連続百名店小説『MOSO de BOSO! 2』⑩群青(天白/千葉)

人気アイドルグループ「綱の手引き坂46」の特別アンバサダーを務めるタテル(26)は、車好きで話題のメンバー・スズカ(23)と2泊3日の千葉旅行をする。約1年ぶりの房総ドライブは、謎の男・ワタルに追われ襲われる災難があったものの、無事フィナーレを迎えようとしていた。

  

〽︎愛はどこからやってくるのでしょう
千葉市内での天ぷらディナーまで、時間にかなりの余裕があった。千葉市とは違う方向ではあるが利根川沿いの田園地帯を西進する一行。
「どこ行こうとしてます?」
「俺の思い出の地だ。中学生の時田植え体験した」
「そういえば辺り一面田んぼですね」
「だろ」
「で何やるんですか?」
「体育館レク」
「えっ?ここまで来てですか?」
「学生時代の気分を味わってもらおうと思ってね」
「宿泊学習とかでやるやつですね。あぁ懐かしい…」
「それに車移動と食事ばっかりだから運動が足りてない」
「いいですね。でも2人だけですか?」
「地元民の方々を集めました。綱の手引き坂のYouTubeに出たい人、意外と多くてね」
「わくわくしてきました!」

  

到着したのは神崎町にある公共施設「わくわく西の城」。通常なら休館日のところ、人気アイドルグループのメンバーが来るということで特別に開館してもらえた。
「体育館履き借りる?」
「いや、大丈夫です。私裸足でいける口なので」
「さすがスズカ、親しみ覚えるわ。じゃあ俺も裸足でいこう」

  

地元民に歓迎される2人。スズカの開会宣言でレクが始まる。
「堂々としてるようでどこかオモロい口調。これがスズカの魅力なんだよな」
地元民と共に楽しむレクは、これまたタテルの提案である「ドッヂビー」。ボールの代わりにフリスビーを用いたドッジボールである。最後の店での自腹を懸けタテルチームとスズカチームに分かれて対決する。

  

「自信しかないです」
靴下まで脱ぎ本気モードのスズカ。しかしお約束通り負けてしまった。
「見てくださいこの負け顔!世界一美しい負け顔です!ギネスにも載ってます!」
「やめてくださいよ…」
「ナイススズカ。食事代は各々払おう」
足拭きタオルまで差し出す、何だかんだで優しいタテル。

  

「じゃあ仲良くなったところで講話タイムです。イナガキさんお願いします」
「はい、12年前タテルさんにお話させていただきましたイナガキです。こうしてまた会いに来て下さったこと、大変嬉しく思います」
千葉の農業について10分程語るイナガキ氏。米の話、農業の担い手不足の話など有意義な情報をわかりやすく説明してもらった。煮込み料理が得意なスズカは千葉でよく採れる野菜を使ったお勧め煮込み料理のレシピを教えてもらった。
「千葉ってすごいですね。こんなに農業大国だとは思いませんでした」
「この3日間、そして前回の旅も、千葉の食の強さが俺らを楽しませてくれた」
「食の恵みに感謝、ですね」

  

神崎の町民に別れを告げ、近くの道の駅で野菜を買って千葉市方面へ車を走らせる。
「もう夕方ですね」
「何度目の千葉の夕暮れ…あ、ドクターヘリが飛んでる」
「誰かを搬送しているのですかね」
「そうだね。今日も命を守るために働く人達…」

  

〽︎決して捕まえることの出来ない…
「もう一回もう一回…一緒に!」
「もう一回もう一回〜」スズカもノリノリで応戦する。
「もう1軒でおしまいか…寂しいな」
「色々あったけどすっごく楽しかった…一生の思い出になりますね」

  

だがこれはあくまでも企画。本当のカップルではない。この旅が終われば、カップルとしての関係性は果てる運命である。
「これが終わったらタテルさんはまた京子さんの下へ…」
「まあな。でもまたドライブ行こうよ」
「そうですよね…今度はどこ行きます?」
「やっぱ君の名の由来、鈴鹿目指したいね」
「めっちゃ良いですね!一緒にF1観ましょう」
「全然わからないんだけど」
「教えますよ。観たら絶対ハマってくれると信じてます」
「スズカに紹介されたら、好きにならずにはいられないよ」

  

夜の帷が下りた千葉市内。近くのコインパーキングに車を停め、この旅最後の目的地「天白」に入店した。6席ある内の真ん中の席に案内された。タテルは早速コエドビールで乾杯する。

  

「天ぷらですか。たまに天丼か天ぷらそば食べるくらいで、高級天ぷらは初めてです」
「まあなかなか行かないよな」
「でもタテルさんと高級天ぷら食べに行ったカゲさんやニュウは、すごく美味しかったって言ってました」
「そうなのよ。天ぷらが和食の中でも一番素材に向き合えるんだ」
「素材に向き合う。さっきイナガキさんから学んだこと活かすチャンスですね」

  

