連続百名店小説『続・独立戦争 上』HEAT 07「やっと見つけた居場所」(産直屋たか/神泉)

昨年の独立騒動を乗り越え人気を取り戻した女性アイドルグループ・TO-NA。しかしメンバーの卒業が相次ぎ、特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)としてグループを支える渡辺タテルは新メンバーを募集することにした。
一方、独立騒動の結果業界から追放されたTO-NAの前プロデューサー・Fは、芸能事務所DP社社長の野元友揶(のもと・ゆうや)に声をかけ、「世界一を目指す女性ダンス&ヴォーカルグループ」のプロデュース、そしてTO-NA潰しを依頼する。
野元が週刊誌と手を組みタテルの悪評を垂れ流したことにより、TO-NAのオーディションは辞退者が続出。野元のオーディションで不合格になった訳あり候補生をTO-NA側に送りつけTO-NAオーディションの破綻を狙うが、タテルはその候補生を続々採用。真摯に向き合い問題を解決していく。

*物語の展開は実在の店舗・人物・団体と全く関係ございません。

  

サークルの先輩弁護士・山本と打ち合わせするタテル。相次ぐCLASHの下げ記事に疲弊していた。

  

【風間問題】TO-NAスタッフ・渡辺タテル、風間を「恩人」と称して大炎上…ハラスメントへの意識の低さを露呈
「俺は『恩人だけど、やったことは犯罪でもおかしくない。がっかりだ』と言った。なのに風間さん批判の部分を根こそぎ無視してるんですよ」
「明らかな印象操作。なのにヤホコメはCLASHに迎合してやがるもんな。おかしな話だ」

  

TO-NAスタッフ・渡辺タテル、少子化礼賛発言に批判殺到「この国を潰す気か」「東大卒なのに浅はか」
「今少子化対策をしても都心の人口過多が進むだけ。先ずは地方創生を進めて、全国各地の人口分布を均してから本腰を入れるべきだ、と伝えたかったのです」
「読解力の無い人を煽るCLASH、放っておく訳にはいかないねやっぱり」
「ええ」
「巨悪と対抗するには数が必要だ。仲間の弁護士に聞いたら、CLASH砲の被害者を10人ほど集められた。原告団を結成して闘おう。あとそうだ、野元の件でも相談者が来ている」
「相談者、どんな人なんですか?訊いて良ければ」
「料理人。野元のグルメブログのせいで売上が落ちて精神を病んだんだって」
「納得です。絶対そういう人現れると思ってました。野元って、狭量で謙虚さの欠片も無い、知識はあっても思い込みが激しい、自分の過ちに気付けないたぬき親父なんですよ」
「タテルくん落ち着いて。気持ちは解る、だからブログ記事の削除または修正依頼を求めて訴えを起こしている。今これ以上は喋れないけど、野元もそのうち、大人しくしていられなくなるんじゃない?」
「山は少しずつ動いている。そう信じます」

  

事務所に戻ったタテルに、大久保が険しい表情で駆け寄る。
「CLASHがまたTO-NAを虐めてきた。新メンバー・エリカのことだ」
「エリカ?美人さんだし熱意もあるし、何も問題無さそうですけど」
「水商売やってた、と言われてる」
「嘘でしょ?いや絶対嘘。CLASHの言うことですよ、信じられます?」
「気持ちは解るが本人に事実確認した方が良い。ただでさえTO-NAには悪いイメージがついてファンも減ってきている。一部音楽番組からはオファー来なくなったし」
「また圧力ですか……勘弁ですよ」
「それに抗うためには、正々堂々としないと。嘘が一番良くない。ちゃんとエリカと話するぞ」

  

エリカを呼び出した大久保とタテル。
「CLASH砲が君に飛んできた」
「やっぱり……」
「事実、ということか?」
「はい。隠してしまいすみませんでした。クビですよね私?荷物纏めて…」
「待て。何故辞める必要がある?」
「TO-NAに変な色がつくのが…」

  

「つかねえよ。つけさせない」
「大久保さん……」
「タテルくん、今日俺と日本酒居酒屋行く予定だったよな。エリカを連れて行ってあげたらどうだ?」
「日本酒好き?」
「はい、大好きです」
「じゃあ一緒に行くか。ゆっくりでいいから事情を話してほしい」

  

19時を少し過ぎた頃、神泉駅に降り立ったタテルとエリカ。路地に入り階段を登る。渋谷の中心から少し離れてはいるが、壁に落書きがあったりして少し治安が悪い気もしなくはない。
「私ここよく来てます。そういう街なので」
「察した。詳しくは喋らないでおくよ」

