*店主夫妻の出産が控えているため、この店は臨時休業中です。状況によるが遅くて2026年春頃の営業再開となる見込み、とのことです。
女性アイドルグループ・TO-NA(旧称:DIVerse)のメンバー・マナ。DIVerse時代の同期メンバーで、突如グループを卒業して行方をくらましたマシロを探したいと、特別アンバサダー(後にプロデューサー)のタテルに申し出た。タテルはそれを快諾し、マシロの出身地・長野県を旅することとなった。
2人が見ていたリーフレットは、半年に1回刊行される県の広報紙で、毎号長野県在住の人々が県内で撮影した写真を4枚掲載している。全国的な知名度こそは無いが、県内ではこの広報紙への掲載を目指して多くのフォトグラファーが自慢の写真を応募している。そこに自分の写真が載ることは凄いことであるのだが、この時点ではタテルもマナもそれを知らない。
「取り敢えず生存確認はできたな。ローカルの広報紙に掲載だと、県内在住の可能性も高い」
「有力な手掛かりだと信じましょう」

良い時間になったため、松本で一番のラーメン屋に向かう。18:00開店のところ、17:37着で一番乗りであった。次の客は6分くらい後に接続、17:47頃から行列の延びが加速する。
2人は直後に並んできた夫婦に広報紙を見せ、マシロのことを訊ねてみる。
「マシロさん?ああ、そういえば。まれのすけ、ってグループでしたっけ?」
「DIVerseですね。まれのすけさんも似たグループなので紛らわしくて、すみません」
「いえいえ」
「あれ?マシロさんってたしか、菊ちゃんの家の近所に住んでなかった?」
「そうだ。私の友人が知ってるかもしれない。LINEしてみましょうか?」
「ありがとうございます!」
開店時間の少し前に入店。タッチパネルで食券を購入する。浅草橋の名店にて修業した人の店であり、タテルはそこの塩そばがたいそう優美なものであると記憶していた。そのため塩そばを選択し、マナもそれに追随する。
案内されたのは手前の席であった。手前からマナ、タテルと座り、先程話しかけた夫婦がこれに続く。菊ちゃんから来た返信。
実家に戻って間も無く、引っ越してしまいました。事案が事案だからと、引っ越し先も詳しくは教えてもらえなくて。高原の方とは言われたけど…
「高原ですか。それだけでも知れてありがたいですよ」
「白糸の滝って高原地帯ですか、タテルさん?」
「軽井沢。全然高原地帯」
「じゃあその辺りに」
「わからんぞ。ただ出先で撮っただけかもしれない」
「菊ちゃんも今は連絡取れてないみたいで。他のご近所さんも同じく……」

ラーメンがやってきた。まず麺について、タテルには小麦の味をテイスティングする能力は備わっていないが、ツルッと美しい喉越しである。

あっさりしたスープはそのままだと物足りなく感じるが、ネギ、セミドライミニトマト、フライドオニオン等をスープに混ぜると途端に味が彩られるから面白い。
「こんな優雅にラーメンを食べるの、初めてです。あ、タテルさんは慣れてますよね」
「キョコってるで100杯以上食べてきたんだ、慣れているに決まってる。逆にこれが当たり前とすら思ってしまう」
タテルが要らぬ自慢話をしていると、菊ちゃんから続報を貰ったと、隣の夫婦が話しかけてきた。
去り際、写真家になってみたい、と言ってた。
「やっぱり。上手ですもんこの写真」
「自然物らしさを残しつつ、幻想的なライトアップに雪を映えさせている。プロのやり方だねこれは」
「あの広報紙の写真見て、大企業から専属フォトグラファーのオファー受けたり、世界的スタジオにスカウトされる人もいるんですよ」
「もしかしたらマシロも大物写真家に?」
「なるかもしれませんね」
「そうなると尚更会いたい。どこ行けばいいんだ」
「白糸の滝、行ってみません?聖地巡礼として」
「そうだね。冬も良いけどあそこは夏のイメージ。夏に1回行こうか」
帰りのあずさの時間が迫ってきたため、夫婦に礼を述べて店を後にする。
まつもとぉ〜、まつもとぉ〜、まつもとぉ〜
半年後に廃止されるとはつゆ知らず、独特なアナウンスを聞き逃すダメ鉄タテル。安曇野の地ビールを買ってあずさに乗り込んだ。

「今日は私の我儘を叶えてくださりありがとうございました。お陰で少しですが手掛かり得られて」
「丁度良かったよ。マシロがアイドルを辞め、平穏な暮らしをしている現実に慣れてしまっていた。でもやっぱ忘れられないよな、マシロが確かにDIVerseに居て、無邪気さと儚さのギャップで魅了して、笑っちゃうくらいのぶりっ子かましていたこと。雪の中で笑うマシロの写真集、見たかった……」
「夢でしたからねマシロの。ああ、込み上げてくる……でも泣かない」
「強がるなよ」
「私が泣くのはマシロの前だけ、そう決心したから」
「なら尊重する。ありがとうマナ、マシロのこと大事に思ってくれて。情には出てないけど、俺嬉しい」
「もう十分滲み出てます」
「そのようだな。マシロのこと、もっと早くから知って推したかった。その後悔を晴らすきっかけに、マナはなってくれた。これからも一緒に捜そう」
「はい!」
マシロが信濃の国で、健やかに穏やかに暮らしていると信じる2人。しかし東京に戻ると待ち受けていたのは、芸能界の闇ともいえる某たぬき親父の暴走であった。TO-NAは塗炭の苦しみを味わい、暫くの間、マシロ捜しに気が回る状況ではなかった。