連続百名店小説『涙のクイズアイドル』第1問:2時間待ちならクイズしようぜ!(貪瞋癡/氷見)

人気アイドルグループ「綱の手引き坂46」の特別アンバサダーを務めるタテル(26)は、グループ内で最も賢いメンバー・コノ(24)のクイズ能力を更に高めるべく、1泊2日の富山・金沢旅行に連れ出した。
*今年3月の出来事という設定で、時系列としては『独立戦争・上』より前の出来事となっております。

  

上野駅の新幹線ホームに佇んでいたタテル。入線してきたかがやき号に乗り込み、東京駅から乗っていたコノの隣席に座る。
「タテルさんおはようございます」
「おはよう。楽しみだな、初めての富山」
「楽しみです。でもちょっと緊張しています…」

  

今回の北陸旅は綱の手引き坂公式YouTubeチャンネル「つなてびちゃんねる」の企画である。コノは小1クイズでパーフェクトを達成し3000万円を獲得、カゲが卒業した今グループで一番の秀才ポジションについている。とはいえクイズの実力はカズキレーザーやロジ原などと比べると足元にも及ばず、更なる特訓が必要とされていた。

  

今回の北陸旅のミッションは、東大卒、次世代クイズタレントを目指すタテルさんと協力してコノのクイズ力を向上させることです。そして同時に、地元の方、旅に来た方とのふれあいも撮りたいところです。それを踏まえて今回行うのはあの伝説の企画、『プレッシャーSTEADY』です!

  

「プレステ!うぉ〜マジか!」気持ちが昂るタテル。
「小さい頃観てました。あれ結構難しいですよね…」
「そうそう。クイズマニア憧れの番組だからね、俺も真似してオリジナル問題作ってたなぁ」
「それめっちゃ気になります。今度メンバーの前で出してみましょう!」

  

旅のルールです。今から2人には、立ち寄ったスポットにて人を8人集めてください。集まりますとクイズが出題されます。集めた8人、コノさん、タテルさんの10人で解いていただき、クリアするとスタンプを1つ獲得。3つ獲得しますと、金沢の予約困難寿司店「小松弥助」で寿司を堪能できます!

  

「ちょっと待ってください、めっちゃ有名なお寿司屋さんじゃないですか!」
「予約取れたんだ。すごいな…」

  

鬼電してやっと取れましたから、タダで2人に食わせる訳にはいきません。もし失敗したらスタッフ2人で美味しくいただきますからね。あと、出題は無限にできる訳ではございません。食べログ百名店に指定されている店を1軒訪れる毎に1問出題される権利を得られます。

  

「小松弥助の予約は明日の13時…じゃあチャンスは結構少ないですね」
「夕食は既に予約してある。今日の昼に加え如何にスイーツを入れ込むか…」
「しかも見てください、氷見の『貪瞋癡』というお店、赤い文字になっています」
「本当だ…マジかよ、1軒目に必ず訪れてください、ですって!」
「氷見ってどこですか?」
「富山の西の端だよ。少し行けば石川県。富山駅は中央辺りだからちょっと移動あるね…」
「でも電車ありますよね」

  

楽観視した2人はしばらく車窓からの景色を楽しむ。
「横川過ぎた辺りかな。トンネル越えれば長野県軽井沢だ」
「軽井沢!行ってみたいですね」
「今は新幹線で越えられるけど、昔の鉄道は碓氷峠っていう険しい峠を越えるのが大変だったんだ。あの有名な峠の釜めしは横川の名物ね」
「タテルさん地理詳しいですよね。羨ましいです」
「鉄道とか好きだからね。興味無い人は絶望的に地理わからない、その気持ちもわからなくはない」
「でもやっぱこの前のQちゃま、とても悔しくて。もっと勉強したいと思うんですよ」
「なら今回の旅は良い機会になると思うよ。とりま新幹線の話でもしようか。都道府県の位置関係を実感してもらいたい」

  

北陸新幹線は、大宮で東北に行く新幹線と、高崎で新潟に向かう新幹線と分かれ、長野県と新潟県南部を経由して北陸を横断する。コノが生まれた当初は長野までしか開通していなかったが、2015年に金沢まで、そしてもう間も無く福井・敦賀まで開通する。
「敦賀はよく聞きますね。私の地元京都市からも列車出てます」
「俺も修学旅行で京都から大津に移動する時乗ったな」
「あとメンバーのクラゲちゃんの地元も近いですね」
「美浜町ね。景色良さそうだな、行きたいな」

