連続百名店小説『独立戦争・上』第七話(ブルガズ アダ/麻布十番)

かつてほどの人気を失いつつある女性アイドルグループ「綱の手引き坂46」。その特別アンバサダーを務める渡辺タテルは、メンバーの自主性を認めるようプロデューサーの冬元に要請しようとしたが、弟でライバルグループ「檜坂46」を支配するカケルの手により「冬元の手から完全に離れる」と捻じ曲げられて伝えられ、独立騒動に発展した。更にメンバーの問題行動が相次いででっち上げられ…
*この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。実在の人物・団体とは一切関係ありません。大事なことなので2回言いました。

  

独立騒動のあった綱の手引き坂46ですが、昨晩のラジオ番組の生放送で、メンバーのコノさんが不適切発言をしました。コノさんはこの番組のパーソナリティーで、番組中クイズを出題され、回答として卑猥な言葉を発しました。所属事務所はコノさんに無期限の活動休止を命じ、番組は暫く代打パーソナリティーを起用、パーソナリティーの交代も視野に入れているとのことです。
また、スタッフの男性との恋愛スキャンダルが噂されているグミさんも無期限の活動休止となりました。

  

グミ、コノの不祥事(どちらも濡れ衣だが)により、一部メディアは綱の手引き坂を叩く姿勢を強める。しかし一連の事件の不自然な点を指摘する司会者もいた。「PayPay,」コメンテーターのひとりは、檜坂メンバーがコノの不適切発言を誘導したように感じられる、と私見を述べMCも同調した。コノやグミと親交のある宇卜宮アナに至っては号泣しながら2人を擁護した。
「コノさんもグミさんもそんなことするような人ではないと思います!2人とも真面目な方で、してはいけないことを弁えている。グループに対する想いも強い。断定はできないのですが、何か裏の力が働いている可能性も否定できません」
この発言には、アナウンサーという立場を弁えろ、などの批判の声もあったが、芸能界の闇を憂う者、綱の手引き坂の潔白を信じる者からは大いなる支持を集めた。

  

コノ騒動の翌日、タテルは3期生のカコニ・マリモ・パルを集め食事することにした。
「今日は何料理ですか?」
「トルコ料理だ」
「トルコですか?馴染みないですね」
「俺もだ。でもトルコ料理はフランス料理・中華料理と並ぶ世界三大料理だと云う。一流を学ぶ者なら避けては通れないだろう」

  

麻布六堂という建物の3階に、トルコ料理の名店「ブルガズ アダ」はある。因みに、同じ建物内にはフランス料理の名店ALLIEもある。
「落ち着きますねこの空間」
「王宮をイメージした空間なんだって」
「ここ最近荒れた日々だったから、今日は久しぶりに安らげそうです」

  

トルコビールを頼んだタテル。どっしりとした苦味が駆け抜け、後半はすっきりとした感覚がある。

  

前菜からいきなり複雑な料理。焼き茄子にかかっているのは、ヨーグルト・ガーリック・ザクロ酢・オリーブオイルなどでできたソース。濃厚で異国情緒溢れる味だが、茄子のまったり感に寄り添っていて、家でなんとか真似したくなるくらい美味しい。

  

「3人は俺のいない間何やってる?」
「パルの家に集まってゲームしてますね」
「出たよ『ぱるるんち』。みんな連れ込まれるやつ」
「メンバーと一緒にいるのが一番落ち着くんですよね」
「昨日はみんなで京子さんとかき氷食べに行きました」
「京子と⁈本当仲良いんだね」
「敬語使わなくていい、私3期生に転生したから、とか言って下さって」
「どんな設定だよ…でも良かった、京子元気でいてくれて」
「タテルさん、何かあったんですか?」
「ま、そうだな…あ、次の料理来るよ、食べよう食べよう!」

  

