人気女性アイドルグループ・TO-NA。新メンバーを迎え、新章の幕開けの矢先、TO-NA特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)のタテルが、週刊誌の事実無根の記事に心を痛め飛び降り自殺を企てた。あろうことか止めに入ったTO-NAキャプテン・グミが屋上から転落、意識不明の重体に陥る。タテルはグミを突き落とした疑いで逮捕された。
キャプテンを失ったTO-NAはメンバーの多くが憔悴して活動は停滞。グループ解散も視野に入るほどであった。一方でタテルらを執拗に追い込んだ野元は、自身が手がけるガールズグループ「THE GIRLS」が人気を集めており鼻高々であった。
そんな中、前々から野元の動向を怪しむ者がいた。タテルの弟で女性アイドルグループ「Éclune」のプロデューサー・カケルである。秘密裡に野元の行動を追ってみると、タテルとグミの事件に関してある疑いが浮上した。
*物語の展開は実在の店舗・人物・団体と全く関係ございません。
カコニに関する報道を事実無根と主張したTO-NA運営。カコニ自身も声明を出し、グミのことは尊敬している、殺すなんてもってのほかだ、と強調した。
勿論これを額面通りに受け取る人が殆どではあるのだが、それでも未だ悪徳メディアCLASHを支持する愚かな残党の声は大きく、TO-NAの印象を下げにかかる。
「今週末の中山道五平餅フェス、主催者から出演取り消しを宣告されました……」
「昨日は高崎焼きまんじゅうフェスの出演中止……これで記事出てから5件目だよ。何も悪いことしてないのに!」
「変なイメージついちゃってるから……」
「許せないCLASH!カコニさんまで巻き込んで」
「怒りたくなる気持ちはわかるよ。私だって怒ってる。でも私達を信じて待って下さる方々もいる。先ずは今日のソラマチミニライヴはしっかりやりましょう。一生懸命パフォーマンスして、待って下さる方々の期待に応えましょう!」
メンバーを奮い立たせたカコニ。しかしいざソラマチのステージに立つと、一部の観客から野次を飛ばされたり雑巾を投げつけたりした。特にカコニに対しては名指しで「犯罪者め!」「のうのうと踊りやがって!」などの中傷が飛んだ。
「カコニさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫。去年の独立直後だってこんな感じだったから」
「私もうちょっとでブチギレるところでしたよ」
「よく抑えたよアリアちゃん。成長したね」
気丈に振る舞うカコニ。弱みを見せたらみんなが不安になってしまう、と思って強い自分を演じ続ける。なぜならグミもそうしていたからである。一見なよなよした喋り方だがその言葉で確かにグループの士気を高め、華奢な体から溢れる大声で観る者を奮起させる。良くないことは良くないと指摘する一方、メンバーの悩みには真摯に向き合う。カコニはそんなグミの背中を見て、自分も強くいなきゃ、と考えている。
一方の野元は、CLASHを炎上させた罪滅ぼしとして編集長の元を訪れていた。
「編集長、この度は騒がすようなこと唆して悪かったね。お詫びと言ってはなんですが、メロンです。正露丸です」
「え、いいんですか?嬉しいです!」
「炎上でさぞ胃腸がお疲れかと思って」
「いやいや、メロンの方。こんな高級なものを」
「お世話になってるからね。やっぱりCLASH君は優秀だよ。見事にタテルちゃんを社会から抹殺した」
「容赦ないですからね、僕らの報道姿勢は。物事は良く見ようとすれば良く見えるし、悪く見ようとすれば悪く見える。良く見えたものと悪く見えたもの、どっちが金になるか、と言われたらどうです?」
「悪く見える方、だね」
「さすが野元先生。今のネットユーザーは悪い方に飛びつきます。悪い物を叩いて自己を正当化することで自分を保つのが人間の本性。需要はあるのに誰もやろうとしない、だから僕らはそこに目をつけた訳です。お陰様で閲覧数は鰻登り、そして野元先生からも依頼を戴けた」
「味方につけると心強いでしょ僕?」
「本当その通りです」
「敵にならないよう気をつけてね。僕を敵に回したら、タテルやグミみたいにしちゃうからね」
背筋がピリついたCLASHは、この後も1日1本のペースでTO-NAメンバー・スタッフへの下げ記事を展開する。
「もう用済みだな」個性の濃すぎるTO-NA新メンバー、圧倒的な実力を見せつけて既存メンバーのやる気を削ぐ
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アンチコメント一つから妄想を膨らませ、ジャーナリズムの欠片もないコタツ記事を量産。山本とカケルも憤りを隠せない。
「廃刊で良くないですか、コイツら?」
「僕だってそう思うよ。でもゴシップ記事が好物な人は沢山いる」
「不健全な」
「正しさより自分にとって都合の良いことを信じる人が増えた。嘆かわしいことだよ」
「だから戦争は無くならないんだ」
「そうだ、タテルくんのことなんだけど、心神耗弱が認められるのではないかと踏んでいる」
「精神病で逃げる。悪法も使いようによっては良くなるもんだな」
「アパーランドみたいなこと言うね。歴とした制度だから変なこと言わないで」
「失礼しました」
「これが認められれば、少なくとも最終的な判決は軽くなるし、証拠があやふやである以上不起訴に持っていく希望も出てくる」
「そもそも飛び降り自殺図ってたんですもんね。そりゃ認められてもいいはずだ」
「仁義なき黒縁と闘うためにも、出来ることはやり尽くしたい」
「仁義なき黒縁?中井検事のことですか」
「知ってるのか?」
「当たり前ですよ。無実の女性にハニートラップ仕掛けて罪をでっち上げ、12年も自由を奪ったヤーさんですよ」
「その通りだ。いえてる、確かにヤーさんだ」
冤罪を許さないカケルは、アパーランドの皇帝として密かに中井を引き摺り下ろす計画を立てていた。人権派の山本の前では大っぴらに言えないことであるが。
グミ転落から間も無く2週間。未だ意識が戻る気配は無い。TO-NAは相変わらず行く先々で批判の声に晒され、メンバーの精神は大きく擦り減っていた。中でも最前線で批判を受け止めるカコニは明らかに疲弊していたが、それでもメンバーの前では弱音を吐くことはしなかった。
「カコニ、ちょっと相談が」
プロデューサー大久保より、タテルが予約していた門前仲町の天ぷら屋に代わりに行かないか、と言われたカコニ。
「丁度明日、富岡八幡宮の祭りを手伝うことになってたな。様子見ついでに行ったらどうだ」
「でもグミさんが不安で。このままだともう戻れないんじゃないか、と考えると……」
「グミなら大丈夫だ。信じよう。俺らが信じないでどうするんだ」

