連続百名店小説『独立戦争・下』第2話「逆転への発想」(鰻禅/本所吾妻橋)

人気に翳りが見えていた女性アイドルグループ・綱の手引き坂46。色々あってプロデューサー冬元の手から独立することになり、怒った冬元は彼女達を都心から締め出した。グループ名「TO-NA」に改名し流れ着いた先は墨田区。特別アンバサダー・渡辺タテルのサポートを受けながら、「地域密着型アイドル」として活動を始めた。冬元は暴露系インフルエンサー集団「GARASO」を編成し、TO-NAの活動を邪魔しようとする。
*この物語はフィクションです。食レポ店レポを除き、実在の人物・組織とは一切関係ございません。

  

GARASOの面々はタテルが野次に歯向かったことをSNSで拡散した。SE○は忽ちタテルへの批判の声で溢れる。
「早速燃料投下してくれましたね、馬鹿のターテル君」
「『あんなデカい口叩ける身分かよ』『今どきお遊戯会でももっとマシだ』『日本の面汚しがスカイツリーなんか来んな』…烈火のごとく怒ってるぞ皆」
「ざまぁだな」
「それにしてもなぜ東武はあんな奴らを支援するんだ」
「東武沿線出身メンバーはミクくらいしかいない…あでもタテルもそうか」
「いくら出身とはいえ、あんな低俗な奴持ち上げるかね。地元を『ぶっ翔んでアダ地区』でバカにして、地元愛ゼロだよ」
「冬元先生お気に入りのスタミナ苑をこき下したのマジ許せねぇ」
「ホントそう。TO-NAの奴らも同罪だ、丸ごと潰えてしまえばいい」

  

一方プロデューサー大久保とアンバサダータテルは再び東武の役員に呼び出されていた。
「先日はイヴェントの時間被りおよび音響機器の故障でご迷惑をおかけし大変申し訳ございませんでした。お詫びと言ってはなんですが、鰻食べに行きません?」
「良いんですか?ありがとうございます!」
「俺は鰻苦手だな。代わりにメンバー連れてきますよ、センターの陽子ちゃんがいいかなタテルさん」
「良いと思う」

  

「私で良いんですか?」
「ああ。これからのTO-NAを引っ張るひとりだからな」
「私以外に行くべき人いますよきっと…」
「自信持て。弱気になったら負けるぞ」

  

日曜日の正午、タテルと陽子は東武役員の千住と落ち合い店に向かう。タテルはソラマチの中に入ることを想定していたが、一行は浅草方面へ歩いて行った。
「あれ、ソラマチの中のひつまぶしじゃないんですか?」
「いや、今日は業平橋越えた先の鰻屋さんにお邪魔しようと思って」
「そうでしたか。てっきり勘違いしてました」
「ソラマチって大きい商業施設じゃないですか。地元の個人店は客を奪われて打撃をくらいかねない。だから我々は地域の店を積極的に訪れています」
「企業の社会的責任、CSRっていうやつですね」
「そうですそうです」

  

本所吾妻橋駅の手前に目的の店「鰻禅」があった。案の定満席であったが、待合室となっている中二階の座敷が空いていたため記名をして待つ。しかし記名用紙は酒の入った冷蔵庫の隣にある小さな紙で、店員の指示もややわかりにくく戸惑ってしまう。

  

「それにしてもよくご存知ですね、ソラマチにひつまぶしの店があること」
「はい。よく考えたら、鰻重の店もありますよね」
「その通りです。7階にありますね」
「ソラマチならプレオープンの時から何度も通ってますよ!高校の帰りにもよく寄りましたし」
「それは素晴らしい。やっぱり渡辺さんは我々が支援するに相応しい存在です」
「いえいえ、おこがましいですよ〜」
「よっ、江戸っ子!」
「陽子まで何だよ…」

  

席自体は15分少々で空き、前に待っていた中国人カップルと共に下へ降りる。客の半数近くが外国人旅行客である。
「TO-NAの活動状況、いかがですか?」
「厳しいものがあります」
「せっかく地域密着型でやっていくと決めたから、地元民との触れ合いをしようと思ったんです。それで各所回っているのですが…」

  

「××幼稚園の皆さんにお歌を聴かせてあげたいです」
「何が『聴かせてあげる』ですか。上から目線にもほどがあります。あなた達の歌、園児が聴きたい訳無いでしょ」
「そこを何とか!」
「発育に悪影響与えます。身の程知りなさい」

  

「こちらのお店の宣伝、お手伝いしましょうか?」
「泥棒か?警察呼ぶぞ」
「違います、私たちは悪い人では…」
「来んな疫病神が!シッシッ」
「熱っ!」
「とっととくたばれ下郎共」

  