チキンと野菜のスープ。チキンの濃い旨味がありつつ、野菜のあっさりした旨味も出ている。
「次は『ドルマパフチェ宮殿 帝位の間の舞踏会 前菜の輪舞曲』ですね」
「必殺技みたい。ドルマパフチェ宮殿!」
「うわぁ!強すぎるよパル」
「マリモ、見たか!私のドルパマフチェ宮殿!」
「お、おみそれしました…」
くだらないやり取りでも、楽しそうにしているだけで人を幸せにする力が綱の手引き坂メンバーにはある。この笑顔を守らなければならないと、タテルは改めて痛感した。

  

ドルマパフチェ宮殿の登場。かなりの品数に舌を巻く一同。
右上のカポナータのようなものの濃厚な味わいは人々の心を安心させる。
そこからボスポラス海峡に架かる橋を模したグリッシーニが延びており、対岸である左下にはフムス。昔の製法に合わせオリーブオイルは手絞りで。フムスの味わい深い豆感は、繊細に絞られたオリーブオイルと合わなさそうで合う。
右中段にはマルゲリータのようなチーズ巻き。中にしっかり味が詰まっている。
その少し左上には、野菜の円やかな味がするオムレツ。
更に左上には、密度の高さと若干の酸味が特徴的なチーズに、香りの良いオリーブが刺さっている。
右下に戻って、トマトソースにホワイトマッシュルームを浮かべている。これはトマトソースの味が主でマッシュルームは味気ない。
鴨肉のスパイス焼きは狩猟文化の象徴。味わいは中くらいだが歴史の啓蒙としては意義深い。店員はトルコの文化をしっかり教え込まれており、世界史を学んでいる人にとっては興味深い話を聞けるのだろう。
下にはアーティチョークの芽。そのままだと嫌いになってしまうような酸味があるところ、オリーブオイルの油、そしてガーリックのニュアンスで食べやすくしてある。
左下はブルグル(クスクスをもっと細く挽いたもの)。まったりとした味わいでほっこりする。
左上はパプリカペースト。オリエンタルな味わい。西洋と東洋のエレメントを両方味わえるのはトルコ料理の強みである。

  

「みんなでいると楽しいけど、これからの私たちの活動、どうなってしまうんだろう…」
「運営も私たちの相手してくれない。新規のお仕事がゲットできません…」
「独立を企てた者は皆そうなる。でも俺らは独立するなんて言ってない。それをわかってもらわねばならない…」

  

一方その頃、宇卜宮アナは先輩アナウンサーのテレ日残りアナたかひこからお叱りを受けていた。
「報道は公正でなければならない。私情を語り涙するという行為は褒められたものではない」
「はい…自分でも良くないことをしてしまったと反省しています」
「でも気持ちは解るぞ。僕もこの事件、おかしいと思っている。生謝罪も観た。タテルさんの釈明を流してこそ、公正な報道と言える。仲間を募って上層部に掛け合ってみよう」
「ありがとうございます、味方がいると心強いです!」

  

青森産平目をふっくら焼き、カシミール産サフランを使ったソースで食べる。平目は身が柔らかく旨味も感じられる。一流の目利きと調理を心得ているようである。サフランの香りもあるにはあるが、密度がそこまで無いので印象は弱い。

  

「タテルさん、実は私たち、完全独立もアリだと思っているんです」
「マジ?」
「私たちは選抜に入れてないじゃないですか。アンダーメンバーの多くが、ここから浮上することを諦めているんです」
「ファンの皆様からも『3期生は不遇だ』と言われることが多くて…この状況を何とか打破したいんです」
「確かにな。4期は動くかもしれないけど、悪い言い方すればこの序列で納得してしまう自分もいる」
「だから、独立という大きな一撃が欲しいんです。もちろんそれで何か変わる保証はありません。でも変われる可能性はそれしかないと思うんです」
「その通りだ。今の体制下ではミーグリの売上が指標の全て。その指標が照らし出す人気順というものに俺は違和感を覚える。何でこんなに面白くて魅力的なメンバーが不人気なんだろう、といつも歯痒く思っている」
「そんな思ってくれてるなんて…有り難いです」
「当たり前だろ。もし独立して俺が権力を握る場合、俺は人気とか関係なく曲に合わせて柔軟にメンバーを選ぶ。だから君たちにも浮上のチャンスがある」
「そうだとしたら嬉しいです。頑張っていけそうです」
「ただ独立すると決めた訳じゃないから。反対派もいるはずだ、慎重になろう」