大久保の言葉に心動かされ、カコニは同期のパルを連れてみかわ是山居を訪れる。カウンター席19:00の予約であるが、和食系の店は早く着きすぎると待つ場所が無い傾向にあるためギリギリに到着。それでも17:00予約の客の食事が長引いていたため、3階にある待合室に案内された。
「あ、ここも靴脱ぐんだ。靴下履こっと」
「流石パル、準備良いね」
「カコちゃんはいつもスニーカーだよね」
「そうだね。素足だと踏まれて危ないから」
「さすがカコちゃん、真面目だよね」
「真面目、か。真面目すぎるのかな私……」
待合室に飾られた調度品を鑑賞するカコニ。一方のパルはスマホの写真フォルダを確認していた。
ホールを担当する女性店員に案内され1階に降りる。席には摘みが用意されている。まず飲み物のメニューを見繕うのだが、ビールはキリンの瓶ビールのみで生ビールは用意されていない。
「ワインもあるよ。パルも飲む?」
「私は要らない。ジュースでいい」
「そっか……ボトルだから1人だと飲みきれないと思ったんだけど」
「カコちゃんなら飲めるんじゃない?」
「飲めるかな……」

結局瓶ビールを頼み様子見することにしたカコニ。摘みの鰻が美味しくて、枝豆と共にあっという間に食べてしまう。野菜嫌いのためもう1品はパルにやった。そのパルはバヤリースのオレンジジュースを飲んでいてよく似合っている。

天つゆを注いでみると、驚くことにグリーンであった。これは夏つゆといって、枝豆と蓼を使用してさっぱりと仕立てている。
「通常の天つゆと同様、たっぷりおろしを投入して食べてください。お肌にも良いですよ!」
「……これだけでもイケちゃうね。美味しい!」
「タテルさんだったら『これはフレンチのスープだ』とか言って全部飲んじゃいそう」
「子供っぽい顔して言ってそう。絶対悪い人じゃないよね」
「大丈夫なのかな?帰ってくるよね絶対……」

