人気女性アイドルグループ「TO-NA」のメンバーでキャプテンのグミは、屋上から飛び降りを図ったタテルを引き戻そうとしていた時、顔面めがけて飛んできた鳩に驚きのけぞって落下してしまう。意識不明の状態が2週間続いたが幸い意識を取り戻し、記憶能力なども正常であった。
一方のタテルは、証拠が無いにも関わらず殺人未遂の容疑で逮捕。弁護士山本の献身と革命家カケルの暗躍により悪徳検事を蹴散らし、不起訴を勝ち取った。TO-NA運営に復帰するとあきたフェスを大成功させた。
何者かが鳩を操りグミを殺害しようとしたと考えていたカケル。そこへ、あの手この手でTO-NAを妨害していた芸能事務所「DP社」社長・野元が自ら接近してきて……
カケルは野元の腰巾着を演じる。本心ではないが、野元を退治する上では避けては通れない作法である。
「野元先生、THE GIRLSは相変わらずお忙しそうですね」
「カケル君、あれくらいの人気じゃ僕は満足しないよ。THE GIRLSは全世界において天下を取る。アメリカどころか韓国にすら負けている日本のお遊戯音楽を、もう一度世界水準にすべく活動している」
「先生は向上心がお強い。流石です」
「なのにMIKAという女は。ちょっと風邪引いただけなのに練習休んで、今は詐病使って活動休止。何がコロナだ、何が後遺症だ。そうだよねカケル君」
「ええ。仕事に穴を開けるなんてもってのほかです」
「体調管理のできない人は芸能界から去ってもらわないとね。あ、エイジ君お疲れ様」
「お疲れ様です!野元先生、不躾な話ですが私の映画デビューはもう直ぐでしょうか?」
「ああその件ね、今2件くらい話してるんだけど未だ返事が無くて」
「私の実力不足でしょうか。若し左様でしたら、至らぬ点ご教示下さい」
「いやいや、君は良くやってるよ。安心しなさい」
「承知致しました!精進します!」
「俳優さんですか?」
「ああ。エイジ君はTO-NAの番組に出ていたけどタテル容疑者に捨てられた。可哀想だったから僕が拾ってあげたよ」
「容疑は晴れてますけどね…」
「何か言った?」
「いえ。タテルも酷いことしますね。だから捕まるんですよ。エイジさんを応援したい。後で話したいです」
「僕から伝えておくよ。彼は真っ直ぐで頼もしい人だからね、君とも気が合うと思うよ」
そう野元は発言していたが、一向にエイジとの対談をセッティングしてくれる気配が無い。勿論これはカケルにとって想定内であり、次にDP社を訪れる際は直接話しかける心算であった。
「先生のお話は本当に身に沁みます。Écluneの子達にも聴かせてやりたいですよ」
「聴かせてもそれをやれる子が全然居ない。悲しいものだね日本の芸能界は」
「そう悲観なさらず。俺も変えてみせますよ、日本の芸能界を」
「まあ頑張るがいいさ。じゃあまた5日後、今度は日本料理の店に連れて行くよ。この世に数少ない本当に良質な料理、食べさせてあげるからね」
野元の意図が掴めないカケル。エレベーターで地上まで降りていたら、途中の階からエイジが乗り込んできた。積極的に人と絡むことをモットーとするエイジは臆することなくカケルに話しかける。
「お疲れ様です」
「エイジくんか。丁度話したいと思ってたんだ」
「左様ですか」
「野元先生に会話の場設けるよう頼んでおいたのに、やってくれなくてさ」
「野元先生も忙しいですからね。無理は無いです。じゃあ1階のソファで会話しましょう」
エイジは野元への不信感を募らせていた。1月にDP社に所属し、半年経てば確実にデビューできると言われて8ヶ月。2ヶ月の遅れは誤差の範囲とも思ったが、演技の講師から実力を認められており、デビューへの足枷は無いものだと思っていた。それでも野元に対しての忠誠心は拭い去れない。
「兄貴がすまんな。強情だからアイツは」
「本当ですよ。TO-NAの子達は良くても、俺は嫌いな儘です」
「でも野元はそれ以上の悪だと思うぜ」
「何を。野元先生は恩人ですよ」
「極右思想については思うところ無い?」
「少し過激とは思いますが、突き放す事では無いです」
「THE GIRLSへのパワハラ疑惑は?」
「彼れくらい厳しくされて当然です。寧ろ俺が扱かれ足りない」
「コロナをうつした疑惑は?これが他の記事と違うのは、極右思想やパワハラを報じなかったCLASHが報じている点だ。この違いは大きい」
「解らないです。其処迄して野元先生を悪者に仕立てたい?」
「ストックホルム症候群だな。犯罪者と長い時間を共にすることにより犯罪者の方に肩入れする心理現象」
「帰って下さい。話し掛けて損した」
「俺は君のためを思って話してるんだ。信じ難いとは思うが、野元はただの老獪だ」
「言葉が難しい。何『ろうかい』って?」
「狡賢い男だ。権力と金儲けのことしか考えていない。君を利用して優位に立とうとするジジイだ野元は。ここに居ても君の活躍は無い」
「先生の何を知ってるんだ!」
「君はTHE GIRLSに演技指導してると聞いた。まずはそのメンバーに聞き取り調査だ。もし何かわかったら俺に連絡してくれ。君の未来がかかってる。騙されたと思って聞き入れろ」

