連続百名店小説『WM』第9部(レストランオオツ/水戸)

茨城大学の卒業生・渡辺美加(29)と渡邉美佐(26)は、茨城大学の近くで今時な紅茶カフェ「ごじゃっぺ」を営んでいる。そこに客としてやってきたのは、現役茨大生の渡辺実奈(18)。同じワタナベ、同じイニシャル、同じ茨大生である3人は出逢ってすぐ打ち解けた。美加と美佐は共に恋人を亡くした悲恋がトラウマとなり、恋することを拒んでいたが、茨大の同級生・渡部猛太と交際する実奈の姿をサポートしたことにより、再び恋に前向きになっていた。しかし肝心の実奈と猛太は、すれ違いにより別れてしまっていた。
*年齢は第1話時点。

  

実奈と猛太はこれ以上の怪我を負うことなく無事であった。しかし庇った美加の意識が無い。
「美加さん…美加さん!しっかりしてくださいよ!」
「実奈、一刻も早く車乗せて、まずは安全な場所まで運ぼう。俺は救急車を呼ぶ」

  

マサユキ宅に戻り、美加に応急手当を施す美佐と実奈。間も無く救急隊も到着し、美加に処置をしながら実奈を叱る。
「何で丸腰のまま助けに向かった?二次災害の危険あるのわからないのか!」
「だって救助が来ないって言われたから…」
「だからって素人が助けに行くのは違う!とにかく大病院まではかなり時間がかかる。最悪の場合を想定してください」

  

美加は常陸大宮の病院まで、1時間近くかけて搬送された。懸命な治療が施されるが、意識が戻る気配が無い。
「俺のせいでこんなことになってしまった。俺が美加さんを殺したんだ。ずっとあの林道にいて、人知れず死ねば良かったんだ…!」
実奈は猛太にビンタを見舞う。
「それは違うでしょ!死ねば良かったなんて言っていいわけない!」
「…」
「猛太くん、筑波大学に入れなかったコンプレックスを引きずってるんでしょ」
「おい、その話は…」
「本望じゃない研究で忙しくさせられて心に余裕がなくなった。何のために生きているのかわからなくなった、でも死の淵に立った今、やっぱ死にたくなくなって誰かに縋りたくなった。違う?」
「違…くないかも」
「猛太くんのこと、私は全てお見通しだから。猛太くんのこと、忘れられるわけないんだから!」

  

そう言って実奈は猛太を抱き締めた。
「ごめんな実奈。俺は完全に自暴自棄になってた。台風の中フィールドワークをやらなければならないくらい追い込まれて、土石流に当たってしまった。俺の人生が走馬灯のように流れ、実奈の顔を見た時、最後の希望を見出したんだ。そしたら実奈が近くにいた。奇跡だよな…」
「本当だね。会いたかったよ、猛太くん。私を縋ってくれてありがとう」

  

2人とも大粒の涙を流す。その涙の一雫が美加の頬に垂れた瞬間、美加は目を覚ました。
「2人とも無事?良かった…」
「美加さん!生きていてくれて良かった…」
さらに涙が溢れる実奈と猛太。
「まさか猛太くんがこんな近くにいるとは思わなかったな。実奈ちゃんと猛太くんの恋を実らせる使命、捨ててない。命を引き換えにしてでも、2人を守りたかった」

  

その後美加は無事回復し、2週間後にはごじゃっぺに復帰する。実奈と猛太も縒りを戻し、逃げることを覚えた猛太は忙しい研究の合間を見つけてごじゃっぺに休みに来るようになった。
「はい、今日のデザートはアサイーボウル!」
「栄養満点スイーツ、ありがとうございます!」
「実奈ちゃんも食べる?」
「私ちょっと苦手で…」
「実奈、酸っぱいとかクセとかないから食べてみようよ」
「そう?じゃあ食べてみる…美味しい!」
「でしょ!」
「毎朝食べたい!食わず嫌いは良くないですね、少しずつ治していきます」
「いいぞ実奈。あ、卒業研究はおかげさまで何とか形になりそうです」
「それは良かった。卒業後は大学院に行くの?」
「いや、行かないことにしました。研究は自分の性に合わないんですもん。実奈も東京に行くことだし、公務員試験の勉強でもしながら帰京しようかと思います」

