昨年の独立騒動を乗り越え人気を取り戻した女性アイドルグループ・TO-NA。しかしメンバーの卒業が相次ぎ、特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)としてグループを支える渡辺タテルは新メンバーを募集することにした。
一方、独立騒動の結果業界から追放されたTO-NAの前プロデューサー・Fは、芸能事務所DP社社長の野元友揶(のもと・ゆうや)に声をかけ、「世界一を目指す女性ダンス&ヴォーカルグループ」のプロデュース、そしてTO-NA潰しを依頼する。
野元が週刊誌と手を組みタテルの悪評を垂れ流したことにより、TO-NAのオーディションは辞退者が続出。野元のオーディションで不合格になった訳あり候補生をTO-NA側に送りつけTO-NAオーディションの破綻を狙うが、タテルはその候補生を続々採用。真摯に向き合い問題を解決していく。
*物語の展開は実在の店舗・人物・団体と全く関係ございません。
TO-NAサイドは弁護士を立ててCLASHと争うことにした。
「ご無沙汰しております先輩」
「おうタテルくん。すっかり人気者だね。お笑いサークルではスベりキャラだったのに」
「スベってましたね俺。でも今は堂々とテレビやってます」
「それは良かった。それで例の週刊誌の件、これは弁護士業界でも話題になっている。SNSのごく少数の悪口を見出しにして恰も多数意見のように見せ不当にタレントのイメージを下げているって、多くの芸能事務所が弁護士に相談してる」
「やっぱりそうなりますよね。人としてどうかと思いますもん」
「俺も同感だ。ただ奴らはしぶとい。強力なバックがいるみたいだ、訴訟起こしても言い包められてしまう」
「手強そうですもんね。ネット民も迎合してますし」
「ネット民は相手にしちゃダメさ。アイツらの感覚が通用したらこの国は成り行かなくなる。正義は勝つ、しっかり戦おう」
「ありがとうございます先輩。実は噂ベースなんですけど、DP社の野元社長がCLASHと手を組んでるらしくて」
「なるほど。確証は無い?」
「無いです。ただ、野元社長からオーディションの候補生を譲り受けたんです直接。それが関係しているのか…」
「あまり決めつけはできない。ただ怪しいと思うのなら、動向を追うことくらいはできるよ」
「お願いします」
「1週間後、今度はリモートで訴状内容の打ち合わせしましょう」
翌朝。タテルは寝坊していた。TO-NAきっての甘々ボイスの持ち主・レジェの声が入った目覚まし時計でいつも起床していたが、この日はついに鳴らなかった。
「いつも足グセ悪くて床に落としてるからかな。ごめんよレジェ……」
「タテルくん!大久保だ。みんな集まってるぞ、早くしなさい」
「寝坊しましたすみません!」
「仕方ない。週刊誌の件で疲弊しているんだろうな。ただ外部の人と関わる現場で寝坊は厳禁だ。気をつけるように。で、何か伝えたいことある?」
「昨日弁護士に相談して、誘拐疑惑の記事と争うことに決めた。メンバーには迷惑かけたくないから気にせず活動してほしい、と伝えてください」
一方で野元とエイジは、CLASH記者がすっぱ抜いたTO-NA新メンバーの一覧を、呆れたような目で眺めていた。
「個性的なメンバーだらけでバラバラなチームだね。タテルちゃんは僕の目を疲れさせる気かい?」
「このチカって言う子、太ってますよね。アイドルとしてどうかと思います」
「それは僕が送り込んだ子だね。まさか採用するとは。TO-NAの考えることは解らないものだね」
「それとこのダリヤって子は何ですか⁈ほぼ坊主じゃないですか」
