人気女性アイドルグループ「TO-NA」の特別アンバサダーを務めるタテルは生粋の江戸っ子で、雪景色に憧れを抱いていた。そこでメンバー唯一の道産子・カホリンを連れ函館を旅することにした。肉襦袢を纏うタテルは寒さに強い一方、カホリンは寒さを大の苦手としており、無茶をするタテルに連れ回されたカホリンは初日の夜に熱を出してしまったが翌朝回復。心配で起きているうちに深酒をしたタテルも、重い体を引き摺り訪れた大沼の自然で体力を回復させた。

11時半過ぎ、函館駅に戻ってきた2人。次に向かうのは、函館を象徴するフレンチレストラン「フジヤ」である。前日乗りまくった市電に再び乗車し、十字街という停留所で降りて函館どつく前方面へ市電沿いを歩く。

途中左手に現れる二十間坂を登った先に目的地はある。その奥には、昨晩タテルがUFOと誤認した函館山の山頂がある。昨日と違い晴れ間があって、山体がくっきりと見える。
「タテルさん、建物の写真撮りたいです!」
「いいね、映えるよこれ。ああでも2人組が記念撮影してる。写り込むな…」
こういう時の人間とはなかなかどかないものである。予約の時間は過ぎようとしていたが、この風景はどうしてもスマホに収めたかったため待つことにする。

2分待って漸くどいてくれた。2人組の正体は、やはりというべきか、4つの声調を操る民族の女たちであった。

撮影を済ませ、申し訳なさそうに館の中へ入るタテル。遅れたにも関わらず、受付の女性の方には横澤夏子のような笑顔で出迎えていただいた。1階はどうやらカフェのようで、ダイニングのある2階へエレベーターへ向かう。

「冬の魚介をたっぷり堪能するフレンチ…何て楽しみなんでしょう」
「『大地の恵みは甘さに変わっていきます』と書いてあるけど、甘みを味わうのは俺らだよな。それに『甘さ』と聞くと『甘えん坊』とか『甘えた心』とか言う時の『甘さ』とも捉えてしまう。『大地の恵みは甘みとなって現れます』などとしたら伝わるでしょう」
「タテルさん、うるせえです!」
「おいおい何だよカホリン。文章見るとすぐ添削したくなるんだよ俺は」
「夏井先生に憧れすぎです。私を置いてけぼりにしないでください」
夕べ散々っぱら飲んだにも関わらず、タテルはワインペアリングを全量で注文した。明細は後日ポケットコンシェルジュからのメールで確認できるが、1杯につき税込2200〜2800円と、(シャンパーニュを除いて)メニューに載っているものより少し高級なワインが用意された。未成年のカホリンはスパークリング葡萄ジュースで大人気分を楽しむ。

タテルに供されたシャンパーニュはLOUIS ROEDERERからCOLLECTION 244。手堅い味わいであり、坂道を登り少し熱た体に染みる。
一口前菜が4品登場する。本鮪のタルタルを米粉チップスに載せたもの、鱈のコロッケ、チーズグジェール、つぶ貝梅ドレッシング。冷たいものと温かいもののバランスが取れている。


タテルは西洋料理における生の魚介に苦手意識を持っているため、鮪はあまり味わうことができなかった。またつぶ貝も、カホリンに食べてもらった方が幸せであろうと判断して譲り渡す。