勿論全員が全員こんな奴らでは無い。TO-NAが干され貶されている現状を疑問視する善良な区民も一定数いる。だが大半の人々はメディアや世論のバッシングに流されTO-NAへの嫌悪感を抱いたままである。

  

「あ、TO-NAの陽子ちゃんだ!握手してください!」
「待ちなさいエリカ。TO-NAなんて近づくもんじゃありません!」
「え〜、何でよ」
「あの人達はおじさんに媚び売って生きているのよ。あなたにはパパ活女子になって欲しくない」
「パパカツって何?美味しいの?」
「いいからTO-NAからは離れなさい。あの人たちは悪い人なんだよ」

  

「ウウッ…」
「どうした陽子⁈」
「苦虫を噛み潰したようなお母さんの顔、思い出すだけで悔しくて…」
「悔しいよ俺だって。こんなに魅力的な子達が悪人扱いされるなんて、堪ったもんじゃない」
「酷い話ですね…でも応援してくれる人もいる。絶対に負けないでください」
「俺らは間違ったことしていない。腐ったら終わりだぞ、陽子」
「ありがとうございます…」

  

平和でいたい一同であったが、鰻を焼く夫、洗い物とホールを担う妻のいざこざが絶えない。あれやった?やってない。やってよ!とか、やってくる客に対して夫が「30分待ちですね」と言うと、妻が「30分じゃないでしょ、1時間はみておかないと」と牽制したりする。連携が上手く言っていないのは明らかである。

  

酒を頼んでいた隣の客にはつまみの佃煮がサーヴィスされていたが、浮ついていられない一同(そもそも陽子は未だ女子高生である)は1時間近く水だけで過ごす羽目になった。注文が入ってから捌く、というのはあるべき拘りであるが、なるべく待たせないよう効率良く回す工夫はして欲しいところである。

  

「タテルさん、ファンの獲得のために何か策はあるのでしょうか?」
「勿論考えているよ。ファン獲得のために、今いるファンを減らす」
「は⁈」
「そ、それって大丈夫なんですか⁈」
「減らす、というか間引く、かな。安心しろ、俺は馬鹿じゃない。ちゃんと論理は通してるから」

  

TO-NAが嫌われる要因のひとつに、ファンの民度の悪さがある。綱の手引き坂時代に開催したイヴェントではメンバーへのセクハラ発言、ファン同士の喧嘩、泥酔してメンバーに絡む、ライヴ会場に泊まり込む、私有地への無断侵入などが絶えなかった。

  

「まあそういうことありますよね。好きすぎて周りが見えなくなっちゃうとか」
「気持ちはわかります」

  

でもファンの印象が悪ければそのアーティストの印象も自動的に悪くなる。フォロワーがエロ垢副業垢ばかりのSE○アカウントがバカにされるように、節度を守れないファンの目立つグループは白い目で見られます。何事も量より質が大事。だからTO-NAはファンを選びます。

  

「でもタテルさん、ファンが少ないというのも怖いです」怖気付く陽子。

  

綱の手引き坂時代、ファンはメンバーに構ってもらうために金を積んでもらった。その際楽曲なんてオマケにすぎなかった。それじゃあアーティストとしては不健全すぎる。勿論楽曲に惹かれて応援する人もいるが、金が無いとにわか扱いされる空気があった。不健全ファンという癌細胞が停滞感を生んでいた。
癌細胞を撲滅するためには正常な細胞も取り除かなければならず、負担はとても大きい。でも放っておいたら命は無い。同じように不健全ファンの排除で健全なファンを失うことにはなるが、残るのも健全なファンだけだから、TO-NAのイメージがクリーンになって今まで以上に推してもらいやすくなる。その「再生力」に俺は期待している。

  

「思い切ってますね。でもそれが実現できたら最強だと思います」
「勿論メンバーの意見にも耳を傾けたいと思います。音楽・歌唱・ダンスの実力が如実に問われる厳しい戦いになりますからね。でもそれくらいしないと宙ぶらりんのまま終わる。ここは一つ大勝負賜りたい」

  

決意が固まったところで漸く上うな重がやってきた。しかし陽子のものだけやけに焦げていた。
「ばらつきがあるのはどうなんだ」
「確かに気になりますね。私のと交換します?」
「大丈夫ですよ千住さん。私関西出身なのでむしろ焦げている方が良いです」

  

とは言えここは関東。フワッと、いや、トロッと、と表現できる蒸し焼きの食感である。小骨に気をつけさえすれば飲める鰻重で、ここまで来ると鰻らしさが弱く感じてしまう。味付けも塩気が強く、タテルのような素材原理主義者は違和感を覚える。しかし奢ってもらっている以上、4000円台でももっと美味しい鰻重があるのに5000円するのはちょっと高い、などとは口が裂けても言えない。

