連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』98杯目(桜上水 船越)

グルメすぎる芸人・タテルと、人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(現:TO-NA)」の元メンバーで現在は宝刀芸能所属の俳優・佐藤京子。2人共1997年生まれの同い年で、生まれも育ちも東京。ラーメンYouTuber『僕たちはキョコってる』として活躍している2人の、ラーメンと共に育まれる恋のお話。
学生人気の高まりを受け、霜降明け星(そいや・ソロロロ)、ももいろプラネット(松戸・永田)、タカネ(岡山・秋田・柏)MCの人気番組『荒々しいガキ』に出演する。

  

話は初回打ち合わせの翌日に戻る。冠番組にゲスト出演したななLファミチキパンパース東野と打ち解けて世間話をしていた京子。
「そうだ、東野さんがいいなと思う最近の応援歌ってあります?」
「そうだな、これなんかどう?」

  

「『君に捧げる応援歌』ですか?真っ直ぐなタイトルですね」
「相方のジョコビッチが野球好きでさ、色んな選手が登場曲に使ってるからよく聞くんだって」
「へぇ〜、ありがとうございます。実は今度タテルくんと学生に向けて歌を披露するんです」
「なるほど。2人の歌は刺さりそうだもんね」
「タテルくんこういう歌好きそう。HIPPYさんと同じ体型してるし」
「それあまり関係ないでしょ」
「タテルくん運動不足なので、今度筋トレ教えてあげてください」
「もちろんさ。タテルくんをperfect bodyにしてみせる」

  

ある祝日の月曜日、次の収録の舞台となる日大櫻丘を事前訪問する2人。14時に軽音部との音合わせを行うことになっている。少し早めに桜上水駅に降り立ち、腹拵えにとラーメンの人気店「船越」に並ぶ。横断歩道挟んだ歩道橋沿いのC列行きは幸い避けられたが、B列の最後尾を陣取り、A列も含め前には18人。C列まで延びるか延びないかくらいの行列がコンスタントにあるため、休日であれば1時間は待つことを覚悟しなければならない。

  

「んん!喉がちょっと…」
「タテルくん張り切りすぎ。喉壊したら練習した意味なくなる」
「君に捧げる応援歌、裏声に逃げちゃうと伝わるもんも伝わらない」
「この歌さ、上手に歌うものじゃないよね絶対」
「なるほど。譜面通りに歌ってもつまんないか」
「そうそう。とにかく力強く歌えばいいと思う。音程外れても、この曲なら却って『らしさ』になるんじゃない?」
「俺もそう思うよ。俺の本番での爆発力、誰にも負けないからな」

  

50分並んでようやく入店。中待ち用の席も3人分あったのだが、多くの客が一気に退席したタイミングだったため飛ばすことができた。

  

食券機を見ると、ご飯ものの扱いは無し。両替には快く応じてくれるようで、寧ろ前の客の両替ついでに店員側から声掛けしてくれた。しっかり者の京子はちゃんと旧1000円札を用意していたためその温情は不要であった。読者諸君も温情に甘えないようにしよう。

  

一斉に客が入れ替わったため着丼までは少し時間がかかった。噂の塩ラーメンは、塩味がバチっと決まったスープであるが、豚骨のようなコクもあり上品に仕上がっている。胡椒の旨味がよく効いているのだと思う。酢で味変すると円やかさも出る。一方ラー油はそこまで効果的な味変要素ではない。

  

麺は縮れてワシワシとしており、スープの強い旨味をしっかり纏う。
チャーシューは様々な部位がわんさか入っている。全体的な特徴として、赤身が若干重く感じるものの、控えめだが確かな味付けで脂身の旨さを引き立てる。
無造作に盛られた菠薐草や葱は濃い味わいの一杯の中でオアシスになりそうなものであるが、それぞれ茎にエグみがあったり口を麻痺させる辛みがあったりと、どちらも一癖ある。どうせならストレートに苦味を届けてくれる野菜(例えばピーマンとか)を入れると良い塩梅になるのかもしれない。

  

満腹になってきた京子とタテル。2人には知らされていなかったのだが、この店の麺の量はデフォルトで200gであり、二郎には及ばないもののかなりの量である。普通であれば食券を渡す際に店員が量を確認してくれるのだが、2人のように省略されることもあるため気をつけておきたい。
「ふぅ〜、何とか食べきった」
「やっぱ好きだな、大盛りラーメンを食べ切った女の子の姿」
「いやらしい目で見ないでよ。さ、頑張って歌うよ」
「歌ってる最中にオクビが上がってきたらどうしよう」
「首が伸びるの?キリン?」
「違うって。何て言うのほら、言い換えが思いつかない。京子の前で下品な言葉発したくないからさ」
「言いなさいよ」
「じゃあ耳打ちで」
「…なるほどそういうことね、それは我慢しなさい。集中してれば上がってくることは無い」
「まあそうだよね」
「でも確かに言い換え思い浮かばないね。ちょっと不便」
「だよな。もっと奥ゆかしい言い換え表現あるといいのに」

