人気女性アイドルグループ「TO-NA」のメンバーでキャプテンのグミは、屋上から飛び降りを図ったタテルを引き戻そうとしていた時、顔面めがけて飛んできた鳩に驚きのけぞって落下してしまう。意識不明の状態が2週間続いたが幸い意識を取り戻し、記憶能力なども正常であった。
一方のタテルは、証拠が無いにも関わらず殺人未遂の容疑で逮捕。弁護士山本の献身と革命家カケルの暗躍により悪徳検事を蹴散らし、不起訴を勝ち取った。TO-NA運営に復帰するとあきたフェスを大成功させた。
何者かが鳩を操りグミを殺害しようとしたと考えていたカケル。そこへ、あの手この手でTO-NAを妨害していた芸能事務所「DP社」社長・野元が自ら接近してきて……
「おお、君がカケルちゃんか」
「野元…先生。いやあびっくりしますよ、ちゃん付けで呼ばれるの初めてなんで」
「君には是非会いたいと思ってたよ。ほら、エクレアだっけ、君んとこのグループ」
「エクルン(Éclune)です。本当に会いたいと思ってました?」
「嘘じゃないさ。年寄りだから物覚え悪くてね、許してよ」
THE GIRLSが軌道に乗り、TO-NAも潰せたつもりでいた野元。こうなると欲を止められないのが彼の性分である。次なる野望はÉcluneを潰すことであった。しかし彼はすっかり忘れていた、Fとの約束を。
「野元、くれぐれもÉcluneには手を出すな」
「どういうことだ」
「ここのプロデューサー・カケルは、縁こそ切っているがタテルの弟だ。そしてタテル以上に恐ろしい男だ。彼は普段は冷静だが突如獰猛な性格に豹変する。少しでも油断すると足を掬われるぞ」
「まあ僕の力でなら潰せる…」
「ナメちゃダメだ。僕はある日突然凄まれて、Écluneの運営から電車道で引き摺り下ろされた。あまりにも呆気なく、な。野元でさえ手に負えない事態になりかねない。カケルには関わるな」
「まあまずはTO-NAとタテルちゃんを潰さないと。心配は無用だよ」
しかし実際TO-NAは潰れていないし、フェスを成功させたことがメディアで報じられるとTO-NA公式SNSのフォロワーは激増した。野元の狙いは悉く的を外れていた、ただ一矢を除いては。
あきたフェスから帰京したタテルとメンバー達は、真っ先に病床のグミの元へ向かった。
「グミさ〜ん!」
「お疲れみんな。素晴らしいライヴだったよ、感激した!」
「ありがとうございます!」
「土産たっぷり買ってきた。退院したら一緒に晩酌しよう」
「退院か……」
「どうした?」
「いやいや、何でもない。今リハビリ頑張ってるんだ。クリスマスライヴには戻れると良いな、なんてさ」
「そっか。それなら良かった」
グミが嘘をついていることくらい、長い付き合いのメンバーやタテルは見通していた。
「絶対上手くいってないです。あれは強がっていらっしゃる時のグミさんの顔です」
「ああ、俺もそう思う」
「担当の先生に、本当のところ訊ねてみます?」
「訊くだけ訊くか」
「グミさんのリハビリですが、順調とは言えません」
「やっぱりそうですか……」
「少しずつ歩く練習を始めていますが、立つのがやっとの日も多いです。元が華奢な上に筋力も落ちてしまって、回復には時間がかかるでしょう」
言葉を失うタテル。あきたフェスが果てた後、グミのいない虚しさに苛まれていたが、地元民やメンバーの励ましによりそれを乗り越えたつもりでいた。しかしいざグミに対面し、彼女の置かれた状況を目の当たりにすると、前向きでいようという決心も揺らいでしまうものである。
病室から大きな音がした。タテルが駆けつけると、自力で立ち上がる練習をしていたグミが床に崩れ落ちていた。
「おい、無理すんなって」
タテルの声掛けにたじろぐグミ。それでも何とか目を合わせると、先程とは打って変わって、涙ながらに弱音を吐く。
「私もうダメかもしれない……」
次の言葉が見つからないタテル。グミの人生を左右するような重い怪我を負わせてしまった責任を痛感し、すっかり弱気な男に戻ってしまっていた。
TO-NAハウスに戻ったメンバー達も、グミの心配をせずにはいられない様子であった。それでもキャプテン代行のカコニが発破をかけ、引き続きグミの帰る場所としてのTO-NAを護るため活動する気持ちを確かめた。そしてメンバーのヒナはいつもと変わらぬ脱力感で、元気のないタテルに接する。
「タテルさん、炒飯作りすぎたので食べます?」
「お、おぅ。ありがとう……」
「あと明日着ていくドレス、これでどうでしょう?」
「炒飯とドレスを一緒に持ち運ぶなよ。汚したらどうする」
「大丈夫ですよ。じゃあこれ炒飯と……あっ!」
「あらら、ドレスが炒飯についちゃって。だから言ったでしょ」
「すみませんすみません!急いでシミ取りします」
「仕方ない。手伝うよ」
タテルは嫌な顔をしつつも、グミへの申し訳無さをほんの少しだけ紛らわすことができたと云う。

