連続百名店小説『海へ行こうよ』Seventh Step: I for You(獺祭/藤沢)

売れないグルメタレント・TATERU(25)が、綱の手引き坂46のメンバー・ヒヨリ(20)と共に、小田急江ノ島線沿線を歩きつつ名店を巡る『鉄道沿線食べ歩き旅』。

  

「おいヒヨリ、あれほど言ったのに何で歩みを止めなかったんだ」帰りの電車でタテルが質問した。
「申し訳なくて…」
「何が」
「この前タテルさんに迷惑かけてしまったから、今日は何が何でもついていくと決めていて…」
「でも命を犠牲にするようなことがあってはならない」
「…」
「ヒヨリちゃん堅気すぎるんだよ」
「でも…」
「気持ちはわかる。俺だってそういうところあるから。でもな、本音をひた隠しにするのは良くない」
「本音か…」

  

周りのスタッフから常々、ヒヨリは本音を見せなさすぎだと指摘されていた。本音を隠してばかりでは誰にも応援してもらえない。自分を見せるべきだ。しかしヒヨリは自信がなかった。元来ネガティヴ思考であったため、ギャルを演じて自分を匿うことにした。「知らんし」を連発していた最初の2日間はまさに、そのギャルの姿だった。

  

「俺はギャルのヒヨリも好きだし、素のヒヨリも好きだから。大事にしてほしいのは、頑張る時は頑張って、弱音を吐く時は吐く。難しいと思うけど、そのバランス大事にしてほしい」
タテルの真摯な言葉を聴き、涙に溢れるヒヨリ。
「自信持って。次も頑張ろう」

  

1週間しっかり休んだ2人は、2日連続でスケジュールを確保し長後駅から歩みを再開する。熱中症対策を万全にし、この日は溽暑の中ひたすら沿線を歩く。湘南台駅までは迷うことなく到達。次の六会日大前駅までのルートは少し難解であったが、頭が眩みそうな暑さの中でも冷静に先の様子を観察し大外れすることなく辿り着いた。
「ヒヨリちゃん、体調大丈夫?」
「ちょっと体が熱い…」
「じゃあ休もうか」
タテルは初日のような焦りをもう見せない。藤沢駅まで百名店はないため、適当なタイミングで食事休憩やおやつ休憩を挟む。かつてない快調なペースで歩みを進め、善行駅・藤沢本町駅もクリア。ここから藤沢駅まではショートカットしたくなるが、その気持ちはぐっと堪えて線路沿いを進む。やがて東海道線の線路と合流した。

  

18時、藤沢駅に到着。ここでは駅周辺から好きな百名店を1つ選び入るルールとなっている。夜到着を見越した2人は事前に相談し、居酒屋「獺祭」をリクエストしていた。店を探すがなかなか見つからない。それもそのはず、この店の入口は飲食店に似つかわしくない雑居ビルの奥まった場所にあるのだ。ちょうど店に向かう別の客がいて同じように迷っていたため、協力してようやく店に入ることができた。

  

「ヒヨリちゃん、何でも食べていいぞ。どうせ運営からお金出るし。お酒も飲む?」
「飲みますよもちろん。九州の女なんで」

  

丁寧な説明の施された酒のメニュー。その中から酔神というウイスキーのハイボールを選択した。

  

「じゃあ明日も頑張ろう、乾杯!」
「かんぱーい!」
「君とこうして酒を酌み交わすことになるとは思わなかったよ」
「私もです」
「最初全然言うこと聞いてくれなかったもん」
「それは本当に申し訳ないです…」
「でも今日は程よく頑張った。体調も崩さず」

  

お通しにしては豪勢な蒸し野菜を貪りながらメニューを吟味する。

  

とりあえず頼んだ手羽先がまず登場。オリエンタルなスパイスに仄かな甘さを感じる。名古屋の手羽先とは別の魅力があり、1個が大きめなので最初からたくさん頼むべきではないようだ。

  

  

続いて日本酒を選ぶ。一部銘柄を除き90ml、120ml、1合(=180ml)の取り揃え。90mlは少し割高だが、120mlと180mlは価格が綺麗に2:3になっているものがほとんどで、120mlで頼んだ方がお得にかつ多くの種類飲めると踏む。新政や而今といったレア物からマイナーな銘柄まで多種多様な品揃え。そして店名の通り、獺祭も多くラインナップしている。
「ヒヨリの親友ヒナちゃんは山口の子だよね。なら山口の獺祭、いこう」
何を頼めばいいのか分からないヒヨリをよそに、タテルは率先して注文を重ねる。

