連続百名店小説『涙のクイズアイドル』第6問:泣く暇あったらクイズしようぜ!(小松弥助/金沢)

人気アイドルグループ「綱の手引き坂46」の特別アンバサダーを務めるタテル(26)は、グループ内で最も賢いメンバー・コノ(24)のクイズ能力を更に高めるべく、1泊2日の富山・金沢旅行に連れ出した。
・旅のルール
百名店を1軒訪問する毎に1問「プレッシャーSTEADY」(略称:プレステ)の問題に挑戦できる。問題毎にその辺にいる人を8人集め、コノとタテル合わせ10人で挑む。3問クリアで金沢を代表する名店の寿司にありつける。

*2024年3月、北陸新幹線敦賀延伸前に繰り広げられた物語です。時系列としては前作『独立戦争・上』より前の出来事となっております。

  

「コノ、仕方ない。俺らも兼六園行こう。学びが盛り沢山だぞ」
「…」
「ランチは金沢らしい何かを見繕って…」

  

コノには言葉を発する気力すら無いことを悟ったタテル。何とか元気を取り戻す方法を考えなければならない。対象店リストと睨めっこしていると、そこにはゴール地点の小松弥助もリストアップされていた。
「コノ、泣いてる暇無いぞ。寿司への道のり、まだ果ててないんだ!」
「どういうことですか…」
「まずは弥助に行こう。弥助に到着さえすればもう1問できるかもしれない」

  

バスに乗り金沢駅へ戻った2人。この時点で時刻は12:50。予約の時間までは残り10分である。急ぎたいところではあるが、小松弥助は非常にわかりづらい場所にある。地図アプリの案内に従いガーデンホテル傍の路地を進むが入口が見当たらない。地図を観察すると、金沢茶屋という料理旅館の一部に見えたため、金沢茶屋の正面玄関からアクセスを試みる。しかし店を見つけられないまま先程の路地に突き当たる。

  

「どうなってるんだよ!」
「やっぱり無理ですよ…もう帰りたいです」
「…この店構えは、間違いなく今通った道の上にある。戻るぞ」

  

「この中かな?入ってみよう」

  

「あった!弥助だ!」
「12:57です!人も集まっている、急いでクイズやりましょう!」
1回転目の終わりを待つ人達を捕まえ、急いでラストチャンスを遂行する。

  

ドボン問題 日本の空港からの直行便がある都市を選びなさい(2024年3月時点)
①ソウル
②バンコク
③デリー
④ドーハ
⑤ベルリン
⑥パリ
⑦ローマ
⑧ロンドン
⑨アディスアベバ
⑩バンクーバー
⑪メキシコシティ

  

ここに集う人は皆アクティヴなようで旅行経験も豊富。各々訪れたことのある都市をテンポ良く選び、順調に選択肢が減らされていく。コノには⑤,⑩,⑪が残された。
「あぁ良かった、わかるの残ってて。写真集の撮影で行ったバンクーバー…やったぁ!」
「コノ、よくやった。これで美味しい寿司食べるぞ!メキシコシティで、お願いします!」

  

お見事クリア。土壇場で寿司を食べる権利をもぎ取った。
「良かった、寿司食べられる…」感極まるコノ。
「皆さんよくベルリン避けてくださいました!ありがとうございます!」
「ご協力頂き誠にありがとうございました。感謝してもしきれないです」

  

幸い1回転目が少し押しており、13時5分過ぎに余裕を持って入店。テーブル席に通された。タテルは祝杯として日本酒を頼む。石川県の銘酒といえば農口尚彦だが、扱いは無く別の銘酒・加賀鳶を選択した。
「本当に良かったです。ベルリンがドボンなんて意外ですよね」
「半分くらいの人は察していたと思う。ベルリンの空港って意外と手狭で、フランクフルト空港の方が規模が大きい。旅に慣れた人たちは頼りがいあるね、本当に感謝だよ」

  

挨拶代わりの1貫は、漬け鮪に海鼠腸を載せて。ムキムキの鮪はコク深く、サイズも大きめで開始早々心をグッと掴まれた2人。海鼠腸の後味を除けば臭みもない。
「今までの寿司とは全然違います。こんな美味しい寿司初めて…」
「俺もだ。すごいびっくりしている。寿司ってこんな美味いんだ…」

  

寿司の前に任意で刺身と鮑煮込みを注文できる。コノは刺身を頼んだ一方、生魚を単体で食べることを好まないタテルは鮑煮込みを注文した。柔らかさからの弾力、そこにたっぷり詰まった旨味。肝も思ったより臭みが無く、出汁と合わせてコクを楽しめる。