翌日2人が向かった店は、日比谷にある40年超の歴史を誇るグランメゾン「アピシウス」。残暑厳しい屋外をジャケット着用で歩くと汗塗れになって容姿が崩れるため、紙袋にジャケットを入れて持ち運ぶという知恵を編み出したタテル。ヒナを先に通し、入店した先の荷物置きを利用してジャケットを羽織る。

ダイニングに案内され着席すると、早速飲み物のオーダー。食前酒には手頃なビールを選ぶ傾向にあるタテルだが、シャンパーニュを真っ先に勧められたので素直に従う。シャルル・エドシック。果実味の濃い王道のシャンパーニュである。

摘みにアンチョビを詰めたオリーブ。オリーブの旨味とアンチョビの塩気が良い塩梅で癖になる。
「ヒナ、いっぱい食べなさい」
「じゃあお言葉に甘えて」
「くれぐれもこっそり容器に入れて持ち帰り、は止めてね」
「しませんよ〜」
「差し入れのシャインマスカットを泥棒して…」
「それはミレイさんの仕業です。私はメロンを丸ごと1玉…」
「もっと重罪じゃないか!」

アミューズとして、マゴチのラヴィゴットソース。配膳時から魚の香ばしさがフワッと漂う。カリカリとした食感の中味もしっかり濃く、酢の効いたソースがあっさりさせてくれる。

パンはライ麦パン、きのこ型バゲット、オリーブチャパタの3種類を好きなだけ選べる。ライ麦パンは酸味があって初心者には厳しいかもしれないと判断し、それ以外の2種類を選択。チャパタは少し生地が粘っこかったが、バゲットは茸の笠の部分がカリカリで楽しく、バターが馴染む肌理であった。
「タテルさん、グミさんと初めて会った時どんな印象抱きましたか?」
「思い出話?」
「ええ」
「そうだな、もう3年経つのか」
TO-NAが未だFの下、別の名前で活動していた頃。タテルは面接に合格しTO-NAの運営に携わることとなった。各メンバーの魅力を引き出す使命を与えられる中で当然グミとも密に接していた。
グミは頼れるキャプテンである。メンバーには偶に厳しいことを言うが、上から威圧することは無い。生まれは大阪ということもあってお笑いが好きで、冠番組でも楽屋でもギャグや物真似などをして笑かしてくれる。外番組では積極的にガヤを入れ、女性版フジメンの呼び声も高い。
「怖いイメージも多少あったけど、やっぱ優しい。それに美人だし。こういう上司の下で働けたら皆楽しいよね」
「同感です。グミさんは世界一優しい女性。世界中の人に存在を知ってもらいたい」
「英検準1級の俺より英語が堪能、中国語とタイ語も操れるコスモポリタン。そして絶叫マシン好き」
「行く先々の遊園地で絶対乗ってますもんね。タテルさんとグミさん、あとスズちゃんも」
「趣味嗜好が合うんだよね。移動の車内で一緒にサザン歌うし。社会人になって、こんな最高の友達ができるとは夢にも思わなかった。何であの夜、あんなことを……」