  

地下にある居酒屋は19:15開店であるが、それまで入店できないため向かいの駐車場で立って待つ。
「暑い〜。5月なのに猛暑って何事?」
「猛暑…ですかね」
「俺暑がりなんだよ。よくブーツ履けるねエリカ」
「ブーツ……履かなきゃダメなんです。足に傷があるので、サンダルはちょっと」
「おぉ、それはごめん……」

  

蟠りを抱えながら入店する2人。原則1人客と3人組の来店ができない、乾杯のビール以外は全て日本酒、写真撮影禁止、お残しや粗相は罰金など厳しいルールは多いが、いざ入ってみれば女将は柔和だし、大将も声は通るが怖い人ではないので安心である。

  

*写真撮影禁止のため料理の画像はChatGPTに再現してもらいました。人工的な質感で一部お見苦しいものもあるかもしれませんがご理解のほどよろしくお願いします。

  

乾杯のビールは、グラスでもいいのだが日本酒をメインで楽しみたいため1口サイズとする。
「はぁ、ビールってこんな美味しいんですね」
「不味いビールばかり飲んできたのか」
「飲まされた、って感じですね」
「飲まされた、か」
「お陰で肝臓は強くなりました。今日はたくさん日本酒飲みましょう」
「量を競うんじゃなくて、ちゃんと味わうんだぞ。それが一流人たる嗜みだ」

  

日本酒はカウンターの隅にある冷蔵庫に入っていて、女将にお勧めのボトルを席まで持ってきてもらい(気になる銘柄を選ぶことも可能)、そこから自分で担いでグラスに注ぐシステムである。そのため量は自分で調節可能。タテルは各銘柄60〜70mLを注ぎ、エリカはタテルに負けじとそれより気持ち多めに入れていた。

  

最初の日本酒は、赤いラベルが特徴的な而今 雄町 生。水のような清らかさの奥にメロンのようなフルーティさがあり、最後はキリッと締まる。
「やっぱ日本酒はこうですよね。綺麗なやつじゃないと」
「汚い日本酒でも飲まされてたのか」
「いえ、綺麗なの飲んできました。常連さんが綺麗めの日本酒持ってきてくれたので」
「常連って、あの?」
「はい、ガールズバーの。でもその人は良い人ですよ、暴れることも無くて」

  

絶対ハマグリちゃうやろこれ笑

出てくる料理は全て海鮮ものである。まずは別府湾の特大蛤2粒を、32粒分の濃い出汁に浮かべて。ひだ状の部分は食感を、ふっくらした部分は磯の味わいを楽しむ。
「もし良かったら、ふっくらした方食べる?俺あまり蛤の身は好きじゃなくて」
「嬉しい!食べます食べます!」
「食いつき良いね」
「こんな美味しいもの、初めて食べるので。うちとにかく貧乏で、ごはんには不自由してました」
「何となくそんな感じはしてた。水をやらなきゃいけないくらいだったのか」
「……そうです、ね」

  

グラスは1人1つを使い回すため、卓上の水(貴の仕込み水)で洗って(和らぎとして)飲み、新たな日本酒を注ぐ。

  

次の日本酒は、みむろ杉 特別純米 辛口。やはり水のように澄んでいつつも、辛口らしくキリッとしている。

  

「私が10歳の頃、浮気が原因でお父さんが出て行きました。お母さんは2年後に再婚して、間も無く私に弟ができました。すると母も再婚相手の男も、弟のことばかり可愛いがりました。私なんてどうでも良くて、口出ししたら叩かれました。やがてその男も浮気して家を去りましたけど、母は相変わらず私を虐待してきます。そこから逃れるために、夜の仕事を始めたんです」

  

大根は実際には1/4カット×2切れ。これは僕の指示不足。

魚介出汁で炊いた大根。出汁の旨味が染みていてほっこりする。積年の思いが溢れ出したエリカは涙していた。
「つらかったな。俺がどれだけ頑張っても、君の苦しみを完璧には理解してあげられないかもしれない。でも救いたい気持ちに嘘偽りは無い。誰から何と言われても、逃げちゃダメだ」
「こんなに優しくしてくれる人、初めてです。信じて……いいのですか?」

  

人間不信のエリカ。タテルやTO-NAスタッフのことを怪しんでいた。
「信じてほしい。俺には責任がある。TO-NAを支える屋台骨としての」

  