  

この店の大将・森田一夫氏は御年93歳になるレジェンド。さすがに高齢のため1回転目にのみ現れて握るという話であったが、(勘違いでなければ)この日は2回転目にも顔を出していたようだった。ただタテルとコノが座っているのはテーブル席で、大将が立つのはカウンターの前。遠慮がちな2人は話しかけるつもりさえ無かった。

  

高級寿司といえば1貫1貫出されるのがセオリーであるが、この店の場合テーブル席の客には纏めて5貫提供される。だから本当はカウンター席の方が上位であるが、2人は予約してもらった身だから文句は言えない。
赤イカ。ねっとりしているのは勿論、あられで香ばしさをプラスしハリのある仕上がり。
トロ。歯を入れた瞬間から旨味が溢れる。それは段々甘みへと変わっていく。
甘海老のみ醤油をつける。濃密な甘み、というわけでは無いがその代わりワサビを多めにしているようで、甘海老のねっとりさとワサビの尖りという対照的な感覚が交互に押し寄せる。
甘鯛。白身魚ならではのニュアンスが目立つ。淡白な味わいになりがちなところ、ノドグロと紛うほどの旨味がたっぷり載っている。
穴子。ふっくら上品に炊いてあり出汁の旨味がしゅんでいる。

  

「全部美味しい…ここまで全くハズレが無いよ」
「感動しますね。目頭がすごく熱いです」
「うるうるしちゃうね」
「タテルさんと一緒で良かったです。ダメダメな私を何度もフォローして下さって」
「ダメだなんて思わないで。コノもやるべきことしっかりやってくれた。安心して相棒を任せられたよ」
「嬉しいですそう言ってもらえて…」
「コノは立派なクイズアイドルだ。誇りに思うよ」

  

続いてスペシャリテの「白山」。漬け鮪、加賀のとろろ、雲丹を重ねた一皿である。海苔と鮪が主役級の輝きを見せ、とろろは雲丹のコクとともに絡んでくる。

  

こちらもまたスペシャリテのうなきゅう。鰻の旨味を最大限に引き出す焼きに取り憑かれる。手掴みで食べるという贅沢さも相まって滅法旨い。
「やっぱ鰻は焼きですよね」京女コノが誇らしげに言う。
「俺江戸っ子だから蒸しが良い…と言いたいところだが、君に大賛成だ。炭火焼きの香ばしさこそ脂の旨味に融合する」
「海苔の香りもマッチしますよね」
「だね。最高だな、幸せすぎる」

  

しかし幸せな時間はすぐ過ぎ去ろうとするもの。味噌汁が出てコースは一通り終了である。
「もう終わり?意外と食べた気しませんね」
「でも追加あるんじゃないさすがに?」
予想通りここから追加注文ができる。店員から用意できるネタが提示され、タテルは北陸らしくガス海老を含めた4品を追加する。コノは少し控えめに3品にした。

  

「ごめんなさい、ガス海老きらしてしまいました…刺身分で終わっちゃいまして」
「あらまあ…それは残念です」
「ごめんなさいね」
「いえいえ」

  

「まあ文句は言うまい。ここに来れただけで幸せだから。スタッフさん相当鬼電して予約してくれたらしいよ、何度も通話中になって心折れそうだったみたい」
「大変でしたね。タダで食べさせてもらおうなんて、烏滸がましい考えでした」
「繋がってしまいさえすれば予約はすんなりいくらしいけどね。平日は余裕あるみたいよ」

  

追加分の寿司は「控え」である以上先発より印象には残らないが、あくまでも強豪校に於ける「控え」であるから見縊ることは勿れ。まずは赤貝。大きな身でありながら臭みは無し。食感を存分に楽しむ。

  

桜鯛は先ほどの甘鯛程ではないものの、肉厚さも相まって旨味を感じられる。皿には鯛の絵柄が描いてあって何とも可愛らしい。

  

ネギトロ巻きは傑作。15分前の感動を再現するトロがたっぷり入っていて、ネギが控えめでバランス良く脂を受け止める。

  

一方ガス海老の代わりに選んだ雲丹は、臭みこそ無いがトロッとした旨味もあまり感じられない。少し臭みがあってこそ雲丹は輝けるのだろう。

  

会計は1人あたり24200円。極上の寿司を2万円台前半でいただけるという、東京では有り得ないコストパフォーマンスの良さ。次の予約を取りたいところであったが、カウンター席の人が未だ食事中であり、かつ予約したその日に金沢に行ける保証も無いため泣く泣く断念した。
「今度は自分の手で予約を取ってみせるよ」
「他のメンバーも連れて来たいですね」

  

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