一方で温物は存分に嗜んだタテル。グジェールはフランス料理の王道アミューズであり、チーズと生地の香ばしさで酒が進む。鱈のコロッケはハーブが少し効いている一方、鱈のみちっとした旨味も覚える。
「カホリンは緊張してないね。堂々とフレンチに臨めてる」
「何回か食べたことあるので。最近だとお兄ちゃんの二十歳祝いで札幌のフレンチ行きました。店前で記念撮影しまして、タテルさんならご存じですかねこの店?」
「レストランMINAMI…ひらまつグループだ」
「やっぱり知ってた!何でわかるんですか?」
「ひらまつ系は俺のフレンチ食べ歩きの原点だからね。料理は立派だけど緊張を強いない雰囲気が、デビューに最適なのよ」
「わかります。マナーとかわかんなくなっても、優しくフォローしてくださりました」
「そういう雰囲気が良いんだよね。まつ毛ギャンギャン、ワカメちゃん丈スカートのカホリンでも受け入れてくれたんだ」
「そこつっこまないでください!それにワカメちゃん丈は言いすぎです」
「ハハハ。流石にアレは出てないか」
「出てませんよ。出てたら恥ずかしくて街歩けない…」

ここで窓に目を遣ると、さっきまで晴れていたのが嘘のように雪が舞っていた。どうやらこの日は天気が変わりやすかったようである。

続いての料理は、牡蠣のコンフィとカリフラワームース。こういう料理でまず目を見張るポイントとは、牡蠣でもカリフラワーでもなくコンソメジュレの味わい深さである。和食でいう出汁のようなもので、タテルは真っ先にその良さを感じ取る。勿論カリフラワーのムースも濃厚でコンソメと合う。牡蠣もコンフィにすることにより身が詰まり旨味が凝縮される。
「とは言うけど俺は焼くか揚げるかして食うのが好きだな」
「カキフライですか?」
「カキフライもそうだし、天ぷらにしても良い。旨味たっぷりの汁がジュワッと出るのが良いんだよね」
「生牡蠣」
「それだけはダメ。美味しいとは思うんだけどね、中ったら地獄だから」
「タテルさんはお腹弱いんですね」
「まあね。でも最近ビオフェルミン飲んでるからいい感じにはなってる」
「腸活ですね。私も飲んでみようかな〜」
「食いしん坊のカホリンにはお勧めだな」
「食いしん坊って言わないでください。恥ずかしいです…」


続いてはこの店のスペシャリテ、カスベ(エイ) を生ハムで巻きフリットにしたもの。ガラムマサラでカレー風味をつけてある。下のマヨネーズには恐らくイカ墨が入っていて磯の風味をプラス。これは誰が食べても美味しいやつである。
「道民はエイって日常的に食べるもんなの?」
「食べませんよ〜。売ってはいますけど」
「給食とかでも出ない?」
「出たような出なかったような…」
「フランス料理ではエイは定番食材です」店員が2人に話しかける。
「そうですよね。エイとかヒラメとか、肉厚な白身魚が北部の方で獲れるイメージです」
「ブルターニュですね。あの辺は北海道とか青森とかと重なる部分もあります」
「フランス料理でも、海産物はよく使うんですか?」カホリンが問う。
「ブイヤベースとか、モン・サン・ミシェルのムール貝辺りは有名ですよね。でも日本の方が、海産物に関しては豊かだと思いますよ」
「日本のフレンチは海産物が中心ですよね」
「その土地土地で最上の食材を使うのが基本ですからね。北海道の海の幸、この後も存分にお楽しみください」

プロヴァンスより、Bastide de Margüi 1784(2020)。あのジョージ・ルーカスが所有する畑で獲れるロルを使った白ワイン。バニラのようなコクがある。


合わせる料理は、ブリを洋風春巻きにしたもの。なんとプルーンを一緒に包んでいて、ブリのアグレッシヴな味わいを整えてくれる。上に載った苦味のある葉物野菜で油を抑える。下にはポロ葱のサラダがあるが、これは単体で味わう。
「ご旅行ですか?」
「はい、東京から来ました。彼女は札幌出身で、僕は生粋の東京っ子です」
「そうでしたか。今日はお泊まりで?」
「いえ、昨日来て、今日この後帰ります」
「午前中は大沼公園行きました」
「おお、結構忙しめのスケジュールですね。綺麗でしたか大沼?」
「それはもう綺麗でした。手付かずの白が美しくて」
「いいですね」
「函館本線って、大沼から森まで別ルートありますよね」
「駒ヶ岳の外周を通るルートですよね。あれすごく綺麗です、夏に乗ってみてください」
「新幹線が延伸する前にもう一度行こうか、カホリン」
「はい!夏の北海道も魅力たっぷりですよ!」
「その時は羊飼い体験やろうか」
「やだ〜、羊さんこわ〜い!」

