昨年の独立騒動を乗り越え人気を取り戻した女性アイドルグループ・TO-NA。しかしメンバーの卒業が相次ぎ、特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)としてグループを支える渡辺タテルは新メンバーを募集することにした。
一方、独立騒動の結果業界から追放されたTO-NAの前プロデューサー・Fは、芸能事務所DP社社長の野元友揶(のもと・ゆうや)に声をかけ、「世界一を目指す女性ダンス&ヴォーカルグループ」のプロデュース、そしてTO-NA潰しを依頼する。
野元が週刊誌と手を組みタテルの悪評を垂れ流したことにより、TO-NAのオーディションは辞退者が続出。野元のオーディションで不合格になった訳あり候補生をTO-NA側に送りつけTO-NAオーディションの破綻を狙うが、タテルはその候補生を続々採用。真摯に向き合い問題を解決していく。
*物語の展開は実在の店舗・人物・団体と全く関係ございません。
アパーランドの皇帝(=カケル)は、世間の関心が絶えてからもガールズバー襲撃事件の動向を追っていた。店員を自分の物にできると勘違いした痛い男が性暴力を働いたのに無罪放免とは、冗談きつすぎだぜ。世論の読み通り、男は元店員らしき女性を殺そうとした。我々がいなかったらもっと酷い事件が起きていたんですよ。これでもこの国は男に温い刑を下すと判断し、我々は男を拐いました。
警察はこの期に及んでも、アイドルグループÉcluneのプロデューサー・カケルが「アパーランドの皇帝」であることを掴めない。アパーランドはカルト的人気を集めており、ネットでは捜査する警察を冷笑する声も強まっている。
一方、エリカを庇い殺されかけたタテルは、帰りの半蔵門線の車内で突如鬱状態に陥った。最寄駅からTO-NAハウスへエリカを送り届ける際も言葉を発さず、消え入るような声でおやすみを言ってエリカと別れた。
翌日、タテルは1週間の休養を申し出た。
「私のせいですよね、昨晩あんな目に遭わせてしまって」
責任を感じるエリカを、TO-NAキャプテン・グミが宥める。
「エリカちゃんのせいじゃない。今年に入ってからTO-NAは色々あった。風間さん騒動、嫌がらせのように飛び交うCLASH砲でオーディション辞退者続出、TO-NAメンバーの外番組出演も少なくなった。そしてタテルくんには京子との破局もあった。いつメンブレしてもおかしくなかったんだ」
「……」
「私たちは私たちの活動に集中しよう。余計な心配はするなって大久保さんが言ってた。TO-NAは負けない。だからエリカちゃんも負けないで」
肩をトントン叩いて、エリカへの激励とした。
翌日、TO-NAの新メンバーがお披露目される。自宅で静養中のタテルもリモートで様子を見守った。メンバーを差し置いて要らぬ演説をする野元みたいな捻くれ者はいなかった。
新メンバーは1次審査から上がってきた人が2人、野元にお裾分けされた途中参加者が6人、合わせて8人である。
「彼女たち5期生は1ヶ月後の7月3日、トリフォニーホールにて単独ライヴ『お見立て会』に挑みます。オリジナル曲の制作、特技の練習など進めております。キャパは小さめですが、興味のある方は是非お越しください」
YouTubeの同接視聴者数は2.5万。世間はTO-NAを見限り、THE GIRLSに関心を寄せているようであった。
会見が終わって1時間後、野元がタテルを見舞いにやってきた。
「はいメロン。1人じゃ多いかな?まあゆっくり食べなさい」
「ありがとうございます……」
「殺されかけたんだってね。ご愁傷様。殺された方が楽だったんじゃない?」
「な、何てこと言うんですか!」
「あら失礼。僕、思ったことはすぐ口にしちゃうんだよね」
「貴方のグルメブログ見てりゃ何となくわかります。病人にかける言葉じゃないですよ、謝罪してください」
「じゃあメロンは返してもらうよ。金目の物贈ったんだから好き勝手言ってもいいよね」
「メロン返します。帰ってください」
