連続百名店小説『独立戦争・下』第3話「流されない者」(志”満ん草餅/東向島)

人気に翳りが見えていた女性アイドルグループ・綱の手引き坂46。色々あってプロデューサー冬元の手から独立することになり、怒った冬元は彼女達を都心から締め出した。グループ名「TO-NA」に改名し流れ着いた先は墨田区。特別アンバサダー・渡辺タテルのサポートを受けながら、「地域密着型アイドル」として活動を始めた。冬元は暴露系インフルエンサー集団「GARASO」を編成し、TO-NAの活動を邪魔しようとする。
*この物語はフィクションです。食レポ店レポを除き、実在の人物・組織とは一切関係ございません。

  

翌日、火曜10時の番組『バツ凶さんと浜千鳥くん』の収録に参加していたおかまたち。
「バツ凶さん浜千鳥さん、お疲れ様です」
「おうお疲れ。何かあったか?」
「TO-NAのことでお話したいと思いまして」
「ツナ?ツナといったらマヨネーズでしょ。明太も合うよね〜」何のことかわかってない中田バッテン。
「綱の手引き坂から改名したTO-NAですよ」
「あぁ、名前は聞いたことある」
「最近圧力かけられているようで、全然メディアで見ないんですよね」
「あの子たち俺らの番組にも来てくれて、すごく盛り上げてくれたんです。ハブられるような人たちでは無いと思うんですけど…」
「綱の手引き坂ってあれやろ、大箱キャバクラ集団」すっとぼける浜千鳥大吾。
「やめんかいそれ。素敵なグループですよ」浜千鳥ドアノブがフォローする。
「でも確かに気になるね」中田凶も関心を持つ。
「そういえば浜千鳥でラビットに出た時、檜坂の子に綱の手引き坂って間違えて言ったら、裏でMCのワカシマくん烈火のごとく怒ってた。『綱の手引き坂は出禁なんじゃ!』って」
「芸人の中では特に嫌われていますねTO-NAは」
「なぜそんなことに?」
「TO-NAのみんなは笑いを取ることに前向きなんです。ボケもかますし芸人にも積極的に絡みにいきます」
「それが一部芸人には鼻につくらしいです。アイドルはアイドルとしての振る舞いをすべきだ、芸人の領域に入り込んでくるな、って声が多くて」
「別に良いのにね、芸人らしく振る舞っても」
「ですよね。だから皆さんにも協力してもらいたいんです。共演者とTO-NAの話したり、TO-NAのことを発信したり」
「でも俺らには至宝・池ちゃんがいるから…」
「池ちゃんもいいですけど、神連チャンの女性アイドル枠は綱の手引き坂から始まってますからね。よろしく頼みますよ」
「わかったよ。協力する」

  

一方のTO-NAは物議を醸した決意表明から1週間後、ついに新拠点となるビルを提供された。1階には事務所とダンスレッスン場、地下にはレコーディングスタジオと音楽に集中する環境を備え、2階には全員が集まって食事できるラウンジ、3階から6階はメンバー各々の部屋、そして屋上からはスカイツリーが見える。メンバーらはこの拠点を「TO-NAハウス」と名付けた。しかしこれを機に、タテルのメンバーに対する態度が豹変してしまう。
「おい、練習はどうした」
「明日からやりますよ。引越し作業で皆疲れ溜まっているので」
「何呑気なこと言ってんだ!今日からやれよ!」
「えっ…」
「お前ら世界目指すんだろ?世界目指すグループは1日10時間以上の練習は当たり前。しかも君達には時間が無い。止まっていてどうするんだ」
「…」
「今までは冬元の後ろ盾があったから、ある程度なあなあでもやってこれた。でも今は違う。午前11:00練習場集合、2日後の東武宇都宮百貨店ライヴに向け只管踊り込め」
「…はい!」

  

「おい、動きがバラバラ!すごく目障りだ」
「はい…」
「コンマ1ミリのズレが違和感を生む。時間をかけてでも揃えろ。さもないとガッカリされて終わりだ」
「でもタテルさんは…」
「踊れないくせに、とか言いたいんだろ。言えばいいさご自由に。それで人の心を動かすパフォーマンスができるとは思わないけどね」
そう言ってタテルは事務所を飛び出した。優しく接してくれたタテルが乱暴な物言いをしたことに、メンバーは憤りを覚える。中でも年長メンバーは粘着質であった。
「あのぐうたらカピゴン!私たちの苦労何も知らないくせに!」
「たまに見せてくる自慢のダンス、キモいだけで何も面白くねぇんだよ!」
「独立に導いたのテメェだろ!責任持てよ!」

  

