連続百名店小説『続・独立戦争 下』LAST HEAT「愛さえあれば」(ガストロノミー ジョエル・ロブション/恵比寿)

人気女性アイドルグループ「TO-NA」のメンバーでキャプテンのグミは、屋上から飛び降りを図ったタテルを引き戻そうとしていた時、顔面めがけて飛んできた鳩に驚きのけぞって落下してしまう。意識不明の状態が2週間続いたが幸い意識を取り戻し、記憶能力なども正常であった。
一方のタテルは、証拠が無いにも関わらず殺人未遂の容疑で逮捕。弁護士山本の献身と革命家カケルの暗躍により悪徳検事を蹴散らし、不起訴を勝ち取った。TO-NA運営に復帰するとあきたフェスを大成功させた。
芸能事務所「DP社」の社長だった野元は、数々の蛮行が明るみに出て社長の座を追われる。すると今度は政界進出を図るが……

  

「いやぁすっかり秋めいてきましたね〜、ちょっと前まではクーラー無いと眠れなかったのに今日は寒いくらい」
「で、本題は?」
「はい率直に申し上げます。サヤコさん、貴女は逮捕されます」
「はぁ⁈私が何をしたと言うのよ」
「貴女はグミさんに危害を加えました。鳩を使って」
「何言ってんだか。確かにグミは鳩に驚いて仰け反り落ちた。でもそれは鳩の勝手でしょ?」
「そう思いたいところでした。でも変なんです、夜に鳩がいるなんて」
「何がおかしい?私の歌聴いたことある?鳥のセレナーデ」
「ええ。あれは素敵な曲です。紅白で聴くのも楽しみにしてます。ですがこの辺に夜鳩は迷い込みません。巣が近くに無いから」
「だからって、私が鳩を持ち込んだ証拠にはなりません」
「貴女は鳥を操るのが上手い、とされています。そのタネを今から明かしましょう。実験だよさん入ってきて〜」

  

「黒沢だよ!今日は、超音波で的当てをやってみるよ!」
黒沢が3週間かけて製作した超音波装置とダミーの鳩。ダミー鳩は動物行動学の権威による監修入りである。

  

「当たった!実験成功!成功だよ成功だよ成功成功!」
「茶番見せられただけ。ふざけるのもいい加減にしなさい」
「貴女の自作した超音波装置は高度でした。まあ一流科学者なら1ヶ月もかからず作れますが。これを使って貴女は長年鳩使いを行っていた」
「出鱈目を」
「そして装置の開発には野元先生、貴方の稼いだ大金が注ぎ込まれていた」
「妄想だな」

  

「グミさんは鳩が嫌いです」
「え?知らない」
「あれおかしいですね、結構有名な話です。グミさんは芸能界で2番目の鳩嫌い。ちなみに3番目は澤穂希さんです。何故貴女は知らない」
「だってタテルしか眼中に無かった……あっ!」

  

「聞いたね、比嘉さん三木さん?今のは自白ととってよろしいですか?」
「誘導尋問だろそれ!」
「いいえ。どのみち貴方達の犯行は認められています、コンビニの男達に」
「えっ?」

  

貴方達の狙いはタテルを消すことでした。貴方達はタテルの大スキャンダルが出たタイミングで、男達をコンビニに屯させタテルに問い詰めて心を疲弊させた。タテルは屋上の柵を越えた。でも思い止まるかもしれない、だから確実に落ちるよう鳩と超音波装置を持って待ち構えていた。タテルさんは芸能界イチの鳩嫌いです。鳩が近くで暴れるとヤクザ言葉で鳩を罵ります。確実に地へ堕とせたことでしょう。でも予想外だったのはグミさんが止めに入ったこと。後に引けないサヤコさんは代わりにグミさんに鳩と超音波を放った。結果グミさんは転落。タテルは容疑者となり、単純にタテルが死んだ場合以上の地獄をTO-NAに齎しました。
「もう逃げられませんよ、サヤコさん」
「野元先生、どうすれば……」

  

「サヤコちゃん、罪を認めなさい」
「嫌です助けてください!」
「不用意にボロを出すような人は僕の手には負えないね。残念だよ、才能ある歌手が殺人鬼だったなんて」
唇を噛み締めるサヤコ。警察に連行され、逮捕となった。

  

一方で野元は屋上に残ったままである。
「貴方は何と卑怯で狡猾なのか。自分は手を汚さず手下に罪を被せる」
「馬鹿げたことを」
「貴方を逮捕できないことが歯痒い。いつか報いが来ることを信じています。お一人になってしまいましたが選挙戦頑張ってください。ではこれにて失礼」