「同接少なかったね。性格悪い人の手がけるグループは質が低いこと、漸く伝わったようだよ。僕があげた候補生、結構採用したようだね。あんなゴミみたいな人たちを」
「ゴミ?アンタそんな風に思っていたのか」
「どう考えてもゴミだねあれは」
「アンタが向き合おうとしなかっただけだ。俺は飯食ってちゃんと話した。みんな能力も高い、心から欲しいと思えた人材だ」
「負け惜しみ言っても、心は楽にならないよ。あ、書類だけ置いてくね。君には必要になるだろうからね、読んでおくといいよ。それじゃ、お大事に」
「もしもし大久保さん?実は野元が俺の家に来て……」
事の顛末を大久保に伝えるタテル。
「噂通りのたぬき親父だな野元」
「ですよね。風営法の資料置いてくなんて、いかつい冗談ですよね」
「それはただの侮辱だ。野元はTO-NAをキャバクラだと見ているのだろう」
「失礼な。こっちだって本気でアーティストやってる」
「野元のことは忘れなさい。海辺の保養地にでも行って、デジタルデトックスしてきたらどうだ」
大久保に言われた通り、タテルは九十九里のサンライズホテルで何もしない時間を過ごすことにした。しかしこの間にもCLASH砲が炸裂する。
TO-NA新メンバー・フワリ、半年前まで同級生と交際していた!相次ぐスキャンダルの発覚、TO-NA運営の身辺調査の甘さ露呈
「フワリ、本当なのかこれは?」
「えぇ?嘘ですよ」
「本当に嘘なのね?もしクロなら君だけじゃなくメンバーやスタッフにも迷惑がかかる。それでも嘘ということでいいのね?今なら戻れるよ、やったのなら正直に言おう」
「……彼氏いました。でも!」
「いいか。独立によって多少は緩くなったとはいえ、TO-NAみたいなアイドルグループにおいて恋愛経験がある者を応援してくれる人は少ない」
「何それ意味わかんない」
「アイドルとは擬似恋愛を商う職業だ。恋愛禁止の風潮を疑問視したい気持ちも解るが、現時点では叩かれる覚悟をしなくてはならない」
「はぁ……だからアイドルは嫌だと言ったのに」
「じゃあどうしてTO-NAのオーディション受けた?」
「芸能界入りたかったから。一番近道そうだったので。でも大変でしたよ、合宿レッスン厳しすぎて」
「あのさ、ナメないでもらえる?そういう態度だと面倒見れない俺たちも」
「辞めたくはないな」
「とにかく反省はしてくれ。こっちとしてもなるべくクビにはしたくない。周りの迷惑になるようなことは絶対するなよ。いいか?」
「は〜い」
メンバー、そしてタテルにはこの件を伝えないことにした大久保。精神的負担をかけさせまい、という大久保なりの配慮であった。
太平洋を眺め無になったタテル。休養は1週間で済み、フワリのスキャンダルを知ることもなく戻ってきた。ダイニングのテーブルに座っていたタテルの元へ、メンバーのナノが通りかかる。
「タテルさん、結婚式行くんですか?」
「ああ。祝儀袋書くの難しくてさ」
「なるほど。……」
「書き方おかしい?」
「いや、それはわからないんですけど。タテルさん、人の結婚とか興味無さそうで」
「誤解だよ。招待されたら行くよ、酒が飲めるから」
「動機が不純です」
「冗談だよ。大学時代の友人なんだけど、色々騒がれている俺でも出席を許可してくれた。面白くて、でも学問や仕事には真面目ないい奴なんだ。何が何でも行くさ」
「素晴らしいですね。やっぱりタテルさんお優しい」
「そうだ、ちょうど今日会場のレストラン予約してるんだけど、ナノ来る?」
「ブログの下書きと『今日の上目遣い』撮影は済ませたから……行けます!」
「良かった。あともう1人、新メンバーのフワリを連れて行こう」
「フワリちゃん!未だ話したことないから楽しみですね」
18時、ナノとフワリを連れてTO-NAハウスを出ようとするタテルは大久保と出くわした。
「タテルくん、また食事かい?」
「はい。2人を連れて」
「フワリと?えっ、はっ、あっ……」
「佐藤二朗さんみたいなリアクションですね」
「フワリがどうしました?」
「いや、何でもない。ごめん。フワリ、色々学んできなさい」
大久保の普段見せない動揺に違和感を抱きつつも、予約時間に遅れぬよう急いでタクシーに乗り駅に向かう。

