連続百名店小説『白を知る』❾想い出には、二人が歩いた足跡を残して…(ラッキーピエロ ベイエリア本店)

人気女性アイドルグループ「TO-NA」の特別アンバサダーを務めるタテルは生粋の江戸っ子で、雪景色に憧れを抱いていた。そこでメンバー唯一の道産子・カホリンを連れ函館を旅することにした。肉襦袢を纏うタテルは寒さに強い一方、カホリンは寒さを大の苦手としており、無茶をするタテルに連れ回されたカホリンは初日の夜に熱を出してしまったが翌朝回復。心配で起きているうちに深酒をしたタテルも、重い体を引き摺り訪れた大沼の自然で体力を回復させた。

  

メゾンフジヤを出て右奥の坂を登る。たらふく飲み食いした体で上がるのは大変だが辛抱する。

  

「ロープウェイが来るまで少し時間があるね。温かい飲み物でも買っておく?」
「山頂は寒いんですもんね。そうしましょう」
カホリンは大好きなココアを、タテルはフルーツティーを購入しロープウェイに乗り込む。相変わらず客の半数以上が声調を使い分けてガヤガヤしており、何故こうも函館に集うのかは疑問のまま残る。

  

「うわあ綺麗!」
ロープウェイで登り行くそばから函館のくびれの絶景が見える。冬季でなければ歩いて登ることもできる函館山であるが、雪に覆われた様を見ると険しいものを感じる。

  

ロープウェイを降りてすぐ外に出てみる。そこは未だ頂上ではないのだが、既に大勢の観光客が柵の前に屯していた。

  

「ちょっと雲多いけど綺麗〜」
「良いくびれだ。見たかった景色が目の前にある」
「左の方にあるあれが駅で、その奥に見えるのが五稜郭のタワーですね」
「そういうことになる。俺らが雪合戦したのはあの右の辺かな?」
「ですかね。楽しかった。もう一回やっていきません?」
「やりたいね。時間あるかわからないけど」
「あああ、寒くなってきました。ちょっと中入りたいです」
「確かに寒いな。どっか休めるところあるかな」

  

カフェを訪れてみると、日没を待つ観光客でごった返していた。運良く4人掛けのテーブルが空いていたため、カフェラテを注文して滑り込む。
「タテルさん、眠くなってきました」
「まあた始まったよ、流石おねむガール」
「そういうタテルさんも目が微睡んでいますよ」
「え…まあ疲れてはいるけど」
「寝ましょう一緒に」
「俺自発的に居眠りとかできないんだよね。居眠り名人カホリンさん、眠り方を教えてください!」
「貶してますよねそれ?」
「寧ろ褒めてるのだが」
「…わかりました。テーブルに両手を置いて大きな輪っかを作って、顔を斜め上に向けます。後は何も考えない!」
忽ち寝落ちするカホリン。するとタテルも力が抜ける。かれこれ30分くらい、2人は居眠りを楽しんでいた。

  

「あ、いつの間にか寝ちゃってた。いびきかいてなかった俺?」
「大丈夫ですよ、誰も気にしてないです」
「もう4時過ぎた?暗くなり始めてきたしそろそろ外に出てみようか」

  

頂上に出てみると、夜景を求める黒山の人集りが肥大していた。未だ暮れ始めたばかりで街には殆ど明かりが灯っていないが、寒さを物ともせず待てる辛抱強さが外国人にはある。どのみち日没前に麓へ降りなければならなかった2人は函館山の碑がある傍へ移動し、比較的人の少ない場所から風景を眺める。

  

「北海道への憧れはあったし、並の仕事してても訪れることはできたと思う。でもまさか大好きな人と一緒に、函館山から景色を眺められるとは思わなかったね」
「初めての函館でこんなに意義深い旅ができて楽しかったです。タテルさん、私の知らない北海道をまた一緒に探しに行きましょう」
「嬉しいよ…カホリンと一緒に来られてほんっとうに幸せ。今度は秘境駅で大雪合戦だな」
「それはちょっと寒すぎます」
「あ、さっきの俳句、やっと下の句が整ってきた」

  

着膨れるカホリン市電は八分後

  

「これは…」
「一読するとただ冬の市電を待っている女の子を描いただけに思うが、待つ対象は何だと捉える?」
「そうですね、恋人がその市電に乗っていて降りてくるのを待っている、とかですか?」
「良い読みだ。王道の可愛さを持つカホリンが恋人を待つ画、すごく映えると思ってこの句を詠みましたどうでしょう」
「タテルさん、才能アリです」
「よっしゃ!」

  

街に少し光が灯り始めたところで下山の時間となった。後ろ髪を引かれる思いで下りのロープウェイの列に並ぶ。その間にも日没は進行していって、夜景らしい夜景が窓越しにではあるが広がっていた。

  

