連続百名店小説『海へ行こうよ』First Step:ROSIER(メゾンジブレー/中央林間)

「さあ始まりました、鉄道沿線食べ歩き旅!」
曇天の相模大野駅にて、高らかに開幕宣言するタテル。
「今回歩きます沿線は、都市部から海へ神奈川県内を縦断する、小田急江ノ島線の沿線でございます。なるべく線路沿いを歩きながら、江ノ島線各駅で写真を撮りゴールの江の島を目指します。そして一緒に旅してくれる仲間、早速お呼びしましょう!綱の手引き坂46のヒヨリちゃん!」

  

「ヒヨリで〜す、エヘヘ」
「わぁ、フワフワしてる…この企画結構歩くけど大丈夫?」
「うーん、わかんない」
「ハハ…」苦笑するタテル。

  

「そしてこの旅、もう一つ特別ルールとして、沿線上にある百名店9軒を制覇する必要があります。ヒヨリちゃん、胃袋の方はどうでしょう?」
「あ、大食いならいけます。でも太りたくないな」
「ちょっと不安だな。上手くやっていけるかわかりませんが、ゴールの海目指して歩きましょう!」

  

江の島までは順調にいけば30km強。”Stand by Me”なら2日で、福澤朗氏の一行なら1日で踏破してしまいそうな距離ではあるが、この旅は「百名店ルール」が足枷となり最速でも3日はかかる。
一方で2人に用意されたスケジュールは2日。2日で終わらない場合は一旦帰京し、改めて日程調整して再開することになる。しかし帰京中には厳しいルールが課される。

  

帰京の際はこちらのサイコロを振っていただきます。出目は0,1,2が2つずつ。出た目の数が、帰京中1日に乗れる乗り物の回数となります

  

「えっ⁈」

  

電車やバス、仕事現場への送迎の車全て含めます。ヒヨリちゃんに関してはグループの迷惑にならない範囲で従っていただきますが、タテルさんは例外なしでお願いします。

  

「何それ⁈」
「テレ東の旅番組の見過ぎだって!」

  

嫌なら2日で終わらせてください。

  

「おのれ運営、結局過酷旅じゃねぇかよ。まあいいや、やるからには全力で盛り上げよう。急ぐよ、ヒヨリ」
「はぁい」

  

江の島方面へ歩き出した2人。約200m歩いたところで早速タテルがガイドを始める。
「ここで小田原線と江ノ島線が分かれます」
「…」興味なさげのヒヨリ。鉄道好きのタテルとは温度差があったようだ。
「あぁでも線路沿いは行き止まりだ。少し外れますね。すぐ戻れるかな…」
「地図見ればいいじゃないですか」スマホを取り出すヒヨリ。
「ヒヨリちゃん、スマホはダメ!」
「何でですか⁈」
「”Stand by Me”の一行は電子機器なんか使ってたかい?」
「知らんし」
「とにかく見ていいのはただ真っ直ぐ延びる線路、そして街中にある地図だけだ」
納得のいかないヒヨリの足取りは段々重くなり、人より歩くのが速いタテルは苛立ちを隠せなかった。

  

「今日の目標は大和。南林間のお店2軒で昼食、中央林間で買ったケーキを食べて、鶴間〜大和の2軒で夕食」
「そんな食べたくないです」
「俺もだよ。でも早くしないと地獄だぞ」
「そんなこと言われましても。私はある程度例外効くし」
軽く口論している内に東林間駅に到着した。駅舎をバックにツーショットを撮る。
「よし、どんどん行くぞ!」
引き続き線路沿いを歩くが、やはり途中で家々に阻まれる。
「こっちは道続いているかな?」
「行ってみましょう」
「…あぁダメだ、行き止まり」
「はぁ…」
沿線歩き旅では必ず起こる失敗に消沈する2人。

  