  

肉料理はラムチョップ。骨の近くにいけばいくほど旨味がある。ただ肉質は普通に良いくらいで、ソースも平板であり、前菜盛り合わせと比べるとトーンダウンしている。また量が少なめであり、健啖家にとっては物足りなく感じるだろう。
一方で付け合わせのヨーグルト和え人参が大変美味しい。これも家で再現してみたい料理である。

  

「しかしコノさんもグミさんも活動休止…このままじゃ綱の手引き坂はめちゃくちゃですよ!」
「コノさんはあんなこと言わないはずなのに、何故…」
「俺の見立てだがあれは間違いなく誘導された。どう考えてもあれは不自然すぎる」
「たしかに、ラムサール条約は皆が知っているようなものではないですよね」
「マリモちゃんなんて『ラムサールって何?美味しいの?』って言ってた」
「やめてよそれ〜」
「さすが食いしん坊マリモ。まあQuizHockの動画じゃないんだから、もっとリスナーが広く知っていそうな問題を出すのが普通だろう。あの言葉を言わせたい、という意図が露骨に出ている」
「でもマスコミは皆コノさんを叩いてる…」
「所詮この国の人は真実なんてどうでも良いんだ。自分にとって都合の良いものだけ受け入れ、都合の悪いものは徹底的に排除する。正しいかどうかは関係ない。実力での暴力が禁じられている分、見えない力で人を痛めつけたくて堪らないんだよ」

  

どうにもならない悲しい現実に涙する一同。そこへ、向かいの席にいた陽気な外国人男性が手を差し伸べる。
「Youたち、どうしたんだい?ってあれ、綱の手引き坂の皆さんじゃないですか」
「すみません、どちら様でしょうか…」
「怪しい者ではありません。私は長らく芸能の仕事に関わっている者です。志村けんさんの番組のスタッフからキャリアをスタートさせ、今は主に外国人タレントのマネジメントを行っております」
「お名前お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「イズミール・モリです」
「調べさせてください。…本当だ、敏腕マネジャーって紹介されている。ごめんなさい疑ってしまって」
「いえいえ。大変ですね綱の手引き坂さん、独立がどうたらこうたらで」
「そうなんですよ。もうお先真っ暗で…」
「私は貴方達の味方ですよ」
「えっ?」
「タテルさんですよね?生謝罪の時弁明していた」
「観てくださっていたんですね!」
「おかしいですよね、どの局もタテルさんの弁明を報じないの。多分圧力だと思うんですけど」
「あり得ますね…」
「私、宇卜宮アナの連絡先持っています。彼女は綱の手引き坂さんのことを心配しています。タレコミしてみてもいいんじゃないでしょうか?」
「ありがとうございます!」

  

デザートを食べながら文面を考える。ライスプディングに香るバニラに癒され、ヘルワという丸いお菓子に練り込まれた松の実の香りに感心する。フルーツカクテルといちじく(?)パイはそこまで印象に残っていない。

  

「みんな、これでどうだ?」
「良いですね、伝わると思います!」
「イズミールさん、スマホをお借りします」
「どうぞどうぞ!」
冬元への要請を独立宣言に書き換えられた反省を活かし、自らの手で宇卜宮にメールを送る。

  

宇卜宮様
突然の連絡失礼いたします。綱の手引き坂46特別アンバサダーの渡辺タテルと申します。
この度は綱の手引き坂46の独立騒動で世間をお騒がせしご迷惑をおかけしております。多くの報道関係者が冷たい視線を我々に注ぐ中、本日の「NIP!」の生放送にて涙ながらにメンバーを擁護してくださったこと、大変感謝しております。
貴女のお見立て通り、グミもコノも無実の罪を着せられております。誤解されるような行為で申し訳ないのですが、グミとはデートではなく、ただ綱の手引き坂の未来を話し合うための食事会を催したまででございます。コノの不用意発言については、「ラムサール条約の登録地」というお題を提示されたことにより、その言葉を言うよう無理やり誘導されたとしか思えないのです。

そして、これはご存知かもしれませんが、綱の手引き坂が独立するという宣言自体が捏造されたものです。私は生謝罪の中で弁明したのですが、圧力がかかっているためかどの局もその弁明を報じておりません。それでも貴女の今回の発言には、圧力により正確な報道ができないことへの悔しさ・怒りが滲み出ていたと思います。貴女が最後の希望です。是非圧力に屈せず、正確な報道をしていただけないでしょうか?