  

サヤコがグミを殺そうとしたという事実に、タテルは困惑した。真犯人が見つかったことへの安堵、犯人に対する怒り、そしてエイジへの憐れみがごちゃ混ぜになり、家に着くとすぐ熱いシャワーを浴びて一目散に床につく。

  

それでも翌日TO-NAハウスに出勤すると、ダリヤが真っ先に声をかけてきてラップのイロハを教えてくれた。
「辞書は友達っす!マック片手に読むのがアタシの嗜み」
「そうやって語彙を吸収していく訳だ」
「タテルさんも素養はあると思いますから、一緒に練習しましょ。ラップやってれば、嫌なことも忘れられる」
さらに午後も、振り入れの合間にメンバーが代わる代わるタテルに寄ってたかって人狼や性格診断に巻き込む。全てはタテルの気を紛らわし、前を向いてもらうための行動であった。

  

そして愈々あきたフェス打ち上げの日。豪勢にも恵比寿の3つ星レストラン「ジョエル・ロブション」を貸切にしていた。来店2ヶ月前に予約しないと埋まってしまう人気店を、よく押さえたものである。タテル・大久保ら男性スタッフはこの日のために英國屋で仕立てたタキシードを下ろす。メンバーはハイブランドのセレモニーに参加した際貰ったドレスを着用し、一足先にリムジンに乗り込んだ。

  

一方でタテルと大久保が向かった先は病院であった。
「グミの調子は?」
「バッチリですよ。今日から2日間の外泊を許可します」
「やったあ!」
「ただお酒は禁止です。あと無理はしないこと。何かあったらすぐ連絡くださいね」
「良かったなグミ」
「久しぶりの外出だ……ノーメイクだけど大丈夫かな?」
「大丈夫。グミはすっぴんでも美人だ。それに皆に美容ケア手伝ってもらったんだし」
「ありがたいよ本当に」
車椅子でも乗れるワゴン車を用意して、大久保の運転で恵比寿ガーデンプレイスへ向かった。

  

日本最高峰のグランメゾン・ロブション。家族連れも多く集う恵比寿ガーデンプレイスの中でも一際立派な建物であり、訪れる者の目を引くが寄せつけない魔力がある。今回遂にその魔力に抗い、11時半、金色の壁、黒の映える絨毯が印象的な2階のダイニングに足を踏み入れる。少し遅れてタテルの一行も到着した。

  

「うわぁすごいねここ」
「グミさん!何とお美しい」
「ついさっきまで病床に臥していた人とは思えないです」
「皆のサポートのお陰でグミはここに来られた。嫌な顔ひとつせず支えてくれて……」
「タテルくんが先に泣いてどうするの!」
「ごめんごめん、ここまで色々あったこと思うとさ、込み上げるんだもん……」
「みんな偉いですよ、絶望的な状況からここまで来れて」
「泣くのはお終い、食事楽しもう!」

  

酒を飲める人はシャンパーニュで、それ以外はノンアルコールのスパークリングワインで乾杯する。
「TO-NAの頑張りを祝し、これからの発展を祈って、乾杯!」

  

*貸切の際のワゴンの運用は不明です。また、以下で紹介するコースは貸切では頼めない模様です。フィクション内ということでご容赦ください。筆者は実際1人で訪れています。

  

今回は5.5万円の多皿コース「デギュスタシオン」を戴く。メニューには沢山の料理名が書いてあって、一見2〜3択の中から選択するプリフィックスに見えるが全品提供されるので間違いないようにしたい。

  

アミューズとしてホットサンドが提供される。中には赤座海老のすり身が入っていて、海老の味の濃さが反映されている。初手からわかりやすく美味しい料理で、フレンチに慣れていない人達に対する掴みとして理想的な品である。

  

無事回復期に入ったグミ。日によって歩ける歩けないの波はあり、回復度合いは順調に増している。
「ベッドの上で脚動かすのはピラティスみたいだった」
「喩えるねぇグミ」
「前向きな人じゃなきゃ出ないですよね今の言葉」
「今思い返してみたら、の話。最初の頃は本当に余裕が無くて、誰にもその姿を見せたくなかった」
「やっぱりそうだったか」
「でもリハビリ中にヒナちゃんとタテルくんが声かけてくれて踏ん張れた。あれが無かったら、私は復帰を諦めていたと思う」
「私もうダメかもしれない、って言ってたもんな。そんなに苦しんでいたとは」
「ごめんね心配かけて」
「そんな。苦しみは本人にしかわからないものだよ」

  