帆立貝と茸のテリーヌ。帆立はすり身で、蒲鉾っぽいニュアンス。グランメゾンで蒲鉾とは何事だ、と野元みたいな狸は言いそうだが侮ってはならない。帆立の旨味が円やかに、茸がエロティックに香る。胡桃のウッディさは場を森の雰囲気に支配する。各々の素材の個性が濃ゆく発揮され、西洋料理らしいチームプレーで受け手を魅せる。
「親しみやすい料理ですね。もっと難しいもの来るかと思ったので安心しました」
「俺らは本体価格1.5万のコースにしたけど、最安値コースは9千円。その名前はマルシェ、つまり市場」
「市場だと、庶民的なイメージがありますね」
「ドレスコードのあるグランメゾンでありながら、庶民的な要素を取り入れ皆に愛される料理を提供する。これを良く思わない人もいるかもしれない。ミシュランもガン無視してるし」
「本当ですか?雰囲気的に絶対星つきそうなのに」
「古典的すぎる、革新性が無い、という話はあるが定かではない」
「ミシュランが全てじゃないですよね」
「その通りだ。ナンバーワンを目指す姿勢は捨てないけどオンリーワンを大事にする。歌やダンスの質は高めつつ親しみを忘れない、TO-NAのやり方に似てるな」

コース外ではあるが、スペシャリテの「ウミガメのスープ」をアラカルトからお願いしていた。それに合わせ30年熟成のアモンティリャード(熟成シェリー)。ここまで熟成するとブランデーと何が違うのか、となりそうであるが、シェリーらしいドライなキレのニュアンスも残っている。
そして青海亀のスープ。海亀はワシントン条約による保護対象で捕獲が規制されているが、小笠原諸島では伝統的に食されているため特別に一定数の捕獲が容認されている。それでも長時間放置すると肉に臭いが現れるため、本土で食せるのは出汁くらいだと云う。それを頂けるほぼ唯一の店がここであり、現地に頻繁に通うシェフの手腕でコンソメスープに仕立てる。
「小笠原では肉も食べるんですよ。刺身で、馬刺しみたいな味わいです」
「行きたいですね小笠原。でも1週間がかりですよね。船で片道24時間」
「飛行機とかないんですか?」
「無いよ。帰りの船は地元民が盛大に見送ってくれる」
「見たことありますそれ。泣いちゃうな私」


スープは雑味の無いクリアな味わい。そこへ海亀の海の要素を感じる香り。シェリーに漬けた肉片のプルプルした食感を楽しむ。添えられたチーズパイは、繊細なスープの味を一気にぼやけさせてしまうため、パン皿に移して後で食べることにする。
「海亀さんごめんなさい、私の理解が及ばなくて……」
「味の深みとかシェリーとの相性とか、もっと文人らしく語りたいのに言葉が出ない。経験不足が悔しいよ」
タテルはダイニングに飾られた絵画を眺める。しかし感想が思い浮かばない。
「グミは美術館巡りを趣味にして、絵画に対する造詣が深い」
「憧れますよね。格好良いです」
「俺は食べ物の一流は語れるけど、芸術の一流はグミの領域だよな。色々教えてほしい。早く回復して、皆で美術館回りたい……」


コースに戻って、魚料理は太刀魚の香草パン粉焼き。身は柔らかく、解りやすい味付けで美味しいものである。ソースには浅利が使用されており、塩気の効いた旨味が魚を染める。バジルソースでさらに味変ができる。こうして様々な味わいを試せるのがフレンチの醍醐味である。

