連続百名店小説『WM』第6部(深作農園/鉾田)

茨城大学の卒業生・渡辺美加(29)と渡邉美佐(26)は、茨城大学の近くで今時な紅茶カフェ「ごじゃっぺ」を営んでいる。そこに客としてやってきたのは、現役茨大生の渡辺実奈(18)。同じワタナベ、同じイニシャル、同じ茨大生である3人は出逢ってすぐ打ち解けた。美加と美佐は共に恋人を亡くした悲恋がトラウマとなり、恋することを拒んでいる。一方の実奈は茨大の同級生・渡部猛太と交際しており、美加と美佐は実奈の恋を全力でサポートすることを心に決めた。
*年齢は第1話時点。

  

美加・実奈・猛太の3人は国道51号を南進する。間も無く太平洋が現れ、猛太は歓声を上げた。
「やっぱり海辺のドライヴは最高っすね!」
「猛太くん、あまりはしゃぐと美佐さんに悪いよ」
「そうだった。ごめんなさい」
「2人って、海鮮だと何が好き?」
「鯖とか鯵とかですね」
「俺は帆立と河豚なんですけど、実奈が食べようとしなくて」
「そうなんだ。あんこう鍋とか食べないよね」
「食べないですね。大洗の名産だとは聞いてますけど」
「渋い食べ物だけど美味しいんだ。良い店教えてあげるから、冬になったら行ってみて」

  

残念なことに海を見ながら走れる区間はごく僅かであり、特に見どころなどはない30分のドライヴであった。広い駐車場のある深作農園。車でのアクセスが前提であり、最寄り駅の大洋からは3km、その間バスはおろかタクシーすら無い場所である。

  

まずはパティスリーに入る。イートインは3組のウェイティングが生じている。

  

メニューを見ると売り切れの商品が多いが、看板商品のスペシャルメロンパフェは残っていた。
「実奈ちゃん、これを食べるのよ」
「贅沢すぎますよ」
「俺も食べたい!」
「…じゃあみんなで食べましょう」

  

回転は比較的速く、10分足らずで行列の先頭に来て注文を済ませる。そして間も無く席に通される。
「美佐さん大丈夫ですかね…」
「まあバンセンストアまで来れただけでも万々歳じゃない?」
「少しずつ海に近づいて、トラウマを克服できるといいですね」

  

メロンパフェがやってきた。メロン半玉の上に、メロンとミルクのミックスソフトが載った贅沢な食べ物。早速実奈と猛太はお互い相手の口にソフトクリームを放り込む。
「やめてよ猛太くん。美加さんの前で」
「いいね、あーんなんてしちゃって。メロンのように甘い恋だ」
「美味しいね」
「ね。ソフトクリームと言いつつちょっとシャーベットっぽくて、メロンの味が素直に伝わる」
「ミルクも、濃いわけじゃないけど牛乳らしい味があって美味しい」
メロン自体はかなり糖度が高い訳では無いものの、果実から直接穿り取って食べる贅沢を楽しめる。

  

セットドリンクのメロン紅茶は、メロンが香る紅茶という他ない。
「いやぁお腹いっぱい。こんな一度にメロン食べたの、生まれて初めてです」満足げな実奈。
「水戸からだとちょっと遠いけど、今度またデートで来たいね」
「今度はメロンカレーも試してみたいね」
「美味しいかそれ」
「意外と美味しいと思うよ」

  

土産にメロンバウムを買おうと、パティスリー棟の外に出た一行。すると見覚えのある車が駐車場に入ってきた。
「美佐さん⁈」
「ふぅ、何とか辿り着けた…」
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫。海辺を通らないルートでやってきた。細道が多くて大混乱だったよ」
「私たち今メロンパフェ食べ終えて、バウムクーヘン買って帰ろうかと思っていたところで」
「美味しかった、メロンパフェ?」
「はい、最高の贅沢でした!」
「懐かしいな。そうだ、最近ジェラートも売り出し始めたってテレビでやってた?食べに行かない?」
「実奈、お腹いっぱいらしいです」
「大丈夫。猛太くんの少し貰う」

  

ジェラート工房に移動し、メロンシャーベットとフルーツトマトシャーベットのダブルを購入。猛太はまたもや実奈の口にスプーンを運んだ。
「ええ、またやるの?」
「嬉しいくせに」
「ま、まあ。…爽やかなメロン。フルーツトマトも甘みとトマトらしい味が堪らない」
「甘酸っぱい関係性。恋人同士っていいわね…」

  

感傷に耽る美佐。マサルの最後の誕生日祝い、阿字ヶ浦のはまぐり屋でのやり取りを思い出していた。

  

「美佐、あーん!」
「恥ずかしいよマサルくん」
「やってみたかったんだよ」
「ここでやることじゃないって」
「ホントは嬉しいんだろ」
「まあ嬉しいけど…」

  

「実奈ちゃんと猛太くん、あの時の私とマサルくんみたいでエモい。やっぱり私もちゃんと向き合おうかな。今だったら行けそうな気がする」
「行けそうって、もしかして?」
「海よ」

  

海浜へと歩いていく一行。途中苦しみを覚える美佐だったが、美加に励まされ遂に海を目の当たりにした。
「これが海か…マサルくんが導いてくれた海…」
美佐のみならず、美加も実奈も猛太も皆涙していた。何も言葉を発することなく暫く海を眺める。
「みんなのおかげで前を向ける。恋っていいよな、ってようやく思えたかもしれない。実奈ちゃんが実際に恋する様子も見たし、自分ももう一回恋しようと思う」
「嬉しいです、美佐さん…」
「だから、実奈ちゃんと猛太くんも幸せになってね」
「はい!」

  

翌週、海が怖くなくなった美佐はマサル最期の地である阿字ヶ浦を訪れる。海水浴シーズンのため駐車場代は1000円かかるが、そんなことはどうでも良い。

  

マサルくん、ごめんね全然来れなくて。マサルくんが突然逝ってしまったのがあまりにもショックで、海に近づくのを恐れていた。新しい恋もする気になれなかった。でも、楽しく恋をしている現役の茨大生に出会って、過去に向き合う勇気が出た。その子私のカフェ手伝ってくれてるんだけど、もうとにかくいい子で。恋が実るように、私もたくさん応援している。そうするうちに、私も次の恋をしようと思えるようになった。もちろんマサルくんのことは一生忘れない。これからもこの砂浜から、私のこと見守ってね。

  

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