茨城大学の卒業生・渡辺美加(29)と渡邉美佐(26)は、茨城大学の近くで今時な紅茶カフェ「ごじゃっぺ」を営んでいる。そこに客としてやってきたのは、現役茨大生の渡辺実奈(18)。同じワタナベ、同じイニシャル、同じ茨大生である3人は出逢ってすぐ打ち解けた。美加と美佐は共に恋人を亡くした悲恋がトラウマとなり、恋することを拒んでいる。一方の実奈は茨大の同級生・渡部猛太と交際しており、美加と美佐は実奈の恋を全力でサポートすることを心に決めた。
*年齢は第1話時点。
「いいよ、海行きましょう」
「美佐さん、大丈夫ですか?海はトラウマが…」
「ううん。実奈ちゃんと猛太くんのためならなんてことないわ。どこ行きたいとか、食べたいものとかある?」
「俺、メロン食べたいです。茨城はメロンが有名だと聞いて」
「そうなの?」
「実奈ちゃん、メロンと聞くと夕張とか静岡とか思い浮かべがちだけど、生産量が最も多いのは茨城の鉾田なんだよ」
「そうなんですね。初めて聞いた…」
「メロンだったら私たち沢山貰うけど。茨城に長く住んでいたらメロンは買うものじゃなくなる」
「羨ましい…東京じゃ高級品ですもん」
「メロンを活かしたスイーツならフカサクが有名だね。その近くに海もあるし」
「猛太くんはタイ料理食べれる?」
「意外と好きです。良い店あるんですか?」
「途中大洗にいい感じのタイ料理店があるんだ」
「雰囲気はまさしく本場。私も恋してた時は水族館行く前によく立ち寄ってたんだ」
「メニューたくさんあるから通いたくなるよね」
「…実奈ちゃん、渋い顔してるね。タイ料理苦手?」
「そうですね。でも蒸し鶏載せたご飯ありますよね」
「カオマンガイ?」
「それですそれです!それなら食べれます」
「その店にはひと味違ったカオマンガイがあるんだ。実奈ちゃんが好きそうな、ね」
「じゃあ行きましょう、大洗と鉾田!」
翌日、美加と美佐の乗る車に先導されながら、実奈と猛太は大洗へ向かった。国道51号を太平洋の方面へと進み、水戸大洗インターを通過して大洗市街へ向かう傍道に入ると目的のタイ料理店が現れる。
「ここ…なんだ」
「本場って感じするね」
「ま、まあ見た目で決めつけるのは良くないよね。入ろうか」
開店時刻11:30を8分過ぎての到着で、店内は4人掛けテーブル1卓だけが空いていた。大洗駅から1km弱離れた場所にありながらこの盛況。度々ウェイティングも発生しており、スタッフはその割に少なめで呼び止めるのを躊躇ってしまう。
「これこれ!実奈ちゃんにおすすめの『カオマンガイトー』ね」
「揚げ鶏なんですね。うわぁ美味しそう」
「俺はグリーンカレーかな」
「私グリーンカレーとトムヤムクンは絶対ダメ」
「ごめんな実奈。シェアしたい気持ちはあるんだけど、俺はどうしてもグリーンカレー食べたい」
「いいよ気にしないで」
「せっかくだからみんなでシェアしようよ」美加が提案する。
「いいですね!じゃあこれとこれとこれ、あこれも!」
「猛太くん、カレーやおかず系は頼んだ分だけライスがついてきちゃうんだ」
「そうなんですね、ちょっと残念だな…」
喉が渇いた美加はビールを所望する。飲み物は店内奥の物販スペースにある冷蔵庫から取り出す。グラスと栓抜きは店員に頼んで持ってきてもらう必要があり、すぐ人見知りしてしまう美加は、美佐を遣わして取ってきてもらうことにした。美加は非力であるため、栓を開けるのも美佐の仕事である。
「嗚呼、シンハービールは美味しいね。軽くてフルーティで飲みやすい」
「美加さんと美佐さんって、叶姉妹みたいですよね」猛太が平気で指摘する。
「そう言われたらそうかもね。雑用は全部美佐ちゃんに任せてる」
「美加さんホント人づかい荒くて。でもそうすることによって、美加さんはキッチンやメニュー開発に専念できる、良いバランスが保てています」
「実奈ちゃんも来てくれて良かった。私と美佐ちゃん両方のサポートができるから」
「やるじゃん。さすがしっかり者の実奈」
「それほどでもないよ。美加さんの技術、美佐さんの愛嬌、私には真似できない」
「実奈ちゃんは実奈ちゃんらしくやって」
実奈のカオマンガイトー。思った以上にクリスピーに揚げられている。肉自体の旨味が強く脂がとろける。鶏の出汁で炊き込んだご飯もしみじみと旨く、実奈は大満足であった。
「実奈、グリーンカレー気になる?」
「うん。食わず嫌いとか言わないで、たまには食べてみようと思った」
「いいじゃん。結構具材多いからさ、筍と鶏肉とってじゃあ」
「いただきます。…あ、思ったより辛くない」
「ココナッツミルクの方が強いよね」
「でも私やっぱ好きじゃなかった」
「まあご飯がベチャッとしていて違和感あったと思うし、試してくれただけでも良かったよ」
仲睦まじくする実奈と猛太を見て、悲しく果てた恋を思い出す美加と美佐。特に美佐は、間も無く避け続けていた海が近づいているとあって落ち着かない様子であった。
「マサルくんとこの店によく来てた。ある日はトムヤムラーメン、ある日はチャーハン、またある日は牛豚ガパオをシェアして食べ比べ。マサルくんが運転担当の日、飲み物に謎のタマリンドジュースを選んで、独特な味に顔歪めて結局私に飲ませた。生姜と鬱金を混ぜた感じで、意外と美味しかったけどね。そんなこと思い出すと、ね…」
泣き出す美佐。
「美佐さん、やっぱり良くなかったですよねごめんなさい」
「何てことないわ」
「無理はしないでください。今日のところは帰りましょう」
「それはダメ。せっかく海の目の前まで来てるのに」
「美佐ちゃんが潰れちゃう方がまずい。美佐ちゃんだけうちらの車で帰って、私は2人の車に乗せてもらうから」
「悔しいけどそうします」
それでも少しは水辺を見てみたいと思ったから、店の近くにある涸沼橋に立ってみる。確かに猛暑ではあったが、どことなく涼しい風を浴びる。
「ああ良い!東京じゃこんな風は感じない」
「美佐さんには悪いんですけど、やっぱ海のある景色って良いよな、って思うんです」
「普通はそうだよね。茨城は北関東で唯一の海あり県だし…」
「この風に載せて、海から何か聴こえるような気がするんです」
「バカな」
「どういうこと、実奈ちゃん?」
「美佐さんに向けて、僕はここにいるよ、って話しかけてきている気がするんです」
「なるほどね。言われたら否定はできないや」
「…」
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