出てくるタネは殆ど固定であり、手元の小さなリーフレットに記載がある。季節柄提供されないものには×印がしてある。

早速海老が揚がる。海老の身がはちきれんばかりに衣いっぱいに膨らみ、色の濃い味わいである。2本目は夏つゆにつけて。途端軽やかな味と相成る。

海老の脚も色濃いものである。もはや脚と謳うのが詐欺なくらいに身を引き連れていて大満足。最後に海のニュアンスがやってくる。
「カコちゃんが逆立ちすると、もうほぼ脚だよね」
「そんなことないでしょ」
「楽しいよね逆立ち。チカちゃんみたいにできたら本当に楽しいと思う」
「SASIKOのトレーニングにも良さそうだしね」
「出れるのかな、この状況で」
「去年だって圧力払い除けてメイさんがあんなところまで行った。メイさんが繋いでくださった襷、手放す訳にはいかないさ」
「メイさんが私のこと待ってる。信じてトレーニングだね」

鱚。特有のクセさえ涼やかであり、皮の張り、がっしりした衣も合わさって甘みが感じられる。

イカも1人2個。拍子木切りの形で出てくるのは珍しいかもしれない。これはどちらかというと食感を楽しむものである。

ここで椀物が供される。海老真薯と湯葉のお吸い物。出汁は椎茸の味が強いが、柚子が香ることにより調和する。真薯は海老の殻まで練り込んであり味がよく出ている。
「独立当初のグミさん、すごく心強かったよね」
「どうしたカコちゃん?」
「私グミさんみたいにできてるのかな、と思ってさ。グミさんだったらもっとこうする、とか色々考えちゃうんだよね」
「グミさんは本当憧れ。みんなを纏めてくれる上に面白いこと言うしスポーツにも積極的だし」
「朝野球もグミさんの発案だもんね。あれのお陰で体力も気力もつくようになったし」
「やりたいことを積極的にやっている感じが、メンバーにも自然と浸透していると思うんだよね。それがグループの色になっているというか」
「私がやりたいことって何だろう?」
「お酒とお肉」
「いやぁ、アイドルとしてそれはどうなんだろう」
「良いんじゃない?真面目に考えすぎると却って面白くない」
「形になれば良いんだけど。タテルさんと相談して……って、できないよな」

茗荷は串刺しになっているため手掴みでいってみる。クセのある食材も、サクサクした厚みのある衣に、塩が効いた油と融合して良い塩梅に。つゆに浸すと出汁が染みてさらに美味い。

その次は雲丹を大葉で挟んで。雲丹の磯の香りを大葉により爽やかに表現する。ただ雲丹のパンチがそこまで強く感じず、大葉は1枚でも良かったのではないかと考える。
「そういえばさ、アパーランドの報道見た?」
「見た見た。大変そうだねTHE GIRLSさん。メンバーさん何故声を上げないのかな?」
「待遇が良いから、だろうね」
THE GIRLSのメンバーには、厳しさの見返りとして高額報酬と食事面以外の環境の充実が与えられていた。食事制限こそ厳しいが、家事は家政婦が全て行ってくれ、エアドッグにより塵一つ無い空気の中、シモンズのベッドにて眠ることができる。最先端器具を揃えたジムは使い放題、ボイトレや演技レッスンの後には一流のマッサージも受けられる。寮からレッスン場への送迎は専用ハイヤー。何しろ給料がアイドル史上最高額であり、紅白出場や東京ドーム公演も、野元の財力とコネで容易くできてしまうのである。
「だからって何しても良いわけじゃないよね」