  

「渡辺様、よく鰻は食べるんですか?」
「今は贅沢言えませんけど、よく食べてますね」
「どこかおすすめあります?」
「利根川の辺りは充実してますね。佐原の山田や小見川のうなせんとか」
「今度行ってみます!」
「ぜひぜひ!」
「陽子も頑張ろう。糸目つけず鰻食べれるようになりたいね」
「はい!元気出てきました、行って良かったです」

  

仮の事務所に戻ったタテルはメンバーと会議を行い、メンバーはタテルの方針を受け入れた。決意表明の文を作成し、公式SNSにアップする。

  

TO-NAとして再始動するにあたり、今までと大きくやり方を変える運びとなりました。
えのき坂・綱の手引き坂時代の楽曲は、1曲を除き封印します。暫くは他アイドルのカヴァー曲を披露しますが、直に全てメンバー自身で作詞作曲した楽曲に置き換えます。
また、踊りながら歌うスタイルには疑問を持つ人も多いです。スズカはじめ歌に定評のあるメンバーを多く取り揃えていますから、歌う人は歌に専念させるべき。よってヴォーカルとダンサーを分けます。これで口パク疑惑とは無縁になることでしょう。
また、TO-NAはあくまでアーティストです。キャラクターや人間性も勿論大事ではございますが、歌やダンスなどのパフォーマンスを集中して観てもらいたいと思います。
そこで、ライヴにおいてはペンライト、推しメングッズの使用は認めますが、コールや手拍子など、パフォーマンスを阻害する行動は禁止します。また握手会やミーグリは大幅に規模を縮小、1人が1回に参加できる枠数は1枠のみと限らせていただきます。
今まで多くの財を費やして応援してきた方々にとっては物足りない推し活になると思います。ですが元来アイドルとは広く浅く愛されるべき対象であり、ファンとメンバーの距離が近すぎるのは問題だと考えています。メンバーとお話しする機会はあくまでもオマケであり、パフォーマンスが主力商品です。メンバーをいやらしい目で見たり性的欲求を満たす対象とするようなファンなら不要です。
お願い事が多いことは重々承知しております。ただ「綱の手引き坂は音楽そっちのけで握手券で金を巻き上げるパパ活集団」と言われ続け、メンバーは深く傷ついております。健全なアーティストとして活動していくために必要な措置です。ご理解のほど、よろしくお願いいたします。

  

GARASOにとってはまたもや良い燃料投下である。
「さすがタテル、ラーメン屋の能書きに感化されてやがる」
「そんな威張れるようなグループじゃないのにな」
「ろくに練習もしないでバラエティばっか。何がアーティストだよ」
「どこまでも馬鹿すぎて笑える。そんなスタッフに乗っかるメンバーもな」

  

声明をGARASOが拡散したことにより、TO-NAはさらに猛烈なバッシングを浴びることとなる。ただでさえ減っていたフォロワー数はさらに半減し、裏切られたファンの中にはメンバーやスタッフへの襲撃を予告する者もいた。

  

一方、TO-NAの存在が消された芸能界のうち、特に芸人界隈に注目してみると、相変わらず多くの芸人(特に若手)がTO-NAを忌み嫌っているが、比較的好意を示す者もいる。ある日、綱の手引き坂の冠番組でMCを務めていたオーラリーが、自身の番組に「賞レース準優勝コンビ」という括りでジャックルビー、残コットン、ユウカ、おかまたちを呼んでいた。
「何か最近元気ありませんよねお2人とも」
「ちょっとね…TO-NAの件でさ」
「お気持ちお察しします。つな逢い、面白い番組でしたもんね」
「もちろん別れたくなかったんだよ。でも別れないとオールナイトニホン降板させる、って圧力かけられて」
「許せませんねそれ」
「TO-NAの子たちはバラエティに前向きで、安心して進行を務められた。お互い信頼もあった。だけどラジオを捨てることの影響力の方が大きいと思って、どうしてもさ…」

斜に構えることの多いオーラリー豪徳寺が涙ぐむ。
「メンバーが『オーラリーさんと離れるの嫌だ!』って言うのを見てもうつらくて…」
「絶対おかしいですよそれ!」おかまたち濱内が声を上げる。「あの子たちはバラエティに前向きで面白い」
「俺たちにできることないかな?みんなも協力してくれや」おかまたち山家も前向きである。
「でも俺たち界隈の芸人は結構TO-NA嫌ってる人多いですよ」
「まずそれがおかしいねん。何その風潮?」
「よし、明日以降共演者と積極的にTO-NAの話しよう。少しずつだけど誤解を解いてあげて、真っ当に活動できるようにしてあげたい」
「おかまたち兄さん、カッコいいっす!」

  

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