連続百名店小説『雪の中で笑う君は』夏パート 第2話(白糸の滝→ちもと総本店 軽井沢本店)

女性アイドルグループ・TO-NA(旧称:DIVerse)のメンバー・マナと特別アンバサダー・タテル。DIVerse時代、逸材とされながら突如卒業、行方をくらませたマシロを捜していた。春に松本を訪れた時、マシロの撮影した白糸の滝の写真が県の広報紙に掲載されているのを目の当たりにし、偶然会った元隣人の夫婦から、とある高原地帯に引っ越したことを聞き出した。

  

1日に2本しかない群馬県万座バスターミナル行きのバスを捕まえた一行。先ほどジェラートを食べに行ったハルニレテラスを通過し、バスはぐんぐんと山を登っていく。
「ちらほらと別荘がある」
「人里離れていてのんびりできそうな立地ですよね」
「この中のどれかがマシロの別荘だとしたら……そんな訳無いか」

  

峰の茶屋にて旧軽・軽井沢駅方面のバスへ乗り換えとなる。白糸の滝まではバス停1つだが、自動車専用の有料道路を通るため歩いて行くことはできない。

  

大人しく20分程待っていると、高速バスのような大きな車両がやってきてそれに乗り込む。
「マナはこの辺来たことある?」
「来てないです。雲場池と旧軽散策、アウトレットで精一杯でした」
「まあそうだよな。軽井沢ってショッピングとカフェを堪能しに来るイメージ」

  

山道の中突如現れた人と車と店屋の群れ。白糸の滝に到着である。時刻表を確認し、50分後の特急バスに乗る目標を立てた。本当は甘酒とか岩魚の塩焼きとか頂こうとも思ったが、時間が勿体無いからとマナが言い出したためすぐ滝へ向かった。

  

滝の方からは、麓では滅多に感じられなかった真の涼風が吹いてきた。ここまで登ってきて漸く避暑地というものの存在を実感したタテル。川のせせらぎを聞きながら滝へと歩いていく。

  

無数の小さな滝が弧を描くように連なっている白糸の滝。国内外問わず多くの観光客が集っているが、割って入って滝の景色を撮影する余裕は十分ある。ライトアップ装置にぶつからないよう注意してスマホを水平にし写真を撮る。

  

1本1本干渉せず鉛直落下する滝もあれば、複数の滝が絡まって白く雄々しく落ちる者もある。全く滝が流れず岩肌が見えている領域もある。これらが自然の気紛れで配置されていて、人間業では生み出せない絶景となっている。

  

正面から見て左側には、足場こそ若干悪いが手を伸ばせば直接滝に触れる箇所がある。足下に不安を覚えるマナを差し置いてタテルが触りに行く。
「ちべたっ!氷のように冷えてんなこれ」
「そんなに冷たいんですね」
「目が覚めるわ。夏とは思えない冷たさ、そりゃ涼しい訳だ。……おっとっと!」
「びっくりしたあ!気をつけてください足下」
「蚊が来やがった。まったく、人が自然を鑑賞してる時に。ノイズなんだよ」
「そんな怒らなくても。虫除けスプレーかけますか?」
「そうしよう。ありがとな」

  

再び正面の滝を眺めることにした2人。見ものは正面の滝と「触れる滝」くらいしかない(「触れる滝」の左には洞穴があるが立ち入り禁止である)ため、1時間弱で十分満喫できるスポットではある。それでも日頃の忙しさから解放された2人は、時間を忘れ無になって佇む。

  

その背後から、白いワンピースを纏った色白の少女がやってきて、2人が気付かぬ内に「触れる滝」の方へ向かった。徐にカメラを取り出し、小柄な体を重そうに背伸びさせて滝の水源の方を写した。その拍子に鞄からペンを落とす。少女はカメラをしまい、屈んでペンを拾う。その時、突如咳き込んで痙攣を起こし、その場に倒れてしまった。

  

「おい、大丈夫か!」
男性の一声で惨事を察知したタテルとマナ。振り返った途端マナは、だいぶ痩せ細っていたその少女がマシロであることを逸早く察知した。
「えっ、マシロ⁈」
「マシロなのか?俺にはわからんぞ」
「あれはどうみてもマシロですって!私ちょっと行ってきます!マシロ!しっかりして!」

  

マナは野次馬を押し退けてマシロに歩み寄ろうとした。しかし1人の男が険しい顔をしてマナの接近を妨害する。
「君はマナさんだな。悪いが近づかないでくれ」
「なんでですか!」
「事情は責任持って話す。この後どこか行く予定あるか」
「……旧軽井沢に」
「じゃあちもとで待っててくれ。必ず行くから」
「あの、マシロには…」
「まず話をしてからだ!あっち行ってろ!」

  

マナは肩を落としてタテルの元へ戻ってきた。
「どう……だったか」
「それが、マシロには近づくな、と迫られて……」
「お父さんなのかな」
「違います。会ったことありますけどあんな顔ではなかったです」
「親戚の人なのかな。そっとしてあげた方が良いかも」
「ですね。ちもとで待ってろ、と言われましたし」
「従うとしよう。しかし心配だな」

  

マシロは救急車で病院に搬送された。タテルとマナも、騒然とする白糸の滝を去り約束の旧軽ちもとへ向かうこととする。いつもなら車窓に張り付いて景色を楽しむ山道も、この時ばかりはマシロへの心配が勝って覚束ない。
「あんな痩せてなかったよねマシロ?寧ろふっくらしてたぞ、最後に見た時は」
「女の子に言うことじゃないです。でも確かに最後の方はふっくらしてたか……」
「痩せてて急に倒れたとなれば、嫌でもがんの可能性を考えてしまう」
「がんですか……そういえば風邪ひきやすくなったのも?」
「白血病とか有り得るな」

