連続百名店小説『瞳の中のセンター』㊈思いを伝える2023(川口屋/栄)

今でこそ綱の手引き坂46の特別アンバサダーを務めるタテル(25)だが、そんな彼が初めて本気で推したアイドルは、元NGY48の菅田アカリ(31)である。
高校時代以降のタテルの人生をいつも彩ってくれたアカリ。2人のあゆみを振り返りつつ、タテルはアカリに対して抱くある心残りを解消しようと動き出す。

  

「え⁈」
そこにはアカリがいた。
「な、なんで…」
「アーニャに呼び出されちゃってさ」
「…」言葉を失うタテル。
「アカリさん、タテルさん!これ劇場近くにある川口屋のお菓子です」NGY48メンバーが差し入れる。
「タテルくん好きそうだよねこういうお菓子。後で一緒に食べよう!」
「いいんですか!めっちゃ嬉しい!」

  

CMが明け、コネコネシートにカメラが向いた。
「ライヴの前に、コネコネシートに動きがありました!先程のエイジさんとタテルさん、そして何と元NGY48のアカリさんが来ています!」
「タテルさん、貴方が愛し続けてきたアカリさんがそこにいます!どうですかお気持ちは?」
「嬉しくて嬉しくて、どうしていいかわからないです…」
「タテルくん、後で話は聞かせてもらうからね」
「アカリちゃん、怖い!」MC陣がツッコむ。

  

タテルは久しぶりにNGYの生ライヴを堪能した。エネルギッシュな彼女たちのパフォーマンスに改めて感銘を受ける。そして生放送が終わると、レギュラーの女子大生が数名アカリに話しかけてきた。アカリの愛され力が健在であることを知り、タテルはもう一度感心した。

  

「アーニャさん、アカリさん呼んでくれてありがとうございます」
「意気地なしなタテルくんをどうにかしてあげたい、って思ったまで」
「頭が上がりません。本当に本当に感謝です」
「アーニャちゃん、あまりタテルくんに大きな態度とらないで。私にとってタテルくんは恩人の1人だから」アカリが注意する。
「いや、いいですって。言ってることは間違ってないですし」
「ごめんね変なこと言って…でももう浮気は許さないからね」アーニャは少しだけ反省した。

  

「タテルさんとエイジさん、電車で来た?」スタッフのタカハシが問いかける。
「はい」
「じゃあ始発出るまで、ここで休んでていいよ。タテルくん、じっくり愛を伝えたいんでしょ。アカリさんも始発の新幹線まで待つらしいから、2人で喋っていなよ」
ということでいよいよ、タテルとアカリ2人きりの会話が始まる。

  

「タテルくん、どれ食べたい?」
「そうですね、じゃあまず紫のスペースモンスターみたいなやつから」

  


外郎で包まれた、なんとも名古屋らしい生菓子。外郎独特の食感から生み出されるほのかな甘さが最高だった。
「懐かしいですね外郎。マンゴー味の外郎、覚えてます?」
「あ、『貽貝にマンゴー』の時のコラボ商品。あれ美味しかったよね」
「売ってたら絶対土産にしてました。それにしても記憶力いいですよね。初めて会った人のことちゃんと覚えてるし。なんでできるのかなぁって」
「私そんな記憶力ないよ」
「え?」
「来てくれた人一人ひとりの情報ノートに書いてるけど、会いに来てくれる人のことはみんな好きだから覚えられるんだ」
「素敵だなぁ。僕には真似できないです」

  

続いてわらび餅。わらび餅の中にはあんこが入っていて、粒あんこしあん好きな方を選べるらしい。あんこがわらび餅のアイデンティティを消しがちなお菓子であるが、こちらは控えめのあんこでわらび餅感も残っている。
「タテルくん、どうして京子ちゃんに移り気したの?」核心を突くアカリ。
「それは…共通点が多いから、ですかね」
京子とは生まれ年(1997年)・出身都道府県(東京都)・血液型(A型)という基本データが悉く一致し、歌やアイドル、ラーメンなど共通の趣味がある。どちらかというと物静かで、口を開けば文句が出てくる点も似ている。そして何より、アカリを愛している点も同じだ。