その頃タテルは、TO-NAメンバー・タマキ、弁護士山本と共に銀座のフランス料理店を訪れていた。本体価格1万円手頃なランチはすぐ満席になるということで、2ヶ月前に予約を入れていた店であり、囚われの身から解放され無事に来店できたことを喜ぶタテル。


「ペアリング8千円、シャンパーニュも別か。タマキは飲まないもんな」
「グラス1杯ですねせいぜい」
「昼間だし、俺も暫くは安い酒で通そう」

選んだのは薬草リキュール・スーズのトニック割。ほろ苦さが心地良いものである。安い上に胃の調子を整えられ、食事の邪魔をすることも無い。流石タテル、通の選択である。
「先輩はフレンチ、行くんですか?」
「実は君が捕まってた間、カケルくんと行った」
「カケルと⁈嘘ですよね?」
「嘘じゃない。2回も行った」
「そのうちの1回、まさか北島亭ですか?」
「そうだけど」
「面会の時カケルが突拍子も無く北島亭の話したから」
「あれは本人曰く、事件に関する直接的な言及を避けた『導入』らしい。直球で『無実を認めろ』とか言うと追い出されるから」
「解りづらいなぁ」
「カケルくん、タテルくんが保釈されてから連絡途絶えちゃって。今度は山本さんと戦うことになるかもしれない、と言い残したきり」
「俺もよくわかんないっすよ、カケルのやり方。まあでも俺のために何かしらしてくれたことは感謝ですよ。そして山本さん、その節は本当にありがとうございました」

メニューに記載は無いが、アミューズが2品出る。先ずは北海道のフロマージュブラン。単体で食べると酸味が強く、コクが訪れるのが遅い。そこにオリーブオイルや香味野菜を練り込むと味が補完される。
「無心で練り上げましたねタテルさん。まるでお茶を点てるかのようでした」
「均質に、満遍なく。心を込めて混ぜ合わせると、愛着が湧くものだよ」
「タテルくんって宗教家じみたこと言うよね」
「私もそう思います。理屈を捏ねる割には、気の流れとかオーラとか非科学的なことも言うんです」
「科学だけじゃ説明できない何かに人は突き動かされる。俺がTO-NAを愛するのも、京子と恋仲になったのも、どう客観的に説明すれば良い?」
「その発言が理屈臭いです。まあ共感はしますけど……」


メロンのガスパチョ。果実も入っていて真正面からメロンの味を表現しているが、オリーブオイルやベーコンの旨味が効いていて、デザートではない食事として成立している。
「メロンをスープにするなんて、勇気がありますよね」
「フレンチではあり得る発想らしいよ。どうせならもっと塩気や油で塗れさせても面白かったかもね」
「わかりますよ、生ハムメロンですね」
「タマキは生ハムをマシュマロに巻いて食べてそう」
「どういうことですか!美味しくないですよそれは」
「串に刺して苺チョコのフォンデュにつけて」
「そんな破茶滅茶なことする勇気無いです!」


