女性アイドルグループ・TO-NA(旧称:DIVerse)のメンバー・マナと特別アンバサダー・タテル。DIVerse時代、逸材とされながら突如卒業、行方をくらませたマシロを捜していた。すると白糸の滝にて、マシロが突如倒れた現場に遭遇。マシロは重病を患っていて、かつての仲間、そして親友であるマナにさえ姿を見せたくないと言われてしまったが、マナに会いたいという内容を含んだ本人直筆の手紙が舞い込む。マナとマシロの再会の時がすぐそこに迫っていた。

小布施駅に降り立ったタテルとマナだが、ここで2人は一旦別れて行動する。再会の場には、まずマシロとマナのみが居るべきであるとタテルは考えていた。2人水入らずの時間を心ゆくまで過ごし、良きタイミングでタテルも合流する。それまでタテルはモンブランを堪能する、という計画である。
「俺のことは気にしなくて良いからな。全時間俺抜きでも構わない」
「それは流石に恐れ多いです。ちゃんと呼びますから心の準備しといてくださいね」
「了解。多分だけど栗の木テラスにいるから」
こうしてマナはマシロの入院先へ、タテルは栗の木テラスへ向かった。よく理解はしていないが歴史のありそうな建物を眺めつつ6分程歩いたタテルは早速栗の木テラスに到着。人気店であり15組くらいの待ちが発生していた。記帳だけして、もう一つの狙い目であるロントに急行する。狙い目とは言ったが、Googleマップによればモンブランは早く完売する可能性が高いとのことで、あまり期待はしないで訪れた。

栗の木テラスとは打って変わって客足は疎らであった。やっぱりモンブランは売り切れたのだろう、と惰性で入店してみたが、果たして小布施マロンは残っていた。イートインスペースは休止中であったが、席は開放されており、水の提供もあったため利用することにした。

良い栗は大体しぼりたて和栗モンブランとして仕立てるものだが、小布施マロンはフランス流のモンブランのようで、洋酒の効いたこっくりすらりと溶ける栗のペーストである。その中でもしっかり栗の香りを感じ取れるから素晴らしい。メレンゲは香ばしく、生クリームも合わせて全体的に甘め。思い切った甘さ加減の中でも栗の味わいを確と感じられる。中に丸々入った栗はどうしても味には寄与しないものだが、フランス菓子の技術を遺憾無く発揮しつつ地の利を活かす。他のケーキも是非食べてみたいと思える店であるとタテルは思った。

マナからの連絡は無い。きっとマシロとの6年ぶりの再会を噛み締めるように堪能しているのだろう、と良い気分になっていた。栗の木テラスに戻る途中で松葉屋本店に立ち寄り、県外には出回らないと云う地酒「北信流」などの試飲をする。

こういう酒蔵の酒はどうもアルコール感が強く味わいに欠ける、という偏見を持っていたタテルであるが、昔ながらの荒々しさの中に旨みを感じるものが多くて気付けば5品もテイスティングしていた。
栗の木テラスに向かう途中、タテルのスマホが鳴る。マナから電話が来ていた。遂に自分もマシロと対面か、と心を躍らせて緑色の丸を押す。
「タテルさん!実はマシロが、マシロが意識失って!」
「は⁈」
「今は落ち着いたみたいで無事なんですけど、面会は中止にしてほしい、と言われました……」
「会えたのか?」
「会えませんでした。受付してる時に急変したみたいで……」
「そっか……」
タテルは黙り込んでしまった。電話を繋いでいる状態であることを忘れてしまうくらい、茫然自失と立ち尽くす。
「タテルさんどこにいるんでしたっけ?」
「おっ、あっ。えーっと、栗の木テラス」
「そっち向かいますね。これ以上病院にいても進展は無い、とのことなので」
長い待ち時間を嫌いキャンセルした客も多かったため、想定より早く入店したタテル。予め電話で持ち帰り用(電車内で食べるつもりだった)モンブランを取り置きしてもらっていたが、やっぱり喫茶で食べたいと思ったため交渉して変更してもらった。モンブランの在庫には余裕があったため、無理に取り置きを頼む必要は無いと思われる(喫茶で食べる分のケーキは取り置き不可である)。