黒龍大吟醸crystal dragon。まさに龍のようなマッシヴな背景を持つ甘み。

  

実際は2切れだったと思う。

大分朝獲れ鯖を生で。身がしまって噛みごたえのある部分と、柔らかい部分とのコントラストを楽しむ。胡麻の香りも段々と馴染む。

  

「TO-NAは去年大物プロデューサーの元から独立した。それを煽ったのは俺なんだ。独立したら潰されること、目に見えていたのに。実際圧力かけられた。想像以上に強かったよ。でもここで逃げ出したら人じゃないだろ」
「そうですけど」
「責任があるから、俺は人気回復に奔走した。それはもう命懸けだった。実際に殺されかけたこともある。それでも責任があったからめげなかった。お陰で今日のTO-NAを運営できている」

  

福海 山田錦 火入れ。ガス感から旨味が出てくる。それが落ち着くと、ちょっと尖りのあるフルーティな味わいを感じた。

  

そこへ淡路島の鮑が丸々1つ。めかぶ・とびっこ・山葵とかき混ぜる。鮑のグニグニした食感を、めかぶの粘り気と山葵の爽やかな辛みが支える。三陸海宝漬をイメージすると良いだろう。贅沢な小鉢を前にして、エリカの表情もすっかり緩んでいた。

  

「タテルさんのことなら、信じても良いのかな、と思います」
「ありがとう」
「タテルさんは、野元先生にも見放された私を拾ってくれた救世主。そう信じます」

  

一方で野元プロデュース・THE GIRLSの面々は、何故かエイジの演技レッスンを受けさせられていた。まず発声練習として課されたのは外郎売。滑舌を鍛える教材として有名なものである。エイジは業界に入ってから1万回以上読み込んでおり、指導にも熱が入る。
「違う。何だその声の調子は?バスガイドみたいな喋り方するなハキハキと喋れ。温いんだよ!」

  

一段落の半分も進まないまま、5時間が経過する。
「お前らさ、内容理解足りてないんだよな。役者は台本渡されたら瞬時に情景を描くんだよ。お前らは噛まずに喋ろうと思って文字しか見てない」
「すみません。でも私たち役者では…」
「甘ったれるな!歌やダンスをやる上で演技力は欠かせないんだよ。それも分からないのか?歌詞や振り付けも、与えられたものを何も考えずに口にしたり体動かしたりしてるんでしょうね。態度も最悪。一流からは程遠いよお前らは」

  

一方で平和主義のタテルは、水色のラベルが特徴的な貴 特別純米を注ぐ。軽くほぐれていく辛口。料理と合わせて背景が濃くなる。酒造と懇意にしているのだろうか、貴のボトルがカウンターの前にずらっと列べられていて、和らぎにも貴の仕込み水が用いられている。

  

「エリカはTO-NAに来て良かったと思う。あまり言いたかないけど、仮にTHE GIRLSに入っていたら、野元先生の言いなりにされるだけだったかもしれない」
「野元さんのこと、あまり解ってないんですよね。わざわざTO-NAに斡旋してくれるなんて、寧ろ良い人だと思ったのですが」
「THE GIRLSの面々を見て感じた、野元先生は潔癖なんだと思う」
「そう言われるとそうですね」
「兎に角スキルが高くて、兎に角揃っていて、兎に角清廉潔白な人を求めているんじゃない?」
「だから個性の強すぎる人とか、闇を抱えている人を弾いたのでしょうか」
「断定はできないけどね」

  

生本まぐろ頰肉のレアステーキ。薄い部分は焼魚の美味しさ、厚い部分には生魚の弾力。鮪本来の脂が程よく香ばしい味付けと融合し兎に角美味い。

  

さらにここで絶品の日本酒を合わせてもらった。栄光冨士 龍吟虎嘯。十四代の蔵元が開発した米「羽州誉」を使用している。黄金のような口当たりで、円やかさと鋭さの二面性がはっきりした興味深い酒である。
「実は私、もっと深い闇を抱えているんです」
「深い闇?」

  