早速海老の頭が2個登場する。写真は1頭目であるが、2頭目の方が引き締まった身があり食べ応えを感じた。
「同じ海老にもスペックの違いがあるんだね」
「えー?あまりよくわからなかったです」
「最初はそういうものだ。俺が味の解説してあげるから、そういうものだと思って飲み込んで」

  

才巻海老、揚げたてで内部から湯気が立つほど熱い。殻の中の身により旨味を見出せる。
「衣はサクッと触った後すぐシュワっと溶けタネと融合するタイプか」
「タテルさんの食レポ、繊細ですね。話しかけづらいです」
「全然話しかけていいよ。うるさくしなければ大丈夫」
「隣の家族のお子さんも大人しく食べていらっしゃるから…」
「会話も大事な要素だぞ」

  

次に登場する天ぷらのタネをプレゼンテーション。素材に向き合う姿勢を確かなものにする。

  

京都産菜の花。流れからして千葉産を期待してしまうが高価で用意できなかったらしい。タネが小さく、さすがのタテルでもあまり魅力を感じられなかった。

  

一転、県内土気産のあやめ雪かぶ。芋のように味の密度が高く美味しい。先述した衣の特性にもよく合っている。

  

「それにしてもタテルさん、全然つゆ使ってないですね」
「衣がしなるし、素材の味も隠れちゃうからな」
そう言いながらつゆに浸った大根おろしを口にする。
「あ、そうやって食べるんですか?」
「そうね。大根自体が美味しいから、つまみとして最適なんだ」
「真似します!」

  

金目鯛。身にしみじみとした旨味が居る。ふっくら過ぎず硬過ぎずの柔らかさ。
「やっぱ金目は繊細な食べ物だな。煮付けより天ぷらの方が良いね」
「お刺身もありますよ」
「たまに色変わってるやつあるじゃん。あれに当たるのが嫌」
「贅沢すぎますって」

  

蕗の薹。結構な苦味がある。隣の客は「金運が上がる苦味」と形容していた。

  

芽キャベツは一転食べやすい味。焦げを部分的に入れることにより味に複雑みが出ている。

  

「難しいですね、これが大人の味ですか」
「だろうね。隣のご家族は常連さんなのかな?」
「小さいうちから高級天ぷら食べさせてもらえるなんて、英才教育ですね」
「だな」
「あ!きりしまもほうしょうりゅうもかった!」
「相撲の話してる。なかなか渋い趣味してるね」
「私より大人かもしれません」
「そうだね」
「…否定してほしかったんですけど」
「否定したらスズカがスズカでなくなるだろ。可愛いなプク顔」

  

白魚の紫蘇巻き。白魚の旨味がたっぷり詰め込まれていて、紫蘇が軽くアシストする。
「あ、タテルさんもついにつゆにつけ始めた」
「こればかりはね、つゆにつけた方が旨味が増強される。うむ、すごく美味しい」

  

引き続き巻物。真鱈の白子を千葉の海苔で巻いて。白子の濃厚さは標準的であるものの、臭みが無いため素直に食べられる。
「やっと美味しさがわかってきました」
「それは良かった。正直言うと俺も序盤はちょっと気持ちが上がらなくてね」
「タテルさんがその調子ならちょっと安心しました。やっぱ私も大人の味覚ありますね」
「ちょっと何言ってるかわからない」
「何でですか〜」

  

次は百合根「月光」。子供じみたスズカには「クセのないにんにく」と説明しておいた。しかし糖度は驚きの24度で、子供舌であっても甘味に目を見張れるだろう。勿論大地の甘みでヤラセ臭さもない。
「すっごいねこれ」興奮するタテル。
「百合根の元を知らないんですけど…」
「じゃあ多分他の百合根は食えないね。無味とか言いそう」
「えぇ…」

  

別皿で供される陸前高田の牡蠣はミルキーさが溢れ出る。牡蠣好きであれば間違いなく満足する。同じ個体内でも下のふっくらした部分でミルキーさを味わい、上の耳たぶみたいなヒラヒラは衣と合体して香ばしさを楽しめる。

  

タテルは日本酒を楽しんでいた。新政や十四代といったわかりやすいレア物は揃えていないものの、一流の酒屋で買うレベルの銘柄を揃えている。欲を言えばもう少し種類が欲しいのと、千葉を代表する酒蔵「寒菊銘醸」の酒があってもいいのではないかと思う。
「ごめんね、運転全部スズカに任せっきりで」
「いえいえ。自分の愛車だから自分で運転したいですし」
「やっぱ他人には運転してほしくないか」
「俺っちの車、ですから」
「素晴らしい愛情だ」

  

愛情込められて育ったであろう下仁田葱もまた、余計な尖りなどなく甘みが心地よい。

  

ふとタテルが目線を上にやると、鍋を映し出す鏡が設けられていた。真ん中の席に座った人だけが見られる特権。スズカとの会話も忘れてぼんやりと揚げる様を眺める。

  