松茸を贅沢にも1人1本。木の香り・花の香りがかなり強いものであり、松茸好きには堪らないものであるが、お子ちゃま舌のパルにはクセが強かったようである。酢橘を絞るとより自然のニュアンスが強くなる。
続けて野菜を1人2種類選択する。この日のラインナップは獅子唐・茄子・竜鬚菜・椎茸・薩摩芋。2人で来ているので、4種類を半分ずつ食べることも可能である。
「カコちゃん何だったら食べれる?」
「薩摩芋なら大好きだよ。でも他が、ね」
「ちょっとくらい食べなよ。茄子なら食べれるんじゃない?」
「茄子ね……まあ食べてみるか」
「でも本当に野元さんそんなことするのかな?」
アパーニュースの記事に対し、真面目な洞察を披露するカコニ。
「まあ信じたくない内容だよね」
「そう。CLASHさんも酷いけど、アパーニュースさんも過激なこと言ってる気がして。鵜呑みにはできないかな」
「カコちゃんって本当真面目だよね。学校に貼られてるポスターとか全部読んでそう」
「赤い字でタイトル書いてあるやつ?読んでたよ」
「当たってた……」
「野元先生、確かにちょっと私達を挑発されていたけど、世界に通用するグループを作りたい、日本のエンタメのレベルを上げたい、という理念はその通りだと思うし」
「まあね」
「誰の考えにも正義はあるはず。それは認めたい。まあ記事が本当だとしたら、やり方改めるべきだとは思うけど」
カコニはやっぱり真面目で優しい。あらゆる手でTO-NAを潰そうとする野元に対しては要らぬ優しさではあるが。

野菜の前にメゴチ。江戸前天ぷらでは定番のタネである。鱚よりも弾力があるが、他のタネと比べるとそこまで印象には残らない。それだけ他のタネが強いということである。
ここで再び選択の時間。〆のかき揚げを天丼天茶どちらで食べるか決める。かき揚げの具材は1種類、というのが店主早乙女氏の哲学。手元のリーフレットには小柱と書いてあったが仕入れの都合上この日は才巻海老であった。その場合お勧めは天丼ということでそれに乗っかる。
「何見てるのパル?」
「グミさんとの写真。見たくなっちゃって」
「私達が加入した時の写真だ。懐かしい」
「グミさん、番組とか観ててちょっと怖いイメージあったけど、会ってみたらすごく優しい人でびっくりした」
「そうそう、面白い方だし。怖い、じゃなくて強いんだよね。弱みをあまり見せない」
「弱みを見せない?」
「うん。皆が集まるところではいつも前向きでぶち上げてくれるじゃん?ネガティヴな発言聞いたことなくて」
「それはちょっと違うかもしれない」
「えっ?」
「確かに皆の前では強い自分を発揮している。でも裏で泣いているところ、見ちゃったんだよな」
「裏では……」
「独立当初、ライヴで野次飛ばされた時、一番それを喰らっていたのはグミさんらしい。あの時皆の前では、何へこたれてんの、そんなんじゃ負けるよ、って激烈してたけど、部屋に戻ろうとするグミさんをこっそり見ていたら、泣いてたんだよ。あの強がりは自分の涙を堪えるためだったと知って、頼もしくも思ったけど心配にもなった」
「無理されてたんだね」
「そう。だから私は『悩みあったら私にでも他の後輩ちゃんにでも話してください』ってグミさんに言った。そしたら私には弱みを曝け出してくれるようになったんだ」
「パルの懐に入る力、すごいよ。私にはできない」

この店の名物・穴子が揚がった。
「うわっ、何これすごい美味しい」
「穴子の天ぷらって何回か食べたことあるけど、こんなに薄いのに身の存在感あるのは初めて」
薄く揚げて身を凝縮させてもなお、歯応え、そして穴子の香りが確とあり、夢中になって食い縛る2人。尻尾側は塩、もう一方は夏つゆで食べるよう案内されるが、カコニは何もつけずに貪っていた。
「タテルさんも塩つけないで食べると思う」
「ハハッ。あまり調味料つけてないイメージある」
「穴子本来の味が良い〜。ちょっと油がきつくなってきたところに夏つゆを合わせて、ああもう最高!」
「活き活きしてるねカコちゃん」

野菜天ぷらが続々と揚がる。パルはアスパラと茄子を選択していた。アスパラは、個体自体も良いものであるが、程よく焦がすことにより甘みを強く感じられる。そして根元の部分をよく見てみると、潰れた形になっている。穴子と同様、余計な水分を飛ばして素材本来の甘みを凝縮しているものと思われる。塩が入るとその甘みがジュワッと爆ぜる。