野元はこの闇を知っていて、TO-NAのオーディションに送り込んでいた。
「エリカは確かに美人だ。だが腕にはアレが残っている。それも知らずに採用したのかいタテルは?」
「そうでしょうね。彼女は普段から長袖です、こんな暑いのに」
「怪しいと思わないのかね普通?まあタテルは、人の足元しか見ないからね」
「足フェチですもんねあの人」
「それは知らないけど、タテルの浅い思慮のお陰でTO-NAはパワーダウン不可避だね。彼女は腕の出る衣装が着られない。1人でもそういうメンバーがいれば、全員がそれに合わせなければ見映えが悪い。露出のある衣装はお払い箱、厚ぼったい服着て重苦しいパフォーマンスしかできなくなるね。そんなTO-NA、誰が応援するのかね」

  

食事の場であることを慮り、漠然とした表現で腕のことを打ち明けるエリカ。それでもタテルは事実を確と認識する。
「なるほど。でも安心して、今は特殊メイクで隠すことができる。照明を浴びても不自然な光り方をしないメイクというものがある」
「お高いですよね……」
「メンバーが金のことを心配するな。TO-NAの活動に関わる範囲は全力でサポートする。委ねてくれ、エリカはTO-NAに必要な人なんだから」
「タテルさん……」

  

オーソドックスな鶴齢純米は、米の旨味を素直に表現。

  

そして店主が丹精込めて仕立てた蟹味噌。蟹の旨味と味噌のコクが堪らない。鶴齢と合わせて身に染みるものである。

  

「実はガールズバーで働いていた時、変な客に絡まれていたんです」
「それはまた大変なことを……」
「最初会った時から怖い見た目をしてましたが、接客してみると意外とフレンドリーな方で、楽しくお話ししてました。常連にもなってくれて、バーのイベントにも顔を出してくれるようになりました」

  

くどき上手から、甘口と辛口のブレンドものが登場。辛口の口当たりから甘口へジェットコースターのように印象が変わる。

  

「距離感が段々縮まって、男は勘違いを始めるようになりました。彼がいつも頼むビールをきらしていた時、すみません今日は品切れです、と伝えたら、男は私を怒鳴りつけました。腹の虫が治らなかったのか、灰皿まで投げつけてきました。……」
「あまりにも凄絶すぎるな。ゆっくりでいいぞ」

  

羽根屋 特別純米 しぼりたて生。先出の鶴齢のように忠実な米の旨味に心を落ち着かせる。

  

次は生牡蠣であるが、NGにしているタテルには代打として鰊の乾き物が登場した。鰊らしい少し甘みのある旨味が凝縮されており、これもデフォルトで出せば良いのに、と思うくらい美味い。

  

「でも灰皿を投げつけた後はいつもの穏やかな態度に戻りました。折角の常連さんだし無下にする訳にもいかないと思って、出禁にはしなかったのですが、ある日男は私を密かにご飯に誘いました。それから週に2回くらい、サシで世間話や悩み相談をされました。自分は精神疾患を抱えていて、家族にも理解してもらえない、エリカちゃんと話す時間が唯一病から解放される時間だ、と言い張るのです」
「寂しかったのかその男。でも密かに店員を誘い出すのは勘違い甚だしい」
「そのうち店では暴言暴力を頻繁に働き、遂に出禁処分が下りました。エリカにも会うな、と通告され男は激怒。女性店員を殴りつけ警察に逮捕されたのですが、不起訴で釈放されました。報復が怖くて私は店を辞めました。でも家に居場所も無いし、人生をやり直すにはどうすれば良いか考えた結果、芸能界を目指しました」

  

全てを話し切ったエリカの目には涙が浮かんでいた。
「つらかったな。本当によく来てくれた。TO-NAの皆は優しい。エリカが出会ってきた人達の誰よりも優しい。安心して身を置きなさい。そして自分を高めなさい」

  

風の森 露葉風807。風の森らしい柔らかい口当たりにフルーティーな甘み。

  

そこへ高級魚クエの焼き物が登場。肉厚でふわっとした身から脂が上品にたっぷり溢れ出す絶品。これにはタテルまでもがうっとりしてしまう。
「すっかり気持ち良くなった」
「上品に酔ったの初めてです。いつも飲まされてばかりだったので」
「飯もちゃんとしてるからね。火が通っているものが多くて個人的には満足」
「生魚嫌いなんですか?」
「嫌いではないんだけど、刺身盛り合わせとか来ると萎えちゃう。刺身に頼らず様々な芸当を見せてくれるから楽しいね」

  

一方でこの食事会の1週間前、とある人物がニュース番組を流し見していた。
「はぁ、猫も杓子もショーヘイ・O。野球好きな人ばかりじゃないんだからさ。それよりあのニュースの続報は?容疑者は起訴されたのか?」

  