紅茶に力を入れている店のため、飲み物は栗の木テラス特製ブレンドティーを選択した。鍋つかみのようなものでポットを保温するガチ勢運用であるが、そうしてしまう猫手のタテルはポットをさわれない。紅茶の味わいは濃い目だがつんとくる感覚が無く飲みやすい。詳細な味については、旅の疲れが出てしまい汲み取れなかった。
「タテルさん、お疲れ様です」
泣き出しそうな顔でマナが入ってきた。
「つらいよな。俺だってつらい」
「絶対悪くなってますよね。死んじゃうのかな……」
「そんなこと言うな!」
「……」
「本人が一生懸命闘っているのに、俺らが悲観してどうするんだよ……そりゃ俺だって不安だよ。人類の叡智を以てしても抑え込めない病魔であることはわかってる。でも治る可能性は十分ある訳だし、何しろマシロは生きようとしている。なのに死んじゃうとか考えるな。それでも親友か⁈」
「……」
「親友なんだから信じてあげろよ。しんどいとは思うけど、不安な気持ちを口に出すな。蓋して胸にしまっとけ」

モンブランがやってきた。ロントのものと比べるとダイレクトに栗の味を感じる。だが谷中の和栗や(茨城笠間の栗を使用)のような直球の味ではなく、クリーミーな味わいから始まる。ロントでも同じような感覚だったので、これが小布施の栗の特徴なのだろうか、それとも洋酒が効いている結果そういう味になっているのか、はたまた今日の自分がクリーミーさを感じやすいだけなのか、タテルは混乱していた。
惜しむらくは土台がタルト生地であること。重さも甘さもあって、栗の味わいの邪魔であるとタテルは云う。おまけにレモン風味のスポンジ生地も入っていて、タテルのように栗にうるさい人は、スポンジとタルトを抜き出して別のスイーツとして食べるべきであろう。

店を出ると外はブルーモーメントの最中であった。季節の移ろいは趣深い一方で残酷であることを実感する。栗の木テラスの母体である桜井甘精堂の本店は閉まっていたが、長野駅の駅ビルにも支店があったためそこで土産を購入した。

栗最中が絶品で、最中という控えめな存在以外邪魔するものが無いため栗の味を十二分に感じ取れる。緑茶を飲むと口がリセットされまた栗の味わいが新鮮に思える。

栗どら焼きはどうしてもどら焼きの生地の方が主張してしまい、普通のどら焼きと変わらないように思える。

小布施駅に着く頃には九割がた日が落ちていた。黒く佇む山の中に市街地の灯が点々と映る様は姨捨の風景を思い起こさせる。

「うわぁ、何この綺麗な景色⁈」
「いいでしょマナちゃん。長野にはたくさん素晴らしい景色があるけど、姨捨の夜景がいちばん好き」
「こんなの東京じゃ観れない。街と自然の両方があるからこそだよね」
「そうだね。ここには大切な人を連れてきたかった。だからマナちゃんと来たんだ」

マナの瞳に、光の粒が大きく重なって映る。
「私……マシロにとって大切な存在なのね」
「当たり前だよ。マナちゃんと居ると毎日が楽しい。私がDIVerseやれてる原動力、それがマナちゃんなんだ」
「私もだよ嬉しい。マシロといる時間が永遠に続いてほしいな」
2人で手を繋いだり肩を組んだりしながら1時間以上、姨捨の夜景を眺めた想い出が蘇る。タテルはその話を聞いて涙が止まらない。マナとマシロの想い出話は何度聞いても応えるものである。それと同時に、マナへ神説教しておきながら、マシロの病状悪化疑惑に対する不安を閉じ込める蓋がカタカタと鳴り始めた。

それを何とか押さえつけながら、夏には扇風機の回っていた古い東急車両で、長野駅へ戻っていった。