明治時代のとある伯爵が住んでいた邸宅をリノベーションしたスパニッシュレストランに到着した。
「おお、これはお素晴らしいお宅で」
「言葉が丁寧すぎるよナノ」
「貴族になった気分でございます」
「ちょっと古臭くないですか?」
空気を読まないフワリ。
「なんかもっとスタイリッシュな店に連れてくれるのかな、と思いまして」
「スタイリッシュが全てじゃない。歴史的建築の中で食べる趣だって認めるべきなんだぞ」
マダムらしき柔和な店員に案内され店内へ。年季の入った建物のため床はミシミシいう。行儀を気にするナノは抜き足差し足を心がけて歩き、広さのあるダイニングにたどり着いた。
「漸く高級店らしさを感じました。楽しみです」
「フワリはこういう店、よく行くの?」
「行かないです。ウチそんなお金ないので」
「まあそれが普通ですよね。私もグルメとは程遠い存在なので」
「キラリンの焼き鳥トークでも口あんぐりだったもんね」
「びっくりしちゃいまして。20歳なりたてで1人焼き鳥やカウンター寿司は考えもしないです」
「俺高1で1人フレンチ行ってたけど」
絶句するナノとフワリ。
「ほらこうなる。そんなにおかしなこと?」

変わり者のタテル、ドリンクは4杯のワインペアリングとした。まずはカタルーニャのスパークリングワイン。グレープフルーツのようなニュアンスで爽やか。

小さな前菜を2品。

まずは加賀太胡瓜や緑トマト、セロリなど緑系の野菜で作ったガスパチョ。ベースとなる味が濃厚であり、胡瓜の青さとトマトの酸が光って多様な味わいを形成する。

もう1品はマッシュしたじゃがいも・かぼちゃの上にピーカンナッツ・アンチョビ・セミドライトマトを載せた、小さくも複雑な一口前菜。がっしりしたベースの上で、ナッツの香ばしさ・アンチョビの塩気・トマトの酸味うまみ全てが活躍する絶品である。
その頃野元はエイジを渋谷のフレンチレストランに誘い出し、相変わらず不適切な偏見をひけらかして欲求を満たす。
「エイジ君は結婚とか考えているのかい?」
「考えてません。一流の役者になることが第一です」
「結婚式って出席したことある?」
「無いですね。お金無いので御祝儀が用意出来ません」
「無理して行くことは無いね。披露宴の料理なんて、盛り付けに華が無いし食材も大したことない。オペレーションの効率化と万人受けしか考えていない粗末な食事なんだよ」
「行かなくて正解ですね」
「そういう食事でも美味い美味い言って食べている、タテルみたいなお気楽グルメ(笑)とは違うからね僕」
「危うく駄目な店に連れて行かれる所でした」
「タテルは何でも受容しようとする人種だ。粗悪な物でも良さを見つけたい、って言ってたよ。お利口さんだね。お利口さんでは社会、上手く渡っていけないよ」

そのお利口さん達は、冷前菜・縞鯵の柑橘マリネを戴く。鯵自体は身が引き締まっているものの味わいは鈍い。ただ西洋料理はチームスポーツである。
「この白いソースはピルピルと言います。鱈のゼラチン質を煮出して、オリーブオイルと合わせ乳化させたもので、煮詰める時の音が『ピルピル』ということから名がつきました」
このピルピルが鯵の身や野菜を包み込み濃厚な味にさせる。さらに黄唐辛子のソースは辛みのアクセントとなる。
「フワリどうだ、TO-NAに入ってみて」
「思ったより大変でした。歌もダンスも経験はしてきたつもりだけど、貴女のそれは通用しない、って言われて」
「そういうものだよアイドルは。だからこそ、チームの強さが肝心なんだよ」
「チーム……でも確かに、ナノさんすごく優しい。立ち位置わからなくて迷っていた私をそっとエスコートしてくれました」
「私もそういう経験あったので、後輩ちゃんにもしてあげようと思いました」
「優しいね、ナノは。フワリ、TO-NAはチームの温かみと強さが武器だ。そのことは常に意識してな」