ブルゴーニュのFrancois Millet & Fils Montagny les Chaniots。シャルドネらしい濃い味ではあるが入りは軽く、1級畑の実力を遺憾無く発揮している。

ワインを口にした途端、雪雲に覆われていた空が再び晴れ始め、函館の景色がくっきりと見えた。右の方を見れば、函館山からの写真でお馴染みの「くびれ」を視認できる。


北海道の南端に程近い知内産のホタテ。百合根とトリュフのポタージュ、そして今の季節ならではのアルバ産白トリュフを遇らう。ブラックペッパーらしきものもつけてカリッと表面を焼き上げており、帆立の旨味がトリュフに負けることなく優しく現れる。トリュフの香りは百合根に色濃く映え、帆立を食べ切った後、白トリュフの欠片と共に最後の一口を決めて悦に入る。
「知内は新幹線が延伸する前、北海道の入口の駅だったんだ」
「私より詳しいですね、北海道のこと」
「小さい頃北海道で妄想トレインしてたからな。今別から青函トンネル入って知内、そして道内各地の秘境駅へ。まずは流山温泉駅…」
うとうとしていて、タテルの話を聞いていないカホリン。
「またマニアックな話しちゃった。頼むからここで眠るのだけは勘弁して」
「ファ、ごめんなさい!私寝てました?」
「月9観てる時の俺のオカンくらい寝てた」
「わからないですけど…失礼しました」
「まあでも疲れちゃう気持ちもわかるよ。本当はあまり良くないんだけど、5分くらい中座してきたら?」
戻ってきたカホリンは髪型をツインテールに変えていた。
「か、可愛い…」
「したくなっちゃって。私といったらツインテールのイメージですもんね」
「そうだな。TO-NAナンバーワンツインテおねむガールだもんな」
「『おねむ』は余計ですよ!」
「そこがカホリンの良いところじゃん。ツインテおねむガール、なんて可愛い響きだ」


函館で獲れた平目に、パプリカと菜の花のソース。平目はシンプルに焼き上げられており、フワッとしつつも旨味が詰まっている。パプリカで酸味を、菜の花で青みを足してはいるが、どちらのソースも量は少なく、平目そのものの味を楽しむ日本料理的な一皿と言える。

外はとうとう快晴になろうとしていた。僅か2時間足らずの間に雪になったり晴れたりするとは、東京では味わえない自然現象である。
「カホリンは冬自体は嫌い?」
「冬は大好きですよ。寒いのは大変ですけど、あったかいものいっぱい食べて、ストーブの前でお昼寝できるので」
「また寝てるよ。好きだね寝るの」
「冬の女の子が一番可愛いですからね」
「それ誰かが言ってたな。カホリンには着膨れが似合うね」
「どういうことですかそれ」
「着膨れるカホリン…あと8音のフレーズください」
「また俳句やってる…」
「ちょっと考えさせて。的場の兄さんを越える着膨れ俳句ができそうだ」

赤ワインはサンテミリオンのグランクリュからChateau Berliquet 2019。ボルドーの重みと右岸らしい官能的な果実味。今回のペアリングの中では最高額の1杯であるが、これぞボルドーという理想の赤ワインに出会えた。


肉料理はおぐに牧場の和牛ランプ肉。昨晩の佐平次と食材が被ってしまったが仕方ないことである。佐平次では筋が目立った肉であるが、フレンチの技法、そしてナイフで筋を断ち切ることにより食べ易くなる。和牛でありつつも引き締まった身、そして程よく溢れ出す脂の明るさが特徴と言えよう。

