連続百名店小説『雪の中で笑う君は』冬パート 第2話(そばの実/戸隠)

女性アイドルグループ・TO-NA(旧称:DIVerse)のメンバー・マナと特別アンバサダー・タテル。DIVerse時代、逸材とされながら突如卒業、行方をくらませたマシロを捜していたところ、マシロは重病を患っていて、かつての仲間、そして親友であるマナにさえ姿を見せたくないとしていることを知った。それでもある日、マナに会いたいという内容を含んだ本人直筆の手紙が舞い込む。マナとマシロの再会の時がすぐそこに迫っていたが、直前になってマシロの容態が急変。一命は取り留めたが再会は延期となっていた。

  

傍の雪を眺めながら舗装道を歩くこと15分。タテルは路面の踏み固められた雪に足を何度も滑らせる。明らかに雪道用の靴ではなかったのだが、吹雪の函館もこの靴で歩き通したから問題ない、と言って聞かない。

  

蕎麦屋が現れた。駐車場には沢山の車が停まっていたが、中に入ってみると2組待ちであり覚悟していたよりかは空いていた。早速名前を書いて待つこととする。
「暑い。やっぱ上着要らなかったな」
「歩くのが速いからですよ。ゆっくり歩けば暑いなんてことにはならない」
「そうかい。先を急ぎたいんだ」
「なら蕎麦屋さん寄らないで進みましょうよ」
「酒飲み過ぎた。水分補給しないと死ぬ」
「言わんこっちゃない」
「さっきの店で隣の人が林檎ジュース頼んでて美味そうだったからな」
「まあ林檎ジュースなら飲んでもいいですけど……」

  

客は出てくるが呼ばれる気配は一向に無い。飲み物はこの先自販機があるだろうし、蕎麦を諦めて奥社へ急ぐべきなのかもしれない。しかし進もうとすると蕎麦屋に後ろ髪を引かれ、タテルとマナは要らぬ単振動を繰り返して15分を浪費した。

  

最終的に順番が来て席に案内される。飲み物のメニューを見ると、やっぱり戸隠のクラフト蕎麦ビールに惹かれてしまうが、ここは万全を期して須坂産りんご果汁を注文する。みそ包み揚げなどの一品料理にも興味が湧くが、ここも腹を膨らませすぎないよう蕎麦で我慢する。売り切れを覚悟していた十割蕎麦が1人前だけ残っていたためタテルが注文した。

  

寒冷地ではどうもスマホの充電の減りが速い。未だ正午過ぎであるというのに50%を割ってしまった。モバイルバッテリーを取り出し繋いでみるが、不運なことに充電がなされていなかった。
「1週間前出かけた時に使い果たしたんだった……家帰ったらめんどくさくなって充電し忘れ……」
「昨日の夜に確認しなかったんですか?」
「考えること多くてさ、忘れちゃうんだよ」
「まったく。私持ってませんからね。スマホそんなに見ないので」
「まあ大丈夫だろう。いずれにしてもここはネットが繋がらない。写真撮るくらいかな、使うのは」

  

蕎麦がやってきた。十割ということもあってか、蕎麦の香りが届くのが早い。口に含む前から芳しい蕎麦の香を感じられるものである。岩塩をつければ円やかさの一面も見せてくれる。ただその分香りに慣れ、不感になるのも早かったタテル。

  

そこで胡桃つゆを単品で追加する。貴重な十割蕎麦を胡桃に浸すのは申し訳ない気もするが、信濃の地の物を少しでも多く堪能しておきたい、という気持ちもまた確かである。川上庵では円やかな仕上がりになっていたが、こちらは返しが効いているからかスモーキーな仕上がりとなっている。

  

「ここから15分くらいで奥社入口。そこから奥社までは2kmなのに1時間かかると言われた。ただ実際どれくらいの悪路なのかわからない。意外とすいすい歩けて、舗装道の2kmと大差無い可能性だってある」
「でも雪は積もってるんですよね。タテルさん大丈夫ですか、その靴で」
「一応備えはあって、靴を覆うゴムを持ってきた。でも面倒なんだよね、上手く履けるかこれ」
「あるなら使った方が良いですよ」
「そうじゃな。この靴じゃびしょ濡れになってしまうべ」

  

お婆さん店員もマナに同調したため、タテルは従う他無かった。大きなタテルの足には少し小さかったようで、嵌めて伸ばす際にゴムが少し破けてしまった。それでも無いよりはマシである。

  