  

予定通り高校に到着した2人。バンドものである京子ソロ曲とデュエット曲においては軽音部と音合わせを行う。京子がセッションを行っている間、先に練習を終えたタテルは前回の反省から生徒との交流を試みる。廊下でふざけ合っている学生集団の奥に、おどおどしながらこちらを見つめてくる1人の男子学生を見つけた。
「こんにちは、タテルです」
「あああ、ごめんなさい!」
「どうした?演奏気になる?」
軽く頷く男子学生。どうやら人と話すのは苦手そうである。
「歌好き?」
再び頷く男子学生。
「中入って、ちょっと聴いていきな」
「ありがとうございます」

  

『拝啓、少年よ』のセッションを聴く男子学生は、先程の控えめな振る舞いとは打って変わって大きく体を揺らす。
「ノリノリだね。音楽大好きだ」
「はい!ちょっと小声でいいですか?実は僕、密かにギター練習してるんです」
「そうなの⁈」
「何なら軽音部に入りたいくらいなんです。でも僕すごく人見知りで、僕なんかが入ったらみんな迷惑するだろうと思って」
「なるほど…ちょっとじっくり話したいな。練習終わったら屋上行こうか」

  

京子も引き連れ、屋上で3人きりとなった。
「文化祭ね。俺さ、中2の文化祭が一番忘れられない思い出だな」
俺はどちらかと言うと大人しい生徒だった。英語の特進クラスにいてさ、6人で英語劇をやったんだ。それもメインステージのフィナーレで。劇のクライマックスではダンスをすることになったんだけど、俺だけ踊れなくて。じゃあどうするってなった時、俺は観客を煽ることにした。無心で体育館中を駆け巡った。ハイになってた。それが結果的に熱狂の渦を起こし、伝説となった。
「それ以降俺は面白い人として学校中で人気となった。やっぱり強いよな、1回の伝説って」
「すごい。かっけえ…」
「私ちょっとよくわかんないだけど」
「何でわかんねえんだよ」
「まあタテルくんの爆発力は凄まじいからね。今は温存してるけど、本番は命削る覚悟で歌うってよ」
「そりゃそうでしょ。名前訊いてもいい?」
「1年C組の出水と申します」
「出水くん、ギターの腕前はどうよ」
「人前で披露するほどではないです」
「よし、京子のソロと俺のソロの間でギタープレイ見せてくれ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「タテルくん、さすがに無茶だって」
「いいからいいから。人は追い込まれた方が強いし。それにこの後に歌う俺、上手く歌おうとは思ってない」
「上手く歌わない?どういうことですか?」
「上手く歌っても、それが熱狂に繋がる訳ではないんだ。少し粗削りくらいの方が一番観る者の心を震わす、俺はそう思ってる」
「なるほど…」
「だから出水くんも上手く弾こうとしなくていい。練習は多少するけど、上手くやることより客席を熱狂させることを考えよう」
「はい!」

  

そして収録当日。まずはメイン企画のかくれんぼである。総指揮を執る永田がMC陣とキョコってるの2人に隠れ場所を伝える。

  

京子ちゃんはフォーマルウェアに着替えていただいて、事務室で作業をしてもらいます。学生が事務室にお世話になる機会は、ここでの学生生活を通じて一度あるかないか。馴染みのない場所で近寄り難いので、余程芸能人オーラが強くなければ見つかることはないでしょう。

  

「そしてタテル君!実は今回のかくれんぼのためだけにあることをしてくれたんですよね?」
「はい。今ある髪はカツラで、取ってみるとほら!坊主になりました〜」
「ちょっと待って、そこまでしてくれるの⁈」
「お揃いですね、秋田さん!」
「いやいやいや、ちょっと引いてます」
タテルさんはこの後行われます歌パートの設営スタッフに紛れ込みます。いくら坊主にしたとはいえ、顔が見えると即バレしてしまいます。一つ一つの動きを念入りにリハーサルしているので、変なアドリブはかまさないようお願いします。

  

「タテルくん、先に見つかった方がこの前のラーメン自腹だからね」
「見つかる前提で言わないでよ京子。2人で隠れきろう」
「そりゃそうだけど、勝負は勝負だからね」

  

