連続百名店小説『nao』2nd Memory: ドレミファだいじょーぶ(イル ブリガンテ/鎌倉)

アイドルグループ「TTZ48」のエースメンバーだった直(享年19)。人気絶頂の最中、突如自ら命を絶ってしまった。兄でタレントの建(24)は地元鎌倉を歩きながら、直と過ごした日々を思い返す。

「母さん、汁粉で暑くなってきた。冷たいもの食べない?」
「よく食べるね建。また太るわよ」
「せっかく鎌倉に帰って来たからさ、少しくらい甘えさせてよ」

  

小町通りに戻り、鶴岡八幡宮方面へ進んでいった。間もなくまた右手の路地に入ると、行列のできるジェラテリアがある。何も考えず行列の最後尾についたが、しばらくすると前の3人組が離脱した。その理由は値段にあったようだ。
「え⁈2200円⁈建、こんな高いもの食べるんじゃありません」
「でももう来ちゃったから…俺払うし」
「ダメ!」
「出世払い」
「出世してないでしょ!早く公務員になりなさい」

  

結局1つだけ買うことにした。2種のジェラートの組み合わせが4通りあった中、建は松の実味とマルサラワイン味の組み合わせを選んだ。
「このマルサラワイン、20年物なんですよ!松の実もどこどこでとれた貴重なもので…」
素材の魅力をまくし立てるマダムに閉口する建。どうリアクションしていいのかわからないくらい人見知りを発動していた。

  

建の財布の中身は10円玉が4枚のみとなった。
「思い出すなぁ10円玉見ると…」

  

建8歳、直4歳、夏休みのある日。
「わ〜ん!痛いよ〜!」
「お母さん!直が…直が!」
「あらあら直、目と鼻に10円玉入れちゃって!」
「『目に入れても痛くない』って言ったら本当に入れちゃって!」
「直、それは『あなたのことが可愛い』っていう意味なの」
「そうなの?」
「建、紛らわしいこと言うんじゃないの。4歳の子がわかるわけないでしょ」
「…」

  

注文から5分くらいしてようやく提供。1口食べると、確かに素材の良さが感じられる。しかしまもなくして2人は不機嫌さを露わにした。
「ジェラートなのにねっとりしすぎ。口の中の水分持って行かれる」
「これ何にも具が入っていないから飽きる」
「こんなのにお金かけるなよ」母は建に呆れ果てていた。
「それは本当そう。俺は駄菓子屋のアイスでいいや。直と食べたあのアイス…」

  

10円玉事件の後、2人はおつかいを頼まれた。
「八百屋できゅうりとトマト、パン屋で食パンを買うのよ」
「はーい!」
8月の海沿いを歩く2人。頼まれたものは無事購入できたが、運ぶには少し重たすぎた。
「直、袋引きずっちゃダメ」
「だって重たいんだもん」
「しょうがないなぁ、持ってあげる」

  

しかし建も力弱い子供で、結局袋を引きずることになった。駄菓子屋に着いた頃には袋が破けてしまっていた。
「あらあら、袋ボロボロになっちゃって」駄菓子屋のおばちゃんが現れた。
「ダメだよ引きずっちゃ。重たかったかい?ほら、休んでいきなさい」
「おばちゃん、ありがとう!」
「おつかいかい?2人とも偉いねぇ。ご褒美にアイス食べて」
「わーい!」
穢れのない空色の、ソーダ味のアイスキャンディ。小ぶりではあるが、子供にはちょうどいいサイズであった。

  

「俺はそういうアイスの方が良い。添加物が入っているのだろうけどイノセンスを感じる、たった数十円の贅沢。いいなこのオクシモロン」
「何『オクシモロン』って」
「矛盾する2つの言葉を繋ぎ合わせた表現のことだよ」
「知識自慢する癖、変わらないね。そんな人が面白いこと言えるわけない。なおさら公務員がお似合いね」
「やめてよ公務員なれなれアピ」
「どうして公務員嫌がるの」
「俺の自慢の妹、直のことを忘れてもらいたくないからだよ。公務員なんかなったらそれできないし、自分まで直との思い出、忘れてしまいそうで…」
「私の自慢の娘でもあるんだけど。公務員なって金持ちの女性と結婚して、直みたいな娘を授かればいいじゃん」
「娘と妹は違うって!それに何だよ『金持ち』って?意地汚い!」
「…」
「直の面影を感じてもらえるよう頑張るから。もう少し待っててくれ。俺は諦めない」

  

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