連続百名店小説『nao』7th memory:すれ違いの純情(レ・ザンジュ/鎌倉)

アイドルグループ「TTZ48」のエースメンバーだった直(享年19)。人気絶頂の最中、突如自ら命を絶ってしまった。兄でタレントの建(25)は地元鎌倉を歩きながら、直と過ごした日々を思い返す。

  

「この後お2人はどちらへ?」建が問う。
「スイーツ食べたいですね。雲母行かれましたよね、どうでしたか?」
「白玉がとにかくやわもちで面白かったです。でも待ちますよかなり」
「うーん」
「この時間だと売り切れの可能性もあります」
「まあとりあえず行ってみますね」
「楽しんできてください!もしダメだったら、僕ケーキ屋にいますので」
紀ノ国屋の少し手前の角で、建は母娘と別れた。

  

建はそのまま真っ直ぐ進んで一旦パン屋に立ち寄り、駅に戻ると線路すれすれの路地を北上した。最初は駐車場と駐輪場しかない些末な道であったが、その先にはしっかりケーキの館が存在する。タイミング悪く八つ時に飛び込んでしまい、イートインが空くまで15分待つことになった。

  

ようやく席に通されると、建はショウケースのケーキを見繕う。以前訪れたアンサンブルとは打って変わって、お洒落ながらもどこか懐かしさを感じるケーキの数々。

  

席に戻った建は飲み物のメニューに目を通す。普通のコーヒーや紅茶が並ぶ中、一番下に「じぶんで作る抹茶ラテ」という気になるものを発見した。特異なものを頼みたくなる建は当然にそれを選択した。

  

運ばれてきたのは本格的な抹茶セット。茶筅がついてきて、器には抹茶の粉が入っている。手順書を参考に自分で抹茶を点て、ミルクも機械で泡立てて抹茶ラテにする、体験型のドリンクだ。
早速建は抹茶を点て始める。高校2年生の日本文化の授業で体験して以来の点前。湯を少量入れて粉を練り、残りの湯を入れて溶かす。泡立つまでしっかり混ぜる。直の在りし日々を懐かしみながら、心を込めて茶を点てる。

  

暦の上ではディセンバー。大学4年生の建は、就職も、大学院に進学することもせず芸人を目指すことを両親に打ち明けた。
「建、東大出て芸人なんてありえないでしょ」
「もったいないって。大企業に就職するとか、官僚になるのが普通だろ」
「せめて大学院行ってよ」
猛反対する両親に辟易した建。
「嫌だ!俺は自由にやりたい」
「お前には芸人なんて無理だ!だいたいお前面白くねえだろ」
「失礼な!笑論法であれだけやってきたんだぞ!いっぱいみんなに笑われた」
「笑われたってそれ、からかわれただけでしょ」
「お笑いの世界は厳しいんだ。公務員になって安定を求めるんだな」
「嫌です」
「じゃあもう出て行け!」

  

抹茶を点て終わると、今度はミルクの登場。こちらは電動なので押すだけでいい。泡立ったミルクを抹茶に注ぎ込むと、手間暇かけた抹茶ラテの完成である。

  

勘当された建は上京し一人暮らしすることになった。両親とだけでなく、直とも繋がりが断たれた。
上京して1年と少しが過ぎた頃、直は心身を患い休養することになった。さすがに重大事案だと思ったのか、両親は事務所のツテを頼って建にそのことを報せた。
「直が帰ってくるって。建も帰っておいで」

勘当されたはずなのに、帰って来いと言われた。建にはそれが不快だった。帰ったらどうせ、お笑いなんか辞めて今から公務員試験受けなさいとか言われるのだろう。そんな屈辱は御免だった。
一方で直はきっと兄の愛を欲している。無理なんかしてない、と一度は突き放していた直だったが、無理をしていたという事実は明確になった。今こそ素直になって、おだまりコンビを再開するべきでもあった。ジレンマに苛まれる建。

  

しぼりたてモンブランがやってきた。建は谷中の和栗やのモンブランをえらく気に入っているが、こちらも栗の味が濃厚でキリッとしていて好印象だった。唯一の弱点はメレンゲ。卵特有の臭みが立っていたのが残念でならない。

  

結局建は帰らないという選択をとった。直は当然、建に会いたい、一緒にいつもの海に行きたいと言うから、親は何とか聞き出した番号に電話をかけてきた。でも建は無視した。そこに浮かぶ直の悲しげな顔。いたたまれなくなった建は、生きていた直のアカウントにLINEを送った。
「直、帰れなくてごめんな」

  

オレンジケーキはスポンジ主体で重そうに見えるが、オレンジがよく香っており食べやすい。
湘南ゴールドロールには果実がもろ入っていたが、苦味が主体で少し悪目立ちしていた。少し砂糖漬けにして入れると、丁度よく果実の個性を引き出せたかもしれない。スポンジとクリームのバランスはとても良く、安食ロールよりも良質なロールケーキである。
おまけでついてきたピスタチオフィナンシェも、ピスタチオの味もバターの香りもしっかりあり隠れた良品だ。

  

「お兄ちゃん、会いたいよ…」素直になった直から返信があった。
「それはできない。俺は売れるまで家族とは会わないって決めたんだ」
「そんなこと言わないでよ」
「最後に1つだけ。直はよく頑張った。でも俺の思った通り、無理してたんだな。このまま卒業した方が、俺は良いと思うけどな」
「考えさせて。とりあえずはゆっくり休むね」
これが2人の最後のやりとりとなった。

  

胃を休ませた後、20%引きになっていたボンボンショコラを土産に建は実家に戻った。仏壇に数分供えた後、母と2人で食べた。酒が強く効いており、トリュフショコラの滑らかなガナッシュとは調和していたが、外側が厚めのボンボンショコラに対しては角が立ちすぎていた。
「これは美味しいね。私の大好きなタイプだ」母が珍しく満足する。
「直は満足してるかね」
「酒、飲めたのかね。二十歳になる前にいなくなったから…」

  

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