  

食後の飲み物はチャイで固定されている。チャイとは言っても、インドのようなスパイスミルクティーではなく純粋なストレートの紅茶である。

  

「タテルさん、今日はありがとうございました。美味しい料理って、不安な心を癒してくれるものなんですね」
「その通りだ。不安な気分のままじゃ何も前に進まない。そういう時はみんなでテーブルを囲んで、ご飯なりスイーツなりかき氷なりを食べながら語り合うんだ。俺らはアクションを起こしてる。信じてくれる人もたくさんいる。そして心強い味方を得た。事態は好転すると信じよう」
「はい!」

  

タテルからのメールを受け取った宇卜宮はすぐさまたかひこに転送し、上層部に掛け合う姿勢を確かなものにした。たかひこは「news ichi」の生放送を終えるとすぐ記者や後輩アナウンサーを集め協力を願った。人望の厚いたかひこの言うことだったため、すんなりと受け入れられた。

  

翌朝、同じく人望の厚い宇卜宮も仲間を得ることに成功。14時に2人は合流し、テレ日社長も出席する会議に参加した。宇卜宮が勇気を出して発言する。
「綱の手引き坂独立騒動の件につきまして、当事者の渡辺タテル氏より直接連絡をいただきました。お手元にある資料をご覧ください。グミ氏、コノ氏の件は裏の力に誘導された可能性があること、そして生謝罪ではタテル氏による弁明があったにも関わらず、何故弁明を無かったことにして報じられているのか、という内容の相談でございます」
「何を今更。タテルの弁明は報じない、という取り決めになっていただろ」
「ですがそれでは公正な報道とは言えないと思うのです」
「宇卜宮君、君の言うことは理解できるよ。だけどね、うちはあくまでも企業なの。利益が無ければやっていけないわけ。冬元氏の言うことに逆らったらどれだけの損失があるか、わかってるよな?」
「勿論です。でもこれ以上良心を傷つけることはできません!」
「宇卜宮さんの言う通りです。私もこれ以上一方的に綱の手引き坂を責めることには耐えられません。これは私と宇卜宮さんで集めた社内署名です。どうにかお納めいただけないでしょうか」
「駄目だ。冬元氏の手がけるグループは人気が高い。番組に出るだけで熱心なファンが観てくれて視聴率が上がるしトレンドにも載る。そんなドル箱を手放すことになったら大損害なんだぞ!十何年もアナウンサーやってきて、まだわからないのか!」

  

「お言葉を返すようですが、メンバーが自由に活動できていないグループを出演させることは本当に良いことと言えるでしょうか?不自由な活動を局が助長することは道理に反します。利益を失うことより、信頼を失うことの方が問題ではないでしょうか?」
「何だと⁈」
「いや、視聴者はもう我々を信頼していないかもしれません。生謝罪を観た人々は勘づいています、この報道の姿勢に問題があること。MAPS解散騒動の時から、ゼクシィ中田さん騒動の時から何も学んでいない、と世間ではなっています。圧力に関係無く公正な報道をすべきではないでしょうか!」
「うるさい、黙れ!」
「黙りません!とにかく綱の手引き坂メンバー、そしてタテル氏の意見もちゃんと報じるべきです!」
「私からも是非よろしくお願いします。綱の手引き坂に関わる皆様が不当に苦しむことのないよう、公正な報道をさせていただきます」

  

宇卜宮とたかひこの熱心な説得により、この日の「news ichi」で遂にタテルの言い分が報じられる。

  

NEXT

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です