「ああ、そういうヘアスタイルの人は韓国のグループにいるよ。だけど君の感覚の方が正しいね。僕のグループでは圧倒的に浮くしTO-NAにおいてもパンチが強すぎる。グループに馴染めなくてすぐ御役御免だね」
野元は河原で拾った30数個の石ころをじゃらじゃらいじりながら御託を並べる。
「ま、唯一分かり合える点があるとすれば、TO-NAの面々も彼女達も、パフォーマンス面においては無能、というところかな。個性だけでキャーキャー言われるような無能は、この国のエンタメに不必要なんだよ。第一TO-NAの奴らの個性、胸焼けがするね。こんなのばっか摂取していたら、血管に石が詰まって死んじゃうよ。綺麗な宝石だけ見ていたいね。体じゅうの悪いものを全部排出してくれる宝石だけを、ね」
TO-NAハウスへの引越しを済ませた新メンバー8人はオリエンテーションを受け、初めて客前に立つイベント「お見立て会」の案内を受ける。
「会場はすみだトリフォニーホールの大ホール。1800人収容可能だ」
「ちょっと少ないな。万単位で欲しいぜ」
「ごめんなアリア。そのうちドームに立たせてやるから」
「はーい」
「私はどんなキャパでも頑張ります。お母さんに輝く姿見せたい」
「いいねぇバンビ。このお見立て会では新メンバー8人による楽曲を2曲披露してもらう。1曲は先輩メンバーが皆の雰囲気をみて作詞作曲、もう1曲は8人全員で作詞作曲をしてもらう」
「自分達だけで、ですか⁈」
「TO-NAはそういうグループだ。こちらに関してはスタッフや先輩は干渉しない。失敗を恐れずやってほしい。あと、楽曲に加えて自己紹介と特技披露のパートもあるから準備しておくように。そしてチカとダリヤ、今夜一緒に飯行こう」
「え?随分と突然ですね」
「TO-NAにおける恒例行事だ。一流の店に行って一流の飯を食う。一流を知れば君たちのパフォーマンスに磨きがかかる。ね、アリアとバンビ」
「いい飯食わしてもらえるからな、喜んで行けばいいんだよ」
「そうですね。またあのお蕎麦食べたい」
「じゃあ2人とも、歌のレッスン終わったら下に集合ね。先輩メンバーも1人連れて行くから」
18時になり、タテルとメンバーのキラリンはロビーに集まっていた。
「遅いですね2人とも」
「菅井ちゃんの指導が白熱したなこれ」
「先生も教え甲斐があるんでしょうね」
「そうだと良いけど。あっ、来た来た」
「すみません遅くなって」
「構わん構わん。予約の時間には余裕持たせてあるから。何があった?」
「どうしてもできないところがあって、できるようになってから終わりたかったのでつい延長してしまいました」
「練習熱心だ。良いことですね」
「熱心なのは良いけど、遅刻だけは避けてね。今日はまあ大丈夫だけど、お店に迷惑かかるとまずいから」
「はい!」
日比谷線広尾駅まで地下鉄で行き、そこからタクシーを捕まえる。
「駅から遠い。思いっきり都心なのに」広島出身のキラリンが不思議がる。
「この辺はそうですよ。天現寺も西麻布も駅から離れてます」
「穴場ですよね。だから芸能人が集まる」
「チカもダリヤも東京っ子だからよく知ってる」
「私だけですか、地方出身?」
「俺だって足立区よ。チカちゃんとダリヤちゃんの出身地訊いてみ?」
「チカちゃんは?」
「神楽坂です」
「で私は恵比寿です」
「嘘でしょ⁈」
「恵比寿出身って、ライス関町さんくらいしか聞いたことない」
「天現寺橋交差点右に曲がれば実家はすぐそこです」
天現寺橋交差点を今回は曲がらず真っ直ぐ行く。横断歩道は無いため徒歩の場合は歩道橋の登り降りを強いられる。