かくれんぼが始まった。全校生徒が血眼になって出演者を探す。複数人で行動する者が多かったが、元来人見知りである出水は独りで、あろうことか学割を取りに事務室へ向かっていた。
「あのすみません、学割を申請したいのですが。まさか事務室に誰かいる?…ウソ⁈京子さんいた!京子さんみっけ!」
「ウソでしょ⁈一番見つからないと思ってたのに…てか出水くんじゃん!」
「用事があって来たらまさかいるとは…」
「私もまさかと思ったよ。すごい見つかり方、嬉しいけど悔しい〜」

  

最後まで残ると思われた京子が真っ先に見つかり焦る演者達。その後も日常との些細な違いに気づいた生徒達が次々と演者を発見し、タテル1人残して残り3分。バンドセットを一通り運び込み舞台袖にはけようとした時、タテルはコードに躓いてしまう。
「大丈夫ですか?あ、タテルさんだ…」
「もう最悪!」

  

ゲームは呆気ない幕切れとなった。
「タテル君、何コケてんだよ!コケてなければバレなかったよ絶対!」
「一番おもんない見つかり方しやがって!」
「こんなポンコツ人間見たことない」
「タテルくん、帰りの車でお説教だからね」
「京子までボロカス言う…」
「ということで日大櫻丘の皆さん、勝利おめでとうございます!そしてこの後は京子ちゃんとポンコツくんによる歌の時間です」

  

舞台裏にスタンバイする出水。京子を見つけた喜びでブーストがかかり、ソロギタープレイに向け気分を限界突破させる。
京子ソロが終わりバンドメンバーが捌けると、京子の紹介でギターを持った出水が舞台上に現れる。普段目立たない生徒が独りでパフォーマンスを行おうとするものだから講堂中が騒つく。
「最後、タテルくんがエネルギッシュな曲を披露しますが、その前にこちらの出水くんがギタープレイで場を盛り上げてくれるそうです!じゃあ早速お願いしましょう、目一杯楽しんでくださいね!」

  

演奏が始まると、迫力のあるサウンドに、生徒達の多くが度肝を抜かれた。所々音の粗い部分はあったが、タテルの言う通り観客を熱狂させることを意識し、本当に会場を盛り上げることができた。

  

拍手鳴り止まぬ中、出水は深々と一礼してタテルにバトンを渡す。

  

♪立ち上がろうとする君に捧ぐ…
力強く歌うタテル。練習では裏声を使い綺麗に歌おうとしていたが、それでは想いが伝わらないからと、地声で泥臭く、喉を切り裂く覚悟で歌う。持てる力全てを1回に懸ける、これがタテルの言う「爆発力」である。出水の演奏で盛り上がった会場のボルテージをさらに倍にして、荒々しいガキの収録は大団円を迎えた。

  

「ありがとうございました。2人のお陰で僕、人気者になれそうです」
「なれそうというかなってるじゃん。ほら、軽音部のみんなが君をスカウトに来てるよ」
「こんなにギターの上手い人いるなんて知らなかった!俺らと音楽やりましょう!プロも目指して!」
「打ち込めるものがあるって、良いことだよね。楽しみにしてるよ、未来のMIYAVI」
「烏滸がましいですよ…でも目指してみます!今日は本当にありがとうございました!」

  

帰りのロケバスにて。
「いやあ良かったよ、キョコってるの2人に来てもらって」
「ありがとうございます。ちょっと粗削りな立ち回り多かったのは反省ですけど」
「別にオモシロが全てじゃないからね。歌聴いてるとやっぱすごいな2人、って思うし」
「ごめんな、おもんないおもんない言って。54時間テレビ終わりで真価が問われる大切な回、盛り上げてくれたのはすごくデカい」
「オンエア前だけど、伝説の回と言っても過言ではない」
「是非また来てください」
「勿論です!」

  

三ノ輪の家に帰ると、タテルが喉の痛みを訴えた。京子はすぐさま生姜湯を作りタテルに飲ませる。
「もうあの歌い方はしない方がいいよ。そのうち声出なくなるから」
「まあそうだな」
「でも死ぬ気で歌ったもんね。出水くんにもちゃんと届いたし」
「逸材だったね出水くん。決死の覚悟で歌って良かった。あそうだ京子、ラーメン代は?」
「私払うの?タテルくんだってバカみたいな見つかり方してたし、どっこいどっこいで良くない?」
「否定はできない…」
「というのは冗談。勝負だから私が払う。タテルくんのおかげで今日はものすごく楽しかった」
「京子も理解してくれてありがとう。はぁ、オンエアが楽しみだ」

  

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