連続百名店小説『老婆の診療所』CASE 4(ニュールドリ/谷塚)

埼玉県越谷市まんげん台、独協学園の近くにある、新米医師の美玖とその母・由佳、祖母のタケの3世代で営むクリニック「金山診療所」。タケは凄腕の医師で理解ある患者からの信頼は厚いが、一癖も二癖もあるため評判が芳しくない。
一方、国家公務員として厚生労働省で働く建。彼も医者を目指していたが医学部受験に失敗し別の道を歩まざるを得なかった。

  

「肩こりが酷くてのぅ、揉んでほしいんだぁ」年配の男性患者がやや色めきながら美玖に纏わりつく。
「あのですね、ここはマッサージ屋さんではないんですよ。冷やかしなら帰ってください、他の患者さんの迷惑です」
「俺の肩が揉めねぇというのか!」
「だからここは内科ですから…」
「このヤブ医者めが!」

  

泣き出しそうな美玖をよそに、タケが対応にあたる。
「揉んであげますから」
「ババアに揉まれても嬉しくねぇよ!」
「いいから、肩凝ってるんでしょ」
そう言って患者の肩を30分間揉んであげるタケ。
「どうだい、肩こりは治ったかい?」
「治んねぇよ。あの若い子に揉ませろ」
「ああそうですか。じゃあ肺のレントゲン写真を撮りましょう」
「意味わかんねぇ!何で肺なんだよ」
「そこで座って待ってなさい。由佳、逃がさないように見張ってて!」

  

検査の結果、患者の肺上部に癌があることが判明した。増殖した癌細胞が肩の辺りを圧迫していたと考えられる。
「欲求不満のまま死ぬところだったね。今すぐ治療して、少しでも長生きしてもらわないと」
「…」

  

土曜日だったため午前で診療は終了。傷心の美玖にタケは容赦しない。
「美玖、あの対応は良くないでしょ」
「だって下心丸出しだったから…」
「偏見よしなさい。あの人は寂しがり屋なんだよ。煙草吸うくらいしか楽しみが無くて、話し相手が欲しかったんだよ。でどことなく死期が近いことを悟って…」
「おばあちゃんの方こそ偏見じゃん」
「…まあそうかもしんないけど。でもちゃんと向き合っていれば大病に気付けてあげられた。患者さんを無碍にするんじゃないよ」
「…」

  

昼食は東京都との境に程近い、草加市谷塚のインド料理店で摂ることにした。例によってタケが車をかっ飛ばす。
「足立越谷線は信号が卦体ね」
「たしかに。青信号になったと思ったら先が赤信号になる」
「燃費泥棒ね。4号経由の方が良かった」

  

気を揉みながらも何とか店に辿り着いた。店の傍に2台だけ駐車スペースがあり、運良く空いていたため華麗に滑り込む。店内には3組ほど客がいた。

  

この店の特徴は、セットメニューとそこまで変わらない値段でいただけるバイキング。大食いの金山一家は当然それを注文し、早速料理を取りに行く。

  

「まずはサラダからだよ。血糖値の上昇を緩やかにしなきゃ」
「そうだね」
健康にはしっかり気をつかう一家。ドリンクもスパイスの効いたチャイを選択する。タンドリーチキンは標準的なもの。身がぼそっとしているものもあった。

  

インド料理店にしては珍しく、フライドポテトが用意されている。後述の通り大人向けのカレーが多いため、子供が量を稼ぐのに丁度良いかもしれない。ただケチャップは心なしか辛めなので気をつけたい。
パスタは味付けが薄く、洋食の付け合わせ以下の内容である。

  

美玖は思い悩んでいた。タケや由佳は医師として信頼を集めているが、自分は未熟者。未熟すぎて患者からもタケからも由佳からも怒られる日々。すっかり自信を失くしていた。
「美玖、自分で気付いてるかどうかわからないけど、患者さんに対して冷たすぎると思うよ」
「おばあちゃんが逆にお節介過ぎると思うけど」
「そういうところだよ。口ごたえしない」
「…」

  

インドカレーの醍醐味であるナンは、温かいうちはフワッとした感覚もありそのまま食べても美味しい。勿論冷えると重くなるので早く平らげる。

  

カレーは4種類。インド独特の香辛料が効いているものが多く、調子に乗って食べ過ぎると胃をおかしくしてしまう可能性もあるので程々にしたい。
まずチキンカレーは、玉ねぎなど野菜の旨味が活かされているルーが特徴。一方でチキンには一部臭みを感じる箇所があった。
ベジタブルカレーは野菜がゴロゴロ入っている。甘そうに見えるが思ったより辛いので注意。
マトンカレーも野菜の旨味が主体。マトン独特の香りが全体に広がるため好みじゃない人も多いと思う。マトンの肉自体は程よい歯応えで満足感がある。
バターチキンカレーは酸味が若干強めだが程良く効いている。炭火焼きっぽいチキンの香りで減り張りをつけている。しかしやはり、たまに臭みが感じられる。

  

「美玖が真面目にやろうとしているのは分かる。ちょっと空回りしてるのかな。最初のうちは素直に言うこと聞く、これ大事にしよう」
美玖の目には涙があった。
「おばあちゃん…」
「昔からそうだったもんね。大丈夫、おばあちゃんも由佳も分かってるから」
「そうよ。これからはおばあちゃんの気持ちに立って考えてみよう。まああれだけ奔放にやる必要は無いけど」
「アハハ」
「良かった、笑ってくれて」

  

「そういえばおばあちゃん一つ心残りあるんだけど。建くんってどうしてるのかな」
「建くん?」

  

その頃建は、越谷市保健所に直接要求を突きつける。
「まんげん台にある金山診療所に行政指導を行え」
「金山診療所ですか?はい、確かに何件か苦情寄せられていますけど…」
「やっぱりな。あそこは患者の尊厳を脅かすような診察を平気で行う」
「でも大丈夫なんですか?誰かからの命令ですか?」
「局長からの命令だ」嘘をつく建。
「はぁ…わかりました、明日にでも伺いますね」

  

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