タテルのよくわからないボケはその辺にして、前菜1品目は戻り鰹。細切りのビーツ、揚げポテトを載せてある。鰹自体は血合肉の脂が濃く、赤身にはかなりの鉄が含まれるが揚げポテトの油が中和してくれる。ソースに少量含まれるバルサミコも存在感が強い。ビーツは食感要員か、はたまた鰹と色味が似ているが故の抜擢か。
「タテルさん読みました?野元先生がコロナうつしてTHE GIRLSのMIKAちゃん重い後遺症だそうで」
「事実だとしたら腹立たしいよね。まともじゃないよあのたぬき親父」
「タテルさんはまめにマスクして、すごく気を遣っておられるから安心です」
「自分自身が感染したくないからね。スケジュール台無しになるのが嫌。それにTO-NAは1回ね、全員やられたから」
「苦い記憶です」
「それ以来皆気をつけるようになった。野元みたいな自己中がいなくなれば、感染症を恐れなくて済むのに」
「あ、続報が出てる。MIKAちゃんの担当医が野元の不適切発言を告発、だって」
「すいません、診察時間外なんですが」
「いえ、ちょっとこちらの医師に話があって。MIKAの所属事務所社長・野元です」
医師が怪訝そうに野元を見つめながら現れた。
「何をしに来たんですか?」
「喧嘩腰でどうした?思うところがあるなら言いなさい」
「MIKAさんから話は聴いていますから。貴方のせいで彼女はコロナに感染した」
「君ね、嘘は良くないよ。僕はコロナなんか罹ってない。MIKAちゃんは練習をサボるために僕を出に使ったんだよ。後遺症なんて気持ちの問題でしょ。怠いから踊れない、そんなことがあって良いと思う?」
「いい加減なことベラベラ喋んな!」
「何?年上の僕に刃向かう気かい?」
「年齢とか関係ない。こんなにMIKAさんが苦しんでいるというのに、それが所属タレントに対する態度ですか?」
「MIKAちゃんはもう所属タレントじゃないよ。僕に散々失礼を働いたからね、首を切ってあげたんだ。それを伝えに来たまでさ」
「言いたかないですけど、貴方は鬼畜だよ。人を労わるどころか、昭和の野蛮な価値観で痛めつける。人としてどうなんですか!」
「礼儀がなってない君の方が人として問題だよ」
「今のやり取りは全て録音しています。マスコミに出したら、貴方は終わりますよ」
「出してみるが良いさ。僕の方が力強いからね、君のクリニックを潰す方が先だよ」
圧に屈することなく、勇気あるこの医師は野元の音声を正当なメディアに提出した。そしてこの記事に至る。
「MIKAちゃん、可哀想に……」
「無理なダイエットの強要で抵抗力落ちてたからな。栄養失調気味だったし、こうなっても仕方ない」
「野元の支持する極右政党は反コロナ思想が強い。理屈述べても聞き入れない厄介な奴らだ」
「いよいよ退治しないとだな、たぬき親父」