反骨心は逆に練習に打ち込む意識を加速させ、気づけば夜になっていた。
「あれ、置き手紙かな?…タテルくんからだ。えっ、しばらく留守にするって!」
「1週間以内には戻ってくる、ですって」
「どこまで無茶苦茶なんですかタテルさん」
「まあまあ頭の良い方ですから、何か意味あると思いますよ」
「そうですよ。私たちは私たちでできることやりましょう」

  

その頃タテルは東京を離れていた。メンバーに説教を決めた直後、レンタカーを借りて向島ランプから高速に乗り西へ向かっていた。お供のお菓子は堤通ランプ・向島ランプに至近の「志”満ん草餅」にて調達。餡入り餡無し2種類の草餅を1個ずつから注文可能で、餡無しは2個以上買うときな粉・白蜜がついてくる。

  

最初に向かったのは横浜に住むメンバー・レジェの実家。その後もスズカ、アヤと、立て続けにメンバーの実家を巡っていく。

  

神奈川出身メンバー3名の実家訪問を終え、さらに西へと車を走らせるタテル。サーヴィスエリアに入ると、ご当地の食べ物には目もくれず、そそくさと休憩を済ませてお供の餡入りの草餅を1つだけ食べる。シンプルに餅だけ食べると草独特の香りが強すぎるから、餡を合わせて丁度良くなる。それでも草の香りは雄々しく感じられる。

  

その後も愛知・京都と巡り、奈良県内のネットカフェで一夜を過ごすタテル。翌日はさらに西へと進むのだが、ネカフェに泊まるのは人生初の経験で、いまいち体の休め方がわからなかった。

  

一方のTO-NAハウス。宇都宮ライヴの前日になってもタテルは帰って来なかった。メンバーは練習の成果を動画に撮りタテルに送る。しかし既読さえつかない。

  

そこに広島出身のキラリンのスマホが鳴る。実家にいる母からの電話であった。
「キラちゃん大変!タテルさんが家で倒れた!」
「タテルさんが倒れた?え、どういうこと⁈」
「わかんないよ!とにかく今救急車呼んでる!もうびっくりしちゃって…」
「何で広島にいるのタテルさん?」
「それもわかんない!何か言おうとした瞬間倒れたから…」

  

呆然とするメンバー達。中には号泣する者もいた。
「みんな落ち着こう」キャプテンのグミが発声する。「タテルくんが倒れて不安な気持ちはわかるけど、私たちがどうこう言ったところでタテルくんを救えるわけじゃない。できることはパフォーマンスを仕上げること、それだけだよ」
「そうですよね。最高のパフォーマンスで、タテルさんを見返してやらないと」
「最後の言葉が捨て台詞だなんて、許しませんからねタテルさん!」

  

幸いタテルは間も無く意識を取り戻す。
「はっ!いけない、次は下関に…」
「ダメダメダメ、寝てなさい。あなた過労で倒れたんですよ」
「過労…ですか」
「あなた全然食事摂ってないでしょ」
「ええ、昨日東京を出発してから、草餅合わせて4個食べただけです」
「少ないですね。2日に渡って何されていたんですか?」
「車でひたすら西に向かって、何軒か知り合いの家を訪問していました」
「食事もせずそんなことしていたら倒れますよ。栄養剤打ちますから、明日いっぱいはお休みください」
「お金無いんですけど。朝になったら出ますよ」
「いいから休んでください!」
「…」

  

翌日、東武が手配してくれたレンタルマイクロバスでメンバーは宇都宮に向かう。タテルと同じ草餅をおやつとして購入し、堤通ランプから高速に乗った。タテルによりプロ意識を掻き立てられたメンバーは、車中でも歌の練習や振りの確認に余念が無い。

  

「実はな…」
大久保が突如タテルの話を始める。
「今まで黙っていてごめん。タテルなんだけど、みんなの実家を回って謝罪行脚をしているんだ」
「謝罪行脚ですか⁈」
「独立に導いた結果つらい思いをさせてしまったこと、強く責任感じているみたい」
「そうだったんですか…」
「あいつも意固地だよな。金を使いたくないから新幹線にも乗らず只管レンタカー、ホテルにも泊まらないし食事もしてないって」
「バカじゃないの⁈体大事にしてよ…」
「そういう訳だから、タテルを唸らせるパフォーマンス、期待してるよ」
「頑張らないと、ですね」

  

東武宇都宮百貨店に到着し、控室でロケ弁と草餅を食べる。餡無しの草餅は、きな粉の香りと白蜜の主張しすぎないさっぱりとした甘みで草の香りを穏やかにさせる。女々しい草餅と言える(男だから餡入り、女だから餡無し、と言いたい訳では無いので誤解無きよう)。

  

開演まで時間があったので、TO-NAのメンバーはビラを配りに外へ繰り出した。世間の恨みを買っている身分である以上相手にしてもらえないことが多かったが、それでもビラを受け取り応援の意思を示す者もいて励みになる。

  

