連続百名店小説『雪の中で笑う君は』冬パート 第1話(うずら家/戸隠)

女性アイドルグループ・TO-NA(旧称:DIVerse)のメンバー・マナと特別アンバサダー・タテル。DIVerse時代、逸材とされながら突如卒業、行方をくらませたマシロを捜していたところ、マシロは重病を患っていて、かつての仲間、そして親友であるマナにさえ姿を見せたくないとしていることを知った。それでもある日、マナに会いたいという内容を含んだ本人直筆の手紙が舞い込む。マナとマシロの再会の時がすぐそこに迫っていたが、直前になってマシロの容態が急変。一命は取り留めたが再会は延期となっていた。

  

長電沿線ツアーから1ヶ月が過ぎた頃、DIVerseの初期メンバーに続々とマシロからの手紙が届く。

  

 みんな久しぶり。飯田マシロです。6年も音信不通だったから、今さら信じてもらえないかもしれないけど、実は今大きな病気と闘っています。体じゅうに悪いものがいて、今度は脳にやってきました。それはつまり、記憶が無くなるかもしれない、ということです。
 DIVerseで出逢えたみんなは、今でも私の大事な宝物です。そんなみんなに、弱った自分を見せる勇気が湧かずにいました。だから頑なに連絡を拒みました。本当にごめんなさい。
 いよいよ記憶を失うかもしれないと言われた時、宝物を失う恐怖に涙が止まりませんでした。記憶を失う前に、みんなと会いたい。これが私の今一番の願いです。
 命の尽きる前に行っておきたい場所があります。ちょっと遠いけどいいかな?

  

今や売れっ子女優となった者、韓国でメイク修業している者、山田GATSBYの弟子になった者、魔法学校に通う者など、凡ゆるフィールドで活躍する初期メンバー達にその手紙は届いていたが、肝心のマナにだけは送られていなかった。TO-NAハウスの中でも、マナと同じタイミングで卒業するミレイ、大怪我から生還し日常生活を取り戻しつつあるグミは手紙をマナに見せないよう努める。

  

「ねえねえマナちゃん、卒業ライヴの打ち上げついでにさ、久しぶりに初期メン集めてスキー旅行行かない?」
「スキー旅行?でもグミは大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。スキーはできないけど、みんなと一緒に居られるだけで楽しいから」
「グミがそう言うなら」
「え、スキー旅行?俺も行く!」
「出しゃばらないでくださいタテルさん。言われなくても誘いますから」
「やった!また竜王?」
「いや、今回はトオンに行こうかな、と」
「トオン?」
「ミレイちゃん、それ『とがくし』って読むの」
「そうなの。やだ〜」
「音楽記号じゃないんだから。流石ミレイ」

  

しかし旅行の1週間前になって、急遽マナに単独仕事が舞い込んできた。旅行初日の夕方から夜にかけてその収録が被っており、2日目から合流することになる。タテルもまた、初日に用事を思い出したためマナと同じタイミングで戸隠入りすることにした。

  

合流する日の早朝7時。無駄にケチなタテルは、1000円くらい運賃を抑えられるからと上野から大宮までを在来線で移動し、そこからかがやきに乗る。長野駅からは予約していた特急バスで1時間弱かけて戸隠へ向かう。

  

「座席狭い……ごめんなマナ、俺の腹太鼓に肘当たるよな」
「こんな狭いとは思いませんでした」
「暑くて死にそう。上着脱げば良かったよ。しかも周り殆どが外人さんだし」
「そんな人気なんですね」
「ニッチな観光地だと思ってたのに、よく調べて来るよな」

  

一部の外国人観光客は宝光社で下車したが、2人はその先の戸隠中社のバス停で下車する。早速スキー場に行く気でいるマナであったが、タテルはそそくさと蕎麦屋の方へ向かう。
「タテルさん!早く滑りたいんですけど」
「次のスキー場行きバスは14時まで無いな」
「え⁈話が違いますよ、早くみんなと合流したいのに!」
「昨日来たメンバーは既に奥社まで参拝を済ませている。俺らもしてから行かないと。でもバスは暫くないから、蕎麦屋で腹を満たして」

  

10:05に記帳。タテルとマナは20組目であった。先頭18組が1巡目に案内される、とのことなのでギリギリ溢れてしまったか。しかし時間までに戻ってこない人がいる可能性もあるため、店の前の人集りに溶け込むこととする。周りは中国人が多かったが、この店にやってくる人は殆ど日本人である。店の前の道は意外と車通りがあるため注意は欠かせない。

  

