人気アイドルグループ「綱の手引き坂46」の特別アンバサダーを務めるタテルは、車好きで話題のメンバー・スズカと2泊3日の千葉旅行をする。約1年ぶりの房総ドライブは、前回と同じく波乱に満ちている予感で…
♪ズンズンズンズンどうして…
スズカの目覚ましは綱の手引き坂のデビュー曲『ズン』である。デビュー当時の初心を忘れない、という思いを込めてそうしている。
「おはようスズカ。今日も可愛くて元気だね」
「もちろん!今日も美味しいものたくさん食べます!」
〽︎ラセラセケ今日も唱える
ワタルら「脱帽しなかった男」は2人の泊まるホテルの駐車場に陣取り呪いの歌を唱えていた。
「現役アイドルがクソみたいな男といるなんて本当けしからんな」
「ツナテビちゃんねるの一環だから。何の問題も無いんだって」
「てかいつになったら出てくるんだアイツら」
「もう出発しててもおかしくないけど」
「弄んでるんだな俺を」
「被害妄想が過ぎる」
「イラつかせて楽しんでるスズカ、そして横のクソ男よ。不幸になればいいさ」
ワタルらの予想とは裏腹に、タテルとスズカは成田山を観光していた。目当ての鰻屋「駿河屋」に9:20に到着したところ、新勝寺入口付近まで延びる大行列ができていた。
「ひぇ〜、何時間待ちになるんだこれ」
「もっと早く出れば良かったですかね…」
9:30になり整理券配布が始まる。5分くらいすると、座敷で良ければ10:15には案内できるとのことだった。
「やった。もっと待つかと思った」
「いいですね。お寺行って帰ってくるのにちょうどいい時間じゃないですか」
ワタルの願望とは裏腹に幸運を掴んだ2人は新勝寺を見に行く。
「テレビではよく観るけど来るのは初めて!いいですね、心洗われます」
「俺の今年の初詣はここか。光栄だな」
「タテルさん初詣しないんですね」
「正月は家から出ない。駅伝とお笑い観てたらあっという間に3日すぎるもんね」
「さすがのタテルさんも、正月は食べ歩きとかしないんですね」
「してもいいんだけど体が動かない。外に出たくないんだ」
「その気持ちめっちゃわかります」
参拝を済ませ御神籤を引く2人。
「やった〜、私大吉でした」
「御神籤ごときでよくそんな喜べるな」
「バカにしてます?」
「いやいや、寧ろすごく健気で可愛いよ。どれどれ俺は…」
「きょきょきょきょ、凶⁈」
「大凶はないみたいなので一番下ですね」
「万事に困難や苦労が多い。新しいことを始めるのはよくない。病気は非常に危険な状態、旅行もよくない…」
「御神籤ごときで、と人には言っておいて、タテルさんが一番影響受けてるじゃないですか」
「こんなこと言われちゃ平常心保てないよ」
「気にすれば気にするほど不幸引き寄せますよ。ほら、切り替えましょ!」
「…」
階段を踏み外さないように慎重に新勝寺を出て鰻屋に戻る。2階の座敷席は修学旅行生の食事会場になりそうなくらいの大広間である。一番奥の隅に通された2人。
「一番落ち着く席に通された。なぁんだやっぱラッキーじゃん」
「そう来なくちゃですよ。うなぎ、うなぎっ」
「テンション高いね」
「1年以上ぶりですから。テンション上がりますよそりゃ」
「可愛いな。お座敷で正座するスズカ、キュンとしちゃうね」
運転を完全にスズカに任せたタテルはビールを注文する。店の至る所に貼り紙がしてある「白穂乃香」。ビールとしての外枠がしっかりありつつも、軽い口当たりで何とも可愛らしいものである。
「穂乃香ちゃん、綱の手引き坂に入ってきてもおかしくないね。こんな感じの子欲しい」
「ポジション争いは負けませんからね」
「スズカは黒ビールみたいな存在感だから大丈夫だよ」
「どういうことですかそれ!」
鰻と肩を並べる名物のだし巻き卵。出汁の旨味よりも甘さが目立つ上量もあるため、2人で丁度良いくらいである。
「俺、甘玉子好きじゃない。出汁がブシャーってなるだし巻き卵がいいんだ」
「今度私が作ってあげますよ。料理大好きなんで」
「その際は自慢の煮込み料理も食べたいな。もつ煮とか牛すじ煮込みとか」
「居酒屋みたいじゃないですか」
「いいね居酒屋スズカ。ってか綱の手引き坂メンバー自慢の料理で居酒屋やるの面白そうじゃん」
「ライヴ前の物販の横でやりたいですね」
「上層部に掛け合ってみるよ」
うな重がやってきた。脂が載っているがすっきりと溶けていく。だからもたれない。鰻独特の臭みも無いため純粋に旨味を楽しめる。鰻が苦手な人でも楽しめると思われる(無論無理に食べることは無い)。前回は食べ切れず残していたスズカもあっという間に平らげ、タテルは未だ食べたげであった。
「可愛いうな重だった。この子も綱の手引き坂に欲しいな」
「この20分で2人も逸材見つけた」
「テロテロしたタレ絡めてるから、スズカとは良いライバルになりそうだ」
「負けませんからね!」
健気な表情を見せるスズカに、タテルの心はまたキュンとした。凶の御神籤の件など、すっかり忘れられそうであった。
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