連続百名店小説『WM』第7部(木村屋本店/水戸)

茨城大学の卒業生・渡辺美加(29)と渡邉美佐(26)は、茨城大学の近くで今時な紅茶カフェ「ごじゃっぺ」を営んでいる。そこに客としてやってきたのは、現役茨大生の渡辺実奈(18)。同じワタナベ、同じイニシャル、同じ茨大生である3人は出逢ってすぐ打ち解けた。美加と美佐は共に恋人を亡くした悲恋がトラウマとなり、恋することを拒んでいる。一方の実奈は茨大の同級生・渡部猛太と交際しており、美加と美佐は実奈の恋を全力でサポートすることを心に決めた。
*年齢は第1話時点。

  

美佐はマッチングアプリに入会し新しい恋人を探し始めた。理想の相手はなかなか見つからないが、マサルと同じくらい本気で愛せる人を選びたいから焦りは見せなかった。

  

時は巡り、実奈と猛太は茨城で三度目の春を迎えた。この頃になると猛太は実験やフィールドワークで忙しく、ごじゃっぺに姿を見せなくなっていた。そして、実奈との時間を蔑ろにすることも増えていた。

  

「実奈ちゃん、猛太くんのことって聞いてもいい?」美佐が慎重に訊ねる。
「研究が大変なのかな、と思います。私がLINE送っても短い言葉しか返さなくて、恐らく疲れてるのかな…」
「そっとしてあげた方がいいかもね。私たちも何かしてあげたいところだけど、お節介に思われたら終わりだし」
「そうですよね。落ち着いたらまた映画でも観に行こう、って言っておくか…」
「同棲とかはしないの?」美加が話に入ってきた。
「学生のうちは別々がいいかな、と思いまして…」
「悠長なこと言ってる暇ない。このままじゃ冷え切って終わりよ!」
「…」
「猛太くん、本当は実奈ちゃんの存在が恋しいんじゃないの?私には何となくわかる、あの子は強がりがちだって」
「そう言われたらそう思います。そうですよ、強がってるだけですよね」
「だからそばにいてあげたら?恋は押しが肝心!」

  

美佐と美加が相反するアドヴァイスをし、間で暫し悩む実奈。だがこのままではどっちみち別れると踏んだ実奈は、猛太に同棲を提案した。
「いきなりどした?」
「最近全然会ってくれないじゃん。私寂しくて…」
「忙しいんだよ俺」
「だからこそ一緒にいた方がいいでしょ」
「1人の時間が欲しい」
「でも…」
「わかったよ。今度の日曜、映画観に行こう」

  

しかし前日になり、猛太は課題が終わらないという理由で約束を無下にした。愈々実奈は憤怒し縁を切ることも考え出す。しかしそれでは美加と美佐が浮かばれない。

  

翌日、ごじゃっぺの営業終わり。
「はい、木村屋で買ってきた『水戸の梅』よ。美加特製緑茶と共に食べて!」
「これってもしかして…紫蘇ですか?」
「あ、実奈ちゃん苦手か」
「紫蘇は食べられます!でもお菓子として食べるのが初めてで…」
「大丈夫。すごく美味しいから」
「いただきます。…ホントだ、あんこの甘さがこっくりしてるから、紫蘇の香りが悪目立ちもせず消されもせずで良いバランスです」
「求肥が薄いんだけど存在感あって、これがまたいいよね」
「今度自分で買いに行ってみよー。それにしても猛太くん、私と会う約束破っちゃって」
「あらま…」
「私と全然会ってくれない。まさか浮気⁈」
「猛太くんに限ってそれはないと思うよ。本当に忙しいからね理系学生は」
「実奈ちゃんも来年の今頃は忙しくなるだろうね、就活で」
「就活⁈全く考えてませんでした。ごじゃっぺが居心地良すぎて、ずっとここで働こうかと」
「それも嬉しいけど、長期的な目線で見ると会社勤めの方が良いと思う」
「インターンもそろそろ始まるんじゃない?」
「なるほど…」

  

家に帰ると、実奈はすぐ自己分析と業界研究を始める。インターンにも積極的に参加し忙しい日々を送っていたから、猛太を顧みることも少なくなっていた。

  

その年の盆、美加は1人で車を運転していた。向かった先は奥久慈の山奥、かつての恋人・マサユキの墓である。お供え物としていつも持って行くのは木村屋の和菓子「清流」。小さな鮎形のワンポイントが美しく、白餡とそれを包む求肥の素朴な甘さ、上に載った寒天の食感をマサユキはえらく気に入っていた。