タテルが中学生の頃から憧れていた、ロブションの顔と言える一皿が登場。中心には蟹肉を土台にキャビアがたっぷり。周りには甲殻類のジュレを注ぎ、カリフラワーのピュレ・パセリのピュレを点々と載せる。外側から口にしてみると、甲殻類の味が濃い。蟹肉にはフェンネルの独特な甘い香りが入っていてこれまた美味い。キャビアは最後にコクを発揮し全体を朧げに覆う。
「タクボのキャビアの方が濃かったよね、ダリヤ」
「そうっすね」
「この皿の真の主役は甲殻類だと思ったよ」

  

ここでパンのワゴンが登場。説明はフランス人と思しきスタッフが担当する。デフォルトでライ麦パンとカンパーニュが提供されるが、それに加えて10種類ほどある中から好きな物を好きなだけ貰える。その中には他のフランス料理店では供されないような、味の強い具材の入ったものもある。タテルはその辺を重点的に攻めた。

  

チョリソーのパン、セップ茸香るキューブパン、アンチョビ入りクロワッサン、黒いボーダーの入ったミルクパン。どれもロブションらしいハイクオリティである。白眉はベーコンエピ。質の高いベーコンから溢れる脂が、焼きたて間もないパン生地に驚くほど馴染む。シャンパーニュが止まらない。
料理間のインターバルは少し長めであり、ついつい手が伸びてしまうが、今回は量の多いコースのためパンの食べすぎは禁物である。

  

「しかしサヤコさんがバードストライクを起こそうとしてたとは思いませんでした」
「あの揺れは妙だったもんな。まさか意図的だとは」
「あれも超音波マジックなんですかね?」
「相当強い超音波で鳥を操ってたみたいだ。監視員の追っ払いが間に合わないくらいスピーディーに、かつ飛行機のエンジンを狙う。かなりの練習が必要だろうな」
「でもまさか鳥使いが物理技だとは。インチキですよね」
「紅白常連歌手の逮捕は衝撃だった。ただ一番の悪である野元がお咎め無しで、のうのうと選挙活動しているというのがなぁ」

  

冷前菜群の登場。スペースを横に大きく使うためカトラリーやパン皿は端に寄せられる。

  

左奥の魔法陣みたいな装飾が施されている料理はビーツと林檎のサラダ。林檎の味わいをビーツの色濃いコクが包む。どちらの具材も新鮮で瑞々しい。上にはハーブ、グリーンマスタードのソルベが載っているがこちらはあまり印象に残らない。

  

その右はボタン海老のタルタルを、大きくて歯応えのある根菜・コールラビに敷いて。生海老のとろっとした口当たりは慣れてしまうと感じなくなるので初手で味わっておきたい。その後はケシの食感、コリアンダー(パクチー)ソースの香りを楽しむ。

  

手前は茄子のピューレと金華鯖を載せたタルト。脂のよく載った鯖を味わう、素材重視型の作品と判断する。右には鯖のタルタルを大根か何かで包んだもの。こちらも鯖の味わいに溢れる。

  

「エイジさんとは話できたんですか?」
「ああ。1回だけなら、って面会許してくれた」

  

———

  

「エイジさん!あなた何て馬鹿なことを」
「俺を捨てて置き乍ら同情か?」
「前から危ないとは思っていた。意気地ナヒロシや国分立ち位置みたいに、突然問題起こして番組を降板とか、あなたならやりかねなかった」
「君だって騒動起こして、人の事言えるのか?」
「……失礼。でもあなたの行為は歴とした犯罪だ。いくら怒りがあっても、暴力に訴えるのだけはダメ!」
「偉そうに。御前が其れ言える立場かよ」
「俳優になる夢潰えたんだよ?いいのかそれで⁈」
「いいんだよ!」
「おい……」
「芸能界に未練なんて無い。人を稼ぎの為の駒としか見れない、薄汚い大人の集まりだと判ったよ。其んな業界に身を置くのは勘弁だ。潔く罪は認めます。釈放されたら田舎に帰るよ」
「……俺の行為が、あなたを追い込む結果になってしまった。申し訳なく思う」
「許さない。金輪際許さない」
「俺は芸能界を綺麗にしてみせる。その希望となるのがTO-NAだ。TO-NAと共に芸能界を健全なものにする。そしてあなたが戻って来られるように」
「戻らねぇ。何と言われても」
「最後まで頑なですね……でも、俺はあなたのことを忘れません。TO-NAのメンバーも同様です。風間さんとヤンキーコントやった思い出は永遠に残ります」
「……」
「一緒に活動できた期間は貴重な人生の一頁です。ありがとうございました」
「俺は君の事が嫌いだ。でも最後に一言だけ。負けんなよ」
「えっ?」
「負けんなよ!生きてろよ!」
タテルは目に涙を溜めて、面会室を後にした。