タテルは魚とその次の肉に合わせるワインをオーダーしていた。ロゼワインとしつつも赤ワインのタンニンも感じられる重厚な1杯。
「タテルさん、せっかく美味しい料理食べに来たのに、暗い話したくないです」
「ごめん」
「なんでそんなに後ろ向きなんですか?」
「崩れ落ちるグミを見てあまりにもショックだったから…」
「そんな弱気でどうするんですか!」
語気を強めたヒナ。タテルは呆気に取られて何も言えない。
「……ごめんなさい。口調が荒ぶってしまって。そりゃ辛いですよ私達だって。でも前向くことを決めたんです。だから昨日炒飯をあげたんです」
「どういうこと?」
「元気出るかな、と思って」
「ヒナらしい励ましだな」
「タテルさんも真っ直ぐ信じてほしいんです、グミさんの完全復活を」
「信じたいよそりゃ。だけど現実見ちゃうとさ……」
「タテルさんが捕まっていた時、TO-NAの皆はタテルさんの潔白を信じてました。タテルさんがグミさんを突き落とす訳が無いじゃないですか」
「そうだったな。その節は本当に感謝してる」
「仲間に何かあっても、必ず帰りを信じる。それがTO-NAの強みです。だからタテルさんも信じてほしいんです。グミさんが以前のようにバチバチに踊って、自慢の煽りでファンの魂を揺さぶることを」
「そうだよな。俺すぐネガティヴになる。TO-NAは観る者を勇気づけるパフォーマンスしてるというのに、その内部にいる俺が冷めてどうするんだ……」
「グミさんは一生懸命リハビリしています。応援するしかねぇですよね」
「そうだな。するしかねぇ、な」


人を元気づける食べ物といえば肉。国産和牛ロース肉のポワレが運ばれた。和牛は脂がきつい、なんてグミとよく喋っていたことを思い出すタテル。今回の肉は赤身もしっかりしており、柔さと噛み応えを両立させた綺麗な肉質。付け合わせはヨーグルトの効いた野菜の微塵切りとスペルト小麦のリゾットで爽やかに。たっぷり3切れ食べても胃が凭れず、元気だけを漲らせてくれる肉であった。
タテルが感想を見出せなかった絵画を眺めるヒナ。
「あの絵、夜明けの空みたいな青してますよね」
「ブルーモーメントか。綺麗だよなあれ」
「未だ街灯は点いているけど空は明るい。まるで空港の誘導灯のように、太陽の光の着陸地点を示しているのかもしれない」
「おっ、ポエマーだねヒナは」
「今朝は早く目が覚めました。カーテンを開けて夜明けの空を眺めていると、グミさんのことを想わずにはいられなくて。グミさんは闇から目覚めて下さった。あんな大怪我から生還したんですよ。強いですよねグミさん」
「本当に強い。あんな細長い手脚でよく命を繋いだよ」
「グミさんは太陽のような人です。今は私達が誘導灯となって、グミさんの帰る場所を照らし続ける。そして、優しさという名の光でTO-NAをまた包み込んでほしい」
ヒナの混じり気ない感性が紡ぐ詩はグミに対する愛情に溢れ、タテルに涙を運んだ。理屈臭くて悲観的で薄情な目線に陥りがちなタテルも、漸くグミの復活を前向きに応援する姿勢になれたようである。
一方で血も涙も無いことをする野元。TO-NAを潰す作戦は悉く失敗し、それを何故かCLASHのせいにする。
「君達がいい加減なコタツ記事を書くから、計画が上手くいかないんだ」
「野元先生、もう一度チャンスをください!まだ道半ばですよ」
「このまま君達と歩んでいったら野垂れ死んじゃうよ。僕は自分で道を拓くことにしたよ。気づいちゃったんだよね、人に頼ってばかりじゃ敏腕社長の名が廃ること。君達も信頼回復、頑張りなさい。大変な道だろうけど」
「そんな、先生がやれと仰ったから!」
「あ、僕を攻撃するのはナシだからね。そんな近道は認められないよ。自分の力で這い上がりなさいね。グッドラック!」
野元の後ろ盾を失ったCLASH。自業自得ではあるが愈々存亡の機に直面する。
「こうなったら、野元の記事書くしかない」
「でも潰されますよ、そんなことしたら」
「しなくても潰れる。なら最後までCLASHらしくやって散るべきだ」
THE GIRLSミカ、活動休止の原因はコロナ後遺症だった!プロデューサー野元友揶が意図的にうつすも「根性無し」と吐き捨て
タテル釈放から2日が経った頃の話。野元は咳が止まらず、発熱もあったというのに、THE GIRLSの稽古場に来てノーマスクで説教(ハラスメント)を垂れた。その結果THE GIRLSはメンバー全員がコロナに感染し、そのうちMIKAが治癒後も疲労と筋力低下に悩まされ活動に復帰できていない。野元がコロナをうつしたことは明らかであったが、彼は関与を認めるどころか、MIKAを労うことさえ拒否していた。
「コロナなんてただの風邪だよ。後遺症なんて甘えだね。練習サボる口実としか思えないよ」
しかしただ告発するだけでは、CLASHを信用しない大多数の国民はスルーしてお終いである。そこで泣きついたのが、カケルa.k.a.アパーランドの皇帝が運営するアパーニュースである。アパーニュースはCLASHの煽動系コタツ記事を批判するメディアとして設立されたものであり、その力を頼るということは事実上の降伏となる。
「ん?CLASHに力を貸してくれだと?何を今更」
「野元に裏切られて悪事に加担していたことは認めます。その野元に裏切られ途方に暮れています、ですって」
「身から出た錆だろ」
「野元のスキャンダルを拡散してほしい。人にコロナうつして……」
「気になるなそれ。まあ読んであげるとするか。……事実だとしたら相当酷いぞこれ」
「協力してあげます?」
「してあげるとするか。散り際くらい花持たせてやるよCLASH」
こうしてアパーニュースも、CLASHに追随して野元の反コロナ思想を報道。野元に対する世間の怒りを巻き起こすことに成功した。そんな折、アパーニュースの素性を知らない野元がカケルに接近。カケルは喜んで野元と懇ろになった。