麓に降りると愈々ブルーモーメントの時間帯になり、散らつく雪が碧い光に照らされて幻想的な風景となっていた。ラッキーピエロへ急ぎたい気持ちもあったが、ちょうど函館山への道を尋ねてきた夫婦に頼んで写真を撮ってもらった。

  

「ラッキーピエロって函館だけだよね?札幌にはない?」
「ないです。だから初体験、楽しみにしてました!」

  

赤レンガ倉庫方面に向かい、ラッキーピエロの本店に到着。平日17時前の到着だったため行列などは無かったが、8割程席が埋まっていたのでやはり人気店である。
「ダントツ人気No.1、気になるな」
「チキンバーガーにラキポテ、本物ウーロン茶…確かに美味しそう」
「いや、ダントツの『トツ』と『No.1』が同じ意味だから煩くてさ。人気No.1、で通じます」
「また夏井先生やってる」
「じゃあいいや、時間もあれだからダントツセットにするよ」
カウンターにて先に注文を済ませる。するとタテルの番でハンドベルが鳴らされた。
「おめでとうございます。100人に1人当たります幸運強運賞でございます。お受け取りください」
「あ、ありがとうございます…」

  

何かオマケしてもらえるとか、値引きが発生するとかではないが、ビックリマンシールのレア物が当たったような感覚で何だか嬉しくなるものである。
「良かったですねタテルさん。いつもハズレくじばっか引いているから」
「良かった…な。これは家宝にしておこう」
「来年は良い年になりますね。私たちもタテルさんの幸運に乗っかるのでよろしくです!」

  

バーガーセットが運ばれる。ハンバーガーにポテト、ドリンクという組み合わせは至って普通に見えるが、マクドナルドなどには無い細やかな特徴というものが各要素にある。

  

まずウーロン茶。勝手ながら凍頂烏龍茶を想像していたため少々面食らったが、それでも「本物」と銘打っているだけあってペットボトル飲料には無い渋みを覚える。

  

ポテトにはミートソースとホワイトソースがかかっていた。適度なしなりが生まれクセになる。
「これぞ英語圏のスタイルだな。オーストラリアに短期留学行った時、ポテトにサワークリームとスイートチリかけたやつがめっちゃ美味かったこと思い出した」
「それめちゃくちゃ美味しそうですね。いいなあこういうポテトのアレンジ、仰天ニュースのおデブちゃんが作りそう」
「アイツらはポテトが見えなくなるくらいとろけるチーズぶっかけそうだな。呉々もそういう類にはなるなよ、カホリン」
「そんな、まん丸ちゃんにはなりませんよ〜」

  

一番人気のチャイナチキンバーガー。甘辛の味が衣に染みた唐揚げが、レタスやマヨネーズと共にバンズで挟まれている。鶏肉は脂身にも寄りすぎず硬くもなりすぎずかっちりしていて、そこに衣の油が割って入り旨い。甘さと辛さのバランスは8:2くらいであろうか。マヨネーズも相まって老若男女が食べやすい味になっている。柔らかいバンズにより一体感も生まれており、白胡麻が密やかにアクセントとなる。

  

「へぇ、バーガーだけじゃなくてカレーやカツ丼もあるんだ」
「カレー食べたいです」
「食べたいね。だけど俺は腹一杯だよ。それに時間もない。ホテルに荷物取りに行かなきゃだし」
「そっか、荷物預けてたんだった」
「忘れてたの、カホリン?」
「忘れてました。アハハ」
「俺がいなかったら危ないところだったぞ。まあエピソードトークのネタにはなりそうだったけど」
「ちょっとのんびりしすぎちゃいましたね」
「のんびりしてこそのカホリンだ。俺も少しはのんびりした旅、しなきゃだな」

  

完全に陽の落ちた赤レンガ前。本当は海を前にしてぼーっとする予定もあったが、のんびりさに欠けたスケジュールのせいで叶わず終いであった。

  

最後の市電に乗り函館駅へと戻る。6時発のはこだてライナーに乗り、最終の東京行き新幹線に接続する。

  

「心残りは塩ラーメンとラッキーピエロのカレーかな。カホリンは?」
「温泉は入りたかったかもしれませんね」
「今度はラビスタに宿泊だな。あとは湯の山温泉も行こう。函館山には夜登って、いさりび鉄道と駒ヶ岳回る列車に乗って森駅でいかめし買って…」
「タテルさん、欲張りすぎですよ」
「ホントだ。のんびりした旅を、って言われたそばから詰め込んじゃった」
「でも北海道の魅力を体感してもらえて、とても嬉しかったです」

  

新幹線に乗り込み、想い出をたっぷり作った函館を去る。青函トンネルに入ると北海道とは暫しのお別れ。新青森駅に到着するとJR北海道の管轄も終わる。

  

本日もJR北海道をご利用くださいましてありがとうございました。またどうぞ、北海道にお越しくださいませ。
「ありがとう北海道!また来るね〜!」

  

—完—

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