箸休めの一品料理として、たらこと海老芋。冷たい料理で、総じて味がわかりにくい。温かい方が良さが出ると思う。
「海老芋も素揚げして食べると美味しいんだよね。グミさんと麻布の日本料理行った時すごく美味しくて」
「ちょっとお醤油で煮て揚げる、って感じですかね?」
「そうだと思う。今度家でやってみるといいよ」
「タテルさん何でも知ってますね。本当頼もしいです」

  

120℃で低温揚げした穴子。身はトロトロかつフワフワ、衣はガリっとしている。
「こういう揚げ方良いよね」
「花びらみたいで美しいです」

  

この辺からもう一度食べたいタネを注文できる。タテルとスズカは揃って白魚巻きと百合根をお代わりした。隣の子供は金目と海老の頭がたいそうお気に入りのようであった。
「魚をもう一回なんて贅沢だなぁ。海老の頭はその分海老食べないといけないのに」
「タテルさん、私も海老の頭食べたいです」
「仕方ない。海老3本頼もう。1本分の頭はあの子にあげる」
「優しいですねタテルさん」

  

揚げては冷まし、また揚げては冷ましを繰り返していたメイクイーン。甘さが際立っている。食材のポテンシャルをよく引き出せている。
「根菜類は氷温熟成すると甘さが出るんだ」
「煮込みでもよく使いますし、試してみたいです」
「家でできるものなのかな?できたらすごいけど」

  

最後のかき揚げは天丼か天茶を選べる。タテルはこういう場合原則天茶を選ぶことにしているのでスズカもそれに合わせた。貝柱のかき揚げであったが、思ったより貝柱が入っておらず肩透かしを食らうタテル。散々スズカをおちょくった罰なのか、最後の最後でちょっと負けた。

  

ビールと日本酒2合を飲んだタテルのお会計は約22000円であった。
「ありがとうございましたタテルさん、お陰でまた一つ大人の階段登れた気がします」
「素材に向き合ってみて、楽しかっただろ?」
「楽しかったです。他の天ぷら屋さんも行きたいですね」
「今度は経験者のニュウと行こうか」
「はい!」

  

「タテルさん、私も一つ行きたいところあるんですけど。幕張行きません?」
「幕張か。久しぶりだな、行こう行こう」

  

握手会があった頃はよく訪れていた幕張。しかし真っ暗な浜には殆ど人がいない。
「タテルさん、私実はですね…」
「ちょ、ちょっと待て。まさかそ…」
「卒業なら意識はしてます」
「マジかよ…近いうちに考えているのか?」
「いずれはしなければならないですもんね」
「何でしなければならないんだろうね。男性アイドルは半永久的にグループに居てもおかしくないのに」
「女性アイドルは誰かのものになったら応援してもらえない」
「ちゃんちゃらおかしいよな」
「本当はずっと皆と居たいです。メンバーは宝物のような存在なので」
「そうだよな。やっぱ『綱の手引き坂のスズカ』でいる方が強いと思うし、スズカを起爆剤として綱の手引き坂全員が売れるのが理想だと思う」

  

〽︎君と僕との間に永遠は見えるのかな
「俺は永遠を信じてる」涙ぐむタテル。「スズカは永遠のアイドルだ。俺らを楽しませたり喜ばせたり、嬉しいことも悔しいことも共有したり」
「タテルさん…」
「だからどこで勝負するにしても、今年もスズカの活躍、すっごく楽しみにしてる」
「嬉しすぎます…期待に応えられるよう頑張ります!」

  

〽︎眠れない夜をもう何度も…
せっかく海沿いまで来たから、帰りは東関東道と湾岸線を走ることにした。夜景に見惚れる2人。
「ディズニーランドが見えてきた!」
「東京だあ!帰ってきた〜!」
「旅の終わりはちょっぴり寂しい」
「ですね。独特の儚さがあります」
「波乱含みの旅だったけど、スズカと2人で本当に楽しかった。次来る朝、その先の未来への活力を得たよ」

  

レインボーブリッジを渡り大都会の夜景に入る。別れの時はもうすぐそこである。
〽︎感じたままに描く自分で選んだその色で…
「はぁ、泣けてくる…」歌いながら涙するスズカ。
「スズカの大躍進、まずは神連チャンからだな。練習のし過ぎにだけは気をつけろ。俺はずっと応援してるからな」
「ありがとうございます!絶対に恩返しします!」
「100万とったらどうする?」
「実家の水道直すのと食洗機、余ったお金で車のカスタマイズですかね」
「堅実だね」
「浮かれることだけはしたくないので」
「やっぱり根は真面目。そこがスズカの良いところなんだよな」

  

渋谷で解散。タテルはここから電車で自宅に帰る。
「楽しい3日間だったよ。ありがとう」
「こちらこそ、美味しい店いっぱい連れて行って下さりありがとうございました」
「負け顔もいいけど、たまには勝ち誇った顔、見せてな」
「もちろんですとも!」
家路につく2人の目は、明日を見ていた。

  

—完—

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