かつてほどの人気を失いつつある女性アイドルグループ「綱の手引き坂46」。その特別アンバサダーを務める渡辺タテルは、メンバーと話し合いながら、自由に活動するためプロデューサーの冬元の手から離れることを画策するが、弟でライバルグループ「檜坂46」を支配するカケルの影が忍び寄る。
*この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。実在の人物・団体とは一切関係ありません。大事なことなので2回言いました。
民放キー局のうち、テレ日・富士は比較的慎重な姿勢で報じていたが、TBBSと朝テレは綱の手引き坂に全て非があるという論調をとっていた。特に朝テレ『モーニングジョー』の名物コメンテーター・二子玉川トオルは激しい口ぶりで綱の手引き坂を断罪した。
「さっき廊下でね、この後の番組のメインキャスターさんとすれ違いましてね。綱の手引き坂のこと訊ねてみたら、『私クイズ番組で綱の手引き坂を答えさせる問題出されて、間違えてしまいました。歌舞伎役者の弥二郎さんも答えられなくて、芸能界随一のクイズ王・カズキレーザーさんでさえ自信無さそうでした』と話してましてね。一線で活躍する人にも、何でも知ってる人にも知られてないグループが、恩を捨てて独立を企てようなんて、身の程知らずもいいとこだよ!」
「いやいや、私の母は綱の手引き坂くらい常識だ、わからない方がおかしいとまで言っていました」朝テレ送りアナしんいちがフォローを試みる。「彼女達がグループを発展させるために何をすれば良いのか、よく考えた上での結論だと思いますが」
「勘違いしてるけどね、綱の手引き坂は国民的グループになれる訳無いんですよ。MAPSと同じ尺度で威勢を張らないでもらいたい。お前らがこうやって活躍できていた状況、当たり前じゃねぇからな!」
タテルは早速、メール送信主のタカハシに連絡を取ろうとする。しかしタカハシは既に檜坂の手に落ちており、タテルの連絡に応答することは無かった。
「犯人はタカハシだよな…信頼してたのに何だよ、この裏切りは!」
「タテルくん、運営のスタッフさんが私達を呼んでる。スキャンダル対策委員会開くって」
委員会でメンバー達とタテルを詰問する運営スタッフ・相馬と越谷。
「どういうことか説明してもらおうかね、キャプテンのグミ君」
「私は何も…」
「待て、俺から説明する」
「タテルくん…」
「まずはっきり申し上げますと、この独立宣言は改竄されています」
「嘘をつくな!」
「嘘じゃないですって。確かに昨日の会議でこの独立宣言に似た文書は作りました、ですが書記のタカハシがこれをすり替えたんです」
「人のせいにするのか⁈」
「タカハシは逃げました。連絡が取れません」
「そんなのあり得る訳無い。どこまでも最低だなお前ら!」
「今から独立宣言の改竄された点を具体的に説明しますから!まず冬元先生の作詞から離れるという点について、宣言では全楽曲となっていますが、正しくはカップリング曲のみです」
「変わんねぇじゃねぇか!結局冬元先生の手から離れたいんだろ!」
「最後まで聞いてください!」
「聞かなくてもわかるから、もう何言っても無駄だよ」
「とにかく、最後の一文『最終的には冬元先生の手を完全に離れる。』は真っ赤な嘘です!勝手に付け加えられました!」
「もう何も信用してないから。嘘ばっかり」
運営スタッフの圧に、メンバーの半数程が号泣し、中には過呼吸になる者もいた。
「未熟なメンバーが運営を裏切って独立を図った。これは由々しき事態である!」
「次のつな逢いは予定を変更して、メンバー全員で生謝罪してもらう」
「記者会見じゃダメですか?」
「当たり前だろ。この独立宣言のせいで精神的ダメージを食らった冬元先生。いち弱小グループの暴走のせいで活動に制限がかかった希典坂や檜坂、IMCなど多くの冬元先生プロデュースグループ。そして心配をかけられたファンの皆様。謝る対象はいっぱいいる。なのにまだ何か弁明する気か?」
「だから彼女達は…」
「これ以上話していても埒が明かない。これにて委員会を終了します!反省しろ生意気な小娘ども」
タテルは泣き出しそうになる気持ちを堪え、努めて冷静に振る舞う。
「俺は皆の避雷針になってやろうと思った。でもなれなかった。ごめんよ…」
「いいんですって。タテルさん何も悪くないですよ」
「運営の人たち、全然タテルさんの反論聞こうとしなかった。酷いですよね…」
「嘘の独立宣言を完全に信じ込んでいるようだ。勿論綱の手引き坂が完全に冬元先生の手を離れるつもりは無い。生謝罪でそのことを強調する」
「生謝罪は受け入れるんですか?」
「敢えて受け入れる。皆は知ってるよな、MAPSの生謝罪のこと」
「覚えてます。衝撃でしたよね」
「あれで人々は事務所への不信感を持った。生謝罪さえ乗り切れば、世間からの支持は得られると思う。世間の声は強いからな、味方につけておきたい」
「なるほど…」
「ブレなければ大丈夫だ。今できることをやろう。今日の一流キャンペーンはピッツァ。ブレバト俳句でピザの句を詠み褒められたマナと行く」
「えっ、私でいいんですか?」
「当たり前だろ。ほら、行くぞ」