間も無く目当てのイタリアンレストランが現れた。活気溢れる大箱のレストランである。
「飲み物は確かにお高めだね。と言っても酒飲んでいいの俺だけか」
「私たちはオレンジジュースにしますかね」
「それが良いね。おっ、ビールならそんな高くないや」

イタリアのビール「アントニアーナ」を選択したタテル。日本で常飲されるビールから少し苦味を強くしたような味わいであり、食事の邪魔をしない綺麗なものである。

食材を載せたワゴンがやってきた。
「豪華!」
「ゴチになりますで見るやつだ」
季節のお勧め食材を使ったメニューに載っていない料理や、パスタ、肉について口頭で説明される。
「こういうプレゼンテーションされるといっぱい食べたくなりますね」
「冷たい前菜、温かい前菜、パスタ、メインの肉の4品を想定している。もっと頼んでも良さそうだが、分量がわからないから少し控えめにしておこう」
「足りなければ追加発注しましょう」
「そうだな。〆にパスタ追加するのも粋なやり方だ」
*筆者は実際1人で訪れており、肉とデザートを除きハーフサイズで提供された認識です(レシートをみると値段が半額になっていたため)。ただ肉(魚も?)はフルサイズのみのため、メインをしっかり食べたい人は複数人で訪れましょう。
注文を済ませたところで、チカが本音を吐露する。
「TO-NAさんに拾っていただけて、本当に感謝です。他のオーディションは皆書類選考で落ちてしまって、私なんかがパフォーマー目指すのはお門違いなのかな、と思っていたので」
「全然お門違いではないと思うけどね。確かにこの国の女性アイドルに、チカのようなタイプの人は少ないと思う。拒絶する人も比較的多いかもしれない」
「そうですよね。他の皆と比べて私、ムチムチですもん」
「ムチムチと言ってもね、肥えている訳じゃないもんね。寧ろ筋肉質じゃないとあの芸当はできない」


冷前菜は旬の甘夏をブッラータチーズと共に。甘夏の甘味苦味酸味にブッラータのミルク感と、素材は完璧である。ただ合わせて何か気付きを得る、という皿ではないのかもしれない。両方の味を感じ取るには先に甘夏を噛んでその後チーズで流すと良いようだが、両者の分量調節が難しい。
「その点チカは並外れたバランス感覚を持っている」
チカは加入前、逆立ちパフォーマーとして活動していた。3歳の頃から体操競技を始め、当初はオリンピック出場も視野に入れていたのだが、人と違うことをやりたいと思い逆立ちを究めることにした。SNSで動画を上げ、そこそこのフォロワー数を誇ってはいたが、世間の耳目を集めることは難しいものである。
「逆立ちをもっと多くの人に知ってもらいたい、という想いでパフォーマンスグループに応募しました。そこからアイドルにいくとは思いもしませんでしたけど」
「そういう人も全然いるよ。歌手や俳優を目指していたけどアイドルになった、なんてザラだし」
「逆立ちさえ活かせれば一生懸命やります。実際レッスン受けてみて、ダンスを愉しめる自分を発見できました」
「確かに楽しそうだった。滑らかだけどハキハキした動き、私達には無い魅力だよ」
「ありがとうございますキラリンさん」
「キレキレが全てじゃない。TO-NAは個々人に合ったパフォーマンスを尊重する。ゆったり優雅に踊る力をチカは持っていると思う。大事なのは自分の特性を熟知しダンスに落とし込むこと。チカはチカらしいダンスを追究してほしい」

パンは4種類。出来立てであると嬉しいのだが大箱レストランでは難しいと思われる。バゲットは味わい十分、グリッシーニは程よい塩気が生地のふくよかさを立てる。薄いやつだけ無味がすぎる。


温前菜は花ズッキーニにモッツァレラを詰めて揚げたもの。花ズッキーニの仄かな苦味の後、モチモチした衣の油とモッツァレラのコクに包み込まれる。根元の方はアスパラのニュアンスがある。
「でもやっぱ体型が不安です。痩せた方が良いですかね?」
「それは任せるよ。俺としては、チカはこの体型がベストだと思う」
「そう……ですかね」
「筋肉質であることを加味すれば健康的な体つきだと思う。大体この国の民は太ることに敏感すぎる。そりゃ俺ほど肥えるのはアレだけど、ちょっと太っただけでとやかく言われる社会は不健全だね」
「話が大きくなった……」
「痩せすぎは却って不健康。痩せなきゃ痩せなきゃ、って追い詰められるようなことにだけはなってほしくない。その上で、どうしても絞りたくなったらキラリンに相談しなさい。元々美人だったけど、顎周りがシュッとしてさらに美しくなった。人気も鰻登り」
「マッサージ、めっちゃおすすめ。あとサウナと焼き鳥!」
「おじさんでしょ、やってること」
「でも体に良さそうです。老廃物流してタンパク質摂って」
「今度一緒に新橋行く?」
「新橋に誘う女子って一体……」
「試してみたいです!」