前菜2品目はフォアグラのポワレ。キャラメリゼのような焼きは脂の味わいを甘美なものにして、重い食材であるにも関わらずスイスイと食べ進められる。若摘み葡萄果汁のソースが酸味を足す。付け合わせの巨峰はフォアグラと距離を取っているが口の中をさっぱりさせてくれる。
カケルに信仰心を邪魔されたエイジも、記事を読むなどして冷静に考えてみると野元の振る舞いに対する疑問が湧いてきた。カケルに言われた通り、4人になってしまったTHE GIRLSから話を聞くことにした。
「エイジ先生、よろしくお願いします!」
「宜しく御願い致します。レッスンに入る前に、皆に訊きたい事が有る。野元先生の事だ」
普段はとにかく手厳しいエイジが、この日はやけに畏っていて驚くメンバー達。
「野元先生に関して思う所有れば赤裸々に話せ。怒らないから俺」
「は、はい……」
過度な減量と食事制限、化粧や容姿への口出し、コロナ蔓延など、アパーニュース等が報じていた話は全て語られた。
「あと野元先生、私達に選挙での投票先を指示してきたんです」
「本当⁈何処の政党?」
「極右政党です。流石に入れたくなくて、違う党に投票しましたが」
「酷い話だな。正直に答えて欲しいんだけど、野元先生の元から離れられるとしたら、離れたい?」
「……複雑です。レッスン外の待遇はあり得ない程良くて、手放すのも惜しいというか」
「成程ね。実は俺も、俳優デビューを約束されて居たけど一向に其の話が来なくて怪しんで居た所だ。君達の話を聞くと、野元先生に此れ以上好き勝手させる訳には行かないと思った。待遇が良くとも、心身を壊すのは流石に問題だ。告発しよう」
こうしてエイジはTHE GIRLSと手を組み、勇気を出して謀反を企てた。案の定野元は激怒。YouTube配信(アーカイヴ無)で公開説教を行った。
「エイジ君もGIRLSちゃんも、僕がいないと何もできないくせに口だけは達者。若者は力加減が馬鹿すぎて困るね。待遇良くしてやってるんだから、言うこと聞かないのなら厳しく指導してあげないと。でも今回は許すよ。僕は優しいからね」
絵に描いたようなパワハラ発言。チャットでは「老害」「サイコパス」などの指摘が相次いだ。
「野元もやり方が大胆になってますよね」
「焦ってるんだと思う。TO-NAの人気が上昇して、新メンバーも受け入れられて」
「油断するなよ。追い詰められた人は何をしでかすかわからないからな」
「用心します。タマキも、怪しいことあったらすぐ伝えてな」
「了解です!」


魚料理は鱸のポワレ、モン・サン・ミシェル産ムール貝とサフランのソース。鱸の身からは強い磯の香りがする。
「随分スモーキーな料理だな。台風が近づいてジメジメとした空気に似ている」
「それ貶してます?」
「そこに詩を覚える人もいる訳じゃん。受け取り方なんて様々だよ。俺は苦手だけど」
「やっぱ苦手じゃないですか」
TO-NAにはメンバーが沢山いて、同じTO-NA贔屓の中でもこの子は好き、あの子はそこまで、というのはよくある。ただその区別を他のファンに見せつけようものなら、ファンやメンバーは心を痛めてしまう。
人の心が無い野元は、SNSで執拗にTO-NA贔屓の分断を煽っていた。THE GIRLSに落選しTO-NAに斡旋されて加入した新メンバーを礼賛し、最初からTO-NAを目指した新メンバー(ニコ、遥香)をネチネチと批判する。
それ以上に苛烈な批判を受けていたのが、タマキの属する期である。
「加入してもう3年になるのに、相変わらずパフォーマンスはお粗末。見た目も醜いねぇ。新メンバーは、個性は鼻につくけど踊りはまずまず。じきに抜かされるだろうね。あ、もう抜かされてるか」
タマキは自信を無くしていた。彼女はアニソンの歌ってみた動画を出したらアニメファンから批判され、ダンスも他のメンバーの後陣を拝する。歌もダンスも駄目だと、同期生の中でも特に野元の標的とされている。
「何で私がTO-NAに入れたんだろう。他に面白くてダンスの映える子沢山いたのに、と思ってしまうんです」
「そんな、たぬき親父の涎なんかに囚われるなよ」
「でも妙に共感しちゃうというか」
「あのな、確かに俺は何事も受け入れてみようと俺は言った。でも野元の言葉にはその価値すらない。きっとビール片手に指の赴くまま、考えも無しにロボットのように、TO-NAを下げる言葉を垂れ流しているだけだ」
「そうだよタマキちゃん。野元はただ自分が一度は見出した人物を、捨てたにも関わらず自分の手柄にしたいのだと思う」
「わかりやすいことしますよね野元は。失礼承知で言うけど阿呆ですよね」
「それは失礼すぎるよ〜。裏では高度なことしてるかもしれないよ」
「そんな訳でタマキ、気にすることはこれっぽっちも無い。自分を信じてやりなさい」


1杯だけグラスワインを頼んでみる。料理に合わせ色々提案されたが、結局はペアリングの対象になっていたブルゴーニュの赤を選んだ。ブルゴーニュらしい果実味が濃く、比較的甘みも感じる。