  

「猛太くん、もし良かったらなんだけどさ」畏まる美加。
「私の後を継いで、ごじゃっぺのスタッフにならない?」
「お、俺がですか⁈」
「やっぱり店閉めるの寂しくてさ」
「そうですよね。でも…」
「私、東京行くのやめようと思ってる。ごじゃっぺへの愛着、捨てきれなくてさ」
「いいのか実奈、企業の内定蹴って」
「『好き』に嘘はつけないからね。私、大好きなんだ。この店も美加さんも美佐さんも、そして猛太くんも」
「実奈…ありがとう、こんな俺を愛してくれて。実奈がいるだけで、今までの苦悩がすっ飛んでいく。俺には実奈が必要なんだと、改めて思った」
「もう私の元から離れないでね。つらいことがあったらすぐ頼って」
「はい!精一杯甘えさせていただきます!そして、美加さんに助けていただいた恩を全力で返したいと思います」

  

半年後、ごじゃっぺは店を畳むどころか、猛太の発案で売り出した「紅茶エスプレッソ飲み比べセット(数十種類ある茶葉から3種類セレクト)」が話題になりチェーン展開することになった。茨大前本店は実奈と猛太が経営し、美加と美佐は各々の故郷である日立と守谷の店でチーフを務める。やがて県内各地、さらには東京駅にも出店し、「コーヒーのサザ、紅茶のごじゃっぺ」と言われるほどの人気チェーン店となった。

  

2年の月日が経ち、実奈と猛太はめでたく結婚する運びとなった。結婚式はホテルテラスザガーデンで行われ、東京と福岡から、2人の友人が多数水戸にやってきた。披露宴における飲み物は2人が厳選した紅茶が採用され、酒を飲みたかったはずの出席者からも好評であったと云う。

  

その1週間後、今度は美加・美佐と4人で祝いの場を設ける。場所は茨城県内で最も高級なグランメゾン「レストランオオツ」。水戸駅から南下するが、歩いても歩いても郊外の車社会の街並みで、そのような建物が現れる気配すら無い。

  

「あ、あった!簡素だけど高貴な佇まい」
「こんなところがあるなんて、水戸に何年住んでいるのに知らなかった」

  

茨城の素材とフレンチの技術が融合した饗宴を噛み締めるように楽しむ4人。今までは高くて食べられなかった常陸牛などを堪能し、食後の紅茶を楽しんでいる時のことであった。
「渡辺美加、ついに入籍しました!」
「えっ⁈すごいめでたい!」
「おめでとうございます!あの幼馴染の方ですか?」
「そうそう」
「あ、私からも報告が」美佐がカットインする。「私、恋人ができました」
「おぉっ!」
「嬉しいです…」感涙する実奈。
「これも実奈ちゃんと猛太くんのおかげね」
「恋にオクテだった私たちに勇気を与えてくれた。2人に出逢えなかったら、こんな贅沢ができるほど店を大きくできなかったし、恋もしないまま寂しく歳をとるだけだったと思う」
「2人の恋、応援して本当に良かった。ずっと幸せでいてね」

  

帰り際、ペデストリアンデッキの上から水戸駅と夜空を眺めるWM4名。路上ミュージシャンの演奏を聴きながら、猛太が感慨深げに呟く。
「今日も人は他人を幸せにし、その過程で自分も幸せになれる。嫌々来た水戸だったけど、今では来て良かったと心から思ってる。この街で、大好きな人と一生幸せに暮らしたいと思う」
—本編おわり—

  