  

———

  

「良かったですね、最後にちゃんと話すことができて」
「ずっとモヤモヤしてたからね。こんな形で芸道を諦めるのは心苦しいだろう。エイジの分も、俺は頑張るよ」

  

続いて温前菜2品。

  

左はエスカルゴのクロメスキ。簡単に言えばコロッケであるが、エスカルゴの身は原型のまま入っている。中は油で溢れているので一口で食べないと溢してしまう。味付けは定番のパセリとガーリックであり酒が進む。

  

右は東京うこっけいのウフモレ(半熟卵)を、カダイフで表現した鳥の巣に載せた芸術品。バスク地方伝統のパプリカや唐辛子を使ったピペラードソースを使用しているが味付けは控えめで、卵本来の味を楽しむものである。タテルはそれを見抜くことができなかった。

  

この辺りでタテル、カコニ、エリカなどのよく飲む面々はグラスワインを注文する。タテルですら未知の高級店であり値段が高いのではないかと恐れていたが、ソムリエがタブレットでグラスワインの一覧を値段つきで紹介してくれる。2千円〜の用意であり、ソムリエも高い物と安い物両方提案してくれるので安心である。

  

この後の魚介温菜に合わせて、アンジューブラン(3500円)。ミネラルを含み、黄金色の味わい。温度感と香りから、ワインの管理も一流であると実感した。

  

「CLASHは廃刊になるみたいですよ」
「ついにか。あれだけ好き放題書いたんだから当然の報いだよ」
「しかし野元先生が絡んでいたとはびっくりでしたね」
「あのたぬき親父、抜け目無いよな。あれだけ悪いことして消えない、ある意味天才だよ」

  

しかしそんな野元も黙っていられない事実が発覚する。秋田県内の山中で遺体が発見され、そこには遺書も転がっていた。
私は熊に襲われた。助けを呼びたいが呼べない。野元に何されるかわからないから。野元に山火事を起こしあきたフェスを中止させるよう命令された。お父さんお母さん、歌手として親孝行できなくてごめんなさい。お母さんのカレー、食べたかった。銭湯でお父さんの背中、流したか

  

まるで特攻戦士が親に宛てた最期の手紙のような文面。これが報道されると、都知事選出馬中の野元に対する世間の怒りが大爆発した。遺書には血痕が付着しており、野元の放火教唆の疑いでの逮捕は秒読みである。

  

魚介温菜3種類と共に、未利用魚の説明書きが配られた。形が悪い、無名、扱いにくいなどの理由で捨てられてしまう魚をスープ・ド・ポワソンに仕立てたのが左奥の品。

  

アイオリのメレンゲを載せている。魚の出汁が兎に角濃ゆい。その分尖りやクセも少し感じるのだが、未利用魚を活用すること自体に意義があるので受け流す。グランメゾンがコースの一部に未利用魚のスープを組み込みメニュー表に明記する、というのは肝が据わっている。この度胸が3つ星を維持できる所以のひとつであるのだろう。

  

右奥はムール貝のマリニエール。ムースのムール貝味が濃く、ターメリック(つまりカレー)のような味わいに皆満足する。

  

手前は雲丹のリゾット。北海道の雲丹と沖縄食材の海ぶどうが同居しているのが可笑しい。チーズの入ったスペルト小麦のリゾットに、雲丹の濃厚さと程よい磯の香りが映える。

  

「グミ、疲労具合はどうだ」
「まだ大丈夫。ありがとう」
「フォークやナイフも上手く使えてますね」
「手先の回復は早かったんだよね」
「タテルさんなんてすぐ手が震えて物落とすのに」
「それ言うなって」

  

以前にタテルとの旅行および撮影で食べに行った者もちらほらいるが、フレンチ初経験のメンバーが大半を占めるTO-NA。TO-NAハウスで予行演習はしていたが、慣れない食事に戸惑ってはいないか、インターバルを利用して各テーブルを巡回するのもホストたるタテルの役目である。
「キャビアのアレ、綺麗だけど味わかりませんでした……」
「全然大丈夫だよ。実際に目の前にして口にしただけでも立派な経験だ」
「そうですか……」
「ロブションの多皿コースは若いうちしか楽しめない。量が多いからね。なあに、フレンチは日本料理に比べ味がはっきりしていてわかりやすい。素直に美味しいを突き詰める店こそ一流。この後の料理はきっと楽しめるさ」