  

マサユキくん、あなたの大好きな「清流」の季節がまた来たよ。思い出すわね、川で遊んだあの日々。マサユキくんは鮎釣り名人だったよね。あ、鮎焼き名人でもあったか。いつも美味しい塩焼きにしてくれてたもんね。また食べたいな。でもそれは叶わないのかな…
あなたがいなくなってから、私は恋をしていない。ていうかできない。マサユキくん以上の人なんて絶対いないから。でもね、私のカフェに恋する女の子が常連客として来てくれて、話聴いているとやっぱ恋って良いよな、と思って。だから私、新しい恋始めました。マサユキくんと同じでとても良い人なんだ。殻にこもりがちな私を前向きにしてくれると信じてる。もちろんマサユキくんのことも忘れない。こんなこと言うのも変だと思うけど、空の上から私のこと、応援してほしい。

  

季節は巡り、実奈と猛太は最終学年を迎えた。猛太は卒業研究で殆ど研究室に泊まり込み、実奈は面接を受け続ける日々で、恋のことなどすっかり忘れていた。

  

久しぶりにごじゃっぺのシフトに入った実奈。
「実奈ちゃん!就活順調?」
「全然ですよ。やっぱり自分には何の取り柄もないから…」
「そんなことないって。美加さんなんて100社受けて全部ダメだったんだから」
「美佐ちゃーん、それは言わない約束でしょ」
「すみません、実奈ちゃんを励ましてあげたくて」
「仕方ないね。はい、美加特製水出し緑茶。普通の緑茶とは一味違うからね」
「いただきます。あ、なんかマスカットみたい!」
「でしょ?緑茶の旨味なんだよなこれ、技術がないと引き出せない」
「美加さんちょっとキャラ変しました?」
「いつも通りだけど」

  

「はい、私からは木村屋のお菓子。涼しげに水羊羹と錦玉ね」
「ありがとうございます!でも水羊羹って水っぽいことが多くてあんまり…」
「大丈夫。ここのはあんこの味がしっかりしてるから」
「ホントだ。スッと噛み切る食感とも調和していて美味しいですね」
「良かった気に入ってもらえて」
「錦玉もいただきます。涼やかで美味しそう。…あ、ゼリーの食感が良い。思ったよりミチっとしていて」
「下に小豆あんが敷いてあるから一緒に食べてみて」
「はい。あ、栗の甘露煮か…これはあんまり好きじゃないんですよね」
「たしかに。茨城県民なら栗はしぼりたてモンブランに限る」
「でも小豆は粒立ちの良い豆ですね。私もこういう風になりたいものです」
「実奈ちゃんは十分はっきりした人だと思うけどね」
「面接の時は無理に取り繕わないで、ありのままの自分を出すといいんじゃない?」
「確かにそうかもしれません。良く思われたくて、本心でないことを言ってしまう場面が多かったと思います」
「絶対自分に嘘をつかない方がいい。入りたいと思える会社に、入りたいという気持ちを全力でぶつけてみよう」

  

そして8月下旬、実奈は嘘をつかない戦い方で内定を勝ち取ることに成功した。真っ先にごじゃっぺに向かい、美加と美佐に報告する。
「おめでとう!実奈ちゃんならやってくれると思ってたよ!」
「自分らしく、というアドヴァイスのお陰で上手くいきました。ありがとうございます!」

  

突然の訪問だったため盛大な祝いはできなかったが、美加が前日に購入していた木村屋の菓子があったため実奈に振る舞われた。小倉かのこは先述した小豆の粒立ちの良さを直接楽しめる良菓であり、あさがおは王道の練り切りで実奈の祝いにぴったりであった。

  

「でも寂しくなるね、東京行っちゃうの」
「そうですね…美加さんと美佐さんにはいっぱい良くしてもらいましたし、離れるのはツラいです」
「もし嫌になったら戻ってきてね」
「そうじゃなくてもたまには遊びに来てね。離れてもずっと応援してるから!」
「ありがとうございます!」
「そうだ、猛太くんとはどうなった?」
「それが…もう別れてしまいました」
「そっか…」
「お互い忙しいし、これ以上すれ違いを続けるよりも自分のことに集中すべきだと思って決めました。美加さん美佐さんには申し訳ない気持ちでいっぱいなんですけどね」
「残念だけど仕方ない。大丈夫、次の恋があるよ」
「復縁だってあるかも。だって猛太くん、この世にいるんだし…」

  

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