予約が無いと高確率で入ることのできないピッツァの名店ストラーダ。外国人の客が過半数を占める、国際色豊かな店である。店員はちょっとぎこちない動きをするものの、それで特に困ったことは無い。
少しの苦味が心地よいアペロールスプリッツを味わいながら、騒動の最中とは思えないような他愛の無い会話を展開する2人。
「マナ、俳句で詠んでいたけど、ナポリピッツァ食べるんだ?」
「イギリスにいた頃は、ですね。日本に来てからは宅配のアメリカピザばかりです」
「だよね。俺いっつもドミノピザ」
「私はピザーラ派です」
「でも今日はナポリだから。久しぶりだな。マルゲリータ、飲めるかな?」
「ちょっと待ってください、ピッツァ飲むんですか⁈」
「美味しいマルゲリータというのは、飲めるくらいトマトがしずって美味しいんだ」
「そうなんですね。タテルさんと一緒だと見方が変わります」
「ようこそ一流の世界へ」
冷前菜にはシャルキュトリー盛り合わせを。ハモンセラーノは噛めば噛むほど豚肉の空気感に包まれ、赤身と脂身が合体し喉元を過ぎると塩気をまとった旨さが残る。サラミは厚みがあり、大きなものもあって食べ応え抜群。塩気と肉の脂のバランスも良い。ハムは香り高さが印象に残る。
「サリナとのラジオの時以来だね、じっくり話すのは」
「そうですね。ラジオも終わっちゃいましたし…」
「マナはこれから何に力入れていきたい?」
「そう言われると、はっきりとした答えが出てこないです」
「それあまり良くないな。自分でもわかってると思うけど、取っ掛かりが掴めないと推してくれる人増えないよ」
「ですよね…」
「英語ができる、しかも日常的に使っていた。だから英語講座やってほしいと思ってる」
「それいいですね」
「YouTubeでやりたいよな。マナはまだ一回も企画やってなかったよね」
「そうでしたね」
「よし決まり!」
これまた苦味が心地よいリモンチェッロスプリッツを追加したタテル。
温前菜は周りで頼んでいる人も多かったイカフライを選択。香りもあり弾力も抜群。安物のイカとは全く違う。
タテルは可愛らしい店員にときめいた。
「タテルさん、鼻の下伸びてますよ」
「バレた?可愛い子いるな、って」
「タテルさん、今けっこう緊急事態なんですよ。見惚れてる暇ないですって」
「うちらのグループに来てほしいな。でも無理か、今の世代は日本より韓国だもんな」
「それはありますよね」
「やっぱ冬元のせいかな。日本のガールズグループに憧れを持たなくなったのは」
「何言い出すんですか⁈」
「今になって思ってきたんだよね、独立は妥当な選択肢なんじゃないかと」
「タテルさん、いくらなんでも…」
「あの運営の強硬姿勢見て思わなかったか、あんな運営だったら関わりたくないって」
「それは…否定できません」
「だろ。その辺の意識合わせ今度したいと思う」
いよいよマルゲリータの登場。トマトソースの酸味も、モッツァレラチーズの乳感もあるにはあるがすごい強い訳ではない。では何がこの店の強みかというと、焦げる寸前まで焼くことによりクリスピーさが際立っているところである。生地自体薄めなところにこの焼き方を施すと、1人で2枚食べてしまえそうなくらい夢中で貪れるのだ。
スパークリングワインを追加したタテル。濃いめですぐ酔っ払えそうである。
もう1枚は最も豪華なピッツァ、水牛モッツァレラガーリックシュリンプ。トマトソースにガーリックの味が足されこれまた夢中で頬張れる。海老にはガーリックの味がよく染みていて、単体で食べると随分濃い味。海老が多いところは生地と合わせても味濃いめになるので酒が進む、と思うが濃いめのスパークリングワインと合わせると余計しつこくなってしまう。
「マナって卒業後のヴィジョンとか持っていたりする?」
「どちらかというと裏方やりたいかもです」
「裏方か…」
「ミュージカルとか好きだから劇作家になったり、勿論アイドルも好きだからプロデューサーやってみたり」
「そうか。でもマナも一流の芸能に触れているわけだし、信念持ってやれば絶対成功できるよ」
「ありがとうございます」
「でもアイドルとしても一花咲かせてほしいな。前列に出てくること、諦めないでほしい」
濃いめのピッツァを食べたためデザートを欲す2人。まずティラミスは、コーヒーが染みマルサラが程よく効いた心地よい味。
アーモンドとピスタチオのセミフレッドは、アーモンドの香りの密度が高い氷菓。ナッツがゴロゴロ入って、食べていて楽しさが絶えない。
「マナ、日本のアイドルを、それも綱の手引き坂を選んでくれてありがとう」
「えっ…ありがとうございます」
「売り上げとか気にしないで。俺は誰も見捨てない。一人ひとりの魅力を大切に磨き上げる。それが俺の使命だ」
そして生謝罪の日がやってきた。こういう場ではキャプテンが真ん中に立って発言するのが常ではある。
「あ、キャプテンは下手へ。真ん中にはナオが立ってください」
「え、でも私が率先して…」
「事情があるんだ、指示に従ってくれ」
「…」
タテルの持つスマホには、タテルとグミが2人でいる写真の載ったネットニュースが映っていた。
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