人気アイドルグループ「綱の手引き坂46」の特別アンバサダーを務めるタテルは、車好きで話題のメンバー・スズカと2泊3日の千葉旅行をする。約1年ぶりの房総ドライブは、前回と同じく波乱に満ちている予感で…
「そうだそうだ、生配信始めよう。長距離移動中は基本回すんだった」
改めて作り直したYouTubeチャンネル『僕たちは付き合ってるわけないと思ってたけどやっぱ付き合ってる気がする。』にて、生配信開始のボタンを押す。
「さあ始まりました、『僕たちは付き合ってるわけじゃ○*■☆◇$●△…』」
「おいスズカ、全然言えてないじゃん」
「ごめんなさい」
「早速負けちゃって。気を取り直してもう一回!」
「『僕たちは付き合ってるわけないと思ってたけどやっぱ付き合ってる気がする。』、始まりました〜!」
「イェーイ!帰ってきました!」
「お久しぶりですタテルさん、会いたかったですよ」
「俺もだよ。1年もしないうちに自家用車買っちゃって、大きくなったねスズカ」
「オトナスズカ、爆誕です」
「そういうところがちょっと子供っぽい」
「えぇ、そうですか?」
「ではここで1曲お聴きください。スズカによる『オトナブルー』」
〽︎そのうちじゃなくて…
「相変わらず上手だわ〜」
「ありがとうございます!おっ、視聴者さんからもたくさんお褒めの言葉いただいております!」
「登録者数10万超!ヤバくないこれ?」
「私たち最強ですね」
「チャンネル登録ありがとうございます!高評価ボタンも押してください!」
人が集まるといけないので目的地に着く手前で配信を打ち切る。しかしその配慮虚しく「脱帽しなかった男」が後ろをつけていることを、2人はまだ知らない。
金谷港に車を停めた2人(と「脱帽しなかった男」)。次の目当てはお土産市場内にあるバウムクーヘンである。
「うわぁ、バウムクーヘンいっぱいですね。お土産にたくさん買っていきましょ」
「待て待て。美味しいかどうか試してからだ。イートインもできるみたいだから食べていこう」
海を眺めることのできる広々としたレストラン、ではなくその手前にイートインスペースが設けられている。席数はあるようで意外と少なく、広い海の手前で窮屈な思いをする。
そこそこ美味しいアイスコーヒーと共に、まずは焼き立てチーズバウムを戴く。焼きが入りザラメもついた外側は少しカリッとしている。中のチーズはベイクドチーズケーキのような仕上がりで濃いめかつフルーティー。これには2人も大満足であった。
さらに菜の花たまごプリン。たまごもミルクも素材感のある穏やかな甘さでこれまた満足。
「観光客向けの気取らないお菓子かと思っていたけど、ガチで美味いな」
「良い店紹介して下さってありがとうございます。食べ終わったら海見に行きましょうよ」
「また磯遊びする?」
「さすがに冷たいですって。それにもう夕方ですよ」
やわらかバウムは商品名の通りふわっとしつつも、外側にザラメが入っていて輪郭がはっきりしている。ミルクやバターなどが機能しているからか、卵の臭みはなく良い部分だけを活かしてある。若干入った洋酒によりキレも生まれている。
一方ののこぎり山バウムはみっちりとした通常のバウムクーヘン。素材の良さでマシにはなっているが、元来バウムクーヘンを好まないタテルにとっては少々重かった。
「タテルさんって好き嫌い激しいんですね」
「オカンよりはマシさ。オカンはバウムとクッキー以外の焼き菓子を一切好まない」
「へぇ、珍しいですね」
「オカンも生魚食べないのよ。遺伝したかな」
「食の好みって遺伝するんですか?」
「まあ影響はあるでしょ。俺があれだけなめろうに拒否反応示したの、自分でも普通じゃないと思ってるからね」
「普通じゃねぇよコイツら。堂々と生配信なんかして」
海を眺めながら吠える「脱帽しなかった男」。落ちていた石を海に投げ込みその場を去った。
「タテルさん、じゃあこのバウムクーヘンはどうですか?外側がホワイトチョコでコーティングされてます」
「どれどれ。おっ、これは美味しいね。チョコのコクで生地の重さを軽減している。ビターチョコの苦味じゃなくてホワイトチョコの甘味に託したのがまた良い選択」
たっぷり買ったバウムクーヘンを車に積み、裏手に回って海を見る2人。いつの間にか西陽が強くなって、海面には光の道ができていた。空の青に赤が滲み、虹のようなグラデーションを生む。
「はぁ、やっぱ海は落ち着きますね」
「海はこうやって眺めるのが一番だな」
「嫌なことなんて全部忘れちゃいますね」
「ほんとそう」
〽︎信じようふたりだから…
「海猿だ」
「歌っちゃいますよね。海のように果てしない愛の歌」
「スズカにラヴバラード歌わせたら最強だな」
「タテルさんといると心強い。全ての苦しみに寄り添ってくれるから」
「可愛いメンバー達の悲しむ姿、見たくないからな。よし、俺は渋く強くいこう」
〽︎海よ俺の海よ…
「タテルさんの力強い歌声…染みますね」
「泣いてる?」
「夕暮れの海にその歌はダメですって…」
「良い曲だよな。思わず歌っちゃった、人目につく場所では歌わないとか言っておきながら」
「タテルさんも天性の歌い人なんですね」
「そうみたいだな。アハハ」
「アハハじゃねぇんだよ。恥ずかしくねぇのか」
陰から見張っていた「脱帽しなかった男」。2人が車に乗り込んだのを確認すると例のように後をつける。
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