連続百名店小説『瞳の中のセンター』㊆分断の2020、すれ違いの2021(すや/ジェイアール名古屋タカシマヤ)

今でこそ綱の手引き坂46の特別アンバサダーを務めるタテル(25)だが、そんな彼が初めて本気で推したアイドルは、元NGY48の菅田アカリ(31)である。
高校時代以降のタテルの人生をいつも彩ってくれたアカリ。2人のあゆみを振り返りつつ、タテルはアカリに対して抱くある心残りを解消しようと動き出す。

  

アーニャの約束通り、タテルは翌週も生放送に参戦した。回を重ねるごとに集まる面子もある程度固定されてきて、MC陣に認知されるようになった。
「全身LED男、目立つねぇ」
「Zeppでライヴやるベイビーペンシルちゃん、今週も来てます」
「『パンティー見せます』いつもいる。気になるなぁ」
「赤い服の男性2人組もいつもいますね」
「あれ待って、違うかな?その片割れ、京子ちゃんとYouTubeやってる子じゃね?」
「あ、タテルっていう人?アーニャ知ってるよこの人」
「登録者数結構多いの?」
「15万人くらい」
「まあまあ多いね。よく来てくれたな。アーニャと知り合いなら、コネコネシートに来てもいいのに」
「いや、知り合いではないです」

  

コネコネシートとは、この番組の関係者とツテがある人なら誰でも座れるスタジオ内の一角。お酒を嗜みながら生放送に参加できる。東大イクエーションに出てるタテル、そして『ぼかぼか』に出てスタッフの名前をきちんと把握したエイジであれば行けそうではあった。一旦中継が終わると、2人はスタッフに声をかけた。
「すみませんタカハシさん、私たちコネコネシート行けませんか?」
「いやぁ…ちょっと弱いかな。とりあえずお立ち台頑張って」 
「そうですか…」
「あ、キミがタテル君か。今日はキミから喋らせてあげるから、準備してきたね?」
「はい!ありがとうございます!」

  

2020年に入り、タテルは卒研発表をして研究室を去った。この頃ちょうどコロナが流行り始め、卒研打ち上げは行われず、卒業式は中止。この年は特に目新しいこともなく、公務員試験の勉強と母の実家の引き払いを手伝うくらいしかしなかった。もちろん名古屋に行くこともなかった。

  

充電期間が終わり2021年、タテルはYouTubeチャンネルを立ち上げ、芸能活動を始めた。東大イクエーション出演で若干のネームヴァリューは得ていたが、登録者数は3桁に達するのがやっとで、仕事も来るわけがなかった。一方で国家公務員総合職試験は突破し、官僚に進む手はずは整っていたが、合格してから3年の猶予があることから、タテルはまだまだ芸能活動を踏ん張ることにした。
6月、コロナ禍で止まっていた劇場公演が再開し、そこにアカリも出演した。タテルはその公演に当選し、あろうことか最前列の席を確保していた。しかしフェイスシールドとマスクが必須で、蒸し暑い季節だったためシールドは常にびしょ濡れ。ワイパーのように拭き続けていたため、公演を集中して楽しむことはできなかった。

  

着々と進行する生放送。CM明け、スタジオではレギュラーの女子大生がオススメの商品を紹介する。
「今日紹介するのは、栗きんとんでおなじみ『すや』の栗菓子です!」
「あるので早速いただきましょう」

  


「…ん?ちょっとエグい」
「大人の味すぎたかな。栗の甘露煮はエグみがあるもんね」POISON田森がフォローする。
「そうですね。栗納豆なんかもろ栗だし、栗こごりに至っては砂糖の甘さがメタメタで結構キツいです」
「はっきり言うな!」ジャックルビー伊東のツッコミが冴える。

  


「栗饅頭やきんつばにすると餡の甘みで栗のエグみが抑えられるね。きんつばなんか外側がシコっていて最高」
「あら、ちょっとやらしい言い方しちゃって!」
「くるみ餅はもう少しくるみが入ってるといいですね!」
「これらの商品、抽選で10名様に視聴者プレゼントします、応募は番組Twitterまでドシドシお寄せください!」
「はい、スタッフが険しい顔しておりま〜す」
「自由にやりすぎ!これ絶対苦情来るよ」
案の定苦情が殺到し、番組中に足利アナが謝罪した。

  

コロナ禍の最中、東大イクエーションも今までのように大勢集めてやることができなくなり休止していた。だが卒業生のその後を追う特別編の制作が決まり、タテルも呼ばれた。初出演時のアカリとの邂逅を振り返るVTRを見たのち、スタジオパート。
「タテルはあの後もアカリちゃんのこと応援してるの?」
「はい。この前も劇場公演観に行きました。やっぱり人を笑顔にする能力がピカイチです」

  

人数が絞られていたためいつも以上にひな壇のゲストと距離が近かった。タテルは収録中1回大スベりしたため、休憩に入ると陣内ヒロミになじられた。
その後会いたい人のコーナーが久しぶりに復活し、タテルは堂々と京子をリクエストした。
「あれ?アカリじゃないんかい!」陣内がツッコむ。
「陣内さんだって、ねぇ」自分のことを棚に上げ陣内に反撃するタテル。立ち回りとしては完璧だったが、人としてはどうなのか。

  

結局京子は来なかった。その後タテルは問題発言をし、それがオンエアされると親に激しく叱責された。自分には一生人を愛す資格がないのだと改めて悟った秋の夜長。

  

後日談によると、裏ではサプライズが計画されていたという。会いたい人のコーナーで、京子の代わりにアカリが登場するはずだったらしい。しかしアカリが濃厚接触者になってしまい中止となった。実現していれば間違いなくひと盛り上がりしていただろうし、タテルの気持ちも変化する可能性があった。大きな機会損失である。

  

そしていよいよお立ち台のコーナーが始まり、タテルが一番手で30秒アピールに挑む。
「緊張しますね…」
「頑張って」エイジが励ます。
「それでは、スタート!」

  

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