  

ブルゴーニュ「マルク・コラン」のシャルドネ(2800円)。優しい口当たりから徐々にコクが溢れる。こちらも抜群の温度感。

  

魚介料理も贅沢に2品。

  

オマール海老は、シャトーシャロン(ワイン)のソースに浮かべて。海老の身は思ったより淡白である。ソースも濃厚そうに見えるが、海老本来の味を立てる控えめの味わいである。アーティチョークは少しクセのある茹でキャベツといったイメージ。苦手な人も多いだろう。

  

タテルを驚かせたのはキンキ。控えめな色彩の鱗の下には脂の旨みたっぷりの箇所。その下の身は高級魚らしい淑やかな旨み。どうやって調理したらこんな見事な上下分離を実現できるのか。ソースには青柚子やトマト、蓴菜が入っていて、花紫蘇が脂をさっぱりさせる。
「見事すぎるなこのキンキ」
「ね。脂苦手な私でも美味しく食べられた」
「フレンチなのに和食材で固める。オマール海老は伝統、キンキは革新。思い切ってるな。あの狸は思い切りだけ、とか評しそうだけど」

  

野元は何故これほどまでに捻くれてしまったのか。殺人未遂の容疑で収監中のサヤコが記者に語っていた。

  

野元は裕福な家庭に生まれました。しかし幼い頃に両親が離婚。金を沢山持っている父の方についていき、父親はやがて再婚。継母は唯一彼に愛情を注ぐ人でした。父親は遊び癖が抜けず、遂には不倫。継母は精神的苦痛から自ら命を絶ちました。結局高校を卒業するまで父親と2人暮らし、父親は金だけは恵んでくれたので生活苦ではなかったのですが、心は貧しいまま大人になってしまいました。金を失ったら自分には何も残らない、と考え金に執着。一方で他人が金に執着するのは嫌がります。中学時代から食べ歩きしていたため、料理人に対しては特に手厳しい。全ては自分を優位に立たせるため、人を批判して生きてきたのです。

  

「遺伝か。救いようが無いな」
「でも言い訳にするのも違いますよね」
「当たり前だ。バンビだって母親の締め付けは強かったが今は真っ直ぐTO-NAで頑張っている。家庭環境がどうであれ、人の道を見失ってはいけない」
「結婚はされているんですかね?」
「してるみたいですよ。娘さんも2人いるって」
「ちょっと調べてみよう。……あれ?」

  

放火教唆容疑が報じられた翌日、演説中の野元に妻が乱入。なんと公衆の面前で三行半を突きつけた。

  

「もう限界!夫はこの30年間、一度も家族を顧みない!記念日にレストラン行きたくても、不味い、金の無駄だと拒否された。旅行はいつも同じ場所で1泊だけ。家に帰ってくるとすぐ部屋に籠ってレストラン批判とヤホコメ投稿。挙げ句の果てに遅くまで女性と密会…」
「困るよ嘘は。事実無根ですよ皆さん」
「夫は最低な獣です。娘の手前我慢してきましたが、2人とも自立したのでいいでしょう。私は家を出ていきます。顔も見たくない!」
「勝手にしなさい。僕は1人でも生きられるからね。ご苦労さん、さようなら」

  

「家族の有り難さもわからなかったんだろうなあの狸は」
「同世代の娘さんがいるというのにGIRLSちゃんを傷つけて。家族を泣かせるようなこと、普通しませんよね」
「よく家族持てたと思うよ。俺だって偏屈だし、それが災いして京子とも別れたけど、流石にああはならない」

  

赤ワインは引き続きブルゴーニュから、DAVID DUBAND(3200円)。葡萄の蔓を思わせるような渋みと少しの華やかさ。

  

仔牛肉の塊がプレゼンテーションされる。カメラを構えたのを確認して御開帳。この塊はこの後サーヴィスが目の前で切り分けてくれるのだが、お腹に余裕のある人は通常2切れのところ3切れ4切れと盛り付けてくれる。ミクやマリモ、レジェ、ダリヤなどの大食いメンバーは平気で4切れを所望し、タテルも多めに食べた方がお得とか考えて3切れ頼んでしまう。

  

1切れでも厚みと幅のある肉。場所によって肉質がクリアだったり脂ぎっていたりと差があるが、腹がだいぶ満ちていたせいか、ただただ重い印象を受ける。

  