タテルとヒナの話に戻る。プレデセールとしてクレームブリュレが提供される。間口の狭い器に入っているのは独特だが、味は基本に忠実で良い。

「来ましたね。私達にもケーキが」
「ワゴンデセール、ワクワクするな」
「これっていくらでも頼んで良いんですか?」
「そうだよ。スイパラみたいで楽しそうでしょ?」
この日はケーキが6種類、ワゴンには載っていないがアイスクリーム・シャーベットも6種類。
「タテルさんは全部食べますか?」
「全部ねぇ。パウンドケーキが重そうなんだよな。ケーキ5個分でパウンドケーキの1になる」
「じゃあ私パウンドケーキ食べるのでひとかけらあげます。タテルさんは残り全部のケーキ食べてください」
「勝手に決めるな。まあ良いけど」

ケーキの前に食後の飲み物についても議論する。タテルがいつも通りハーブティーを所望すると、何と5種類の葉が提案された。ミントやレモングラスなどの定番品からローズマリー、そして変わり種には蓬。
「私は蓬にしようかな」
「穏やかで独特の感性してるヒナには合いそうだね」
「タテルさんも蓬にしましょう」
「だから勝手に決めない。俺は正統派ハーブの方が良いんだよな。レモンタイムにします」


ケーキの盛り付けが仕上がった。まずはマンゴーが2種類。宮崎マンゴーはバナナ風味のタルトに仕立てた。マンゴー自体は水分量が多く軽い身であり勿論美味しいのだが、どちらかというとバナナタルトの力が強いスイーツという印象であった。
一方フィリピンマンゴーは果実をほぼそのまま大胆に、ムースで覆う。ちょっとスパイシーな味わいさえあるマンゴーを素直に味わう贅沢。
小布施産プラムリー(青林檎)のタルトは、果実特有の強い酸味が、この日のタテルには受け付けなかった。焼きによる苦味の中に甘みを加えてみると良いコントラストになりそうである。
プリンは柔らかめの仕上がり。思ったより薄味で、カラメルの苦味も抑えめ。大量に食べる人にとっては箸休めのポジションになるだろう。
ケーキ部門の最優秀賞は黄桃のタルト。ピスタチオクリームが入っているのだが、黄桃のフレッシュな果実味の中でもピスタチオの味わいが確と光っている。畢竟ピスタチオと最も合う果物は、苺やフランボワーズではなく桃なのかもしれない。