レストランオオツでは、ラストシーンを撮影しつつ打ち上げが行われた。美加役のibrk・美佐役のibrs(元アイドル、共に元榎坂46)、猛太役のタテル(タレント、TO-NA特別アンバサダー)が、フランス料理に慣れていない実奈役のベリナ(アイドル、TO-NA)をサポートする。
「フランス料理なんて初めてです。わかんなさすぎてマナーブック買って読み込んじゃいました」
「ボロボロじゃない!」
「付箋までつけちゃって、受験生の単語帳みたいだな」
「ハハハ。マナーとかあまり気にしなくて大丈夫。ここは茨城の食材にこだわってるらしいから、お料理も楽しみやすいかもね」

  

未成年のベリナを除く3人はワインペアリングを注文する。11000円で最終的に8杯つけてもらい、いずれも堂に入ったチョイスでお得感がある。食前酒も込みであり、安定のルイロデレールが提供された。

  

挨拶代わりの1品は、茨城で獲れた鮑を柔らかく煮て、生ハムと椎茸の出汁と共に。和のイメージが強い食材であるが、こういった西洋風の出汁の方が味が染みやすいようでかなり美味しい。

  

もう1品のアミューズは、茨城で獲れた穴子を、芹を練り込んだ衣でフリットにしたもの。微塵切りのタルタルが酸味を加え油っこさを軽減する。穴子は柔らかい食感が印象に残る。
「優しい味ですね。これが高級店の味というものですか」
「そうね。余計な味つけとかしてないから、慣れてないとわかりにくいかもね」
「ベリナは濃い味大好きだもんね。油そばとか油そばとか油そばとか」
「やめてくださいタテルさん!確かに油そば大好きですけど…」
「劇中で実奈が食わず嫌いするくだりいっぱいあったじゃないですか。あれ全てベリナのリアルです」
「お恥ずかしい…」
「まあ好き嫌いは誰にでもあるからね」

  

噴火湾毛蟹にガスパチョの上澄みのジュレ。トマトとハーブの味が夏らしくさっぱりしている。「蟹自体は控えめな味わいですね」
「素材を味わうというよりはカリフラワーピューレも含めた総合力を楽しむものだと思う。素材も大事だけど、西洋料理はチームプレーですよね」
「タテルくんのコメント力すごいね」
「タテルさんは本当にグルメで、TO-NAメンバーに一流の食べ物をたくさん教えてくれるんです」
「私たちにも教えてほしかったなぁ」
「茨城のことも結構詳しかったもんね」
「親戚が茨城にいるもんで、茨城のことはまるっと理解してます」
「茨城出身の私たちより詳しいんだもん。びっくりしたよ」

  

那珂湊産の蛸。蛸の旨味から始まり、その味にちょっと疲れてきたところに胡瓜と青紫蘇が爽やかな風を運ぶ。白味噌と胡瓜の組み合わせは冷や汁を思い起こさせ、やはり夏に相応しい料理である。素揚げした葉っぱで香ばしさも足される。

  

「印象に残ってる食べ物ってあります?」
「竜神大吊橋の蕎麦、あれは美味しかった〜」
「タテルくんの食べ方指導は熱血すぎたけどね」
「食べ物を美味しくみせるのが使命ですからね」
「でもベリナちゃん引いてたよ」
「あの食べ方、私はちょっと嫌ですね。普通につゆにつけさせてほしかったです」
「慈久庵行ってきたんですか?」マダムが話しかける。
「はい、とても美味しかったです」
「あそこいつも混むからね、常陸太田駅の近くにあるお弟子さんの店によく行きます」
「ああ、なんかありましたね」
「そちらの方も今度行ってみてください」

  

「常陸乃国いせ海老」という、旧国名を2つも含んだ可笑しいブランド名で売り出されている伊勢海老。トマトソースでさっぱりいただく。8割程の火入れだが、バッチリ火を通した方が旨味を感じやすいのではないかと個人的に考えるタテル。

  

伊勢海老の頭を使ったワンタンスープはストレートに海老の旨味を感じられる。

  