それを和らげてくれるのが、後から盛られた滑らかなマッシュポテト、そして付け合わせの赤にんにくである。さらにしれっと松茸のグリルもあって、程良いカットにより香りを愉しみ易い。味の変化が様々あって、何だかんだで苦無く食べ切ることができた。仔牛の場合もう少しソースの量があると食べやすいかと思われる。

  

「家族か……」
そう呟いて考え込むタテル。
「グミ、俺と家族にならないか?」
「えっ?どういうこと……」
「ほら、今までサシで何回も食事してさ、良い事も懸念点も腹を割って話してきた関係性じゃん」
「そうだけど」
「こういう状況になった今、俺はグミを真正面から支えたい。誰よりも手厚く、俺に支えさせてほしい……」

  

「タテルくん、それは受け入れられない」
「……だよね」
「気持ちは嬉しいよ。でも責任感で結婚するというのは違う。結婚は愛し合ってするものでしょ?」
「全くその通りだ」
「タテルくんだって苦しむことになる。軽々しく…ではないと思うけど、言ってほしくなかった」
「ごめんなさい」

  

「タテルさん、私達は十分深い絆で結ばれていますよ。メンバーもスタッフさんも、本物の家族ではないけど、家族みたいな強い関係です」
「そうそう。良いこと言うねカコちゃん」
「嬉しい。ありがとうございます!」
「だから、今のままでも十分タテルくんには支えてもらえているんだ。これ以上は要らない。その分のエネルギー、自分に捧げたら?」
「そうだな」
「タテルくんは自分を信じられていないと思う。また倒れちゃうんじゃないか、って少し心配」
「色々あって辛かったですもんね」
「そうそう。皆のこと考えてくれるのは嬉しいけど、もう少し自分を労ってあげな。じゃないと、守れるものも守れなくなるから」
「ありがとう。やっぱりキャプテンは心強いや」

  

肉で腹一杯になりかけたことなど忘れ、チーズをたっぷり頼むこととする。追加料金無しで好きなだけ盛ってもらえるチーズワゴンは、本場では定番であるが日本では珍しい。タテルもメンバーに対し、滅多にない機会だから気持ち多めに頼むよう煽動する。チーズを選んだ後にはドライフルーツやナッツも6種類から好きなだけ。桃、プルーン、殻付きヘーゼルナッツを選択した。パンは残していたもので間に合わせる。塩気を中和させる蜂蜜があればもっと良かった。

  

先ずはブルーチーズ2種。白い方はカビの塩気がダイレクトに伝わり、黄色みがかった方は松茸やトリュフを想像するウッディな香りと共にカビを味わう。
橙色のものは18ヶ月熟成ミモレット。こちらも塩気のアタックが強い。その中で独特な硬さを解す楽しみを堪能する。
山羊乳のチーズが3種類ある中、試しに1種、シャビシュー・デュ・ポワトー。山羊乳のコクと独特の香りが良いバランス。残り2種類も試せば良かったかもしれない。
一番塩気が強いのは、スプーンで掬って供されたエポワス。他のチーズもかなり塩気が強いが、エポワスを経由しさえすれば塩気を抑え込んで各チーズ本来の味を鑑賞できるものである。

  

チーズ用に赤ワインを残してはいたが、強い塩気により足りなくなってしまった。ソムリエがすかさずデザートワインを2種類提案。ソーテルヌも良いのだが、タテルの気を引いたのはサントリーニ島のドメーヌ・シガラスが製造するヴィンサント。下品な濃さではなく、燦々と注ぐ地中海の太陽に実直に熟成された麗しい甘みである。

  

すると今度は大久保が何か言いたげな顔をする。その目は少し潤んでいるようであった。

  

「相談がある。実は俺、10月末をもってTO-NAから離れようと思ってる」

  

突然の発表に言葉を失うメンバー達。
「そんな、悲しすぎますよ!どうして急に……」
「あまりにも気がかりなんだ、THE GIRLSのことが」
「GIRLSちゃんのプロデューサーになりたい、ということですか?」
「そうだ。今のところ誰も受け入れに名乗りを上げていない。このままだと彼女達の将来が心配だ。才能が埋もれるのも嫌だ。俺がやるしかない、そんなことをタテルくんと考えていた」
「ごめんな内緒にしてて」
「もちろん皆と離れるのは寂しい。ただTO-NAが産声を上げた頃から応援してきた身として、できることがあると思った。未だ確定じゃない。皆の声を聴く」

  