蕎麦屋から奥社入口までを20分かけて歩き抜いたタテルとマナ。駐車場、公衆トイレ、蕎麦屋を通り過ぎると愈愈左手に幽玄の道が現れる。

  

最後の蕎麦屋を通過し鳥居をくぐって、いざ奥社へと向かう杉並木を進む。

  

「寒い……こんなに着込んでいるのに」
「兎に角体を動かせ。じきに温かくなるから」
「その前に凍ってしまいます!」
「耐えるんだ。雪の中で笑うマシロを思い出せ。あの無邪気な笑顔を心に浮かべたら、こっちまで楽しくなって寒さなんて忘れちゃう」
「……試してみるか」

  

足下の雪は思ったほど滑りにくく、通常の陸地より少し遅いくらいのスピードで歩くタテル。しかしマナが寒がってなかなか足を前に出せなかったことにより、中間地点の随神門に到着した時刻は13:45。入口に戻る約束の時間まで15分である。

  

「うー、寒い……」
鉄人マナが身を震わす。滅多に体調を崩さないマナでも、この調子では風邪を引いてしまう。奥社へは更に上り坂となり、体力の消耗は不可避である。そして暑がりのタテルも流石に体の芯が冷えていた。奥社に行くには問題が山積みであった。

  

注連縄の括られた傍の木に祈りを捧げ、2人は随神門から200mの地点にて引き返すこととした。奥社へ参拝できなかった無念を引き摺る足取りは迚も重い。
「寒い。寒いよ……」
「俺の上着着るか」
「お願いします。凍え死にそう……」

  

入口の鳥居が奥に見えてきたが、マナの体力は限界を迎えていた。タテルが背中を押したり肩を貸したりするが、とうとうその場に蹲ってしまった。スマホでSOSを発信しようとするタテルであったが、遂に充電が切れてしまった。周りにいる人々は4つの声調を操る民族だらけであり、まともに会話をする勇気が湧かない。

  

鳥居の向こうから人影の列が現れる。ざっと10人程の列である。ゆっくりとゆっくりと、タテルとマナの元へ迫ってくる。やがてその姿がはっきりと見えてきた時、それはDIVerse初期メンバーの集まりであることが判った。そのセンターには車椅子があった。

  

「マナちゃん!こっちおいで!」

  

「えっ、マシロ⁈」

  

マナは気力を取り戻し声の主へ抱きついた。紛れもなくマシロである。そして今まで堪えていた分まで、思う存分涙を流す。
「マシロ、会いたかったよ……」
「私もだよ。全然会えなくてごめんね……」
「すっかり細くなっちゃって。でも全然変わらないね、その愛くるしさと芯の強さ」
「嬉しい……」

  

その様子を眺めるタテルもまた号泣していた。タテルもまたマシロからの手紙を受け取っており、マナへのサプライズの仕掛け人を依頼されていた。初期メンバーほぼ総動員で、マナとマシロ再会のお膳立てをしていた。
「ごめんマナ。スキー場に行かなかったのは計画通りだ。なんなら昨日の仕事も態と入れた」
「マナちゃんは私の特別な存在。だからみんなとは違う会い方したかったんだ」
「スキーはしません」
「しないの⁈」
「だってマナちゃん、あまりスキー好きじゃなかったよね?」
「……まあそうだけど」
「それも考慮して旅程組みました」
「もう、私を弄ばないでよ!……嬉しいけど」
「はいはい、雪の中で記念撮影だよ。全員のとマナちゃんマシロちゃん2Sと!」

  

命に関わるような寒さもすっかり忘れて、マナは自然と笑顔で写真に写った。マシロは雪ん子のようにこじんまりと、マナにくっついていた。

  

写真撮影を終えると、一行はすぐ駐車場に向かい、レンタルしていたハイエースに乗り込んだ。マナとマシロは最後部に隣り合って座る一方、他の人達は前方に固まって2人の時間を邪魔しないようにする。

  

「体調大丈夫なの?意識失った、って聞いたけど」
「あれはね、脳に悪いものが回っちゃったからなの。そのうち記憶が無くなるかもしれないらしくて、だから今会いたかったんだ」
「記憶が無くなる……それは悲しい」
「その前に会えて本当に良かった。まあ頑なに会わなかったのは私の方だけどさ」
「本当だよ。すっごく寂しかったんだから!」
「ごめんね。これからはいっぱいお見舞いに来てね」

  

ハイエースは山を下り、車窓には長野市街地が見えてきた。マシロが行きたかったもう1つの場所で停まる。

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