肉料理は京鴨胸肉のグリーンペッパーソース。火入れはかなりレアであり、赤身も脂も若々しく振る舞う。ただ噛むとどうしても筋が残って気になる。グリーンペッパーの実は少しほっくりしている。もう少し量が多い方が、肉との相乗効果を実感しやすくなると思われる。
それでもタマキは後ろめたさを拭い去れないでいた。仮に3年前、今の新メンバーみたいなスキルや個性の持ち主がわんさか入っていたら、TO-NAは独立騒動を経ずとも人気を維持していたと云う。
「紅白にも当たり前のように出場し、K-POPやカワハギラボの台頭にも屈せず、女性アイドルの天下を取っていた。私達が足を引っ張ってごめんなさい……」
するとタテルはタマキをエレベーターホールに連れて行った。そして、他の客を邪魔しない音量で、昔の大物俳優らしいドスの利いた声でタマキに凄む。
「おい、ふざけたこと言うんじゃねぇよ」
「た、タテルさん……こわい!」
「ふざけんなよマジで。何が『私達は足を引っ張ってる』だ。嘘をつくんじゃねぇ」
あまりの迫力に、言い返す言葉が見つからないタマキ。
「君達は選ばれし者だ。選ばれたくても選ばれなかった人に失礼だ。選ばれた者の責務を全うしろ、じゃければ活動を辞退しろ」
「はい……」
「何故自分達のことを認めてあげられない」
「そういう雰囲気が……」
「何だよ雰囲気って。そんなの皮肉屋の幻覚だろうがよ。こんなに魅力的で個性的で、最近は美にも目覚め始めたお前らを蔑む奴ら、こっちから冷笑してやるさ」
「タテルさん……」
「タマ、戻るぞ。君は空回りしたり、気の利いたこと言えなかったりで悩んでるようだけど、ちゃんと面白い奴だ。スベることを恐れるな。しらけたら誰かに強くツッコんでもらえ。勇気を出すんだ、タマ」
「ちょっとタテルくん、タマキちゃん泣かせたの⁈」
「パワハラしちゃった」
「アウトだろ。もう一度留置場に入れ」
「本当にパワハラする奴が、自分から録音なんてしないですよ?」
「勇気づけてもらっただけです。パワハラなんかとは無縁ですよタテルさん」
「もう!大学時代から冗談がキツい。サークル辞めますドッキリ、どれだけ肝冷やしたか」

デザートはグレープフルーツのプリン。両立の難しそうな2つの要素だが、鬆が立ったプリンは卵感が薄めで、カラメルもサラサラ。プリンとして食べると物足りなく感じる。だがグレープフルーツの果実は粒立ちが良く、割ると芳香が勢い良く出てくる。果実を細かく解してプリンの鬆を埋めるように配置するのがベストと見立てた。蜂蜜のアイスは奥に蜂蜜らしいクセを感じ美味しいものである。
「辞めますドッキリのこと、詳しく聴きたいです」
「つまらんと思うよ。でもタマに前出るよう言った手前、披露するか」
学園祭の時のライヴでスベって、後輩の子に冷たくされてメンブレした。でサークルを引退する、と宣言したのね。そしたら、いつ辞めるんだ、って言われて、1年後と言った。いや、1年後は大学3年の学園祭だろ、そしたら皆自然と引退する。何が引退宣言だ!
「ってなった話」
「……タテルくん、やっぱりトークはからきしだね」
「私も全然内容入ってきませんでした。TRILLの記事みたい」
「ああ、もっとトーク上手くなりたい。やっぱりエイジさんに鍛えてもらえば良かった」
「今どうされてるんですかね」
「さあな。面白いくらい行方が掴めない」
意を決して野元を突き上げたエイジ。しかし逆鱗に触れたことにより俳優デビューからは後退する。
「エイジ君、もしあんな告発してなかったら、昨日には俳優デビューの話確定していたんだけどね。もう少しの辛抱だったのに、惜しいことしたもんだ」
「嘘ですね其れ。自分に刃向かったら何う成るか、知らしめようとしているだけですよね」
「僕がそんなことすると思う?あれ、何今更『クイズ ベンゼン』なんか観てるんだい」
「トークの勉強です。珍介様に憧れていて」
「珍介に憧れてる⁈黒い交際があって人に平気で暴力を振るい、後輩を威圧するだけしか能が無いあの珍介を⁈」
「馬鹿にしないで下さい!喋りの能力が高く、滑る事を知らない。天才ですよ珍介様は。何故消えたのか…」
「君にはコンプラ意識の欠如という重大な問題があるようだ。これじゃあ俳優デビューしてもすぐ足を掬われるよ。僕の手には負えないね」
「……俺の方こそ、貴方の下に居るのは限界です。此の状況で案件頂いても、真剣に演技に向き合う事は困難です。辞めさせて頂きます。お世話様でした」
こうしてエイジはDP社を退社した。そして、エイジを信頼し始めたTHE GIRLSの5人も後を追うようにDP社を逃げ出す。

