連続百名店小説『白を知る』❸厳しくも日々強く生きてる者よ(アンジェリック ヴォヤージュ/大町(函館))

人気女性アイドルグループ「TO-NA」の特別アンバサダーを務めるタテルは生粋の江戸っ子で、雪景色に憧れを抱いていた。そこでメンバー唯一の道産子・カホリンを連れ函館を旅することにした。肉襦袢を纏うタテルは寒さに強い一方、カホリンは寒さを大の苦手としている。

  

運動したことにより漸く寒さに慣れてきたカホリン。タテルもすっかり体が熱くなり、上着のファスナーを全開にして市電に乗り込む。
「十字街で乗り換えて、大町という停留所で降りる。次行く店で食べるのはクレープだ。クレープに関しては俺よりカホリンの方が食べ慣れていると思うが」
「いやあ、そこまで食べてはないですよ」
「頻繁に原宿に通って、必ずクレープ食べそうなイメージあるけど」
「頻繁には行かないですよ。まあ行ったら食べますけどね」
「さすが、まつ毛ギャンギャンJKカホリン」

  

大町停留所からツルハドラッグ傍の小坂を上るとちょっとした人集りが現れる。目的の店「アンジェリック ヴォヤージュ」を訪れる客の群れである。店内が狭いため、注文を待つ際は雪の中外で待たなければならない。

  

「本日ご用意できるクレープはこちらになっております。お勧めはまずりんごのミルフィーユクレープ。白ワインで煮た林檎、そしてパリパリのミルフィーユ生地が入っております。あと今の季節だと和栗もお勧めです。しぼりたての和栗モンブランを入れております。他にもオーソドックスなクレープ、あと苺のミルフィーユクレープもあります。是非ゆっくりお選びください」

  

「大変ですね店員さん。お客さんが来る度にこんな丁寧に説明するのでしょうか」
「雪国の人は健気だよね。厳しくも日々強く生きている」
「…」
「どうしたカホリン?」
「私、強く生きれていますかね?」
「何を気にしてるんだ」
「SNSで、カホリンはのんびりしすぎだ、丸っこいし練習もサボり気味とか言われるんです」
「そんなもん気にすんなよ。何もわかってない勘違い野郎の言うことなんか聞くな。カホリンのゆるっとしているところに俺らは癒される。やるべきことは確りやってる、このままでいなさい」

  

10分程して店内に入る。クレープもそうだが、他にも焼菓子、そしてもう一つの名物「ショコラヴォヤージュ」の取り扱いがある。
「ショコラヴォヤージュは…1時間で自然解凍か。遅くともホテルをチェックアウトする前に食べきらないといけないね」
「この後もたくさん食べるんですよね?1人6個はちょっと多い気がします」
「そうだな。焼き菓子だけ買って帰るか」

  

東京に戻ってから食べた焼き菓子。まず抹茶フィナンシェは茶の味わいが色濃い。そういえばクレープのメニューにも抹茶がラインナップされており、抹茶に対する意識も高いようである。

  

ナッツ入りのスコーン。由緒正しい味にナッツの食感のアクセント。付属の蜜は特段味がしない。

  

「クレープはどうやら外で食べるようだね。寒いからホットコーヒーも貰おうか。コーヒー飲めたっけ?」
「コーヒーは…まあ飲みますけど」
「ちょっと苦手そうだね。でもコーヒーしかないからな」
クレープとコーヒーを手に外に出る。コーヒーで手が塞がり、片手でクレープを食べることに難儀する。

  

「お客様、良かったらそこの道標をコーヒー置き場にしてください。皆さんそうやって召し上がっておりますので」
「寒いのにわざわざ…ありがとうございます!」
大雪山の湧水で淹れたホットコーヒーは清らかに飲めてしまうものである。

  

賞味期限30分と宣うクレープ。クレープ生地、ミルフィーユのパイ生地、林檎という3種類の食感を楽しめるのが、レストランで腰を据えて食べるデザートみたいで大きな魅力である。寒い中無我夢中で食べたので詳細な味は分析しづらいのだが、全体的に重たすぎず、林檎の調理も一流であった。

  

「向かいにある建物って何ですかね?歴史ありそうで」
「中華会館。何だろうこれ」

  

1910年に完成した中国人の社交場。日本に残る唯一の清朝時代の建築物である。内部は公開されていないが、ドラマ『西遊記』で観るような雰囲気の部屋になっているらしい。
「こんな街中にふらっと歴史的建造物が現れるのが函館らしい。趣深いね」
「寒い…」
「ごめんごめん、寒かったな。俺も寒くなってきた。ホテル行こうか」
「行きましょう、大きな荷物下ろしたいですし」

  

市電が来るまで少し時間があったため、ツルハドラッグで温かい飲み物を見繕う。
「私ココアにします!」
「カホリンらしいな。ココアがよく似合うよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ海を見に行こうか」
「海…ですか?寒いんですけど…」
「北海道の海を間近で見てみたくてさ、行けそうなのがこのタイミングだけなんだよな」
「でもさすがに疲れました。休ませてください…」
「わかった。函館駅に戻ろう」

  

始発から2つ目の停留所ということもあって、漸く空いている市電に出会した。隣り合わせで座るカホリンとタテル。
「寒かったですけど、雪の中2人でクレープ食べるのは楽しかったですね」
「東京じゃ絶対やらないもんな。当たり前のように雪が積もっている光景が珍しすぎてつい燥いじゃうね」
「大体今頃がちょうど積雪の始まりなんですよね」
「そうなんだ。11月くらいから雪深くなるものだと思ってた」
「まあ降りはしますけど、ここまで積もるのはもう少し後ですね」
「俺いずれは真冬の陸別とか行ってみたい」
「陸別ですか⁈あそこはもう寒すぎますよ」
「日本一寒い街らしいな。オーロラも観られるらしい」
「道民でも近づきにくいですよあそこは。私なんて寒すぎてカチコチさんになってしまう」
「ハハ、カチコチさんか。それも見てみたいな」
「やめてください!ああ想像するだけで寒い…」

  

NEXT

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です