連続百名店小説『瞳の中のセンター』㊀出会いの2013、好きになった2014(うどん錦/栄)

綱の手引き坂特別アンバサダーを務める、東大卒のグルメタレントTATERU(25)。今まで数人のメンバーとデートを楽しんできたが、そんな彼女たちが口を揃えてタテルに指摘したことがあった。

  

アヤ
「タテルくん、スマホの壁紙、ちょっとエロすぎない?」
「あ、これ?言われてみればそうだな」
「どう考えてもおかしい。誰よこの人?」
「僕の人生において、もっのすごく大切なひとなんだ」

  

カゲ
「前々から気になってたんですけど、なんで待ち受け、女の人の下着姿なんですか?」
「これ?オトンにイタズラされた。困ったもんだよ」
「壁紙の変え方教えましょうか?」
「いや結構。もう慣れちゃった」
「そ、そうですか…」

  

京子
「タテルくん、その待ち受け画面やめて。恥ずかしい」
「え?あそうだな…」
「アカリさんでしょその写真」
「そうだよ」
「私もアカリさんのこと、大好きだけどね。もしかして『幸せを願いたいアイドル』の1人目って、アカリさんのこと?」
「その通りだ」

  

彼が初めて真剣に推したアイドルは、NGY48にいたアカリ(31)であった。今でこそ京子とかカゲとか綱の手引き坂のメンバーに心を寄せているが、タテルの瞳の真ん中にいるのはいつもアカリである。アカリがいなければ東大に入れていなかったし、秋刀魚の東大イクエーションに出て自分の存在を世に知らしめることもなかっただろう。タテルの人生、酸いも甘いも、アカリがいつも照らしている。タテルは1年前のあの日を振り返った。

  

2022年5月30日の夜、アカリが卒業を発表した日。タテルはその瞬間を劇場で共有していた。アカリが出る久々の劇場公演ということで、観客の醸し出す雰囲気からして少し不安を感じていたが、それは現実のものとなってしまった。公演終了後、近くにあるうどん錦にてアカリとの出会いを回顧した。

  

当初はNGY48に多くいる5文字の名前の子の1人、くらいの認識しかなかったタテル。そんな彼がアカリのことを認知したのは2013年の春、『西ーズの仕分け∝』のリンボー対決にて、バレエで培われた圧巻の柔軟性を発揮し、前回覇者のシズカグミイナバウアーを下したのを見た時である。運動神経の良い女の子が好きなタテルにはピッタリの人物であった。それ以来毎晩アカリのブログをチェックするようになり、タテルの中でアカリは気になる存在になっていた。

  

NGY48は、岩本町を拠点に活動するIMC48の地方支店の1つである。毎年6月になると、支店のメンバーも含めた全48グループのメンバーが参加するイベント「選抜総選挙」というものが開かれていたものだ。人気が露骨に順位として出る恐ろしい舞台ではあるが、ファンとの結束を実感できる場所でもある。アカリは柔軟女王効果もあってか、2013年の総選挙で16位に入りIMC48の次のシングル『恋する幸運餅乾』の選抜を勝ち取った。

  

彼女の最大の持ち味は、握手会での対応である。いわゆる「釣り師」の1人で、ファン一人ひとりに対し去り際ギリギリまで握手を続ける姿は象徴であった。出会ったファンのことはノートにまとめており、愛に来た人(誤字ではない)のことを1回で認知してしまうというのだ。これらの努力により、ステージの後ろ端が定位置だったアカリは一気に躍進した。

  

うどん錦もまた、アカリとは浅からぬ縁のある店だ。アイドルなど興味のなさそうな堅物の店員に支配された空間であるが、ある日アカリがSNS用にこの店の前で自撮りしていたら、映り込んだ店員ができる限りの柔らかい表情でピースしていたのだ。どんな堅い人であっても虜にしてしまう何かが、アカリにはあるのだ。

  

ファンとの近さを大切にするアカリを象徴するエピソードがある。2014年の総選挙ではさらに順位を上げ10位を獲得。雨天のモトノアジスタジアムで、ステージ前方の屋根のない箇所まで出てきてスピーチした。実はこの総選挙の約2週間前、IMC48の握手会で襲撃事件が発生しており、劇場公演や握手会は軒並み中止となっていた。メンバーとファンの距離が離れる最大のピンチの中、アカリは少しでも観客に近づきたかったのだろう。この振る舞いには「ただの出しゃばり」などという批判の声もあったが、これこそがアカリの真骨頂だとタテルは言う。

  

アカリの愛するカレーうどんがやってきた。蕎麦屋のような出汁の効いたものでも、旬房のようなクリーミー系でも、一福のようなガチ洋食カレーでもない新感覚のカレーうどん。食べたことはないが、万代シティバスセンターのカレーを思い起こさせる色味とスパイシーさである。柔らかいうどんとよく絡む。
具材にはしっかりとした豚肉と、豆腐屋で手に入るような本格的な仕上がりの油揚げ。これが変化を生み最後まで美味しくうどんを食べ切れる。

  

その後も柔軟女王として数々の挑戦者を退けてきたアカリ。タテルは当初、同じ48グループでもサッチーやあや姉を推していたが、2014年、そこにアカリを加えた。とは言っても、今までの推しとは全く違う、強い愛を覚えていた。そして2015年、タテルは推しをアカリ1人に絞った。ここからタテルとアカリの、大きな喜びと苦悩の日々が始まる。

  

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