「さあカホリン!肉も良いけど付け合わせのポテトグラタンも食べてみようか」
「北海道のじゃがいもですね!美味しそう…」
この時期のフレンチでは定番にして最上級の料理、チーズポテトグラタン。何だかんだでこれが一番美味いものである。それをご当所北海道の糖度の高いじゃがいもで作るとなれば尚更強い。
「泣いてるじゃんカホリン」
「地元の食材がこんなに美味しくなるなんて、感無量ですよ…」
「カホリンには北海道のスターになってもらいたいね。絶対的人気を誇る道産子アイドル、長らく誕生してないからな」
「でも私、北海道のこと何もわかってないです。タテルさんの方が、景色とかご当地食材とか秘境駅とか、色々詳しいじゃないですか」
窓の外は、カホリンの落ち込む心を象徴するかのように雪雲に覆われる。
「大泉洋さんやタカトシさん、GLAYさんみたいになれる自信がないです。地元への愛着、あるにはあるけど足りていない気がして…」
「どうしてそう思うんだい?」
「この前のロケでアウェーの空気を感じたんです。タカトシさんは歓迎されていたけど、私は何も貢献できていない感じがして…」

デザート1品目は林檎と根セロリのグラスデザート。素材の味を確と感じつつ、爽やかな仕上がりで口直しに最適のスイーツである。ココナッツ味の飴細工も爽やかさに拍車をかける。
「俺も東京出身だけどさ、東京のことを山田五郎さんより知っている訳ではない。でも俺は東京都民という誇りを持って生きているけどね。中央通りを颯爽と歩き、銀座や浅草でハイカラに酒やコーヒーを飲み、表参道や麻布でお洒落な食を楽しむ」
「食べて飲んでばかりですね」
「それが良いんだよ。自分が得意な分野で自分の地元を眺める。それが地元愛というものだと思うよ。作ろうとしちゃダメ。カホリンの等身大の北海道愛を見せてほしい」
「タテルさん…」

メインのデザートはモンブラン。栗の味わいもよく感じられるのだが、その上に紅茶の味を上手く効かしている。2つの繊細な味わいを両立させているのは只者じゃないと思う。
「俺はもうちょっと北海道を楽しみたい。クラフトジンが気になるぞ」
「ジン?」
「カホリンは未だ知らなくて良い。食後酒に強い酒を飲むと、消化が促進されるとかされないとかあるんだ」

積丹半島で生産される火の帆。兎に角ボタニカルというか、フローラルな香りが印象的な、まさしく日本製の良さが発揮されているジンである。


焼きたてのマドレーヌ、色とりどりのマカロンでコースを〆る。マドレーヌは生地や蜂蜜の香りが失せる前に、焼き立てのうちに食べてしまおう。マカロンは小粒ながらも味の作り方は一流であり、食べきれないようであれば箱詰めで持ち帰ることも可能である。
「タテルさんに言われて私、自信が出てきました。のんびりしている性格が、道産子らしさとして愛されればいいな、って」
「なるほどね」
「勿論いつでものんびりしていればいい訳じゃないことはわかってます。自分の強みは誰よりも努力して伸ばします。でもその中でも、自分らしくいることは忘れないようにしよう、と思っています」
「その言葉が聞けて良かったよ。それを実現するのは一筋縄ではいかないと思う。だけどカホリンはきちっとやる気に満ちつつ自分を大切にしている。TO-NAのモットーに適った人財であることを改めて実感した」
「嬉しいです…」
「カホリンと旅ができて良かった。俺は貴女を守りたい、この2日間の旅を通して改めて実感した」

退店する頃には、天気は再び晴れへと転じた。
「この後はラッキーピエロに行こうと思うんですけど、流石に未だお腹いっぱいですね」
「もし未だ登っていないようでしたら、函館山行ってみてはどうでしょう?」
「行くか、カホリン」
「行きましょう!」
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