連続百名店小説『瞳の中のセンター』㊃絆確かめ合った2017(トップフルーツ八百文/桜山)

今でこそ綱の手引き坂46の特別アンバサダーを務めるタテル(25)だが、そんな彼が初めて本気で推したアイドルは、元NGY48の菅田アカリ(31)である。
高校時代以降のタテルの人生をいつも彩ってくれたアカリ。2人のあゆみを振り返りつつ、タテルはアカリに対して抱くある心残りを解消しようと動き出す。

  

「あ、ここだここだ」
富士テレビのスマイルくん像前に集る人々。噂の深夜番組『オールナイト不比等』の生放送で何かしたい人達が集まっていた。
「キミは何をしたい?」歩み寄るスタッフ。
「この番組のとある出演者にお願い事をしにきました」
エントリーを済ませ、放送開始を待つタテル。お台場の海風吹きすさぶ中、体を動かして寒さを堪える。

  

2017年に入るとタテルのバイトは書き入れ時を迎えた。エリア長からノルマを詰め寄られ、ブロック長に怒鳴られる自己犠牲の日々。それでも乗り越えられたのは、GOD7入りを機に色々な場所で輝くようになったアカリの存在のおかげであった。ムカっとジャパンでは偉大なる小林麻也のぶりっ子枠を引き継ぎ、コンプレックスを乗り越えるコツを著した自己啓発本まで出版するなど八面六臂の活躍。自分の推しが多くの人々に見つかるというのはとても喜ばしい。だが人気が出て忙しくなると、その推しは遠い存在になっていくものでもある。

  

それでも名古屋通いは欠かさなかった。朝イチの新幹線で名古屋入りしてモーニングを食べ、いろいろ観光して夜の劇場公演で〆る、というのが最高の流れであった。

  

モーニングの定番は八百文。ただの果物屋に見えるがイートインがあり、フルーツジュースを頼むとゆで卵とジャムトースト、そしてカットフルーツ盛り合わせがついてくる。フルーツジュースもポップにあるものを含めると50種類くらいあって、タテルは面白そうなものを、とドラゴンフルーツを選択した。店主らしきおばさんからは「味薄いけど大丈夫か?」と確認されたが構わず注文。確かに薄味だった。でもこれは面白さを優先したタテルの責任である。カットフルーツはオマケのクオリティでは決してない、一定水準を満たしたものである。駅から遠いのが難点ではあるが、タテルはこの店を気に入った。

  

この年の総選挙、アカリはさらに1つ順位を上げ6位を獲得した。前年の奇跡はまぐれではなかった。

  

一方で東大に入ったタテルには心残りがあった。入学と同時に東大生ブームが到来し、中でも「秋刀魚の東大イクエーション」が話題を集めていた。変わった一面を持つ東大生が、センネンニイチド・カンナや広瀬川すずなどの人気若手女優と絡む様子が大受けだった。そこに自分がいないのが何とも歯痒かった。

  

そんな中訪れた2017年の五月祭。タテルは安田講堂前のメインステージで行われた「イカ東選手権」に参加していた。お笑いサークル代表としてボケを連発したり妙な動きをしたりと、変人らしさを炸裂させていた。それが東大イクエーションスタッフの目に留まる。
「後でインタビューよろしいですか?」
タテルは快諾し、祭りのあとの並木道でインタビューを受けた。塾で最優秀生徒に認定され延べ3000人の聴衆を前に講演を行った、という頭良いエピソードを言いつつ、狂言師の野村三昧のモノマネをハイテンションでやったことにより、東大イクエーション出演の確約を得た。

  

番組から送られてきたアンケートには「会いたい人」を書く欄があった。そこに書いた名前はもちろんアカリである。

  

8月中旬、人生初の富士テレビベイサイドスタジオ。そこには既にスターとなっていた津くん含め約40名の東大生がいた。待ち時間は5時間くらいあっただろうか、何をしていたかは覚えていない。多分他の東大生と談笑していたと思う。
収録が始まると、タテルは注目の東大生として好待遇を受けた。「芸人になりたい東大生」としてVTRで紹介され、野村三昧モノマネも振られた。さらにひな壇にいるベックをお茶の間感覚で呼び捨てにするなどして笑いをとった後、「会いたい人」のコーナーに突入した。人気女優や何人か候補が挙げられていて、アカリもその中にいた。心拍数が上がるタテル。

  

そして赤門を模した扉から、アカリが現れた。現実事とは思えなかったタテルは興奮して、司会である秋刀魚が指示を出す前に立ち上がってツッコまれた。今まで握手会に行っても緊張でまともに喋れなかったタテルのために、このスタジオで特別握手会が執り行われる。アカリの目を見つめ、積年の思いを絞り出すタテル。夢の時間は陣内ヒロミにどつかれる形で果てた。

  

あまりにも夢心地の出来事すぎて、タテルは放心状態になった。人生を彩ってくれたアイドルがここにいる。自分の発した強い思いが、まさか奇跡の邂逅を生むとは思わなかった。東大生タテルとしての頂点を見た夜となった。

  

これを機にタテルはより一層アカリを応援することになる。しかし時を同じくして、とある別のアイドルが気になりだした。東大に入れる頭脳を持つという、あのアイドルが。

  

現代のタテルは、お立ち台で喋る内容を固めていた。
「アイドル好きなんですね」同じく集まっていた1人の女性が声をかける。
「はい」
「私も坂道グループ大好きです。誰が好きなんですか?」
「綱の手引き坂の京子とカゲですね。あと坂道じゃないんですけど、去年までNGYにいたアカリも大好きです」
「アカリさん!私同じ事務所の養成所にいるんです」
「マジっすか⁈」
「まだ養成所生なんで接点はないですけど…」
「いえいえ。僕もまだペーペーの芸人です。一緒に頑張りましょう」
そしていよいよ生放送が始まる。

  

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