何とか線路沿いまで戻り、中央林間駅に到着した。ここで1軒目の百名店『メゾンジブレー』へと向かう。ケーキを購入し、冷房の効いたロケ車に一旦置いといて後で食べるつもりだった。しかしここでヒヨリがとんでもないことを言い出した。
「タテルさん、今日の旅はここで終わりにしません?」
「は⁈何言ってんの⁈」
「こんな暑い中歩いて、私もう疲れました」
「バカ言うな。まだ2駅だよ。3kmちょいしか歩いてない」
「足痛い」
「でしょうね。なぜサンダルで来た?長い距離歩くって聞いてるよね」
「…」
「ナメんなよ!」
「…」
「何か言えよ」
完全に不機嫌モードに入ってしまったヒヨリ。こうなるともうタテルの手には負えない。仕方なく中央林間のホテルに泊まろうとしたが、衝撃の事実が発覚する。
「この辺ホテルありますか?」
「中央林間にはないです。南林間に行くか相模大野に戻るかしないと」
「え…」
「南林間まで行かないとダメだね」ヒヨリを牽制するタテル。「ケーキ屋と次の店は同じ道沿いにあるから、とりあえずまずはケーキ買おう」

  

中央林間駅から線路を外れ東方面に歩くこと5分。タテルが一番好きなパティスリーが現れた。
「ここのフルーツタルトは値が張る分質が抜群だからな」
「美味しそう…これとこれ、これもお願いします。あこれも美味しそう、これも捨てがたい…」
気づけば8種類もケーキを購入していたヒヨリ。
「そんな食べ切れるのかよ。次の店も行くんだぞ」4種類購入したタテルが注意する。

  

まずはマスカットのタルトから。数あるフルーツタルトの中でも、夏から秋にかけては特に人気の1品。マスカットの品質の良さはさることながら、レモンのほのかなアクセントがマスカットの香りを立てる。土台となるタルトはしっとりさも残してあり、少し硬めのカスタードと合わせてフルーツの味を優しく受け止めてくれる。
ジブリーマンゴー。軽やかなチーズケーキに、これまた果実本来の甘みが強く出たマンゴーソース。もう少しココナッツなど食感のあるものを入れると変化がついて面白そうだが、これでも十分満足である。
「タテルさん良い店知ってるんですね」
「たまたまだよ。ジョプチューンにここのパティシエが出てたから行ってみたら、万疋屋や安野以上にフルーツにこだわっててさ。そんでノーマルのケーキも素晴らしいのよ」

  

四角いチョコレートケーキ「グアナラ」は、デメルルのようなはっきりしたチョコ味がありつつも結構なめらか。クリームのおかげでさらに食べやすくなっており、軽すぎず重すぎずのバランスが絶妙である。

  

一方円筒形のガトーショコラ「グラムー」は、ものすごく口溶けが良いというわけではないが、クリームたっぷりで食べやすくショコラ感もある。

  

ここでヒヨリの表情が変わり始めた。ケーキ8個はさすがに応えたようだ。
「おい、キツいか」
「大丈夫です」
「大丈夫じゃないだろ。まだ手つけてないやつ半分頂戴」
「私のです、あげません」
「いいからくれ!」
「…」

  

ヒヨリから半ば強引に奪い取った「ルノー」はバタークリームケーキの最高傑作。重くなりがちなところをオレンジの華やかさとヘーゼルナッツのコク深さで彩り変化をつけている。外のチョコの出来、スポンジの硬さも丁度良い。
変わり種のとうもろこしタルト。甘さを活かしつつ塩気もある。たしかにとうもろこしだが、スイーツとしても成立する不思議な食材。

  

ヒヨリは最後に桃のパンナコッタを食べる。
「桃も美味しいし、パンナコッタはミルクの味が濃い」
「でしょ。俺はマスカットのパンナコッタの方が好きだけどね。このパンナコッタにはマスカットかイチゴの方がもっと合う」
「それ言う必要あります?」
「…」
これにて百名店1軒目を制覇。残り8軒。

  

「じゃあ次の店行こう」張り切るタテル。
「お腹いっぱい〜」
「言わんこっちゃない。抑えろって言ったよね」
「知らんし」
「何『知らんし』って。口の利き方間違ってるぞ」
「…」
「ほら行くよ、進まないと」
ヒヨリはバツの悪そうな顔をしたままタテルの後をついて行く。

  

ゴール江の島まであと26.1km

  

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