2杯目のワインは軽めでフルーティなオーガニックの白ワイン。

合わせて帆立のプランチャ(鉄板焼き)を、枝豆を散りばめた帆立出汁に浮かべて。帆立の旨味が出汁にも身にも確とあって素晴らしい。一方でパセリのエスプーマ(泡)はあまり存在感が無かった。
「フワリちゃんって、どうしてTO-NAに入ろうと思ったの?」ナノが問いかける。
「最初からTO-NAを目指してた訳じゃないです」
「あ、THE GIRLSさんのアレでしたね」
「そうそう」
「あそこはレベルが高いですもんね」
「競争激しかったよな」
「でも2次落ちですよ」
「2次で⁈美人さんだし歌も上手いのに」
「まあ野元は…」
「タテルさん、野元『先生』ですよ」
「失礼。野元先生はただ只管に世界最強のグループを作り上げていくと思う。恐らく一切の隙を許さず、メンバーは心の余裕を失うかもしれない。それに比べてTO-NAは、勿論能力も大切にするが『遊び』も重視している。朝は皆で野球したり、夜は皆でゲームしたり。ナノは独特の世界観をもつギャグ作りに勤しんでいる」
「ギャグ?アイドルが?」
「今日現在412個持ってる。今年中には793個作りたいな」
「なら800個目指してよ。なんてゆる〜くやってます」
「全然雰囲気が違いますね。大久保さんは怖い」
「大久保さんはプロデューサーだからね、ちょっと引いた目線から見てるかな。でも優しいよ大久保さん。何か怒られたのか?」
「あ、いえ……」
「何かあったら相談のってくれるし、時々料理してくれるし、小道具も作ってくれる」
「そうなんですか。……」
「多少叱られることは覚悟しないとね。俺だって叱られるのは嫌だけど、人間叱られないと成長しないからね」

続いてはアロスメロッソ。白米と古代米を鶏出汁とパプリカピューレで炊いたリゾットのような料理である。蓮根とチョリソーの微塵切りも混ざっており、チョリソーの旨味がはっきりと染み出していて美味い。上にはセモリナで揚げた穴子のフリット。程良い油加減で穴子の臭みも無いが、アロスメロッソの美味しさにやや圧倒された感じは否めない。
「お料理美味しい。タテルさんのお友達さん、良いところで結婚式挙げられますね」
「俺も思った。憧れるよねレストランウェディング。本当なら今頃代官山のフレンチで挙式してたのになぁ」
「タテルさん、失恋中なんですか?」
「ああ。TO-NAの元メンバーと付き合っててな、でも春に別れたんだよ」
「悲しい。私も気持ちわかります。失恋したら食事が喉を通らなくなる……」
フワリは口を滑らせた。フワリの恋愛経験を悟ったナノの表情が引き攣る。一方で鈍感なタテルは普通に会話を続ける。
「まあ俺の場合は円満な別れだからな。最後の1ヶ月くらいはめっちゃ仲良くして、完全燃焼して別れた。寂しさはあったけど、引き摺る程では無かったかな」
「タテルさん、タテルさん!ちょっと2人だけでお話が」
「どうした?あまり中座はしたくない」
「すぐ終わるので、すみません!」
「フワリちゃん、恋愛経験があるということですよね。まあそれ自体悪いことではないとは思うんですけど……」
「ああ、悪いことではない。でもCLASH砲が容赦しないかも。よし、ちょっと考えさせて」

席に戻って少しすると、タテルに3杯目のワインが用意された。北西部の海辺ガリシア地方で造られた黄金色の白ワイン。最初は塩っぽく、奥からバターっぽいコクが上がってくる。時間が経つと果実味が可愛く纏まってくる。

魚料理はスズキのアサード(焼き物)。フェンネルオイルを入れた魚の出汁に浮かべ、上部左側にはキャビアと粒マスタードを和えたもの、右側にはフェンネルの茎(?)を載せている。スズキの身がしっとりめで、キャビアの塩気が効果的。フェンネル自体も魚との相性が良いため、手堅く美味しい1品である。
「私さっき失恋がどうこう言いましたよね?もしかしてその話を……」
「まあそうだな」
「その件ならもう出てます、CLASHに」
「嘘でしょ……」
「みんながこれ以上精神を擦り減らさないようにと、記事のことは秘密にしてたんです。でも何が悪いんでしょうね?大久保さんからは反省しろと言われたので反省してますけど、心の中ではうっせぇわです」
「某スノーボーダーさんみたいなことを」
「ああ、何が悪いんだろう。別に恋愛なんて自由だ」
「タテルさん⁈」
「恋愛禁止なんて意味わかんないです」
「そうだね。アイドルを推すことはあくまでも擬似恋愛。リアルを犠牲にしてまで推しにガチ恋するシステムは不健全だ。TO-NAが独立したのも、そういった推し活から距離を取りたかったからなんだ」
「そういえばそうでしたね。昔からのファンは減ってしまったけど、その代わり老若男女新しいファンがついて下さった恋愛経験があることに対しては誰も怒らないと思います」
「CLASHが自分の価値観で勝手に騒いでいるだけだ。大久保さんの怒りポイント、違う所にあるんじゃない?怒られた時のこと、よく思い出してみて」