途中にアイス・シャーベットを挟む。スペシャリテの胡椒アイスは、喉を刺激するようなあの辛さは当然なく、紅茶のような香りの良さ。では隣の紅茶アイスはどんな味かというと、アールグレイというよりかはダージリンっぽい軽やかさがある。シャーベットは右が桃、左が国産グァバ。果実味が濃くて癒される。
「グァバなんて食べたことないです。どんな果実ですか?」
「現物見たことは無いけど、外が黄緑で中が赤に近いピンク」
「色が薄めの西瓜、って感じですかね」
「そう。小さい頃ピザーラでジュース頼んで飲んだ以来だなぁ。懐かしい」

タテルの選んだレモンタイムのハーブティーは、タイムのスパイシーさがあって爽やか。

合わせて食べる小菓子は、マドレーヌがローズっぽい香りで印象的であった。カヌレは一流店であれば差異無く美味いものである。ナッツやドライフルーツに空間を支配されたチョコも、ウイスキーの相棒に購入したいものである。
「はぁ〜、デザートが結構腹にきた」
「よく食べきりました。いっぱい食べる人、見ていて清々しいです」
「昔は全然苦じゃなかったけど、歳とると流石にきついや。今度行くフレンチでは控えめにしておこう」
「月末にみんなで行く店のことですか?」
「そう。あそこはパンやチーズ、小菓子のワゴンも別口である。調子乗らないようにしよう」
タテル分の会計は3万円弱に収まっていた。30年物シェリーは2200円と、思ったより高くない。
タテルとヒナは一旦自宅およびTO-NAハウスに戻って着替えた後、グミの見舞いに向かった。思うように動かない脚に顔を歪めながら、懸命に捕まり歩きを試みるグミがそこには居た。
「グミさん頑張ってください!」
「ヒナちゃん……」
「頑張れグミ!へこたれんなよ!」
「タテルくんまで……」
リハビリが終わり病室に戻ったところで、ヒナがグミのケアを手伝う。入院生活で疎かになっていた美容ケアのサポートである。
「グミ、俺も何か手伝っていい?あまりボディタッチするのもアレだろうけど」
「足くらいならいいよ」
手術に臨む外科医かのように念入りに手を洗い、グミの病室に戻ったタテル。リハビリで疲れた足を穏やかに揉む。
「芝公園の芝生でアーシングしたよね」
「したね。俺基本潔癖だから拒んだけど、どうしてもやりたいって言うもんだから」
「気持ち良かったでしょ?」
「ああ。こう揉んでるとさ、グミの足裏からは苦労を感じるよ。足自体が薄いし皮膚もデリケートだし」
「あんま分析しないで。恥ずかしい」
「華奢な体で沢山の重圧を受け止めていたんだよな。細い手脚であんなパワフルな踊りして、苦境の中でも強い気持ちで皆を引っ張って。こんな頼りになる長、出逢ったことなかった」
「タテルくん……」
「でもあまり強がるなよ。特に今は」
「わかった。その代わりタテルくん、これ以上ナヨナヨしないでね」
「ああ。だからグミに謝るのは今日が最後だ。薄情な訳じゃない。責任を忘れるつもりもない。申し訳無さを抱えたままじゃ、俺は前を向けない。TO-NAを守れない。だから最後にする。苦しませてごめんなさい。そしてこれから、グミに、グミの愛するTO-NAに、尽くさせてください」
グミは目に涙を溜めながら大きく頷いた。
3人は面会時間が果てるまで、サザンを聴きながらライヴの話、新メンバーの話、美味しい物の話、これから挑みたい仕事の話など、希望に満ちた話題で談笑し続けていたと云う。
「月末のフレンチ、グミも行くんだからね。明日もファイト!」
「ファイトです!」
「頑張る!」
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