連続百名店小説『独立戦争・上』第三話(アルデバラン/麻布十番)

かつてほどの人気を失いつつある女性アイドルグループ「綱の手引き坂46」。その特別アンバサダーを務める渡辺タテルは、メンバーと話し合いながら、自由に活動するためプロデューサーの冬元の手から離れることを画策するが、弟でライバルグループ「檜坂46」を支配するカケルの影が忍び寄る。
*この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。実在の人物・団体とは一切関係ありません。大事なことなので2回言いました。

  

「綱の手引き坂が再浮上するために必要なこととは何だろう」
「いっぱい歌を出す」
「いっぱいYouTube更新する」
「いっぱいフェスに出る」
「それはそう。皆も本当はそうしたいと思っている。だがそれには足枷がある」
「たしかに。あれやりたいこれやりたい言っても、運営に止められることが多いです」
「他グループとの調整もあるから綱の手引き坂だけ特別というわけにはいかない、と言われました」
「もっと自由に動きたいと思わない?例えばどく…」
「独立ですか?その勇気はさすがに…」
「部分的な独立ね。どういうことかと言うと、冬元先生の作詞が追いついていないから別の人に作詞を頼む。または自前で作詞する。音源も誰かに提供してもらったり、スズカに作ってもらったり」
「それくらいならしてもいいかもね。檜坂さんもそうしてるし」グミが太鼓判を押す。
「YouTubeも制約無しで自由にやって、外部イベントにも積極的に営業かける。この辺しがらみ取っ払って思うようにやりたいね」

  

一方その頃、檜坂メンバーはテレビで綱の手引き坂のパフォーマンスを鑑賞していた。
「新しいセンターの子、あどけないけど可愛いね」
「曲もポップで綱の手引き坂らしい。私達には出せない良さがある」

  

そこへカケルがやってきて、テレビの電源を切った。
「カケルさん何するんですか?」
「せっかく観てたのに…」
「いいか、君達は綱の手引き坂とは格が違いすぎる。こんなお遊戯会みたいなもの観て何になるというんだ」
「お遊戯会は言い過ぎですよ」
「じゃあ学芸会」
「それも言い過ぎです」
「とにかく綱の手引き坂は踊れーぬ歌えーぬ。こんなのと同じ事務所にいるなんて反吐が出る」
「…」
「でも綱の手引き坂は自ら事務所を去るようだ。温かい目で見つめてやろう。坂を下る様子見られるの、楽しみだなぁ!」

  

水曜日の夜、タテルは綱の手引き坂メンバーのヒヨリを連れて、麻布十番のハンバーガー店を訪れる。
「やばいやばい遅れる!予約の時間19:15に間に合わない!」
「タテルさん、少しくらい遅れたっていいじゃないですか」
「ダメだよ、このお店パンクチュアルだから」
「私英語わからない!」
「タイミング合わせて焼いてるから時間厳守なの!電車に乗るみたいに!目の前で行っちゃったあ〜あは許されないの!」
「じゃあもっと余裕もって事務所来てくださいよ、仕事早く終わらせて」
「悪かったよ、会議長引いちゃったから!」

  

何とか間に合った2人。スタイリッシュな店内の一番奥のテーブル席に座り呼吸を落ち着かせる。ハンバーガーに合わせる酒はビール一択だ、というタテルの考えにより、サミエルアダムスという銘柄を注文した。狙い通りどっしりとした味わいである。

  

「タテルさん、ハンバーガーのメニューは…」
「予約の時点で決めなきゃいけない。悪いが選択権は無い」
「え〜、自分で選びたかったのに…」
「この店のNo.1と思しきメニューにしてある。リアルバラン、簡単に言えばてりやきエッグチーズバーガーだ」
「てりやき?私大好き。ありがとうございます、好みわかってくださって」
「すごい掌返し…」

  

ビールに合わせセットのコールスローが登場。コールスローと聞けばシャバシャバしたマヨネーズ味を思い浮かべるが、ここのコールスローは味つけが控えめで、キャベツよりはベーコンの味がよく感じられる。

  

同じくセットのフライドポテト。細め派太め派で喧嘩になりがちなところ、ここでは仲良く両方提供。細めの方はもちっとした食感があり、衣が厚めでオニオンリングのようなコクさえ覚える。一方太めの方はきめ細やかな芋の美味しさを堪能できる。

  

「ヒヨリも逞しくなったな。最初の頃はすごい歯向かってたのに」
「あれは本当ごめんなさい」
「まさか京子とも仲良くなるとは思わなかったな。交わる要素ないと思ってたのに」
「お互いゲラに入りやすい、っていう共通点がありますからね」
「そうそうそう。この前の京子の卒コンでも仲睦まじくゲラってた」
「笑顔で送り出そうと思ってたらゲラっちゃって」
「でも最後は泣いてた。それくらい京子の存在は大きかったわけだ」
「ダメです、思い出すだけで泣けてくる…」
「ヒヨリも俺も京子に救われた。京子はアルデバランのように輝いていた」

  

本題のハンバーガー、リアルバラン。ベースが照り焼きソース、生に近い半熟のエッグ。結果としてすき焼きのような味わいになっている。じゃあすき焼きを食べればいいじゃん、となるかもしれないが、肉を食らう感覚も十二分に楽しめるから、ハンバーガーである必然性も欠かしていない。パンの食感を残しつつ味が染みて柔くなったバンズも堪らない。
「私びっくりしました。こんなに美味しいハンバーガー初めてです」
「俺もだ。この店はひと味もふた味も違う」
「週一で来たいです。全メニュー制覇したい」
「今度は他のメンバーも連れて来よう」

  

食後に口直しの葡萄麦茶。葡萄の確かな香りと麦らしい乾いた香ばしさが同居している不思議。最後まで心を揺さぶってくる素晴らしい店であった。
「じゃあこの後はバー行こうか。ちょっと歩くけどいい?」
「もちろんです。タテルさんとならどこへでも行きますよ」
「俺らマブダチだね」

  

「冬元先生、いよいよやっちゃいますか?」
「何をやるんだ」
「綱の手引き坂メンバーが独立を宣言したことにするんです」
「なるほどね」
「信頼のおける週刊誌にリークします。人気が落ちているとはいえ大手アイドルではありますから、ワイドショーの格好のネタになることでしょう」
「なるね」
「冬元先生のことを悪く言ったように見せかけて印象を落とす。こんな気持ち悪い太ったおっさんの書く歌詞など歌えない、とか言ったことにして」
「やめてくれ不快だ」
「俺が思ってる訳じゃないですって。これで皆挙って綱の手引き坂を叩く。綱の手引き坂の印象は最悪です。ウヘヘヘヘ」
「その笑い方こそ気持ち悪い」

  

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