  

だが考えてみてほしい、東京から福井まで行く時、北陸回りはちょっと遠回りではないか?福井駅までなら北陸新幹線で良いけど、敦賀までなら東海道新幹線と北陸本線を乗り継いだ方が早いし安い。

  

「なんてことを考えるのが楽しいんだよね。路線図にはロマンがある」
「ちょっとわからないけど…わかるようになったら面白そうです」
「メンバーと旅行行く時は地図と睨めっこして回り方決めてみるといいよ。それだけでも地理力は上がると思う」

  

糸魚川でついに車窓から日本海が見える。
「あぁ、久しぶりの日本海だ…」涙が出るコノ。
「うそ、もう泣いてる。日本海がちょっと見えただけで…」
「ごめんなさい突然泣いて。アイドルになる前はよく天橋立とか行っていて、日本海は思い出深いんです」
「わかるよわかる。俺も秋田で見て感銘受けたからね。でもこの後もっと良い日本海の景色、あるよ」

  

東京から2時間強で富山駅に到着。ここから氷見までは、あいの風とやま鉄道で高岡まで行き、JR氷見線に乗り継ぐ。

  

「あいの風とやま鉄道?JRとは別なんですか?」
「そうそう。元はJRだったんだけどね、新幹線が通ったから手放したんだ」
「なぜ手放すんですか?」
「不思議だよね。新幹線と並行するJRは第三セクターに移管されるのが原則。多分JR側のエゴで、納得いく理由は無い」
「生々しいですね…」

  

「まあ乗るか。…うわ混んでる。30分に1本だもんな、そりゃ混むよ」
「でも『あいの風』って素敵なネーミングですよね」
「調べてみようか。なるほど、春から夏にかけて日本海から吹く風のことか。豊作をもたらしてくれる風」
「なんて素敵なんだ…」コノは再び涙する。
「待て待て、ここ泣くところ⁈」
「この名前考えた人すごく心が綺麗なんだろうな、とか想像しちゃって」
「ネーミングだけで泣けるとは、どれだけ感受性豊かなんだ」

  

途中駅でも乗客が多く、高岡駅に着く頃は満員電車と呼んでもおかしくない程の混雑になっていた。
「ああすごい混雑だった!マジ本数増やせ!」
「まあまあ落ち着きましょうよ」
「そうだな。じゃあ再びJRに乗り換えだ。JRから三セク、そしてまたJRに乗り換えるという経験はなかなか無いぞ。不思議な感覚を噛み締めて」
「よくわからないですけど、何か特別な気がしてきました」

  

オレンジ色の古めかしい気動車に乗り込む。こちらもまた乗客で溢れている。
「伏木駅を過ぎた辺りからが見どころだからな。あっちの車窓に注目だ」

  

見えてきたのは雨晴海岸。海岸線の際際を列車が走り、乗客の大半が車窓に目を遣る。そしてコノは号泣していた。
「美しいよな」
「もう美しすぎて…」
「穏やかに打ち寄せる波。ちょっと悲しげな蒼、でもどこかに希望の碧を見出す」
「やめてください、余計涙が出てきます…」

  

本当なら雨晴で下車して間近で海を眺めたいところであるが、富山駅に戻り次の店に行く時間を考えなければならない。11:40、氷見駅に到着。時刻表を確認する。
「えっ?12:42発を逃すと14:24までない…」
「1時間で戻ってこれないと雨晴に行く余裕は無いね。これだからローカル線は…」
「地方の鉄道の宿命ですね」

  

目的地のラーメン屋「貪瞋癡(とんじんち)」までは歩いて1km強。店に到着すると、小川沿いに40人程の大行列が発生していた。
「日曜だから覚悟していたけど、まさかこんな並んでいるとは…」
「1時間では戻れなさそうですね。雨晴海岸は諦めますか…」

  