「大久保さんが離れてしまうのは寂しいです。独立から1年、苦楽を共にしてきたので……でも、大久保さんが長い間蓄えてきたノウハウがあれば、GIRLSちゃんは満足行く活動ができそうですね」
「同じガールズグループとして、GIRLSちゃんにも頑張ってほしいです」
「GIRLSからハブられた身だけど、野元の蛮行には黙ってられないぜ。救う必要がある」
「救ってあげてください……」
「みんなありがとう。もう少し考えてもらって、最終決定をお願いします」

  

デザートタイムに入る。まずは巨峰のデセール。球体の飴細工もまた少年時代のタテル憧れの食べ物であり、他のメンバーも目をキラキラさせていた。割ってみると思ったより薄めで、根元の方が少し厚めである。その中には巨峰の果実とフロマージュブランが入っているが、氷菓の温度帯かつ巨峰の皮を残したまま、という条件が重なったせいか味が鈍く感じられた。常温より少し低い温度で、皮は剥いてソースに混ぜ込む、などすると口に入りやすいと思われる。外側のロゼシャンパーニュのジュレは香りがあって良い。
「みんな、これで終わりじゃないからね。デザートワゴンが来るよ〜!」

  

デザートワゴンは十数種類のラインナップ。全種類は厳しいか、これは軽そう、あれは重そうだから避けたい、アイスは3つ全部いくか、等あれこれ考えているとワゴンの写真を撮り忘れてしまった。

  

結局タテルは8種類を選抜した。フルーツサラダ、無花果のタルト、サヴァラン、オペラ、コーヒーシュークリーム、ミルフィーユ。サヴァランが正統派の仕上がりで一番美味しい。サクサクのミルフィーユもレストランでしか味わえない特権である。

  

氷菓からはバニラアイスとフランボワーズアイスを選択。フランボワーズは赤の濃い流石フランス料理店と言える味。ただここまでくると流石に腹が一杯になり、食べ切らねば食べ切らねばという思いが先行して全てを味わう余裕がなくなる。大食いマリモや甘党フワリらが全種類平らげたのを見て、若いっていいなと嘆く齢27のタテルであった。

  

あきたフェスの成功を機に、TO-NAは独立前以上の人気を取り戻した。今までは口にすることさえ憚られた紅白復帰さえ現実味を帯び始めている。応援の声も多数寄せられていた。

  

ずっと引き篭もっていた息子が、フェスに行きたいと言って外に出た。皆さんからパワーをもらって、少しずつではありますが学校に通えるようになりました。秋田に来てくれてありがとう。

  

ソラマチによく買い物に来るババです。皆さんのライヴ、ふと覗いてみたら、皆さんが健気に踊る姿に涙が出ました。私は1人娘を事故で亡くし、遂に孫に恵まれることはありませんでした。だからTO-NAの皆さんが孫のように可愛い。こんな婆さんですが、応援させていただきます。

  

先日はあきたフェスの開催、ありがとうございました。お陰で秋田県への移住の相談が急増しております。タテルさんの思い描く地方創生計画、県職員一丸となって実現を目指していく所存です。TO-NAフェスは今後全国を回るとお聞きしました。欲を言えば、秋田でまたやってほしいな。これからも是非、秋田県を愛してください。(あきたフェス担当県職員)

  

俺はタテルもTO-NAも大嫌いだ。堂々と言ってやるぜ、ネット民とは違うからな。ネット民は嫌いな物を嫌いなのに見ちゃって勝手にお気持ち表明して、その嫌いな物を消したがる。そんな匿名で暴力を振るう自己中に負けるな。好きで居てくれる人の言うことだけ聴いてりゃいい。繰り返すが俺はお前らが嫌いだ。だがいなくなっては困る。頑張れよ。Écluneプロデューサー・カケルより。

  

「ファンレター読むと、元気出ますね」
「これからもTO-NAらしく、胸が暖かくなるような姿で魅了しよう」

  

ワゴンがもう1台来る。小菓子のワゴンである。相変わらず大食いのマリモは全種類頼み、きちんと完食。店員に強烈なインパクトを与えたようである。

  

タテルも重めのタルトや焼き菓子を回避しつつ15点所望。チョコの類が強い。ボンボンショコラのガナッシュは一流の滑らかさである。

  

青林檎味のマシュマロは童心に還る菓子。

  

「私達からもお話しが……」
グミと同じ初期メンバーの2人が切り出す。

  

「私達は年内をもってTO-NAを卒業します」

  