そんなこととは露知らないタテル一行は、食後の飲み物と小菓子を楽しむ。アールグレイにジャスミンの香をつけたフレーヴァーティー。確かにジャスミンの個性を感じ取る。重いフレンチの〆に新たな提案である。

小菓子はオレンジのマドレーヌ、蜂蜜のプチマカロン、ラズベリーのゼリー。焼き菓子系は標準的な味であったが、ラズベリーの官能的な甘さにはハッとさせられる。
「野元は確かに悪だし討伐されるべきだ。だがTO-NAはパフォーマンスに徹しろ」
「TO-NAはTO-NAですよね。野元先生のものじゃない」
「その通りだ。TO-NAらしい個性の爆発は、上手くいけば彩りとなるが下手すれば落書きと化す。それでも勇気を持って突っ走れ。野元が見ようが見まいが貶そうが、それがTO-NAの描く芸術だ」
グラスの赤ワインは2400円。それを含めて、タテルの会計は1.5万円台。地に足のついたフレンチをこの価格で味わえるのはお手頃と言えよう。当たり前のようにミネラルウォーターを売る風潮を破り、「普通の水」を提案してくれる心優しい店である。
「そう言えば最近、CLASH砲が鳴りを潜めていますね」
「そうだその話しないと。CLASHは、当初野元と連んでいたらしい。ソースはこの記事だ」
「……野元に裏切られた。なんて直接的な告発」
「アパーニュースというメディアがこの記事を援護している。CLASHの闇を暴き続けていたメディアが擁護に回るとは相当のことだ」
「野元は確実に破滅に近づいている」
「その通りだタテルくん。野元はもうTHE GIRLSに口出しできない」
「よっしゃ、なら尚更TO-NAはTO-NAらしく」
「心置きなく、個性を爆発させます!」
THE GIRLSを失ったDP社の取締役会。遂に野元の責任を問う流れが強まってきた。
「野元社長、自ら作ったグループを、自ら採用した俳優に奪われた。これどういうことですか」
「騙されたんだよ。エイジ、好青年だと思ったら拘りが強すぎた。悍ましい男だったね」
「残る有力な所属タレントはサヤコだけです。後は社長が採るだけ採って、使えないとわかったら見捨てた泡沫ばかり」
「能力を高めようという気持ちが無ければ、僕に出来ることは皆無だよ」
「そして社長のグルメブログ、今や誰もまともに読んでません。アンチブログ『ノモバト〜野元はグルメ語る才能なし〜』が大人気です。日経ヒット商品番付で大関を狙える勢いで、世間は社長を完全に冷めた目で見ています」
「さっきからピーチクパーチク僕のこと叩いてるけど、意図は何?僕には雑音にしか聞こえない」
「裸の王様たる野元社長の解任を発議します」
野元は黙って頷いた。反発する人物もおらず、解任はトントン拍子に決まっていった。
「勇気が連鎖して、野元が社長の座を追われた。今後彼が芸能に携わろうとしても反発が大きい。もうこれで芸能には関われないだろう」
「わからないですよ。しぶとそうじゃないですかあの狸」
「そうだな。でも芸能じゃないとしたらどこへ……」
社長を退いた野元に合わせ、サヤコも事務所を去りフリーランスの歌手となった。そして2人はとある事務所を訪れる。
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