連続百名店小説『老婆の診療所』CASE  CLOSED(ジラソウ/蒲生)

埼玉県越谷市まんげん台、独協学園の近くにある、新米医師の美玖とその母・由佳、祖母のタケの3世代で営むクリニック「金山診療所」。タケは凄腕の医師で理解ある患者からの信頼は厚いが、一癖も二癖もあるため評判が芳しくない。
一方、美玖の幼馴染で、国家公務員として厚生労働省で働く能勢建。彼も医者を目指していたが医学部受験に失敗し別の道を歩まざるを得なかった。

  

「こ、こんにちは…」戸惑う受付嬢。
「ここの老害ヤブ医者ババア、俺の姉貴を殺しやがってのうのうと診療してやがるなあ」
「あの…何をなさるつもりですか?警察呼びますよ」
「呼べばいいさ。その前にこの診療所、患者もろとも爆破してやる!」

  

そう言い放って建はガソリンを床に撒いた。そこへ美玖が現れる。
「た、建くん⁈」
「誰だテメェ」
「誰って…美玖よ!建くん、気を確かに!」
「うるせぇうるせぇ、ババアはどこだ!」
「ババアなんて言わないでよ!どうしたのよ!」
「みんなまとめて吹っ飛んでしまうがいい、一緒に地獄に堕ちようじゃないか!」

  

ライターのボタンを押そうとしたその時、建は突然呼吸困難に陥りその場に蹲る。ボタンにかけていた指は空を切り、爆発の危機は免れた。

  

まもなく警察がやってきて、建は発作が収まったところを殺人未遂罪、現住建造物等放火罪などの容疑で逮捕された。この時美玖は建が抱える病を察知していたという。しかし建の処遇は法の裁きに委ねるしかない。金山診療所は再び無期限の閉鎖となった。

  

半年後、涙する美玖とタケに看取られ由佳は帰らぬ人となった。享年61。

  

一方で建は起訴されたものの、心神耗弱が認められ懲役5年の判決となった。刑務所内では模範囚として過ごしたようで、実際は4年で釈放された。釈放され最初に出迎えてくれたのは、家族ではなく美玖とタケであった。
「美玖さん、タケさん…どうして俺を」
「建くん、これから何をして生きていきたい?」
「どうすればいいのか…刑務作業で得た経験を活かせる何かをしたい」

  

「建くん、もう一度お医者さん目指さない?」
「えっ⁈」
「建くんが医学部落ちて劣等感に苛まれていたこと、何となくわかっていた」
「美玖…」
「お姉様を救えなかったことは私達も悔しいと思ってる。だからその分建くんには幸せになって欲しい。私達がサポートするから、まずは医学部受験目指そう」
「…頑張ってみるよ、やれるだけ」
微笑む美玖とタケ。

  

「懐かしいな。こうやって一緒に東武線乗ったの、何年ぶりだろう…」
「未来館行ったり寄生虫館行ったりしてたな。懐かしい…」
「タケさん、診療所はどうされているのですか?」
「元気にやっていますよ」
「相変わらず現役で?」
「ええ」
「お母さん亡くなってからちょっとボケそうになったんだけど、私の趣味のカメラ紹介したらのめり込んでくれて。近所の風景を沢山撮ってインスタに上げてるんだ」
「…すごい、フォロワー28.3万人」
「現役医師兼インスタグラマーおばあちゃんとして色んなメディアの取材受けてる。明日は『ケンミンショー』にも出るんだよ」
「タケさんすげぇ。俺はなんてことを…」

  

1週間後、決起集会を兼ねて建は美玖・タケと共に蒲生の洋食店「ジラソウ」に呼び出された。厨房はワンオペでシェフは時折苛立ちを見せる。予約無しの場合入店や提供に時間がかかるが、タケがしっかり予約をとってくれていてストレスフリーで食事にありつけた。

  

6種類のおかず・ご飯物から2種類をカスタムできる、ランチのミックスプレート。建はハンバーグとオムライスという定番っぽい組み合わせにした。密度高めのハンバーグは肉汁が流出しないためきちんと旨味が詰まっている。白眉はわさびソース。適度なわさびの効きが肉の味を立てる。
オムライスも惰性で食べてしまうような並の代物では決してない。卵の半熟加減が丁度良く、デミグラスソースやケチャップライスの味も力強い。よくある腕白洋食コンビプレートであるが、その腕白心に最大限応えてくれる優れた料理である。

  

タケは追加料金を払い3点盛りにしていた。
「タケさんよく食べますね。100歳近いのに何でこんな食べれるんですか?」
「変に食事制限しないことだね」
「今でも朝からステーキとかカツ丼とか食べるんだ。まあ私もそうなんだけどね」
「美玖もすごいよ」
「でも野菜も食べないとね。制限無さすぎるのも駄目」

  

気を良くした一同はデザートを注文。チーズクリームの載ったロールケーキはチーズの味を確と感じられスポンジの肌理もノンストレス。洋食屋のデザートが並のケーキ屋を打ち負かすとは恐れ入る。桃のジェラートも由緒正しい味わい。

  

「この洋食屋は永遠に残さなきゃね」タケは感心しきりである。
「俺も娑婆の飯久しぶりに食って、もう二度と人を傷つけるようなことはしないと決心しました」
「その通りだよ建くん。一緒に頑張ろうね」
「これから先の道、平坦ではないと思う。厳しいこともあると思うけど、辛くなっても腐らずにね」
「はい。美玖さんタケさんの力を借りて、立派な医師になりたいと思います!」

  

それから7年。建は妻となった美玖、現役最高齢医師としてギネスに認定されたタケと共に金山診療所を支えることとなった。夕方のニュース『ザット』の取材を受ける建とタケ。
「まあ私の診療所爆破しかけられましたけど、過去は過去ですからね。文句言われるかもしれませんが私は気にしません。彼は更生して努力して、これからは医者として頑張っていく所存ですから、応援していただけると嬉しいですね」
「名医タケさんに追いつけるように、『患者に寄り添う』をモットーにやりたいと思います」

  

建という新たなメンバーを迎えた金山診療所、今日もまんげん台の人々の健康と安寧を守る。

  

—完—

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