるみたいだから行こう」
「仕方ないね、行こうか。どうせならTO-NAのメンバーと一緒に行かない?」
「カコニちゃんなら多分町屋の実家にいるはず」
「じゃあ私から連絡してみる」

  

カコニは2人の誘いを快諾した。
「すみません、お酒飲んじゃったんですけど大丈夫ですか?」
「いいよ。タテルくんも結構飲んでるし」
「そんな飲んでないって。2,3合くらいかな」
「それを結構って言うの!」
「ハハハ。私もそれくらい飲んでます」
「カコニちゃんも結構飲むんだね。まあいいや、じゃあどこ集合にしよっか?私たちは歩いて行くけど」
「浅草行く前に京子さんの家、寄ってもいいですか?」
「もちろん!来て来て!」
「歩いて行きますね」

  

「あけましておめでとうございます!」
「カコニちゃんあけおめ!今年もいっぱいかき氷食べようね!」
「おい京子、新年一発目に言うことかよそれ」
「いいじゃん何でも。タテルくんの第一声だっておかしかったからね」
「何言ったんですかタテルさん?」
「ただいま!今年は陰日向の麺のように幅広くやる1年にしようね!って言った」
「わからないです…」
「わかる人の方が少ない。私だって一瞬ハテナだったからね」
「俺の悪い癖だ。すまんすまん」

  

少し休憩して、浅草方面へ国際通りをひたすら南下する3人。ROXを通り過ぎると左にアーケード(新仲見世)が現れ、その1本奥の道を左に入る。常寿司という店の角を右に曲がるととんかつ屋が現れた。正月の浅草も夜となればそこまで混雑はしておらず、3人はスムースにテーブル席へ滑り込むことができた。
「カコニちゃんはロース派?ヒレ派?」
「ヒレですね。脂少ない方がいいので」
「ロース派は俺だけか…」
「タテルくん、私あまりお腹空いてないから、海老フライ定食にして1切れあげる」
「どうせ食うなら1本食べたいな。あげるならカコニにあげて、俺は別に1本追加注文する」
「まったく、こだわり強いんだから…」

  

「改めまして、カコニちゃん副キャプテン就任おめでとう!」
「ありがとうございます京子さん。去年は変化と試練の年でしたけど、今年はもっとTO-NAを人気にして、紅白に返り咲きできるよう頑張ります」
「そんな堅苦しくしなくていいよ。私たち同期でしょ」
「京子、冗談はよしなさい」
「冗談じゃないから。タテルくんは黙ってて!」
「はーい…」
「グミさんからは色々なことを学んでいます。メンバーのまとめ方、外番組でグループの代表として喋る時のコツ、高身長キャプテンとしてのスタイル維持の仕方」
「最後ちょっと特殊すぎない?」
「カコニまた背伸びたもんな?今172くらいあるんじゃない?」
「そんな無いですよ!」
「不思議だよな、俺よりデカいんだもん。俺170下回っちゃった」
「グミさんと同じ身長ですよね」
「180は欲しかったなあ」
「でも私は助かってる。私が背低いから、そんな背高くない人といた方が安心する」
「京子、それ半分悪口だぞ。悪い気はしないけどね、エヘヘ」
「タテルくん、それマジで気持ち悪いからやめて」

  

とんかつがやってきた。厚めに切られたロースカツ。衣も少し厚めで、揚げたてのうちは肉汁と衣の油でジュワッと美味しくいただける。ただ冷めるに従い肉がパサつき食べづらくなるので、早めに食べてしまうのが吉である。それでも良い豚肉を使っていることは解る。

  

「あ、追加の海老フライにもキャベツがついてるんだ。キャベツのおかわり中止って書いてあったからこりゃラッキー。カコニと京子も少しキャベツ食べる?」
「私はいい。お腹いっぱい」
「少しください」
海老フライは大ぶりの車海老を使用。程よく引き締まった身に塩味がよく効いていて、何もつけなくても美味しい。右奥に添えられたソースはマヨネーズにしては無味であり、つけたところで口当たりが変わって若干コクが増すくらいである。

  

「良かったです、おせち料理ばかりでちょっと味気無かったので」
「だよな。正月から開けてくれていてありがたい。最近は『年末年始に人を働かすな!』みたいな風潮がネットで強まってきて、昔みたく店が開かなくなり始めてるからな」
「当たり前だと思っていることが当たり前じゃない、ということですね」
「京子もよく理解しておけよ」
「わかったから、上から言うの止めて!だからタテルくん怖いって言われるんだよ」
「そうですよ。正直に物言う姿勢は尊敬しますけど、私たちの立場も考えてください!」
「ごめんって…」

  

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