  

「ごめんなさい、冷蔵庫に水ようかん入れっぱなしでした…」NGYメンバーの1人が駆け寄る。
水ようかんはギシギシした食感がなく滑らかな仕上がり。あんこらしさも確実に乗っている。
タテルは素直な思いを打ち明けた。
「僕の心が揺らいだのは2018年7月のドッキリです。鼻毛ぐるぐるされてるのを観て、正直幻滅したんです」
「そうだったんだ…」
「ごめんなさい、僕の中ではアカリさんは純粋なアイドルなんです。体張るような人だとは思ってもみなかったので…」
「まあ考え方は人それぞれだから、受け止めるよ。最近はあまりそういうことしてないけどね」
「わがままでごめんなさい」
「でも劇場公演は当たらなかったとしても、最後の握手会には来てほしかったなぁ」
「申し込みを忘れてしまった僕が悪いんです。僕には人を愛する資格なんか…」
「それは違うでしょ」
「…」
「だってタテルくんは私のこと愛してくれてた!私がいたから東大に入れたって、言ってたよね!」
「…」
「私もタテルくんがいたから頑張れた。2015年のあの件があっても愛し続けてくれた。感謝してるよ」

  

タテルの目に涙が溢れた。
「アカリさんがいたからこそ、僕は東大に入れた。そして東大イクエーションに出られた。そして今ここにいる。僕の人生を彩ってくれたのはいつもアカリさんなんです」
初めて面と向かって思いを伝えたタテル。頷くアカリの目にも涙が浮かんだ。

  

「あ、同じお菓子がちょうど2つ残ってる。一緒に食べよう」

緑色をした「茶摘み女」という生菓子。道明寺で包まれており、米の食感がこれまた楽しい。ここまで食感を作れていれば、あんこがどれだけ強くてもバランスがとれる。生菓子部門では現時点で日本一の和菓子屋といえよう。

  

思い出話も交えつつ喋っているとあっという間に5時を回った。タテルは最後に1つ、悩みを打ち明ける。
「アカリさんってすごく愛され力がありますよね。僕には全然なくて。どうしたらそんなに愛される人になれるのかなって」
「さっきからずっと思ってたんだけど、タテルくん謙遜しすぎ。自分を下げすぎだと思う」
「そうですよね…」
「自信なかったり他人に嫉妬したりしたくなることもある。私もあった。でもそんなことしてたら周りを暗くしちゃうよ」
頷くタテル。全くその通りだ。アイドルとしてのアカリも、特に2015年、同じような道を歩んでいた。あの時したためた言葉の数々が蘇る。
「アイドルとしての活動を通して学んだんだ。大事なのは自分を愛すること」
「それ、僕が入試の前に思ったことだ」
「それでタテルくんは東大に入れた。だから今こそ、この言葉をもう一回胸に刻もう。私も頑張るから、タテルくんも頑張ろう」
「はい!」

  

外に出ると、6月の空は完全に白んでいた。
「私のこと、いつまでも忘れないでいてね」
「もちろん。僕の瞳の中のセンターは、変わらずアカリさんです。これからも僕のこと、そして皆のこと、笑顔にしてください」
「ありがとう。また会おうね」
アカリはタクシーに乗り品川駅へ去っていった。

  

「良かったじゃんタテル君。夢叶えようぜ、俺ら2人で売れて、番組持ちたいね」

エイジと別れたタテルも、始発のゆりかもめで帰路につく。
燻り続ける夢の中、タテルはアカリの生き様に触れ自信を取り戻した。塞ぎ込んだら負けだ。売れっ子タレントを目指し、今日もタテルは瞳を輝かせ目の前の活動に精を出す。

  

—完—

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