  

続いて薬味を乗せた厚揚げ。外側がカリッと、中身はフワッとでメリハリは効いているが、豆腐自体が美味しいわけではなく、薬味に加え醤油がないと味気ない。でも美味しそうに食べるヒヨリを見ていると、そんな細かいこと気にしなくていいのだ。
「やっと君の幸せそうな顔見れた」
「食べるの大好きなんで」
「こういう雰囲気の居酒屋、いいよね」
「初めて来たかもしれません、1ランク上の居酒屋」
「小料理屋って感じもするしね」

  

ここで九州女児ヒヨリは焼酎を飲むことにした。これまた様になっている。少し酔いが回り、ヒヨリはいよいよ本音を漏らし始める。
「私って、やる気ないように見えますか?」
「誰がそんなこと言うの?」
溌剌としたメンバーが綱の手引き坂に多い中、ヒヨリは大人しい部類に入る。かと言ってナオやミクのような正統派とも違う。番組ではヘラヘラする場面も多く、まともに喋ろうとするとすぐ笑いを堪えきれなくなる。
「『ブログやインスタの更新が少ない』とか『ミーグリ中ずっとスマホいじってそう』とか言われます」
「そういうイメージあるよ君には」
「えっ⁈」
「でもそれが君の持ち味なんだよな」
「どういうことですか?」
「ダルそうにしてるけど、やるときはやる。そのギャップがいいんだよ」
「タテルさん…」
「一部の厄介者のせいで持ち味を消されるのは御免だからな。追い込みすぎないで。自分のペース守ろう」
メンバーと家族以外で初めて、自分のマイペースなキャラクターを褒めてくれたタテル。ヒヨリは涙が止まらなかった。

  

刺身がやってきた。1人前で6種類も食べられる、この店一番ともいえる名物。太刀魚はムキムキで、炙られることにより旨味が存分に引き出されていた。金目鯛も同じく炙りで旨味が増強されている。鰆とヒラメは甘みをほのかに感じるものだった。桜鯛は普通で、マグロはどうも旨味に乏しい。

  

美味しい魚に、酒のペースが増す2人。ヒヨリはさらに鋭い本音を吐き出す。
「私正直悔しいんです」
「どうした?」
「この前のシングルも今回のシングルも、ずっと最後列なんです」
「それはもどかしいな」
「いずれは4期生も表題曲に参加するようになって、そうなると私は確実に選抜から落とされる。それが怖くて怖くて…」
再び泣き出すヒヨリ。タテルも思わずもらい泣きしながらヒヨリに語りかける。
「何だかんだ色々あったけどさ、君はとても優しい人だ、ってこと俺は知った。優しいヒヨリちゃんのことが大好きな人、この世の中にたっくさんいるんだなって」
「…」
「大事にしてあげてな。本当に君のことが好きな人達なら、どんな場所にいても君のことを応援してくれるから」
「こんなに私のこと思ってくださっていたなんて…旅の最初、冷たく接して本当にごめんなさい」
「いいんだって、気にしなくて。ほら、本音さらけ出せるようになったじゃん。この感覚、忘れないでね」

  

飲み物と同時に注文を済ませておいた〆の土鍋ご飯は穴子飯。タテルにとってはご飯の水分量が少し多く、穴子も細切れなのでらしさを感じにくかった。540円払って頼んだ出汁も特段美味しい訳ではないし、厚揚げに乗ってた薬味がまた登場してもうええわという気持ちだった。
それでもヒヨリは喜んでいっぱい食べてくれるから、残りは全部ヒヨリにあげた。普通の人なら1人では食べきれず持ち帰るくらいの量だが、心につかえていたものから解放されたヒヨリは食べ切ってしまった。

  

「いやぁ美味しかった。タテルさんナイスチョイスです」
「満足してもらえて嬉しい。でもちょっと飲み過ぎた?会計も1人1万超えたし」
「今までで一番飲んだかも」
「そこまで高くないからついつい頼んじゃう」
「私お酒強いんだな、って実感しました」
「また飲みに行こうね」
「はい!」
藤沢駅近くのホテルに宿泊。旅はいよいよ最終日を迎える。

  

ゴール江の島まで6.0km

  

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