  

2人の体を包む絶望感を察知したタテル。実に非科学的な直感だが、それは抗いようの無い絶望感であることを知っていた。それでも事実を知る機会は目の前にあるし、それを知って少しでもマシロの助けになりたい、という想いは強かった。精悍な顔つきで旧軽井沢のバス停に降り、商店街へ繰り出す。

  

ちもとまでの道のりは500m強であったが、絶望感の鎧を纏ったせいか思ったより遠かった。こんな形で訪れるつもりは毛頭なかった。楽しくかき氷を食べながら、マシロが幸せに暮らしている手がかりを緩く探すはずだった。しかし現実はどうやら残酷そうである。

  

杏のかき氷を注文して4人席に着く。日曜とはいえ夕方であったためか客は少ない。しかし冷房が効いておらず、おまけに涼しい山間部から麓に降りてきたため暑くて仕方ない。

  

流行りの蕩ける氷とは違い、掬う時に雪を踏み締める時のような反作用を感じる氷。それでも水が良いから真っ新な状態でもさらっと入るし、内部から滲み出てくる杏のシロップは素直に果実の味わいを発揮している。懐かしく美味しいかき氷を食べて、体も心も一旦クールダウンさせる。

  

そこへ、先程マナを突き放した男が約束通りやってきた。マシロに付き添って病院に行き、その帰りに2人の元を訪れた。
「マシロは無事ですよ。今のところは一安心です」
「それは良かった。すみません、どちら様ですか?」
「マシロの叔父の池上です。さっきは不躾な態度を取ってしまい申し訳ない」
「いえいえ。緊急事態でしたもんね」
「マシロは入院することになりました。まあ元の鞘に戻った、というところでしょうか」
「やっぱり何か闘病しているのでしょうか?」
「はい。簡単に言うと悪性腫瘍です」

  

タテルの直感はやはり当たっていた。24時間テレビで取り上げられるような、否が応でも死を想起させる病がマシロの身を襲っていた。
「……まあ何でも聞きますよ。ちもと餅食べました?こんな雰囲気の中アレですけど、奢りますよ。いやあ、それにしても暑いねここは」

  

冷たい抹茶と共に、ちもと餅をご馳走になる2人。都立大学や箱根湯本などにも店舗があることで有名なちもとだが、ここ軽井沢の総本店で提供しているちもと餅は黒糖ベースに胡桃の実を含めたもの。弾力を感じる前に解ける柔らかさの生地からは黒糖の甘みがはっきり感じ取れ、胡桃の存在感もある。柔らかさという点は箱根の湯餅に追随するが、黒糖に胡桃という組み合わせはワイルドさを演出する。

  

「マシロはいつ頃から闘病しているのですか?」
「DIVerseを卒業して間も無くです」

  

DIVerse卒業の理由は、表向きでは中傷や脅迫、相次ぐ怪我等で鬱になり限界を迎えた、ということになっていた。それ自体誤りではないが、最大の理由は病魔であったのだ。
「風邪を引きやすかったのもやっぱり?」
「そうですね。DIVerse卒業発表の1ヶ月前には診断がついて、本人は皆に心配をかけたくないからと、病気のことは伏せて卒業発表しました。嘘をつく格好になってしまい申し訳ない」
「マシロ……なんで隠すの!池上さん、マシロ助かるんですよね?」
「甘くはない。寛解して退院して、再発して入院。これを3回繰り返してます」
「しぶといな……」
「今日は蚊に刺されたのがまずかった」
「蚊?」
「なんか『ほん怖医学』で見たことあります。子供の頃蚊に刺されてアレルギーみたいになって、大きくなって刺されたらそのまま死んじゃったやつ」
「いい視点ですねタテルさん。まさしく同じ病名。マシロの場合は悪性腫瘍に発展してしまいました。今年に入って安定してたのに、無茶するから……」

  

「あの、県の広報紙にマシロの写真載ってたのは?」
「ああ、写真家やってるよマシロは。今日もカメラ持ってて、ほらこれ」

  

「苔が水滴を纏っている……なんて美しいんだ」
「瑞々しい。まるでミトコンドリアのように活き活きしている。目の付け所良いよなマシロは」
「プロの腕前だよマシロは。入院中とかやることないから、ずっと写真の勉強してる。寛解して体調が良ければすぐ学びをアウトプット。それで入選したんだから大したもんだよ」
「フォトグラファー・マシロ。僕達も会いたいです」

  

池上の顔が引き攣る。嫌な予感を察知した2人。
「大前提として、マシロは弱った姿を誰にも見せたくないと言っている」

  

マシロの調子が良いのは、あっても年2,3日。朝は平気でも夕方になると発熱・倦怠感・痙攣等の症状が現れたり。痛みも頻繁に出るし食事もまともに摂れない。もう先が長くないのでは、と憂う毎日だ。アイドル時代の面影は消え失せてしまった。そんな姿を、DIVerse、そしてTO-NAのファンやメンバーに見せることはできない。
マシロはDIVerse、そしてTO-NAを応援している。騒動の時も、心無いアンチに心を痛め、陰ながらに解決を祈っていた。そこにやつれた自分を見せたくない。雪の中で笑うあの無邪気な姿のままで、皆の心に生き続けてほしいと希望している。

  

涙が止まらないタテル。マナも堪えていたが、泣きたい気持ちは如実に出ていた。
「だからマシロには会えない。お願いだ、マシロを捜すのはもう止めてほしい」

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です