連続百名店小説『海へ行こうよ』Final Step:BEAT(SE1/江ノ島)

売れないグルメタレント・TATERU(25)が、綱の手引き坂46のメンバー・ヒヨリ(20)と共に、小田急江ノ島線沿線を歩きつつ名店を巡る『鉄道沿線食べ歩き旅』。

次の鵠沼海岸駅近くにはかき氷の名店があるものの、真夏の繁忙期は混雑緩和のため新宿や町田に出張しての営業となっている。よってこの旅ではパス。またジェラートの名店もあるのだが、ロケ当時はアイス・ジェラート百名店という部門がなかったためやはりスルーした。

「やっと来たぜ、竜宮城!」
「うわ、素敵な駅舎!」
ヒヨリも息を呑む沿線最後の駅、片瀬江ノ島駅に到着。
「ここまで長かった〜」
「色々あったけど辿り着けた、嬉しい…」

しかしゴールはここではない。
「この旅のゴールは江の島シーキャンドルです」
「まだちょっとありますね…」
「そして百名店がまだ1軒残っています、ということで一旦そちらへ行きましょう」

少し内陸の方へ戻り、江ノ電江ノ島駅へやって来た。鎌倉方面に向かう電車はここで少しばかり道路上を走行する。その様をちょうど見られる場所にあるジェラテリアが、この旅最後の百名店である。
欲張りな2人は当然に3フレーバーカップにする。タテルはメロンとチョコミント、そして日替わりフレーバーのプラムを選択した。

申し訳程度に屋根のある店の軒先。鞄とヒヨリの飲みかけのラムネを置くと、2人は密になって座るほかなかった。

メロンはメロンそのものの味がする。何の雑味もない。プラムも同様で、特徴的な酸味を丸く演出する。そしてこの店のウリであるチョコミントは、自然なミントの味が、口の中を独裁することなく心地よい清涼感だけを運ぶ。

そこへ夕立がやってきた。小さい屋根では横からの雨を防御できず、2人はずぶ濡れになった。
「ウヘヘ、濡れちゃった〜」
「でも少し涼しくなった。夏は濡れてなんぼだね」
「エヘヘ」
恋人のように笑い合う2人。揉めていた頃の面影は消え去っていた。

夕立が上がり空は再び青く澄み渡る。江の島へと続く橋のたもとまで戻ってくると、綱の手引き坂の美麗一族メンバー全員(ミレイ・ヒナ・パル)が揃っていた。
「鉄道沿線食べ歩き旅、お疲れ様〜!」
「嵐の中、暑い中、よく歩ききりました!」
「えっ⁈」驚くヒヨリは一目散に一族の元へ駆け出す。
「みんなありがとう…」
「熱中症で倒れたと聞いた時は本当心配したんだからね」
「ヒヨリちゃんいなくなったら私もう生きていけないから…」
涙にあふれる一族全員。タテルは輪に入れず傍で見守っていたが、それでもやはり涙するものである。

「じゃあ5人で真のゴールに向かいましょう!」
タテルの号令で橋を渡り始める。ヒヨリは相変わらず一族のメンバーと談笑しており、話し相手を失ったタテルはカメラに向かって喋り続ける。
「平日の江の島は外国人ばかりです。東南アジア系の男性が遠くにいる子供に何か叫んでいますが、僕を怒鳴っているように聞こえるので控えていただきたい。
海の方を見下ろすと水上バイクの大群がいます。マリンレジャーは楽しそうですがクラゲとか怖いのでやりたくありません。
そしてなぜ僕は1人なんでしょうか。ヒヨリちゃんは苦楽を共にした僕を捨て、いつでも会えるメンバーの方に寄りつきました。でも悪くないかもしれません。ヒヨリちゃん本当に成長したから。ちゃんと本音言えるようになったし。多分僕のことなど忘れてくれるでしょう。でも僕は江の島の話題になる度、そして小田急線に乗る度、ヒヨリのことが好きで好きで堪らなくなります」

江の島に突入し、人でごった返す石段を登る。江島神社の鳥居に辿り着くと、シーキャンドルへ向かう有料エスカレーター「エスカー」が現れた。しかしヒヨリはそれを拒む。
「今までのヒヨリちゃんなら絶対エスカレーター使ってた」
「すごいよヒヨリちゃん、一段と逞しくなった」
タテルももちろん追随する。筋肉痛の足で石段を登るのはつらいが仕方ない。根性を見せるヒヨリとタテル。サムエル・コッキング苑の花々を横目に通り過ぎると、いよいよシーキャンドルの入口が現れた。
「さあいよいよゴールです、江の島で最も高いところ、行きましょう!」

エレベーターを降りると広がる絶景。景色好きのタテルはガラス窓に釘付けになる。しかしここはまだゴールでない。
「あれ、外に出られるの?」
「うわ楽しそう!」
さらに階段を登り、ゴールの屋外展望台に到着。

「タテルさん、ヒヨリちゃんと2人になってください!…ゴールおめでとう!」
抱き合う2人。
「タテルさん、汗臭いです…」
「それ言うなって…ほら、俺たちが歩んできた道が見える」
「感慨深いな…」
「色々あったね」
「タテルさん、こんな私と付き合ってくれてありがとうございました」
「こちらこそ。楽しかった、君と一緒に歩けて」
「タテルさんが優しくしてくれたからここまで来れました」
「いやいや、ヒヨリちゃんもよくついてきてくれた」

「タテルさん本当にありがとうございました」一族メンバーも感謝する。
「そして今日はヒヨリちゃんに嬉しいお知らせがあります!」
「えっ?」

ヒヨリ、声優デビュー決定!

「本当に⁈」
「しかも今ミレイとヒナが出ている『しん・あんぱんまん』のショクパンマン役!」
「すごいじゃん、メインキャストだよ!」タテルもまた驚く。
「信じられない…」感極まるヒヨリ。
「かれーぱんまん役はパルがやるから」
「ヒヨリさん、一緒に頑張りましょう」
「楽しみだ…」

再び2人きりになったタテルとヒヨリ。
「あの海ってどこまで続いてるんだろうね」
「知らんし」
「だからそれやめろ!…って言うけどそれを求めてる俺もいる!」
「ハハッ。照英寺さんですか?」
「そうだ。君の前だとカッコつけたくなる」
「タテルさんってキザですね。でもそこが面白い」
「何だよそれ…」

海風靡く夕暮れの江の島。夕陽が沈むと肌寒くなってきたからすぐ地上に降りた。片瀬の海水浴場に着いた頃にはまたヒヨリは一族に懐き、タテルはひとりぼっちとなった。
帰京後も、タテルはヒヨリを飲みに誘ったが、今忙しいからとかなんやらで断られてしまった。

ひと夏の思い出は儚く果てる。そして色褪せず残り続けるものでもある。ヒヨリとの楽しかった時間を糧に、タテルは新たな旅へと心を躍らせる。

—完—

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