連続百名店小説『WM』第3部(サザコーヒー)

茨城大学の卒業生・渡辺美加(29)と渡邉美佐(26)は、茨城大学の近くで今時な紅茶カフェ「ごじゃっぺ」を営んでいる。そこに客としてやってきたのは、現役茨大生の渡辺実奈(18)。同じワタナベ、同じイニシャル、同じ茨大生である3人は出逢ってすぐ打ち解けた。
*年齢は第1話時点。

  

美加もまた、パートナーを突然失う悲恋に打ちひしがれていた。恋人の名は若林マサユキ。こちらもまた茨城大学の同期生どうしで、マサユキが就職してからも交際を続けていた。

  

マサユキの実家は奥久慈の山奥にあった。美加も何度かそこを訪れ、川で泳いだり釣りをしたり、マサユキが作る自慢の山菜料理を堪能したりと楽しく過ごした。人見知りで物静かな美加も、マサユキの前では楽しく会話していた。

  

そしていよいよ結婚するとなったある夏の日、マサユキは用事があったため実家に戻っていた。その時ちょうど台風が接近していて、マサユキの実家に大雨が降り出した。車を走らせ急いで街に出ようとしたが、その途中で土砂崩れに巻き込まれ、その後生きて美加の前に現れることは無かった。

  

「あの日私が止めれば良かったんだ。今日は危険だから行かないでって、何で言えなかったんだろう…」
号泣しながら語る美加を見て、普段はクールな実奈も涙が止まらない。
「だから私たちはもう恋なんてできない。できないというかしたくない」
「そんなこと言わないでくださいよ美佐さん。いつかまた素敵な人が…」
「マサルくんが最高の人だった。マサルくん以上の人なんていない」
「私もマサユキくんしか考えられない!」
「…」
「だから実奈ちゃんには絶対恋を実らせてほしい。私たちみたいな後悔を味わってほしくない」
「美加さん…」
「恋のことなら私たちに何でも相談して!」
「ありがとうございます!真剣に恋をしたお2人なら心強いです」

  

後期の授業開始が2日後に迫り、実奈の恋人・渡部猛太が茨城に帰ってきた。夏休み中に合宿で免許を取得し、中古の軽自動車を購入して東京から戻ってきた。早速実奈を乗せてドライブをする。
「実奈も免許取らない?」
「取った方が良いって、行きつけのカフェの店員さんから言われた」
「行きつけのカフェ?いつの間にそんなもん作って」
「キャンパスの近くにあるんだよ、紅茶の美味しいカフェ」
「なんかあったな。俺には無縁の店だけどな」
「猛太くんコーヒー派だもんね」
「紅茶なんてハイソなもの、俺には似合わない。コーヒーと魔剤で十分」
「紅茶も美味しいよ。今度行かない?」
「気が向いたらね」

  

コーヒー好きの猛太が実奈を連れてやってきたのは、勝田にある「サザコーヒー」の本店。茨城を代表するコーヒーチェーン店で、茨城大学にも店舗がある。
「車飛ばして結局サザコーヒー?いつもの店じゃん」
「俺決めてたんだ、免許取って茨城に帰ってきたらまずはサザコーヒー本店に行くって」
「猛太くんって本当サザコーヒー好きだよね」
「ああ。東京のコーヒーはもう飲めん」

  

日曜の13時過ぎでイートインは7割ほどの埋まり。段差を降りてすぐの丸椅子があるカウンターに案内された。背もたれが無いため少々落ち着きにくいが猛太は気にしない。猛太は水出しアイスコーヒーを、コーヒーがあまり好きでない実奈は紅茶(サザは紅茶も美味いらしい)を頼んだ。
「で、教習所通うの?」
「後期始まったら通おうと思ってる」
「通学なんだ。合宿の方が楽だけどね」
「合宿だと長期間留守になるでしょ。私寂しかったもん、この夏休み猛太くんいなくて」
「急にどうした」
「本当に寂しかったんだもん。茨城にだいぶ愛着沸いたし、私は通学でコツコツやるよ」
「そっか。困ったことあったら何でも聞いて」

  

水出しアイスコーヒー、850円。地方のチェーンでありながら東京の一流店よりも高価であるが、そのハードルを易々と上回る、ベリーのような華やかな香りと高貴な味わい。
「やっぱサザは最高だな。茨城に来て良かったと思える唯一の瞬間」
「何それ。茨城には他にも魅力あるんだよ」
「俺はあくまでも東京の男だ」
「例えば蕎麦が美味しい。連れてってもらったんだ、カフェの店員さんに」
「お前、まさか他の男と…」
「違う違う。女性だから。茨大卒業してカフェ開いたんだって」
「なら良いけど。確かに蕎麦なら東京より美味いか」
「この近くにあるんだ。今度一緒に行こう」

  

実奈の元へ、桃のショートケーキがやってきた。
「いつの間に頼んでたんだ。高いんだぞこれ」
「安心して。自分の分は自分で払うから」
「よく頼むな。800円だぞ、東京のケーキ屋でもこんな高くない」
「でも美味しいよ。桃が活き活きとしてるし、クリームとスポンジの口溶けも良い。ちょっと食べる?」
「ちょっとだけね。…まあ美味しい方だな。下手なケーキ屋より全然良いけど、もうちょっと桃入っていても良くない?」
「もうちょっとテンション上げてよ猛太くん」
「俺はスカしたいタイプだ」
「カッコつけちゃって。まあそういうところが猛太くんらしくていいんだけどね」
「俺も悪い気はしない。実奈と出逢えたこと、茨大に来て良かったと思える唯一の出来事だ」

  

その後も授業やバイト、教習の合間を縫い、ひたち海浜公園、袋田の滝、かみね動物園など様々な場所に出かけた2人。グルービーや爆弾ハンバーグなど、茨城(北関東)ならではのチェーン店も気に入ってよく訪れるようになった。映画は水戸駅近くのシネマに観に行って、上映終了後はやはり駅ビルの中にあるサザコーヒーで一服するのが決まりである。
「今日のは良い映画だった。贅沢に将軍珈琲飲んじゃおうっと」
「私はいつもの紅茶でいいや」

  

アイスの将軍珈琲、900円。本店では1000円するから少し得した気分である。流石サザの看板商品、玄人も唸るどっしりとした味わいがありつつ、苦味や酸味の角が立っていないから万人が満足できる味になっている。ベリー系のアロマは将軍珈琲でも健在である。

  

「レインボーコーヒーゼリーだって!映えるねこれ」
「俺はいらね。見た目だけでしょ、色が不自然だから健全じゃない」
「天然色素で色付けしてある、っていうから大丈夫だよ」
気になる味はというと、虹色の部分はレモンとキルシュが合わさり、アセロラのようなヴィタミン感を覚える。一方底のコーヒーゼリーは由緒正しいコーヒーの味でサザの質の高さを見せつけている。両者相性も良く、決して映えのためだけにあるスイーツではない。

  

「そういえばレインボーミルクレープ、なんてのも出してたな」
「私ミルクレープ嫌い」
「また食わず嫌い。実奈らしいな」
「ミルクレープとクイニーアマンはどうしてもダメ」
「そういう猛太くんだってレインボーゼリー食わず嫌いしてたじゃん」
「そうだった。お互い様だね」
笑い合う2人。この後も少しずつ愛を育み、冬休みにもなると猛太は東京への帰省を最小限にして実奈との時間をより多くとるようにしていた。

  

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