茄子もまた凝縮されていて、芋のようなとろみさえ感じる。一方で皮はパリッとなっており、従来の天ぷらでは感じることのないコントラストが発揮されている。変な喩えをすれば鰻の白焼きである。
「だからカコちゃん、強がってないかなって心配なんだ」
「強がってる。だって悔しいもん、TO-NAが犯罪者集団だとか、パワハラ上等縦社会とか言われるの……」
声を詰まらせるカコニ。
「よく言ってくれた。やっぱり強がってたんだね」
「バレてた?」
「バレてた。さっき穴子食べてた時のような元気が、最近無かったからさ」
「そりゃそうだよ。TO-NAの印象は下がるし、グミさんは未だ意識戻らないし、タテルさんの行く末も不透明。どうしていいかわからないよ……」
「どうしていいかわからない。キャプテンの口からそれ言ったらお終いだ、とか考えてたでしょ?」
「うん、考えてた」
「抱え込んでたら、却ってわからなくなっちゃうよ。カコちゃんは真面目だから余計に」
「そうだよね。もっと相談すべきだよね」
「グミさんだって一人で何でもできる鉄人じゃない。だからカコちゃんも、頼ること覚えてほしい」

〆の天丼が仕上がった。大ぶりの才巻海老はグニグニしており食べ応えがある。少し火の通りが弱い箇所もあるが、それさえも味わい深く感じてしまうくらい綺麗に揚がっていて、早乙女氏の達人技に終始驚かされっぱなしの夕餉となった。

丹波黒豆の淑やかなゼリーでチルする。写真フォルダを繰り、グミとの思い出を振り返る。
「道頓堀でグリコの真似したやつ、宇都宮の餃子像前で餃子ポーズ、終演後の東京ドームの中心でマイク食べる平井堅さんのマネ……グミさんってホントに面白い」
「面白い……側に居て欲しい……また一緒に歌って踊りたいよ……」
抑えていたグミへの想いが溢れ出し、カコニは再び声を詰まらせる。
「もう2週間だよ、意識無くなってから。目覚めるよね……」
「目覚める。みんな信じてる」
「でも不安だよ、ここまで来ると……」
「そりゃ皆不安だよ、心のどこかでは。でもグミさんが心置きなく戻って来れるように、ってやってきたじゃん。そこだけはブレちゃ駄目でしょ。ね?」
「そうだ……そうだよ……」
「不安を打ち消すためにこの2週間戦ってきた。どんな悪評に晒されても、グミさんの帰る場所を護る一心で。どうしても不安なら、私にも支えさせて。カコちゃんと違って小さな体だけど、力は強いよ」
「勿論だよ、嬉しい……」
「キャプテンだからって全て背負っちゃダメ。皆と一緒に信じ抜こう」
事前に1人1万円を決済されていたため、追加分で1人2万強を支払った。リーフレットに早乙女氏のサインを書いてもらい店を後にする。

「グミさん帰ってきたら、この店教えてあげよう」
「グミさんには重いかも。サーロイン1口でもたれちゃうから」
「あれカコちゃん、グミさんのことイジってる?」
「いやいや、そんな訳」
「グミさんが帰るまではカコちゃんをいっぱいイジるね。よっ、ナナフシ!」
「そんな細長くない!」
その頃野元は、TO-NA殲滅作戦が順調に進んでいることに鼻高々であった。
「グミが意識不明になって2週間。もう元通りにはならないだろうね。これでTO-NAはボロボロだ!次に潰すのは……Écluneかな。革命家ぶって人を惹きつけようなんて、美しくないね」
しかしÉcluneのプロデューサーはカケルである。カケルへの関与は、彼の恐ろしさを熟知しているFから固く禁じられていた。TO-NA討伐に味を占めた野元は、欲望を抑えきれずカケルへの接触を検討し始めた。
みかわでの夕餉の翌日、カコニはいつも以上に溌剌と朝野球に励む。気持ちが前向きになればホームランだって2本も打てるものである。言問団子を食べてグミの見舞いへ向かうカコニと同期達。
「グミさん、昨日はパルと天ぷら食べてきました。キャプテン像について熱い議論交わしました。グミさんの心強さ、裏での葛藤、パルから聞きました。もっとグミさんから学びたいことがあります。だから帰ってきてください。一緒にみかわ……」
するとグミの目が開いた。意識が復活したのである。
「グミさん!わかります?カコニです私!」
「鳩が……鳩がいたの……」
「えっ?」