10:30の開店5分前くらいから、お爺さん店員の朝礼のようなご挨拶が始まる。12月中旬は年越し蕎麦の仕込みに集中するため長く休んでいた、先頭はまさかの朝5時に記帳で自分より早いご出勤だ、などのトークで場を盛り上げるが、その調子だと開店時刻過ぎるぞ早くしろ、と心の中で吠えるイラチのタテル。

  

定刻通りに入店が始まる。その場におらず順番を飛ばされる組がいた一方、2卓を占有する大人数のグループもいた。タテルの番が来たところで、案内できる席があるかの確認が入る。結果は、狭い席だが良かったら、とのことで限限1巡目に滑り込めた。

  

ただ蕎麦が出てくるまでには1時間近くかかるとのことで、酒を飲みながら気長に待つこととする。いつも通りビールはパスして日本酒へ。戸隠ではどうやら「独りの隠し酒」というものが流行っているようである。

  

注文して飲んでみるとあら吃驚、白ワインである。ブルゴーニュのシャルドネといったところか。日本酒でこのような味を出せることに驚きが止まない。

  

酒を飲まない人にも供されるお通しは、一見すると野沢菜であるが、それよりも苦い何かである。そして隠し酒に対するお通しは、言ってしまえば肉無し回鍋肉である。日中仏の3要素が戸隠の蕎麦屋のテーブルに集う、何とも不思議な画である。

  

「この後はどうするんですか?奥社まで行くんですよね」
「ああ。奥社入口までは2km、そこから奥社まではさらに2kmで登りもある」
「4kmかぁ、結構きついですね。そこからまたスキー場に行くんですよね」
「そうだな。バス使うなら中社に戻る必要がある。それか直接歩くか。どちらにしても2km」
「ということは8kmは歩くんですね……これだいぶハードですよ」
「仕方ない、我慢してくれ。戸隠神社の参拝はマストだ。絶対に良いご利益がある」
「まあそうですけど……」
「逆にお参りしなかったら、スキー場で転倒したり、誰かや何かに衝突したりされたり…」
「それは非科学的すぎます。脅しには乗りませんからね」

  

25分程して次の摘み・あらばしりが登場した。ネーミングからすると日本酒を思い浮かべる(ため店員からも注意喚起される)が、こちらはおろしたての地大根である。これがかなり辛い。口の中が麻痺してしまう辛さである。鰹節や醤油を混ぜ混ぜして食べても辛い。
「戸隠の神からの洗礼と思おう」
「それにしても厳ついですって。岩魚の方が良かったんじゃないですか?」
「俺もそう思うよ。失敗したかも。山の幸盛り合わせの方が面白かったかな。でも2軒目があるからさ」
「2軒目⁈」
「戸隠なんてそう来られないから、もう1軒行っとかないと。奥社入口へ行く途中にあるんだ、良さげな店が」
「タテルさん本当に自由気儘ですよね。もっと計画性持ってくださいよ」
「あれ?タテルさんの直感を信じてください、と言ったのはマナだよね?」
「言いましたけど!」
「俺を信じろ。絶対楽しい旅になるから」

  

入店から約40分で蕎麦の提供。水分量多めの蕎麦で、蕎麦の味がクリーミーに滲み出る。つゆにつけると消えてしまう繊細な味であり、素面で対面したいところである。

  

間も無くして野菜天ぷら盛り合わせもやってきた。全体的に軽く香ばしく揚がっており、種類も盛り沢山。1種類につき2つあるものも多いのでシェアにも向いている。蕗の薹などの苦い山菜も脂と交われば旨味となる。さつまいもは銀座の近藤にも匹敵する甘みの引き出し方であった。

  

「結構な量になりましたけど、2軒目行けます?」
「ちょっと怪しくなってきた」
「いつもそうですよね。頼み過ぎて計画倒れ」
「耳が痛いぜ。よし、日本酒を追加だ!」
「はあっ⁈」

  

佐久の明鏡止水は、隠し酒から一転して透明感のある吟醸香。内村航平が決める鉄棒の着地のようにびたっと止まり、冬の静けさに合う酒である。

  

これに対しても摘みがサーヴィスされた。このタイミングでの蕎麦味噌は気分転換にうってつけである。しかしこの後8km山道を歩く人の酒量でないことは明らかである。
「暑い暑い」
「飲み過ぎだってば」
「ゆっくり向かうとするか。2軒目寄るかどうかは歩いて考えよう」

  

会計を済ませ冷たい外気に触れると、酔いも程良くさめた。その足で中社へ続く階段を登る。

  

この後奥社に向かうつもりでいたため、ここでは程々に挨拶してすぐ奥社へ向かった。傍道を通って奥社入口へ向かう舗装道に出る。

  

「おっ、朗報だ。14時丁度に奥社入口に車で迎えに来てくれるらしい」

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