その頃JR宇都宮駅付近では、昼の帯番組『ぼかぼか』でお馴染みの男性歌謡グループ・REI-WAとWASSHOIがビラ配りをしていた。ぼかぼか視聴者以外には無名の存在であるが着実にファンを増やしている。そしてどちらも冬元プロデュースグループであり、GARASOから指示を受ける。
「JR側だけじゃなくて東武側にも行ってください」
「わかりました!」
「貴方達は冬元先生肝入りのグループです。手広くがめつく集客してください」
「頑張ります!」

  

東武百貨店の周辺に押し寄せてきたREI-WAとWASSHOI。ビラをなかなか受け取ってもらえないTO-NAに、集客力の差を見せつける。
「ってかまたイヴェントの時間被ってない?」
「本当だ。私たちもあのグループさんもどっちも14時開始。あっちはJR側の駅ビルでやるみたいだけど」
「場所も違うし、ただの偶然でしょ。私たちは私たちでファンを増やそう」

  

そして14時。百貨店屋上で開場したTO-NAのライヴを観に来た客は疎らであった。この前と違い野次こそは飛ばなかったが、努力の結晶は十数人しかない客へ虚しく響くだけであった。
「また客奪われたのかな…」
「ちょっと前までハマスタを埋めていたのが信じられない…」
「もう辞めたいよ!いつまで続くのこの状況…」

  

「誰だ辞めるって言った奴は!」
「タテルさん⁈」
「パフォーマンス、リモートで観てたからな。まだ動き揃ってるとは言い難い」
「この状況でダメ出し⁈」
「歌もちょっと弱い。感情が載ってない」
「ごめんなさい…」

  

「だけどBメロのハモリはぴったしだった。力強さが何倍にもなっていて驚いたよ」
「え…ありがとうございます!」
「ダンスのスキルも成長していたと思う。少ない観客の前で大きく動けていた。よくやった」
「ありがとうございます!」
「俺は未だ旅を終えていない。帰ってくるのはもう少し遅くなる」

  

「タテルさんのバカ!」
「…いきなり何だよ」
「全部知ってますよ。食事も睡眠もろくにとらないで、メンバーの実家巡って謝罪していること」
「…バレたか」
「バレたか、じゃないんですよ!タテルさんがいなくなったら私たちどうすればいいんですか⁈」
「そうだな…」
「答えられないなら早く帰ってきてくださいよ!私たちにはタテルさんが必要なんです!」
「そう思ってくれるのは嬉しい。ごめんな心配かけて」

  

「タテルくん、大久保だ。俺からも質問がある。何故あの時厳しい態度とったのか、説明してほしい」
「それは…これ以上TO-NAがバカにされるのが嫌だから」
「なるほど」
「綱の手引き坂時代からパフォーマンス面でああだこうだ言われてきた。檜坂は完璧なフォーメーションダンスしているのに綱の手引き坂はなぜできない、とか言われて悔しかった。そんな中独立して、もし下手なパフォーマンスを拡散されたらもっとバカにされる。だから手厳しいダメ出しをした」
「私たちのことを思って言ってくれてたんですね…」
「俺がお前らのこと見捨てる訳ないだろ」
「タテルさん…」号泣するメンバー達。
「でも俺に辛口キャラは似合わないな。今ヴォイストレーナーとダンス講師を招聘しようとしている。厳しいことはその人達に言ってもらって、俺はフォローに回るよ」
「ありがとうございます!」
「謝罪行脚は一旦打ち切る。休み休み東京へ帰るね。落ち込んでる暇は無い、帰ったら練習練習!」
「はい!」

  

帰り際、1階フロアを覗いてみた時のことであった。
「あれ、綱の手引き坂の皆さんじゃないですか?」
「えっ⁈七人のパティシエの皆さん…」
「トシさん、今は改名して『TO-NA』っていうグループなんですよ」
「知らなかった、ごめんなさい」
「いえいえ」
「聞いてるよ、独立の話。活動の場が大幅に縮小されて困ってるんだよね」
「そうなんですよ。さっきも屋上でライヴやったらお客さん十数人で…」
「嘘でしょ⁈あんな人気グループだったのに⁈」
「独立騒動で多くの人を敵に回しちゃって…」
「あれおかしいよな。明らかに印象操作されている」
「それな。どこもかしこも真実を捻じ曲げて報じてる」
「メディアに流されてる国民も馬鹿だよな。分かってもないのに一丁前に批判しやがって、この国にはタコしかいねぇのかって思う」
「TO-NAの皆さん、負けないでくださいね。私たちはずっと貴方達の味方です」
「良かったら好きなケーキ持って帰ってください。甘い物食べれば元気も出ますよ」
「ライヴやる時は言ってね。差し入れ贈るから」
「皆さんお優しい…ありがとうございます!」

  

NEXT

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です