4杯目はラモン・ビルバオの赤ワイン。スペインでは定番の品種・テンプラニーリョを100%使った重厚な果実味。

そこへスペイン食材の代表格・イベリコ豚が登場。プルマという、200kgある体から0.5〜0.8kgしかとれない希少部位を備長炭で焼いている。そのため日本の焼き台のある酒場でよく鼻を擽ってくるあの香ばしさを覚える。肉自体は脂っこさが無くしっとりした仕上がりで、ソースが染みる。右上には茄子が添えられ、その下に灯る赤橙色のソース(トマトにんにくソース?)は情熱の国スペインのしるし。
「そうだ、TO-NAを受けた理由訊かれたんだ」
「何て答えたの?」
「とにかく芸能界に入りたかったから」
「なるほど……」
「ちなみに芸能界入って何をしたいとかあるの?」
「出会いを求めてきました」
「出会い⁈誰と?」
「良い男性いないかな、って」
フワリの不用意な発言に、流石のタテルとナノも表情を失う。
「さすがに動機が不純すぎません?」
「そんな話してなかったよな今まで」
「だってオーディションでそれ言ったら絶対落としますよね?合格するまでは我慢してました。隠すの大変だった〜!本音言えてスッキリしました」
野元は2次審査の後、フワリが「芸能界入ってイケメン俳優と付き合いたい」と発言したショート動画を身辺調査にて発見していた。THE GIRLSには当然不適格と判定、憎きTO-NAに送り込むリストに回した。
「今頃気付いてるかな、フワリの不純な動機。こんな女、グループの士気を下げるだけだよ。辞めさせなければTO-NAは益々キャバクラに近づくね。どんな粗悪でも良い点を探す、フワリに対してもできるのかな?」

黙考するタテルらの元に1皿目のデザートが運ばれた。マイクロバジルに抹茶のグラニテ、パッションフルーツ、フレッシュマンゴー、チョコフレーク。ライチのジュレも入っている。それでいて果実にはグレープフルーツっぽいものもあったような気がする。色々入ってはいるが整合性はとれていて、マンゴーと抹茶の相性の良さを心得た。
「男求めてるようじゃ無理か。男はね、……」
「菊池風磨さん構文やろうとして、最後が思いつかなかった模様です」
「冗談だ。俺がそんなこと言うとでも思ったか。じゃあどうやったらイケメンと付き合える?例えばそうだな、横浜流星さんに振り向いてもらうには何をすれば良い?」
「魅力的な女性になる」
「もう少し具体的に。例えば、現場で一緒になるには?」
「俳優としての地位を高める」
「となると、何をすれば良い?」
「演技力を高める」
「TO-NAだったらできるよ。メンバーでもナオとかは演技仕事してるし、卒業後に俳優やる人も多いし」
「なるほど」
「基本はグループの活動優先だけど、隙間に演技レッスンを受けることはできる。自由時間は減るけど、もし本気でやりたいなら検討してくれ」
「私も演技レッスンやってるけど、受けていて楽しいよ。怖い先生じゃなくて、個性を活かしてくれる良い先生なの」
「それだったらやってみようかな」

デザート2皿目はさくらんぼのタルトと赤すぐり主体のソルベ。ピンクグレープフルーツのジュレも用いて可愛らしく盛り付けてある。果実はそこそこに、タルト生地の仕上がりが一流。ソルベの酸味もよく効いている。
「恋愛の話、もう少し踏み込んでもいいか?」
「質問によりますけど」
「フッたの、フラれたの?」
「フラれました。悲しかったです本当に」
「何年くらい付き合ってた?」
「1年にも満たないです。捨てられました」
「捨てられた……?」
「最初からそういうつもりだったんですよあの人は。私とデートしてる時も、すれ違う女性を見る度に、この子可愛い、あの子も可愛いって私に言ってきて」
「確かに嫌だな」
「偶に言うくらいならOKですけどね」
「半年もしたらすっかり冷めてしまい、一方的に別れを突きつけられました。私は本気で恋していたのに、時間返してほしい!」
「まあまあ。紅茶来たよ、落ち着こう」