パスタはグアンチャーレとトマトソースのブカティーニ。日本人に馴染みのあるスパゲッティの太麺版と言えば良いだろう。グアンチャーレ(豚肉の塩漬け)もまた日本ではマイナーな食材だが、ベーコンなどと比べて解れやすくなっていて、柔いところ硬いところのコントラストを、塩気の中ではっきり楽しめる。トマトソースも実直に煮詰まっていて美味しい。1本だけアルデンテが過ぎたものがあったがそれはご愛嬌である。
「人間に完璧なんて存在しない。醜いと言われるような部分だって、受け入れようとすればそれが魅力になる可能性も孕んでいるわけで」
タテルの考えの逆を行くのが野元である。THE GIRLSのメンバーは、野元が認めるボイトレ講師・ダンス講師に厳しく鍛え上げられていた。激しい叱責にメンタルを削られたところに、野元が嫌な顔で入ってきた。
「お疲れさん。色々言われたと思うけど、世界一を目指す人なら皆通る道だから耐えてもらわないとね。SAKIちゃん、それにしても太ったんじゃない君。昨日何食べたの?」
「マックでてりやきバーガーを…」
「それはいけないね。糖質の塊じゃないの。困るんだよね、大きくなられると。TO-NAみたいにムチムチおデブちゃんだらけになったら、醜すぎて目も当てられないね。野菜中心の食事にすること。あとMIKAちゃん、リップが少し濃すぎやしないかい」
「す、すみません!ちょっと塗りすぎましたかね…」
「もっと自然な色にしてもらいたいものだね。THE GIRLSに個性なんて要らない。ダンスと歌が上手い、それ以外に何が必要だと言うのかい?金太郎飴のように揃えるんだよ。バラバラじゃどこ見ていいかわからなくなるからね。浮いたことは一切しない。わかった?」

寛容派のタテルは肉料理を前に赤ワインを注文する。トスカーナのメルローは離れていても芳香が届き、重厚かつ果実味の強さに酔いしれる。

フィレ肉の炭火焼きは、霜降りと赤身主体のもの2種類があったが赤身を選択。程良く野生味が効いていて、脂や肉汁がサラッと溢れ出す。
「柔らかいけど肉肉しさ満点。闘争本能が漲るぅ!」
「ダリヤちゃん肉好きなんだ」
「大好きっすよ。ステーキは普段1ポンドで食べるので」
「ワイルド!」
「えっ、じゃあもしかして足りない?」
「今日は他にも食べてるので大丈夫です。色々なもの食べられるっていいっすよね」
恵比寿出身バズカットのダリヤ。彼女が合格を勝ち取った最大の特徴は、ラップの上手さである。中学時代にはラップの都大会で優勝、全国でも4位につけた。
「最近のガールズグループは歌・ダンスに加えラップも重要視する傾向にあるじゃないですか。それでTHE GIRLSどうかな、と思って。そしたら何故かTO-NAに入ってました」
「まあ確かにTO-NAはラップをパフォーマンスに取り入れてないからね。でも実はキラリンがラップ大好きでさ」
「はい。ダリヤちゃんのこと、実は知ってました」
「うそ⁈それは嬉しいです!」
合宿審査の様子を、同じくラップ好きのメンバー・レジェと共に見に来ていたキラリン。
「ねえねえ!ダリヤ、ダリヤちゃんが来てるの!」
「ダリヤちゃんって全国トップクラスの中学生ラッパーじゃん。何故ここに?」
「追加組の1人として来たみたい」
「追加組で⁈」
「加入してくれたら、ラップ教えてもらおうかな〜」
「私も習いたい!」