しかし食べログの口コミを漁ってみると、事態はより深刻であることが判明した。
「2時間以上かかるかもしれない、ですって…」
「2時間ですか⁈ちょっとしんどいかもです」
「俺も嫌だよ。正面のラーメン屋に行きたいくらいだ。でも待たないといけない。そして困ったことに、14:24発に間に合わない可能性すらある」
「もし間に合わないと次は…」
「15:15発は観光列車で乗れない。16:07まで無いよ…」
「そうなると富山駅に戻るのは夜になりますよね」
「困るのは、リストにあるケーキ屋に行けなくなること。明日に回すと11時過ぎまで富山から動けなくなる。今日中に確保したいけど、16:07発では間に合わないよな…」

  

気を揉みながら並び続ける2人。後続は暫く来なかったが、30分程してもう4,5組ほど続くとここで本日分完売となった。
「クイズは食べ終わってからだよね?」タテルがスタッフに確認する。
「いや、今やってもいいですよ。店に到着さえすれば権利獲得、ということにしましょう」
「じゃあさ、今やろうよ。俺らの前後に並んでいる人達に協力してもらおう」

  

前後にいた3人組男子2組、夫婦1組が快諾し、いよいよプレステ1問目が始まる。
Q.「こ」で始まる漢字の読みを答えなさい
①子供
②珈琲
③鼓動
④鯉
⑤独楽
⑥瘤
⑦拗れる
⑧熟れる
⑨鏝
⑩腓

「1人1個ずつ答えてください。制限時間は120秒。後の人になるべく簡単な問題を残したいですね」
「いや結構難しいな!」驚嘆する協力者たち。
「全然わからない…」コノは不安で仕方なかった。

  

解答スタート。3人組男子らはクイズがあまり得意ではなかったようで、早くも前半6つを駆逐してしまった。
「8番、こじれる。違うか。じゃあ7番、こじれる
「8番でこ○れるだと…こなれる?やった!」
9番手コノに難問2つがのしかかる。プレッシャーに押し潰され既に涙目であった。
「10番って恐らく体の一部?こ、こ、…こめかみ?ああ違うか!ええ何だろう…」

  

タイムアップ。第1問はコノで失敗に終わる。
「ごめんなさい…」
「こりゃ難しいよ仕方ない。俺も9番はわかんね」
「10番はわかるんですか?」
「『こむら』かな。よっしゃ!こむら返りのこむら」
その他正解
①こども、②コーヒー、③こどう、④こい、⑤こま、⑥こぶ、⑨こて

「参加して下さった皆さん、ご協力ありがとうございました!皆さんのラーメン代は我々の方で負担します!」

  

ひどく落ち込むコノを見兼ねた男子3人組はすぐ1人をコンビニに走らせ、小腹満たしとして調達した唐揚げを1つ食べさせた。
「いいの?ありがとう…」
「可愛くて優しいコノちゃんを、泣かせる訳にはいきませんから」
「本当にありがとうございます…」

  

結局2時間待って漸く入店。2人は仲良くカウンターに座る。メニューには味玉やバラのりといったトッピングもあるが、2人の頼んだ氷見産煮干しラーメンにはデフォルトでついてくるので頼む必要はない。

  

「これが噂の『夢ひとつ』か」
「浜千鳥のドアノブさんのサインですね」
「うすらスベりのやつね。ってそんなこと言ってる暇ない。急いで食べないと14:24発に間に合わない!」
「そうでしたね!私のミス、取り返さないと!」

  

先に具材の登場。味玉は時間経過と共に強くなる旨味が特徴的である。

  

そして肝心のスープは、非常に素直な味わい。宮元や煮干乱舞などにある俺が煮干しだ、みたいな主張は無いが、確かに煮干しの味や香りがする。煮干しの余韻はこの後1時間に渡り持続することとなる。
麺も穏やかな煮干しの旨味に合わせて、コシがありつつも邪魔をしない仕上がりとなっている。
「ダメだ、また涙が止まらない…」
「泣いてもいいから早く食べて!」
「もっと味わいたいのに…」
柔らかいメンマを口にした後ラーメンを啜ると、ほのかな甘味が煮干しの旨味に載るのも印象的であった。

  

「やばい、あと15分!タクシーって手配されてます?」
「ごめんなさい、ちょうど出払ってるらしくて…」
「マジかよ…じゃあ早足で行こう!」

  

「ああ、ラーメンが出ちゃう!」
「タテルさん、私ダメかもしれません!」
「諦めるな!ミスを取り返したいんだろ!」
「そうだ…」
「鬼軍曹を心に宿して、絶対間に合ってやると誓うんだ!」

  

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