連続百名店小説『nao』3rd memory:シーズン・イン・ザ・サン(グランディール アンサンブル/和田塚)

アイドルグループ「TTZ48」のエースメンバーだった直(享年19)。人気絶頂の最中、突如自ら命を絶ってしまった。兄でタレントの建(24)は地元鎌倉を歩きながら、直と過ごした日々を思い返す。

  

人波をかき分け、鶴岡八幡宮に到着した。
「7歳の直が七五三やったのもここだったね」母もついに直の話をし出した。
「そうだね。あの時はまだ活発な子だったけど…」

  

小学校低学年くらいまでは外で遊び、友達を誘うことも多かった直。しかし4年生になると、筆箱の中身を隠される、自分の教科書に心ない言葉を書かれる、緑色の毒霧を顔に吹きかけられるなどの壮絶ないじめに遭うようになった。あれだけ健気だった直から、笑顔が消えていった。

  

そんな直の唯一の心の拠り所は家族であった。夏休み、いつものように建と共に海に繰り出すと、直は以前の笑顔を取り戻した。それから家に帰ると、同じく内向的な建と多くの時間を、テレビゲームをしたり、縁側で西瓜をかじるなどして楽しく過ごした。勉強のできる建は直の宿題を手伝い、読書好きな直は建のぶんまで読書感想文を書いた。たまに建が塾の夏期講習に行こうものなら、直は寂しそうな顔をして建を送り出したものだ。2人には喧嘩のけの字もなかった。

  

「建も直も手だけはかからなかった。いっつも仲良しだったもんね」
「うん。何の飾り気もない夏休みの日常だったけど、おだまりコンビの絆は、この世のどの兄弟姉妹より深かったと胸を張れるんだ」
「直の大好きな夏が、またやってくるね」
「俺にはもう来てるかもしれない。この体の熱り、直が一足先に俺のもとへやってきたようだ」
「それはあなたがデブだから暑いだけでしょ」
「そんな無粋なこと、言わないでよ…」

  

「じゃあ母さんは帰るね。建もたまには帰っておいで。電車賃とか気にしなくていいから」
「うん。母さんも、怪我とか体調とか気をつけて、無理しないでね」

  

母と別れた建は踏切を渡り西口へ移動した。江ノ電の乗り場はこちら側にある。夏の思い出をなぞるように、江ノ電の線路と同じ方面へ商店街を抜けて行く。

  

夏休み最後の日、小4の直は憂鬱だった。明日からまたいじめが始まる。そこへ、既に中学生となった建が声をかけた。
「えのすい行かない?直の大好きなお魚、見に行こう」
直は静かに微笑んだ。2人だけの、この夏最後の冒険。直はまだ切符の買い方を知らなかったが、建の優しい手ほどきで難なく購入することができた。人でいっぱいの江ノ電、迷子にならないように2人はギュッと手を握っていた。

  

鎌倉駅と和田塚駅の中間くらいまで来たところに、お目当てのケーキ屋がある。夕方だったため品揃えは少なかったが、江ノ電の色を思い起こさせる抹茶エクレアがあった。加えて抹茶味のマカロンも注文。抹茶の味が濃く出ており、建は満足した。

  

建と直の嗜好は似通っていたが、唯一ともいえる違いは抹茶にあった。建は15.5アイスクリームで必ず抹茶を頼むくらい大好きだが、直はいつまで経っても苦手だった。
「はい、抹茶キャラメル」
「直、抹茶きら〜い」
「そうだった…ごめんよ、ふつうのキャラメルあげる」

  

新江ノ島水族館もまた、夏休み最終日で混雑していた。家族では何度か行ったが、2人きりでは初めてのえのすい。イワシの大群に深海生物、幻想的なクラゲ。イルカショーでは2人してずぶ濡れになった。

  

現世の建は続けてキャラメルシューとオレンジキャラメルマカロンも食べた。シュークリームにはりんごも入っていたが存在感はなかった。マカロンの方もキャラメルが強く、オレンジの煌びやかさは幻と化していた。

  

そういえば水族館を堪能していたあの時の2人も、残ったお小遣いでシュークリームを買って頬張っていた。あの頃は何も考えず美味しいと言っていたシュークリームもキャラメルも、舌が肥え薄汚れた建には不満足なものになっていた。変わってしまった建の味覚。でも直への愛はいつまでも変わらない。おだまりコンビの心はこの世とあの世の隔たりを越えて繋がっている。

  

店を出ると、外は既に夕暮れ時になっていた。近くの踏切を通る江ノ電の車両。直がそこに乗っている気がした。死んだ人の後悔や無念を、生きている人は晴らす使命を持つ。建もその1人だ。それは、直の残した愛を後世に伝える者、としてだけではなかった。

  

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