11月のある日、快晴の東京でテレビのニュースを眺めていた、女性アイドルグループ「TO-NA」の特別アンバサダー・タテル。札幌のお天気カメラには、東京とは打って変わって雪が降りしきる様が映っていた。
TO-NAには北海道出身のメンバーが1人だけいる。名はカホリン。札幌の出身で、雪国の女の子らしく色白。グループ内でも人気上位のメンバーである。そんなカホリンにタテルが問いかける。
「カホリンさ、東京の冬なんてへっちゃら?」
「そんなことないですよ。まあダウン着込むとかはしなくて良いですけど」
「冬の北海道ってどれほど寒いのかな、と思ってさ」
「なめちゃダメですよ。もんのすごく寒いので」
「札幌は寒そうじゃん。でも函館はどうなんだろうね」
「函館は…行ったことないんですよね。札幌で事足りてしまうので」
「道民でも道内全部知ってる訳じゃないんだな。北海道はでっかいどうだもんね」
「アハハハ。でも本当そうですね。全部巡るなら1週間あっても足りないです」
「じゃあその入口となる函館、2人で行かない?」
「え…行きたいです!」
「新幹線で行くつもりだけどいいかな?」
「函館って新幹線通ってるんですか?」
「新函館北斗まで4時間くらい。まあ飛行機よりは遅いけど、青函トンネルを通りたい気持ちがあってね」
「新幹線でも良いですよ。寝てれば着きますし」
「ありがとう。じゃあ12月半ばで調整しよう」
JTBのダイナミックパッケージを申し込み、1人1部屋で交通費合わせ3万円弱。後々調べてみたら飛行機でもあまり値段が変わらないようだったがそれは置いといて、出発前日の事務所でのやり取り。
「カホリン、上着って着た方がいい?」
「何言ってるんですか⁈着ないと凍え死にますよ!」
「でも俺暑がりだから。上着なんて一切着ないし」
「これだから東京の人は…」
「リオ、君も着ないでしょ上着。いつも半袖だから」
「着ますよ。さすがに外で半袖1枚は無理です」
「残念でしたタテルさん。上着買っといてくださいね」
仕方無く近くのワークマンで上着と雪用の靴を調達するタテル。手袋も買うか悩んだが、スマホをさっと取り出し操作する場面が多いため買わないことにした。
そして出発の朝。2人にとって至近の新幹線駅は上野であるが、8時台の新函館北斗行きは何故か停車しないため東京駅で待ち合わせることにした。
「おはようカホリン」
「おはようございますタテルさん。早速なんですけど、駅弁買っていきません?」
「駅弁か。朝飯に丁度良いかもね、買おうか」
人で溢れる駅弁屋。海産物好きな道産子カホリンにはえび千両ちらしを勧めておき、自身はチキン弁当を購入するタテル。白河の関を越える辺りで食べ始めた。

「唐揚げですか。タテルさんらしいですね」
「食べたかったんだよこれ。まあ本当は海鮮の方が旅情あると思うけど、腹壊して現地の飯食えなくなるのが怖い」
「そんなことないですよ。えびちらし、少し食べてみます?」
「いいよ。自分の分は自分で食おう」

東京出発から3時間、新青森を出ていよいよJR北海道管内に入る。青函トンネルに入る前にはその旨を伝えるアナウンスが流れる。
「遂に北海道か。どれくらい寒いのか楽しみだ」
「タテルさんすごい呑気ですね。凍えますよきっと」
「カホリンだって呑気じゃないか。まあそのキャラクターが魅力ではあるけど」

青函トンネルを走ること約20分、列車は北海道に突入した。
「タテルさん、ようこそ北海道へ!」
「ついに来たな、北の大地。辺り一面雪景色だ、ここで『Winter, again』を歌いたいぜ」
「タテルさん、GLAYさんお好きなんですね」
「まあね。有名どころの曲しか歌えないけど」
「GLAYさん、世代的に全然わからないんですよね。北海道民としては誇りに思うんですけど」
「俺が生まれた頃にミリオンヒット連発してたからね、馴染みないのも無理はない」

入口から壮大な銀世界を目の当たりにし、さすがでっかいどうだなと驚嘆しているうちに12:15、新函館北斗駅に到着した。
「おっ、思ったより寒くないぞ」
「ホントですかタテルさん?私結構寒いです…」
「気持ち良い寒さだね。空気が綺麗で、寒さ以上に清かさを覚える」
「そういう捉え方なんですね」
5分後に函館駅行きの列車があると踏んでいたが、車内アナウンスでは12:35のはこだてライナーを案内されていた。
「成程、12:20発は特急か。特急料金かかるけど、乗る?」
「35分の電車を待ってもいいんじゃないですか。そんな急いでないので」
「だな。ゆっくり行くか。でもすき焼きの予約を13:00にしちゃった。間に合わないから電話するね」
電話したところ、遅れること自体は問題無いが最終入店が13:30であることが判明した。ここに来て急に不安に駆られるタテル。
「函館駅着いたら路面電車に乗り換える。ちょっと距離あるんだよな、本数もどれくらいあるかわからない」
「もし間に合わなかったらどうしましょう…」
「その場合は近くのカレー屋かな。でもそんなことは考えない」