もう1品食べたくなったタテルの一団は、贅沢にもトリュフパスタを追加する。具材はトリュフと少しの肉(グアンチャーレ?)、ソースはシンプルにバターソース。タヤリンという黄色の発色が良いパスタは旨味と香りをよく吸ってくれる。〆まで楽しませてくれる病みつきになるパスタである。
「それにしてもダリヤちゃん、何故バズカットにしたの?」
「え?まあ、暑かったからです」
「それだけで⁈」
「男の人だって坊主にするじゃないですか。何が悪いんだろうって思ってます」
「海外のセレブリティだってやってるもんね。禁止する理由なんて無い」
そう言うタテルも最初は少なからず戸惑いを見せていた。合宿を視察したキラリンとレジェが、タテルにダリヤの加入を直談判した時のこと。
「ダリヤか。あの坊主の子?」
「坊主というか、バズカットですね」
「バスケット?」
「バズカットです。バリカンの音のことをbuzzと言うんです」
「へぇ、そんな呼び名なんだ。やっぱり俺ちょっと、バズカットに抵抗があるな」
「そう……ですよね。でもとてもすごいラッパーなんですよ!TO-NAにとってプラスになること間違い無しです」
「ラップを取り入れるのは素晴らしいことだと思う。ただファンの皆が受け入れてくれるか、なんだよな」
「……タテルさん、いつも私達に言ってますよね、世間体を気にしすぎたら何もできなくなる、って。今のタテルさん、不必要に気にしてません?」
癒し系ボイスのレジェが、珍しく鋭い声でタテルに反論する。
「そ、そうだな……」
「戸惑うことなんか無いんですよ!ダリヤちゃんは魅力的な子です。ラップという新たな切り口が加われば、TO-NAのパフォーマンスはより多くの人を惹きつける。前向きに考えてください、タテルさん!」
「……レジェの論理には負けたよ。採る方向で進めよう。ただ贔屓はしない。総合的な判断で採用を見送る可能性はある。それだけ納得してくれるか」
「勿論ですとも」
「という訳で、キラリンとレジェの熱意がダリヤ合格の一因だ」
「ありがとうございます」
「風通しが良いですね」
「運営のワンマンプレーは良くないからね。ラップに関してはダリヤ中心でパフォーマンス組み立ててもらいたい。任せたよ」
「最高のリリック作りまっせ!」
スイーツはワゴンから好きなものを選ぶ。店員はよく食べそうなタテルに、全種類食べることを勧めてきた。
「半分量にすることはできます?」
「勿論。是非いっちゃってください」
「いっちゃいましょう」
タテルに触発され、他の面々も2種類3種類と注文した。因みにこれは食べ放題という訳ではないため、頼めば頼むほど料金はかかり、タテルの場合は5,000円にまで膨れ上がった。

「タテルさんのお皿、すごいことになってますね」
「欲張りましたね〜。食べきれます?」
「ちょっと手強いかな。でも大丈夫でしょう」
12時の方向から時計回りに、イタリアンプリン、ミルフィーユ、ティラミス、キャラメルナッツタルト、抹茶バスクチーズケーキ、苺タルト、ブルーベリータルト、そして最後にスペシャリテのメレンゲケーキ。全体的に密度の高いスイーツ揃いで、乾いたものからしっとりしたものまで幅のあるラインナップ。飽きずに食べ進めることができる。

「苺がフレッシュで美味しい〜。ブルーベリーも段々香りが出てきます」
「抹茶チーズケーキは甘さ控えめだ」

「王道のティラミスが一番落ち着きますね。ミルフィーユも軽やか」
「逆に甘々なのがメレンゲケーキ。ずっしりくるね。強い酒が欲しい」

イタリアの食後酒といえばグラッパである。所望するとまたもや、想像以上に多彩なラインナップがワゴンで乗り付けてきた。産地、樽熟成、ブランドもの、甘口ワイン由来、フランスワインの葡萄かすを使用など多様なストーリーがある。甘いもの尽くしであったため、キリッとしたものを訊ね、最後列中央のものを選択した。

「ふぅ〜、何とか食べきったあ!」
「よく食べましたねタテルさん」
「満腹だよ。でも1品1品個性があるから、変化がついて食べるの楽しい」
「グラッパも沢山ありましたもんね」
「そもそも好きな料理好きな食材を好きな風に頼める店自体が貴重だからね。肉攻めとかパスタ攻めとかしても良い。コース料理が主流のこの国において、ありのままのイタリアンを気の向くまま頼めるこの店は大事にしないと」
「多様な個性を大事にする。新しいTO-NAのモットーでもありますね」
昂ったタテルは料理の写真をSNSに投稿する。
楽しすぎてデザート全部頼んじゃった
野元はそれを目にするや否や、自身のグルメ酷評ブログに新たな投稿をする。
グルメ気取りの某アイドル運営スタッフ、ワゴンデザート全部くれ、は下品だぞ
「CLASHさん、これ僕が書いたブログ記事なんだけどさ、これを基にしてTO-NA下げ記事を書いてもらえるかな」
「美味しそうなスイーツですね」
「高いくせに下品な店だけどね、僕にとっては。それはどうでも良くて、こうやって全部頼むと、盛り付ける店員が大変なんだよ。他の客の迷惑にもなる、想像力の無い自己中の所業だね」
チカが先輩メンバー・カコニに逆立ち指導する様子を見ていたタテルが、その記事を目にした。
「ガキか」「店員の苦労考えろよ」TO-NA渡辺タテル、高級店でデザート全品注文…子供っぽい振る舞いに批判殺到
「くだらない批判。俺をおもちゃにして楽しいのかよ」