連続百名店小説『MOSO de BOSO! 2』⑥SWEET MEMORIES(金時の甘太郎焼/成田)

人気アイドルグループ「綱の手引き坂46」の特別アンバサダーを務めるタテルは、車好きで話題のメンバー・スズカと2泊3日の千葉旅行をする。約1年ぶりの房総ドライブを楽しもうとする2人を、謎の男・ワタル率いる「脱帽しなかった男」が追っていた。

  

なかなか姿を見せないタテルとスズカに対し、ワタルの苛立ちは頂点に達していた。
「アイツら何やってんだよ。全然車出さねぇじゃん」
「多分2人とも成田山とか観光してるんじゃない?参道探してこようか?」
「頼む」

  

その頃2人は鰻を食べ終え駅方面へ戻っていた。参道は人でごった返しており、川豊本店は4時間待ちであった。坂を登りきり暫くすると、「金時の甘太郎焼」の行列を見つけ後に続いた。
「今川焼き、ですか?」
「今川焼きというか大判焼きというか…なんか色んな呼び方あってわからんね」

  

「あ、いたいた」
ワタルの子分が2人を発見した。少し距離をとってワタルに電話する。
「リーダー、いたよスズカさん達。やはり参道にいて、回転焼き買おうとしてる」
「回転焼き?何それ?」
「余裕があれば買ってくね」
「わかった。ちゃんと2人のこと追うんだぞ。逃がしたら絶望するからな」
「絶望するのはあなただけでしょ」

  

甘太郎焼にはあずきあんとしろあんの2種類がある。以前の旅で銚子のさのやに行った時はオーソドックスがどうたらこうたらで迷っていた2人であったが、今回は即決であずきあんを選んだ。
「車の中で食べる?でもあまり汚したくないか」
「いえいえ。車の中で食べた方が落ち着きますもんね」
「口の中の水分とられそう」
「飲み物欲しいですね」
「あ、あっちに甘酒がある!」
「和菓子に甘酒、最高ですね」

  

「コップなみなみ注いでくれる日本酒…惹かれるな」
「タテルさん肝臓壊したんですよね。さすがに止めた方がいいんじゃないですか?」
「1合超えてるし、ここは止めておこう。甘酒にするよ」

  

ワタルの子分は無事2人が車に乗り込むところを見届けワタルの車に戻ってきた。
「やっと帰ってきたか。俺を弄ぶとはいい度胸してるよな」
「自意識過剰だよ」
「なんだこれ、今川焼きじゃん」
「今川焼き?回転焼きって言いません?」
「お前関西人だからだろ。これは『今川焼き』か『大判焼き』でしかない」

  

呼び名についてあれこれ言っている者どもが多いが、ここでは店名通り「甘太郎焼」と呼ぶのが正解である。埼玉・千葉・神奈川・茨城をはじめとした一部地域では「甘太郎焼」で通じるようである。
綺麗に焼けた表面には歯応えがあるが、全体としてはトロッとした生地で、塩気の効いた程よい甘さのあんことよく合っている。
「ん!んんしい!」
「スズカ、食べながら喋んないでよ。何言ってるかわからんぞ」
「ごめんなさい、美味しくてつい」
「可愛いから許すよ」

  

そしてスズカは八日市場方面へ車を発進させる。この日初めての長距離移動に心躍らせる2人。
〽︎わたしの一番、かわいいところに気付いてる…
「出た!レコ大新人賞のFRUITS ZIPPER。俺寿々歌ちゃん好きなんだよね」
「私と同じ名前じゃないですか」
「天てれで一番好きなてれび戦士だったから。まさか今アイドルやってるとは思わなかった」
「タテルさんって義理深いですよね」
「どうした急に?」
「タテルさんって、好きな人のこと本当に大切にしますよね」
「褒められるほどではないよ」
「誹謗中傷受けた話したじゃないですか。実は心当たりがあるんです」
「えっ?」
「私のことを加入当時から推してくれてた人がいて、握手会やミーグリに足繁く通ってくれた。ミーグリは毎回風景の良い場所から参加してくれた」
「いいなそれ。印象に残るよね」
「だけどある日、『この前養老の滝の景色見せたの覚えてる?』って訊かれて微妙な返事をしてしまった。そしたら機嫌損ねたみたいで、それ以来来なくなってしまったんです」
「あらまあ。せっかく交通費かけて見せた風景を覚えてないと言われるとショックだよな」
「タテルさんもそう思いますよね」
「でもそうなることは想定しないと。スズカも多くのファンを相手にしている訳だし、風景の1つ2つ忘れても仕方ないよね。それで誹謗中傷してるとしたら相当自意識過剰だよ」
「そうですよね」
「まあその人が誹謗中傷の主とも限らないし。考えすぎるな」

  

〽︎失った夢だけが…
成田空港の傍を進みながら、旅行好きだった件の古参ファンのことを思うスズカ。その目には涙さえ溢れていた。
すると信号が突然赤になり急ブレーキを踏んだ。その衝撃でタテルは飲もうとしていた甘酒をこぼしてしまった。
「タテルさん、ごめんなさい!私としたことが…」
「いいんだいいんだ。でも服濡れちゃった…」
「本当にごめんなさい…」
「大丈夫だよ、すぐ乾くから。ホテル着いたら洗濯するし。それより車の中汚しちゃった!大丈夫?」
「せっかくの新車なのに…何で急ブレーキ踏んだんだろう私…」

  

一方のワタルも、長距離移動を連発する2人に苛立ちを見せていた。
「ガソリン代バカにならねぇぞ」
「だったら追跡やめようよ。本当は鴨川グランドホテルでのんびりする予定だったのに、キャンセル料まで取られて」
「それ以上にスズカを虐めることに価値がある」
「そんなにスズカさん憎いんですか?」
「憎い。憎すぎる。俺がやってあげたこと、何にも憶えてないんだから!」
「何やってあげたんだよ」
「スズカにミーグリで日本各地の絶景を見せてあげた。なのに全然興味持ってくれない。『養老の滝って居酒屋?』とか言われた暁には堪忍袋が大爆発したよ」
「スズカさんだって悪気なかったと思うよ。面白い子だし、冗談で言っただけ…」
「こっちは本気なんだよ!わかれや俺の気持ち!スズカと結ばれて、日本中、いや世界中を旅したかった俺の気持ちを!」
「自意識過剰が過ぎるって!もうやめよう、あなた病院行った方がいい」
「やめない。やめるんだったらお前を殺す」
「ダメだこりゃ…」

  

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