紅茶と共に小菓子を。右にはベリーのギモーヴ、左にはベルガモットのゼリー。そして真ん中のクッキーは、ポルボロンというアンダルシアの伝統菓子。雪のように軽く解れる感覚は、ナノとフワリにとっては新鮮なもので、タテルにとっても、アーモンドの香りがあって好印象である。
「良かったら邸内ご覧ください。L’Arc〜en〜CielさんのMV撮影に使われた部屋もありますし、屋上にも行けます」
「見て行こうか。せっかくの歴史的建築物だ」

昭和2年に建てられた邸宅。食堂のテーブルは当時使われていたものそのままである。

ラルクのMVに登場した部屋は、イスラム風に造られたシガールーム(喫煙室)。男達の語り場であったらしい。勿論現在は禁煙である。

2階に上がると、少し当時の生活感というものが見える気がする。

「ここなんか可愛らしい部屋ですね。女の子の部屋だったのでしょうか」
「わからない。ここで結婚式のお色直しとかやるんだろうな」
「文化財の中での結婚式、不思議な感覚ですね」
「ナノは結婚式挙げる?」
「ここだったら挙げても良いかもしれません。和装ができたら最高です」
「できるんじゃない?あっ、あそこから外に出れるみたい!」

昼の暑さも落ち着き、心地良い夜風に吹かれる屋上。眼下に広がる庭には、白き物の集まる一角がある。
「ここで式を執り行うんですかね」
「そうみたい。ちょっとイメトレしておこう。……って何すれば良いんだ?」
「挙式中はすること無いですよ。ただ座っているだけです」
「そうだっけ?流れとか何もわかってない俺」
「挙式やって、それから披露宴です」
「披露宴はご飯タイム?」
「食べることしか考えてない。小杉くんさんじゃないんですから」
「アグネス・チャンさんみたいに言わないで!」

楽しげなタテルとナノの傍らで、フワリは何故か涙ぐんでいた。
「どうしたフワリ?」
「フラれたこと思い出すと……」
「フラれて悔しいか」
「はい……」
「じゃあ見返してやればいいじゃん」
「見返す?」
「フワリがビッグになって、目的通りイケメン芸能人と結婚する。そうすればフった相手は後悔するかもよ、宝が手元にあったのに逃した、って」
「そうなったらザマァですよ」
「芸能界入りの動機は正直不純だったけど、なんか上手く繋がったね。怒りのエネルギーは強い。それを自分自身に向けて鼓舞すれば、君は正真正銘の芸能人になれる。それも歴とした才能を持つ、讃えられるべき一流芸能人にな」
「まだ始まったばかりですけど、TO-NAに入れて良かったと思えます。認められるように頑張ります!」
「私も支えるから。無理せずにね」

最後に庭を隈無く見て帰る。
「グリル台ありますね。もしかしてパエリア作れます?」
「そうだね。この庭で乾杯酒とピンチョス、〆のパエリアとかやるみたい」
「私も結婚式はここで挙げようかな」
「運命の俳優さんと、か。その時は俺も呼んで」
「勿論です。メンバー皆さんご招待しますよ!」

この後TO-NA側は正式に、恋愛経験があって何が悪い、TO-NAは純粋なアイドルとは違うから恋愛禁止は謳わない、などとCLASH記事に反論した。もちろん反感も多く買ったが、毅然とした態度に好感を抱く人も増えてきた。野元はそれが気に入らない。
「面白くないね、TO-NAの好感度が上がっているようじゃないの」
「あんなルール違反を認める世間がどうかしてます」
「言うだけじゃ駄目だよ。早く流れ止めないと、この国のエンタメが廃るんだよ!」
「ご安心ください。TO-NAスタッフのこと、尾行してます。浮いた振る舞い撮れたら記事にしますよ」
「頼むよCLASHちゃん。ここが一番の勝負どころだからね。思想の強い色物カルトグループには退場して貰わないと」
友人の結婚式当日、タテルはやけに緊張していた。祝儀を渡す前にウェルカムフードに手をつけ、式中には滝汗、ブーケトスの際には1人お手洗いに行って出席者達を待たせてしまうなど粗相が絶えなかった。
「はぁ、俺ってマジで無様。スマートな振る舞いをしたいものだよ。……えっ⁈」