宗玄という日本酒。この辺りから日本酒の詳しい味をあまり覚えていない。

  

とらふぐの白子。大ぶりの身からダイナミックに溢れ出す濃厚なエキス。

「エリカは歌が秀でていると思うんだよね」
「ありがとうございます」
「少なくとも俺は、新メンバーの中で1番だと思ってる。歌習った経験は…」
「無いです」
「そうだよな」
「あ、でも例の男とカラオケ行った時、褒められはしました」
「まあそれはノリで言ったのだろうけど。君の歌声は正当に評価されるべきだ」
「でも先生怖い……」
「それは、君の能力が高いからだ。あの先生は伸びる人には全力でぶつかる。君が今まで出会った怒りん坊と違って、君を認めているからこその厳しさだ。ここを耐えれば、エリカは一生涯の居場所を確保できる。頑張れるか?」
「頑張ります。でもつらくなったら、タテルさんに相談しても良いですか?」
「勿論さ。俺は皆の応援隊長だ」

  

腹の満ち具合を店主に確認される。余裕のある人はご飯物を2種類戴くことができる。

  

どっちかというとホッキ貝

全員に出る〆は赤貝ご飯。白飯に赤貝、少しの薬味しか載せていない、まさに漁師の飯である。芸が無いと怒る人もいるのだろうが、酔いが回った体は凝った物よりシンプルなものを欲する。

  

ここで初めてタテルが銘柄指定する。涼やかなボトルでお馴染み水芭蕉のスパークリング。炭酸がありつつ米の貫禄も感じる粋な1杯。

  

「エリカには逆風が吹くことが予見される。でも負けてはならない」
「覚悟はしています」
「過去から這い上がろうとする人を、誰も邪魔してはならない。確かに味噌のついた人を毛嫌いする風潮は強まっている。だがこの国には未だ、人がやり直せる環境は残っている。俺はそう信じたい」
「絶対に折れない。私はスターになる。誰に何を言われようとも、乗り越えて見せます」
「そう来なくっちゃ」

  

最後の飯はホタルイカご飯。またもや何の捻りも無い飯であるが、兎に角ホタルイカが美味いことがわかる。

  

THE GIRLSの演技レッスン終わり、野元はエイジを呼び出した。
「エイジ君お疲れ様。演技レッスンは上手くいったかい?」
「舐めてますねアイツら。やる気無さ過ぎです」
「それは災難だったね。僕からもきつく叱っておくよ。このままだと、キャバ嬢をメンバーに採るようなTO-NAに負ける、とね」
「キャバ嬢⁈そんな人採用したんですかあの野郎?」
「ああそうだ。タテルはどうやらTO-NAをキャバクラにしたいみたいだね。個性を売りにしておきながら個人名が浸透していない。実力も無い以上、メンバーは将来水商売するしかなくなるだろう。その予行演習として、キャバ嬢を雇ったという訳だ」
「とんだ破廉恥野郎ですね」
「とはいえ、TO-NAのメンバーはキャバ嬢やるにしても人気取れないだろうね。河原の石に水かけても、汚い色が濃ゆくなるだけだ。いずれ荒波に流されて、何も無い大海原に漂うだけのちっぽけな存在だよ」

  

廣戸川の純米酒で食事を締め括る。2人が店を出る頃には、22時を既に回っていた。誰もいない暗い路地を歩く。
「皿出しのテンポが遅い、なんて文句書いてるたぬき親父いたけど、全然そんなこと無かったね」
「これだけ楽しんで1人12,000円ですもの。何が気に食わないんですかねその人」
「文句言う自分に酔ってるだけさ。己を慰めるのに他人を使わないでもらいたい」

  

その時、正面から男が襲いかかってきた。男はエリカめがけて突進してくる。
「そこにいたかエリカ!ぶっ殺してやる!」

  

タテルが咄嗟にエリカを庇う。刃物の先がタテルの胸に触れようとする。

  

すると、傍道から黒ずくめの集団が現れ男に体当たりする。刃物は空を切り、男は車に押し込まれ連れ去られた。

  

「タテルさん大丈夫ですか⁈」
「ああ。紙一重だったな……」
「誰もいなくなってる。刃物持ってた人、例の男です」
「バー店員を襲ったあの?」
「はい……」
「嘘だろ?そいつどこ行った?」

  

30分後、刃物男連れ去りの犯行声明が出た。差出人は「アパーランドの皇帝」。つまりカケルが秘密裏に関わった犯行である。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です