メンバー達を再び襲う、寂寥感の渦。
「年明けからずっと卒業のことは考えていて、グミとも話して3人で一斉に卒業しようとタイミングを伺ってたんだよね」
「グミの完全復活を待ちたいところだけど、年内に卒業する決意をしちゃったから、先に卒業することになりました」
「そんな……」
「グミと同じ舞台に立てないまま卒業、というのも心残りだ。回復具合にもよるが、2人の卒コンでは何かしらの形でグミをパフォーマンスさせる。そして、グミが復活する際には一夜限定で2人にも復帰してもらう」
「良いと思います。ああでも寂しい!」
「未だ3ヶ月あるから。最後までいっぱい、思い出作ろう」

  

最後にライム味のキャンディが提供されて宴は果てた。タテル分の会計は8万円強。食べログの予算は10万超となっていたが、それと比べたらお手頃な金額に落ち着いて安堵する。グミもコースを完走することができ、久しぶりの皆との食事を心から愉しめたと云う。

  

外に出ると、そこにはどういう訳か野元が居た。
「あれぇ、タテル容疑者と犯罪者蔵匿アイドルの皆さんじゃないの。身の丈にも合わない3つ星レストランはどうだった?まあ大した事無い店だけどね」
「野元先生、それやめましょう。そんなに飲食店が憎いですか」
「君達は批判に耳を傾けない。都合の良い褒め言葉だけ見て、改善のチャンスをみすみす逃す。勿体無いね」
「喜んで逃させていただいております。あなたのような、端から批判する気しかない奴の声は」
「随分と偉そうだね」
「ええ。だってお前は偉くないから!」
「は?」
「お前の生き甲斐はただ一つ。金儲けだ。そのために凡ゆる人や物を批判する。ヘイトは金になるからな!」
「そうだよ。何が悪い」
「悪いことだらけだよ!優しさ、絆、人情、全部犠牲になる!」
「まやかしだね全部。金を稼ぐことが何よりも正義、それが資本主義というものだ」
「違う。お前は人を束縛し人の揚げ足を取り、人の心を傷つけ人に重傷を負わせた。人としてどうなんだ野元!」

  

「ふん。今さら刺さりはしないねその言葉」
「何故アイドルなんか手がけた」
「僕の崇高な理念、教えたよね。世界規模で活躍する…」
「いいや、金儲けのためだ。でなきゃあんな人権無視の育成はしない」
「人権?話が大きすぎるね」
「いいか。アイドルはな、観る者に夢と活力を与える。弱い人でも前を向ける!」
「気持ち悪い。自分で努力しなさい、情け無い」
「学業や社会経験、恋愛や結婚を犠牲にしてまで活動するメンバーを、運営は責任持って支えなければならない。それを、ただケツしばくだけでお前は」
「言われたことできないから、当たり前でしょ?」
「は⁈親御さんが大切に育てた娘さん預かってるんですよ。その責任、感じたことあるか⁈」
「……」
「所属タレントを痛めつけたその罪を認めろ。そして身を引け、野元!」

  

タテルの魂の叫びに、流石の野元も黙り込む。そのままTO-NA一行は車に乗り込み恵比寿を後にした。

  

野元は選挙演説に戻ったが、その後突如失踪。アパーランドの皇帝が、野元を連れ去り収容所へ葬ったとの犯行声明を出した。
「あれだけ酷いことしても法では裁けない。俺らがやるしか無かった。野元という生物、実験のし甲斐があるぜ。もう二度と、このようなモンスターを世に放ってはならない。兄貴、俺はやったぞ。やったからな!」

  

10月末、大久保がTHE GIRLSプロデューサーに就任。TO-NAプロデューサーにはタテルが繰り上がった。
「これからはライバルだ。THE GIRLSとTO-NA、競い合っていこうじゃないか」
「負けませんよ。お互い高め合って、日本のエンタメ水準を上げましょう。健全に」
「勿論皆のことは忘れないよ」
「大久保さん、今までありがとうございました!」
寄せ書き代わりの大漁旗を渡されて、大久保はTO-NAを去った。

  

「さあ次のライヴの準備だ!曲制作と振り入れに励もう!ダリヤ、一緒にグミの元へ」
「かしこまり!」

  

ダリヤはグミに、1日30分、週4日のラップレッスンを施す。年末のライヴに向け、ラップパフォーマンスでの復帰を画策してのことであった。
「完全復活には半年以上かかるでしょう。でもステージに立つだけなら、12月中にはできるようになるはず。ひとつ目標があればモチヴェーションにも繋がりますし、良い案だと思いますよ」
「だってさ。頑張ろう、グミ」
「頑張る。2人の門出、ステージで祝うんだから!」

  

個の強い新メンバーも馴染み、彩りを増したTO-NA。一番を目指すことには執着しない。人として自分自身を高め、人として観る者の心を満たす。それがTO-NAに携わる者のモットーである。

  

—完—

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