「ベリナちゃんまだ15歳でしょ、若いよね〜。私なんて来年で30よ」
「全然三十路に見えないですibrkさん。お綺麗ですし」
「でもアイドルは20代後半でおばさん扱いされる。参っちゃうよ」
「体力も衰えますからね。ベリナ、若いうちにやれることはやりなさい。俺ら20代後半のジジババはすぐ疲れちゃうから」
「大袈裟すぎません?」

  

魚料理は恐らく県外で獲れた白甘鯛。そこに茨城産ハマグリの出汁をかける。
「コチになりますでは10000円超の値がつくほどの高級魚ですからね、味わって食べましょう」
香ばしく焼かれた皮、ふっくらした身はさすが高級魚。そこへ蛤の出汁が染み込むことにより、味わいがより深くなる。

  

肉料理ではシーン撮影を行う。常陸牛「煌」。脂の融点が53℃(?)と低く、脂の旨味がすぐ蕩け出してくる(人によってはその脂を下品に思うかもしれない)。炭火焼きがバチっと決まっており、食べ応えがありつつもしつこく感じない。

  

「常陸牛、梅山豚、メロン、常陸秋そば…とにかく美味しい撮影でしたね。海の景色も山の景色も美しくて」
「ベリナちゃんに私たちの地元の魅力知ってもらえてすごく嬉しい。茨城はいっつもバカにされるから」
「福岡では茨城の情報なんて入ってこないですからね」
「俺みたいな東京民からしたら、北関東は十分魅力に溢れているけどね。逆に佐賀の魅力とかわからなくてさ」
「え〜、佐賀県も良いとこですよタテルさん」
「例えば?」
「えーっと、…出てこないですね」
「おい!」
「アハハ。可愛らしいねベリナちゃん」

  

デザート1品目は小美玉ヨーグルトを敷いたグラニテ。グラニテもライムなどの爽快な味があって美味しいのだが、氷の粒の隙間を縫うように入ってくるヨーグルトがとにかく美味しい。

  

「ベリナちゃん、今15歳ということは、グループに入った時は未だ中学生だったってこと?」
「そうです!」
「中学生で福岡から上京ってすごいよね。寂しくない?」
「そりゃ寂しいですよ。家族とも地元の友達とも離れるのは」
「でもベリナはしっかり者なんです。学校の課題はちゃんとやるし、整理整頓とかしっかりするし」
「逆にタテルさんのデスク、私のより汚いです」
「おい、それ言うなって!」
「アハハ。ベリナちゃん意外と毒舌キャラなんだね」
「そうなんですよ、結構ハッキリ言う子なんで。そこが面白いんですけどね」

  

メインデザートは、真夏のフレンチでは最早定番となっている桃のコンポート。ここでも余計な味付けは排しており、寧ろ桃の皮をミキサーにかけてソースにしているから、青果店に並ぶ桃の質感や香りを想起させる風流な逸品となっている。

  

最後の小菓子、フィナンシェが登場したところで最後のシーン撮影が行われる。なかなか食べる機会のない焼きたてフィナンシェ、輪郭がサクッとしている。

  

「オールアップです!お疲れ様でした!」
2週間に渡る撮影を終え感涙する4人。
「皆さん、ありがとうございました。演技未経験の私を優しくサポートしてくださり、楽しく撮影に臨むことができました。終わるの寂しい…」
「ベリナちゃんとホテルでトランプやゲームやったの、楽しかった。東京帰ってからもいっぱい遊ぼうね!」
「良かったなベリナ、友達できて」
「そうですね。メンバー除けば、東京来て3人目と4人目です」
「ベリナちゃんは内向的なんですよ」
「わかるわかる。最初ものすごく固かったもんね」
「でもibrkさんとibrsさんのおかげで明るくなりました。外でこんなに明るいベリナ見たの初めてです」
「それは良かった」
「ベリナちゃん、これからは明るく元気良くね!」
「はい!お2人と共演できて、本当に良かったです!」
「TO-NAで一番可能性に満ちたメンバーですからね、これからの成長楽しみにしていてください!」

  

—完—

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です