函館行き列車の来るホームに降りると愈々足元に雪が現れた。狭いホームは人で溢れ踏み場が少なく、加えて雪は踏まれてグジュグジュになっておりスリップの恐怖を覚える。
はこだてライナーは特急と同じく途中駅を通過し、函館駅までを15分で結ぶ。
「はぁ〜、あったかい…」
「俺は立ってるよ。座ると足元が熱い」
「タテルさんって本当に暑がりなんですね」
「年々暑がりになっていってる。自分の居室のエアコン、未だ一度も暖房運転してないし」
「やっぱりお肉を纏われているから…」
「それは関係無い。ほら、あと10分くらいで外に出るからそれまで暖まっておきなさい」
12:50、函館駅に到着。ゆっくり駅を観察したいところであったが、すき焼きの店に早く着くことを考え市電乗り場に向かう。
「市電は…え、どこよ?」
「あ、ありました。向こうの信号を渡った先ですね」
「地味に距離あるじゃねえか!ああ、寒くて億劫だ」
「タテルさん今『寒い』って言いましたね」
「あ…」
日曜の市電乗り場は人で溢れていた。スマホ用1日乗車券を購入して待つが一向に電車が来ない。この日は1日中雪の予報であり、降り頻る雪の中いつ来るかわからない電車を待つのはかなり辛い。
「あーガクガクブルブル…」
「大丈夫かカホリン」
「寒いです…」
「寒いよな。俺も寒いもん」
「タテルさんまた言いましたね、『寒い』って」
「だって寒いんだもん。寒いのって、平気だけど怠いんだよな」
「上着着てきて良かったですね。上着無しじゃ死んじゃう」
漸く電車がやってきたが、中国人観光客でごった返していた。降車と乗車に時間がかかり、発車してからも信号や途中停留所での乗り降りでスムーズに進まない。

最終的に宝来町停留所を降り店に着いたのは最終入店の10分前であった。
「ふぅ間に合った」
「楽しみですねすき焼き」

靴を脱いで2階に上がる。まさしく家のような廊下を進み、居間のような個室に案内される。
「落ち着きますねタテルさん」
「そうだな。ここでゴロゴロしてたい。なんならトランプゲームして一夜を明かしたい」
「修学旅行みたいで楽しそう!」

だがここはすき焼きを楽しむ場所である。せっかく函館まで来たのだから、最も高い黒毛和牛A5サーロインコースを注文した。
「カホリン未成年だから申し訳ないんだけど、俺お酒飲んでいい?」
「お気になさらず、どんどん飲んでください!」
「そんな沢山は飲まないよ」

山崎ハイボールなどもあるが、ここはありそうであまりお目にかからない北海道の地酒から「二世古」を戴くことにした。さっぱりとした口当たりから入り、後からコクが染み出す。

間も無く店員が部屋に入ってきて調理をしてくれる。まず割下が入るが、この店の特徴として、鶏がらスープが入る。鶏の旨味が加わること自体はすき焼きに対してプラスに働く。

主役となる肉は1人2枚。
「(あれ、2枚だけ?少ない…)」
「(追加肉頼む前提なのかな…)」
店員が肉を野菜の上に置き、色が変わってきたタイミングで食べるよう指示して一旦去る。

肉は確かに脂の加減も程よくて美味しいのだが、この2枚と諸々だけで6000円、というのは些か寂しいものがある。
「カホリン、肉追加したい?」
「んー…要らないかもです。北海道のお肉じゃないみたいですし。どうせ追加するなら1人5枚くらい追加しないと、中途半端になりそうで。だったらカレーを食べに行った方が良いかもしれません」
「カホリンは食いしん坊だな。わかった、胃袋の残りの容量はカレーに賭けよう」

思ったよりも早いタイミングできしめんが運ばれた。そして2枚目が呆気なく調理される。
「もう終わっちゃった。まだ野菜残ってるのに」
「これって一旦火消した方がいいんですかね?」
「未だきしめん入れるのは早いし、消しとくか」
しかしこの対応は不正解。一度火を消してしまうと、また店員に頼んでマッチで点火してもらう必要がある。幸い店員が勘づいて部屋に入ってきたため事なきを得たが、これから来店する人は気をつけよう。

「平日ならリーズナブルなランチセットがあって、コロッケも単品注文できるのか。そっちの方が満足度高いのかな。あぁ、初日と2日目逆にすれば良かった…」
「でも店員さん優しいし、こんな居心地の良い店は初めてです。ギリギリまでゆっくりしていきましょう」
NEXT